「チーフ、昨日はありがとうございました……」
「いえいえ〜」
「いや、ほんとにありがとうございます」
侵蝕してとんでもない事件を引き起こした次の日、俺は経過観察役のチーフと並んで歩いていた。
俺が侵蝕から回復したあと、俺の処遇に関して会議があったらしい。
それに参加したチーフとメイベルさんは、俺に対する厳しい懲戒処分から守ってくれたとか。
そのおかげで最初に提案されてたらしい減給処分とか行動制限とかも免除されて、ほんと、頭が上がらない。
「そんなことより、アスカくんの体調ですよ。身体は大丈夫なんですか?」
「なんか全然大丈夫ですね。メイベルさんもなんの後遺症もないって言ってました」
「それは良かった!」
「むしろ一通り侵蝕したからか、そこまで意識してEGOを抑えこまなくてよくなりましたね」
「それは……、メイベルちゃんはなんて言ってました?」
「『すごいね!』って」
「『すごいね!』かぁ……」
でも、これはつまり、EGOを抑えこむ能力が高くなったってことじゃないか? って思ってる。
もし本当にそういうことなら、もうちょっとランクの高い装備も着けられるかも……。
「それにしてもアスカくんのその『体質』、原因はなんなんでしょうね……」
「さあ……」
ここで働き始めてからいろいろ考えたけど、ほんとに心当たりがない。
心当たりがあるとすれば、俺がこの世界に転移したときにいた実験場。
あそこにいたはずの人たちが何かしたのかとも考えたんだけど、そもそもそんな人たちがほんとにいたのかも分からない。
目が覚めたとき、辺りは死体もなく、ただの血溜まりだらけだったから。
それに、もしいたとして、目的はなんなんだ。最初は異世界人である俺を召喚したかったんだと思ってたけど、俺がこんな体質を持つ理由にはならないし。
わざわざ俺の身体に何かをしたのか、それとも特典みたいな? 異世界人は無条件にこうなるって可能性もあるだろうな。向こうにはアブノーマリティやEGOなんか存在しない訳だし。
「う〜ん……」
「まあ、考えても仕方ないですね。メイベルちゃんや研究員たちに任せましょう」
「ですね……」
「あ、そうだ。二人とはあれから話しました?」
「はい、もちろん。バレルは相変わらず気遣ってくれてたし、クロイーもいつもより優しかったですね」
「良かった。クーちゃんなんか、普段からは信じられないくらい心配してたんですからね」
「俺は良い同期を持ったなぁ……」
「大事にしてくださいね、こんなに仲の良い仲間は、都市では珍しいですから」
「もちろんですよ、二人には感謝してます」
『ガチャリ』
喋ってると、スピーカーから扉の音が聞こえた。紺青の試練か。
『コントロールチームから全職員へ通達。試練が始まった。色は紺青。時は白昼』
「紺青の……白昼か」
「また試練ですか。最近多いですね……」
チーフの言葉を聞いて、気づく。そういえば
チーフの言葉からして前はもうちょっと頻度が少なかったのか。
それらの理由は分からないけど……。
『職員アスカと職員アナスタシアは福祉チームメインルームにて鎮圧業務を行うこと』
「あ、鎮圧指示をもらっちゃいましたね。まあ、紺青の白昼なら大丈夫です。継続的にWHITEダメージを与えてくるだけですから」
「……俺、慎重ランクそんなに高くないんですよね」
「あーそっか。それなら、危なくなれば離脱しても大丈夫ですよ。私一人でもなんとかなるので」
「まあ、頑張ってみます。試したいこともあるし」
試練の出現地点に着いた。
メインルームの中心には、たくさんの赤い口がついた、白い球体が浮かんでいた。
球体には黒い鎌のような構造物が付いている。だけど、オフィサーに対してその鎌を振るうわけでもないあたり、武器ではないらしい。
一番最初に目を引いた無数の赤い口は、部屋に入った直後は、微笑むように小さく笑っていた。
だけど、チーフと俺が部屋に入った瞬間、すべての口が大きく開き、声を発する。
「『歌』が来ます!」
チーフの言葉を聞いて慌てて耳を塞ぐが、その声は、手を貫通して俺の耳に響いた。
「ぐぅっ……!」
邪悪な調べ。
気持ち悪くなるほどおぞましい歌声に、俺は吐き気をこらえる。やっぱり、精神力も低い上に防具もZAYINな俺じゃ、ダメージが大きいみたいだ。
だから俺は、考えてたことをやってみる。こうすればどうだ。
俺は目をつむり、EGO防具の声を聞く。EGOを抑えこむのではなく、同調するイメージ。
『死ぬことは罪だろうか』
懺悔の声を聞く、聞き入れる……。
なんとなくのタイミングで目を開くと、歌声のダメージは少しマシになっていた。
思った通りだ。
「あ、アスカくん、大丈夫ですか……?」
「はい、行けます!」
「……良かった!」
チーフは安心したように笑みを浮かべた。そして、
「では、続いてください!」
「了解です」
チーフのいまの一振りでもなぜかちょっとだけダメージを受けたような気がしたけど、身体は軽くなった。掲揚武器の特殊効果だろうか。
とにかく、俺とチーフで球体を攻撃する。いままで鎮圧した黎明の試練や弱いアブノーマリティと比べると、やはり長い時間をかける必要があった。
でも、その口は歌のためだけに付いているのか、その間も噛みついてこないし、そもそもこの試練は出現してからずっと動いてない。
装備がちゃんとしていれば攻撃もそこまで強くないようだし、黎明のゴミ袋とそこまで変わらない……と思ったけど、誤って入った
そういえば俺も、メインルームに入った瞬間からこいつからダメージを受けていた。
攻撃範囲がかなり広いんだろう。こいつの脅威は、その広い攻撃範囲なんだ。
オフィサーもダメージを受けるわけで、死亡検知系のアブノーマリティがいたらかなり面倒くさいのかもしれない。ここには……多分いなさそう?
「よいしょっ、と!」
俺にとってはけっこうな時間が経って、チーフが最後にハンマーを振り下ろすと、試練は倒れ、下に出現した扉に吸いこまれていった。
試練の鎮圧は完了したけど……。
俺は半狂乱になって走り回るオフィサーたちを見る。
「よし、アスカくんはそこに待機しておいてください。私はオフィサーさんたちの回復に努めます」
「分かりました、お願いします!」
俺はRED武器だからパニック回復には役立てない。後のことはチーフに任せて、俺は近くの椅子に座りこんだ。
疲労感と蓄積したダメージに息を吐く。
やっぱりまだ、白昼の試練はキツイな……。