生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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T-01-k68『いつだって私達は、空っぽの恩恵を餌に作法を守らなくてはならない』

 

 教育チームの廊下に来ると、メイベルさんと教育チームチーフのポールさんがなにか喋っていた。メイベルさんもチーフになったから、チーフ同士の会話ということになる。

 

「未知の部分が──」

 

「しかしこれの効果は──」

 

「プログラムには具体的なケースが──」

 

「やはりそうか。実証実験はこちらで計画しておく。いまはとりあえず検討だけしておいてくれ」

 

 なんというか、よく分からない会話をしていた。その会話も終わったみたいで、こちらの出入り口へと歩くメイベルさんはそこにいた俺に気づく。

 

「やあアスカ。ちょうど話を聞きたかったんだ」

 

「いつものですか。良いですよ」

 

 ときどき、メイベルさんは俺の体質に関して質問責めをしてくる。今回のもそれだった。今回は珍しく侵蝕以外の質問が多いな。

 

 一連の質問に答えきると、メイベルさんはそういえばと首を傾げる。

 

「ここにはどうして来たんだい? 新しい観測業務でもしに来たのか」

 

「いや、今回はただの管理作業です。まだ黒い水槽の観測が十分じゃないので」

 

「ああ、そういえば昨日言ってた。初めてアブノーマリティに命名したって」

 

「昨日の宴会の口実はそれでしたね。初命名おめでとーって。それがなくとも飲んでたんでしょうけど」

 

 俺たち三人は揃いも揃って酒を飲むのが好きだ。バレルは酒自体が好きだし、俺は都市の酒を飲み比べするのが好きだし、クロイーは酔うのが好きだ。そんな風に気が合ったから、よく何かを口実にして一緒に酒を飲む。

 

 そういえば、残業したいとのことで、昨日の宴会にメイベルさんは来なかった。チーフになったばかりだし忙しいんだろう。

 

 でも、そこまで楽しそうには見えなかった。メイベルさんにはいつも楽しく仕事をやるイメージがあったけど……そんなことを考えていると、いつのまにかメイベルさんも思案げな顔をしていた。

 

「キミは……いつも通りだね。気にしてないのか?」

 

「えっと?」

 

「……いや、仕事に集中して気を紛らわすタイプか。大丈夫、なんでもないよ」

 

「チーフの話ですか? 俺も、ショックですよ。メイベルさんもでしょう」

 

「あはは……そう見えるのか。そうなのかな。きっとキミと同じタイプなんだろうね」

 

 メイベルさんはそう言って苦笑いしたけど、やっぱり顔に影を落とした。

 

「三人で行くはずだったお店も、二人で行くことになっちゃったから」

 

「……」

 

「まっ! 後輩に心配されるほど落ちぶれてはいないさ。同期がいなくなるのも初めてじゃないし」

 

 そう言ってメイベルさんは、寂しげに微笑んだ。

 

 

 

『お客さんか。見ない顔だな』

 

 収容室に入ると、俺は驚いた。眼の前で喋るこのアブノーマリティについて、ある程度の情報はすでに知っていたが……。

 

 燕尾服を着た男。しかしその頭は人間の顔ではなく、真っ白な……『皿』だった。頭が皿であるために真円に近い頭のシルエットは、映画館の出入り口にいるようなピクトグラムみたいだ。

 

 しかし、俺が注目したのはそれだけじゃなかった。

 

「腕が五本……」

 

『新入りか。その程度で驚くなんて……』

 

「……『死んだ蝶の葬儀』?」

 

『うん? なんだい、それ』

 

 知らないのか、と俺は滑ってしまった口を手で抑えて閉じる。

 

 そのアブノーマリティは黒い燕尾服を着ており、腕は横に四つと、首から生えてるのが一本。それは、本社(ゲーム)にいた死んだ蝶の葬儀と同じ姿だった。

 

 雛鳥や命罪さんのときも思ってたけど、亜種ってやつか……? 榴弾の射手ってのもいるらしいし、案外亜種ってのは多いのか。あの二匹は未だ亜種かどうかも半信半疑だけど、ここまで本社(ゲーム)のアブノーマリティと似てるのは初めてだ。

 

 なんせ、頭以外はだいたい一緒……。

 

『……マナーがなってないな』

 

 黙って考えていた俺は、声に顔を上げる。……激痛。

 

()ッ……」

 

 痛みの出どころを見ると、人差し指が切り取られていた。第一関節から先がない。途端に溢れ出る出血をもう片方の手で急いで抑える。

 

 攻撃された? どういう理屈で?

 

『叫ばなくて正解だ。食事会で大きな声を上げるのは御法度だからな』

 

「そ、れ……俺の指……?」

 

『ああ、素晴らしい肉をありがとう』

 

 死んだ蝶の葬儀と違うところ……この男は、二本の腕に棺ではなく白い布の掛かったテーブルを背負っていて、もう二本の腕にはナイフとフォークを持っていた。

 

 まるで食事会でも始めようとしてるかのような格好だけど、いまそのナイフからは血が(したた)っていて、フォークには指が刺さっている。男の口ぶりからして、本当にそれは俺の指みたいだ。

 

 男はフォークに刺さった指を頭の皿に盛り付ける。皿は上ではなく俺の方を向いているはずなのに、指はずり落ちずに皿に貼りついた。

 

『君の肉で、きっとこの空き皿が満たされるだろうから』

 

「俺が何をしたっていうんだ……」

 

『話し相手を放置するのは礼儀じゃない。それだけのことだろう?』

 

 ……まだ作業は始まってない。でもこの会話は、作業の取っ掛かりになるだろう。

 

「記録にもあったけど……そんなにマナーが大切か? こんな場所でそんなものを守る必要なんかないだろうに」

 

 挑発的な口調で煽る。ちゃんと男はその言葉に食いついた。

 

『……違うな、私たちはいつだって作法に縛られる。目の前に人がいるのであれば、人がいなくても、いつだって私たちには守るべきルールがあった』

 

「それはお前一人が決めることじゃないだろ……少なくとも指を切り取るのはやり過ぎだって。お前からしてもそんな厳しい作法イヤだろうに」

 

 抑圧作業。

 

 それはアブノーマリティの存在、本質を否定する作業。俺は口が上手いわけじゃないけど、この作業には議論や説得で相手の矛盾を突くという方法もあった。

 

 だから、なんとなく相手にクリティカルそうな言葉を選ぶ。もしかしたらその『なんとなく』の一部は、俺の体質が感じ取ったものかもしれなかった。

 

『しかし、互いに不幸になるだけだとしても、皿に何も入らなくとも、作法は成立されるものだ』

 

「だからって他人にも強要しちゃダメだろ。『互いに』ってことはお前も不幸になることだってあるだろうに、マナーを疑ったりしないのか?」

 

『疑わないさ。私にできることは、礼儀に(のっと)り、せめて自分の皿を満たすことだけ。君もそうだろう?』

 

「それは──」

 

 俺は反論を続ける。会話はめちゃくちゃギスギスしてるけど、エネルギーは上手くたまったらしい。

 

 

 

「痛た……」

 

 頬の包帯を手で抑える。福祉チームでの治療を終えて、俺は包帯まみれになっていた。

 

 さっきの作業で頬肉まで持ってかれた。今あの皿には俺の頬と指二本が飾り付けられてる。大量の血が口の中に流れ込む感覚はもうこれだけで勘弁してほしいもんだ。

 

 あんな会話で作業は成功っぽいんだから、アブノーマリティはよく分からない。

 

 まあいいか。俺は引き続き黒い水槽の観測業務を続けようとして、その収容室を通った。そこで『死因』について、察しがついた。

 

「あ、チー……」

 

 チーフ、と言いかけて、やめた。

 

「…………」

 

 ……何も作業指示は来ていないし、良いか。俺は『私たちの苦しみ』の収容室に入った。

 

 

 

 

 

 食事に困るほど貧しかった男は、せめて不相応な作法に従おうとした。

 

「貴族はこのように食事をするらしい」

 

「この生ゴミを捨てた人にも感謝しようじゃないか。これで今日も生きられるのだから」

 

「手で食べることは汚いそうだからありあわせのもので食器を作ろう」

 

 仲間に呆れられても、男は礼節を守ろうとした。そうすれば自らが豊かになれると信じていた。いつか救われるかもしれないと願っていた。

 

 何も変わらなかった。男は飢えて死んだ。食べられるゴミが見つからず、力尽きるしかなかった。

 

 ハリボテの皿とボロ布を(かぶ)せただけのくたびれたテーブルに突っ伏して、彼は眠った。作法への敬意も忘れて、ただ満腹になれるほどの食事が欲しかった。

 

 その空き皿を満たしたかった。

 

 

 

T-01-k68『空き皿の作法』

 

 

 

 

 

 やっとのことでイタズラ小僧の悪戯の作業が終わって、収容室から出る。

 

 扉を閉めて、今日で何回目になるか分からないため息を吐いた。

 

 チーフが死んでからずっとだ。

 

 こんなの、都市ではいつも起きてることだろうに。数週間くらい前の私はそう言っていたけど、それがただの強がりだったみたいに思える。

 

 ……やっぱり私は、あの日から変わってないままなのかな。

 

 そんなことないって、首を横に振る。気持ちを切り換えなきゃ。考えたってどうしようもないことは諦めないと。

 

 そうだ、ただチーフが突然いなくなっただけ。私がやれることなんてなかった。きっとこれからだって、チーフのために私がなにかやれる訳でもない。それなら、気にするだけ無駄でしょ?

 

「……ふう」

 

 長い息を吐き出し終える。さっさと仕事に戻ろう。気持ちが沈んで仕事が遅くなっちゃって、そのせいでやらなきゃいけないことがたまってるんだ。

 

 早く片付けなきゃ。そう考えてたところで、遠くから走り寄ってくる人影が見えた。

 

「……? どうしたの、アスカ」

 

「クロイー、協力してくれ!」

 

 よく見ると、アスカは分厚い資料を抱えていた。これは……アブノーマリティたちの、管理記録?

 

「協力って……?」

 

「チーフがどうして死んだのか調べるんだ。クロイー、チーフが死んでから調子悪かったろ? だから……」

 

 アスカはなにか話を続けるけど、頭に入ってこない。重要なのは一つ。

 

 その言葉は、私にチーフを諦めさせてくれなかった。

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