「あ〜!」
書き終わった書類と鉛筆を置いて、椅子にもたれかかる。
観測ログを書いてた経験のおかげで、調査ログを書くことはそんなに難しいことじゃなかった。書く事自体が順調でも、調査結果の方は全然だけど。
「クロイー、そっちはどうだ?」
「うん、こっちは順調。この支部の今までの死亡記録をちょっと見てみたけど、チーフみたいに、よくよく考えればおかしいような死に方をしてる人もけっこう多かったよ。アスカの言ってた通りだ」
「……マジか。もしかしたらとは思ってたけど……少なくともこれで調査が強制で打ち切られることはなさそうだな」
福祉チームの事務スペースで書類の束を片っ端から片付けてるクロイーが肩をすくめた。調査の協力を頼んでからいつもの調子が戻ったみたいだ。
元いた世界含め、俺の見た中で一番事務作業が得意なのはクロイーだ。頼んで正解だった。
「アスカの方は?」
「……正直微妙。あの日のチーフがどんな収容室を通ったか、どんな動きはをしてたかは分かったんだが、チーフが死んだ日と同じ手順で管理作業をしたって、私たちの苦しみに殺されるはずないんだよなぁ」
「うーん……」
「はぁ、はぁ。……あ、お前らこんなとこにいたのか」
クロイーと一緒に難しい顔してると、バレルが部屋に入ってきた。気のせいか、少し息が上がってるように見える。
バレルは目の前に積み重なる書類の束を横目に見て、眉をひそめた。
「……なにやってんだ?」
「チーフが死んだ原因の調査。安全チームや情報チームとも組んでやってるよ」
「……俺が知らないとこで何かやってると思ってたが、んなことやってたのか。でも、私たちの苦しみ*1が殺したんじゃないのか?」
最初のクロイーと同じ質問。だから同じように答える。
「直接的にはそうだろうけど……ただ、それだけじゃない。本来チーフはあのアブノーマリティで死ぬはずがないんだよ。だって……」
「アスカアスカ、喋り過ぎ! 部門長に『不確定なまま推測を流布するな』って言われたんでしょ」
「……あー、そっか」
「寂しいこと言ってんな。俺もその調査に協力すりゃいいんじゃねえのか?」
「いや、最初はバレルにも協力してもらおうと思ってたんだけど、あんまりたくさんの管理職員を巻き込むと通常業務に支障が出るからって、あんまり人員を確保させてもらえなかったんだよ」
「あーそういうこと。会社勤めはメンドーなことが多いねぇ」
そう言って顔を歪める。組織上がりのバレルにとってはより一層面倒くさい話だろう。
「まー終わったらいろいろ聞かせろよ」
「だね。それで、バレルは何でここに来たの? 急いでたみたいだけど」
「お前らを探してたんだよ。何せ──」
そこで、バレルはハッと何かを思い出したように、ここに入ってきたときと同じように焦りだした。
「お前ら、さっさと
「え、どうしてだ?」
「抽出チームの人から聞いたんだよ、未発見の試練が出現しそうだって」
『コントロールから全職員へ通達する。未発見の試練が観測された。試練の観測のためこれまでの管理作業命令は撤回され、作業命令を下された管理職員以外は指定の配置につくこと。懲戒チームは各員施設の管理領域を巡回せよ』
へえ……管理人、知らない試練だからってここまでやるのか。俺は福祉チームのエレベーター部屋で待機しながらアナウンスを聞いていた。
未知の試練ってのは確かに脅威だけど、初見殺しで殺される職員の命さえ気にしないならそこまで万全の状態で迎え討つ必要はないはずだった。
バレルの言葉を思い出す。案外ここの管理人はほんとに優しい人なのかもしれない。
試練はクリフォト暴走のタイミング……つまり、一定回数だけ管理作業を始めたときに出現する。つまり、同時に何人もの職員が管理作業を開始すればそれだけ試練が開始するのも早い。
同時に複数人が作業を開始したタイミングで試練が始まったら、それだけ多くの職員が収容室に入って鎮圧作業を始められない状態で試練を始める羽目になる。
逆にいえば、試練を始まるまでは一人ずつ職員に管理作業をさせたり、戦闘能力が弱い職員に作業をさせれば、強い職員が多くいる状態で鎮圧ができる。
管理人がやろうとしてるのはそれだろう。ゲームでもよくやってた気がする。
バレルに聞いたら試練は白昼という話だし、そこまで警戒する必要もないと思うけど……。
『「ぐじゅ」』
気味の悪い音が二重に聞こえて、近くで試練が発生したと分かった。エレベーターの扉の窓を通して、廊下に試練が出現する。
ところどころに血のような赤黒さも混じる灰色に濁った液体が、髪の毛の束のような黒い波を立てて、廊下の真ん中に渦を作る。
濁流が形を作り、気づくとそこには、二本足で立つ岩が現れていた。
『コントロールチームから全職員へ通達。試練が始まった。色は赤錆。時は、白昼』
「こちらK-1844。試練を発見した。場所は福祉チームの二階廊下。対象の容姿は……上半身が瓦礫でめりこみ潰されたような人間の姿。胸部や腕、頭はない。下半身には通常の人間の脚があり、歩いて移動することもできている」
『こちらコントロールチーム。鎮圧作業を開始すること。報告感謝する』
「こちらK-1844。了解した。鎮圧作業を開始する」
俺は懺悔の剣を取り出し、片手で扉を開いた。大きな音を立てる扉にも瓦礫がこちらを向いて歩いてくる。移動速度は遅いな。
目をつむって、集中。
「斬る!」
飛びかかって、懺悔の剣で斬りつける。だけど瓦礫はふらつくだけで、そこまで効いてなさそうだ。REDダメージはそこまで効かないのか。
「ここに出てたんだ」
「アスカ、協力しに来た!」
クロイーとバレルが廊下に入ってきた。武器を手に取る。肖像と蝉時雨。WHITEは効くのかどうか。
「……あっ? お前ら、あれ!」
バレルが瓦礫を指差す。俺も視線を瓦礫に戻すと、瓦礫は廊下にいた
オフィサーの上半身が内側から破裂して、中から巨大な瓦礫が出現した。
「オフィサーが、瓦礫人間になった……?」
そして試練と同じ姿になったオフィサーは、廊下から出ていった。
「……こちらK-1850。試練がオフィサーを殺して自分と同じ個体へと変異させ、この場から離れていった」
バレルが報告する横で俺は考えていた。即死と増殖……すごい悪質な試練だな。紫の白昼には負けるけど。
「よしクロイー、バレルが報告してる間に俺らは先に攻撃するぞ」
「へ? 攻撃〜? どうしてー?」
「……は? どうしてって……」
クロイーの会話に違和感を感じた俺はその姿を見てギョッとする。武器しまいやがったこいつ。え、なんで? 顔もなんかゆるんでいて、のほほんとしてるし。
クロイーは武器を持たないまま警戒もせずに瓦礫の方向に歩き出す。そして、瓦礫も明らかクロイーに向かって歩きだした。……アイツだ、絶対アイツの能力だ。
「今日も平和だなぁ〜」
「ちょ、待てクロイー。正気に戻れって!」
「落ち着け」
セミの鳴き声。瓦礫人間はダメージを受けて、少しの間動きも遅くなる。
「クロイーに近づき切られる前に食い止めるぞ」
「……だな!」
俺は頷いて、瓦礫へと即座に近づき懺悔の剣を振るう。休日での訓練を思い出して、ぎこちないけど流れるような動きで斬って、突いた。
だけど、全く斬れないし、貫けない。瓦礫部分は硬いのか、少なくともここにはREDダメージが効かなさそうだ。
とにかく、それなら……。
俺の攻撃の隙間を埋めるようにバレルが蝉時雨を撃ち、瓦礫が怯む。
動きが止まった隙に、俺は瓦礫に近づき……この試練の、人間の部分を斬った。片脚を斬られた瓦礫人間は自重に倒れる。
これでもう歩けないはずだ。
「よし、これでクロイーには……」
「──足止めご苦労さま。おかげで、狙いが定まりやすいや」
「へ?」
廊下の反対側から聞こえた声に振り向くと、爆炎と衝撃波に俺の身体が吹き飛んだ。
「ぎゃあああアア!」
壁に身体を強く打ちつけた俺は地面に倒れながら、廊下の向こう、銃を下ろすハンターさんを見た。試練は倒されたらしい。
あれが噂に聞く『榴弾』……。
「……懲戒チームの部門長がけっこうな挨拶じゃねえか」
「洗脳、即死、感染……報告を聞くと厄介な試練みたいだったからね。だから俺が来たし、早急に殺したほうがいい」
「いてて……」
隣から声が聞こえて驚いた。クロイーも爆発に巻き込まれたらしい。
「大丈夫かクロイー、正気か?」
「うん……新しい試練はどうだった?」
「まあ、厄介だな」
鮮やかなオレンジ色の髪を持つハンターさんは緑色の迷彩柄のEGO防具を着てる。
装備についたホコリを払いながら立ち上がると、ハンターさんと目が合った。
「ああ……アスカくんがいたのか。巻き込んでゴメン」
「いえ……ありがとうございました」
「は? 『ありがとうございました』?」
「えっ? えっと……代わりに鎮圧してくださったので……?」
「……ふーん、そっか」
その言葉とともにため息を吐いたハンターさんは、俺たちに背を向けて廊下を出ようとした。
……なんだろう。今の会話、一瞬すごい圧を感じた気がする。
「じゃあ俺はこれで。……ああ、途中から見てたけど、良い連携だったよ」
それだけ言い残してハンターさんが去ると、一瞬その場が静まり返った。
「……なんだよアイツ、アスカだけに謝りやがって。同じように爆発食らったクロイーにも謝れよ。お前も、もっと怒れって」
「あー、うん。そうだね……」
「どうしたんだ?」
「いや……」
攻撃に巻き込まれた不満すら顔に出さずなにかを考えこむクロイーに引っかかるものがあって、何考えてたのか、なんとなくいつかもう一度聞こうと思った。
この後の騒動で忘れちゃって、ついぞクロイーの口から聞くことはできなかったけど……。