目を開けると、懺悔室での記憶と、侵蝕していたときの記憶が蘇ってきた。
色んな人を殺してしまった罪悪感がまた溢れ出るけど、歯を食いしばって悔いる。その感情は、すべて受け止めると決めた。
そして、ベッドに寝そべっている俺の身体を見た。腕や足も細長くなっていない、人間の身体だった。
パニックから回復させてもらったらしい。
「あぁ、起きたか。おかえり、アスカ」
荒々しくも優しい声がして、寝返りをうってベッドの横を見た。
バレルとクロイーがいる。ここは……いつもの実験室か。
「ああ、ただいま……。はは、やらかしたなぁ」
「しょうがねえだろ。お前だけが悪いってワケじゃねえ。不調のお前を作業に出すとか……」
ブツブツ言うバレルに、少し笑いがこぼれる。
「はあ。いや、いい。……酒を用意しといた。もう業務時間は終了してる。どうだ?」
「ああ、ありがとう。じゃあ遠慮なく……」
身体を起こして、缶を開けたプシュッという音が三つ。いつもの宴会だ。
こういうときいつも音頭をとるクロイーはなぜか考え込んだように黙っていて、代わりにバレルが口を開いた。
「乾杯」
静かな実験室で缶を打ち付け合う。
俺はグイッと缶を一気飲みした。この世界に来てから良かったことは、酒に強くなったこと。この程度の一気飲みなら、酔うこともない。
「ぷはぁ〜! ……けっこうな人が死んだね」
「お前のせいじゃない……つっても、意味ないんだろうな」
「……まあ、引き摺るだろうね」
俺の記憶力は普通くらいだと思ってたけど、死ぬ前の人々の顔はなぜか、鮮明に思い出せた。
これからも忘れることはないだろう。忘れないで、いよう。
「大丈夫。もう自分がいなくなることを願ったりしない。クロイーが言ってくれたみたいにさ」
「ぇっ?」
心ここにあらずって感じだったクロイーが驚いたように顔を上げる。
「言ってくれたろ? 『罪に向き合ってでも、生きろ』って」
「ぁあ、うん……そうだね」
「ありがとう。クロイーがそう言ってくれたから、全部投げ出さずに生きてこうって思えたんだ」
言葉一つで改心するなんて我ながら単純だけど、本当に自分が罪深いと思うなら、引き摺って生きていくべきだと思うから。
だけど、反応はあまりかんばしくなかった。
バレルは『罪深いなんて思わなくていいのにな』とかボヤいてるし、クロイーは黙って目を丸くしてる。
なんか引かれたかなと思ってると、クロイーはすぐ伏し目がちになって、口を開いた。
「……ごめん、アスカ!」
「え」
謝られるとは思ってなかった。それに、謝られるようなことなんてない。バレルも驚いてる。
「ど、どうしたよ、クロイー」
「あの時……大事になる前に、同じ言葉をかけるべきだった。それなのに、なんの慰めもかけないで……」
「あの時って、ああ、みんなから慰められた時か」
「うん、その時。……私はアスカが、リアちゃんが死んでも傷ついてないって思ってた。アスカは、なにも揺らがないだろうって」
俺は驚いた。
あのクロイーが、意外と裏ではちゃんと考えてたってこともだし、俺がそんな風に思われてたのも。
つまり、それって……。
俺とクロイーは、同時に口を開いた。
「俺を、そんなに強い奴だと思ってくれてたのか」
「勝手にアスカを、冷たい人にしていたんだ」
「うん?」
「え……」
俺は首を傾げるけど、クロイーも驚いたような顔をしていた。
「俺の勘違いだったか?」
「……その『強い』って言葉、私とバレルの話を聞いたの?」
「えっ、なんの話?」
「いや、そんな訳ないか……忘れて。……勘違いでは、ないよ。そう、私は最初、アスカのことを強い人だって思ってた」
「ふーん」
そっけなく答えたけど、少し口角が揺らぐ。自分の知らないところでそんな評価が得られていたなら嬉しいことだ。
でもクロイーは、なぜか申し訳なさを感じてるらしい。
「でも、暴れてるアスカを見てさ……強いからなんとも思わないって考えは、ただアスカを、勝手に冷たい人にしてるんじゃないかと思った。だから……失礼だった。ごめん」
俺は首をひねる。やっぱり、謝られるようなことではないような気がする。
「強いって思ってもらえてたなら俺は嬉しいけど。あーでも、それなら今回のことは失望させちゃったかもな。結局、俺は弱いから」
「そんなことない! ……あんなに罪悪感を感じて、アスカは優しい人だよ」
「そうかな」
クロイーはそう言ってくれるけど、結局、俺がもっと強かったなら、リアの死にもなんとも思わずにいられただろう。俺にはそれができない。
だからこそ、引きずるんだ。
……それにしても、今日はやけにクロイーが譲らないな。バレルと話してたとか言っていたし、バレルはなにか知ってるんだろうか。
そう思って横目で見ると、バレルは顎でこちらを指した。自分で聞けということらしい。それを見て、俺は意を決して口を開いた。
「クロイー……」
「それに、一番仲の良いリアちゃんが死んで、なんとも思わないわけなかったのに」
けど、クロイーが爆弾を投げた。思わずビール缶を落としそうになる。
「……そっ、そんな風に思われてたのか!」
「えっ、だって、そうでしょ?」
「そうだろ」
「いやまあ、リアと仲良くしてたのは間違いないけどさ……そ、そこまでかなぁ……」
「……ぷっ、アハハハハ!」
間違いなく酒のせいで顔が赤くなった俺の言葉に、クロイーは顔を砕けさせて笑った。ほんっとうに長く笑った。てめえこの野郎。
笑い過ぎて出た涙をぬぐって、クロイーはニヤニヤとくっちゃべる。
「うん、イチャイチャしてた」
「そういう関係でもなかったよ……」
「あれ、そうだったのか? あーまあ、まだ初対面から時間かかってなかったもんなぁ……」
「『まだこれから』みたいな言い方するな」
クロイーは腹を抱えて笑った。さっきまでの態度が嘘のような、下世話な笑い。
「はあ……。でも、仲良かったのは間違いないから、悲しいよ」
俺は別の話題に変えようとする。
「……で、クロイーは?」
「えっ、私?」
「クロイーも……というか、俺ら三人ともリアと仲良かったろ? お前も悲しいんじゃないのか?」
「私……は」
クロイーは言葉に詰まる。話題は変えれそうだけど、ちょっと重すぎたかもしれない。
でも、クロイーは口をぎゅっとして、頷いた。
「うん、私も……。悲しい、よ」
その台詞は、なぜか片言だったけど。
俺は笑って、頷いた。バレルも口を開く。
「俺もけっこう悲しかったぜ。職場で働くってのも初めてだから、そういう意味では初めての後輩だった訳だし」
「バレルはそっかあ……。リアちゃんは良い後輩だったね。あんな素直な後輩ばかりじゃないんだよ?」
「色んな事聞いてくれるから、こっちも先輩風いっぱい吹かせたよな」
話題はリアの思い出話に変わった。意外とその話題は長く続いたし、盛り上がった。
それで、ようやく、じんわりと、リアが死んだって、受け入れられた気がした……。