剣で弾丸から身を守りながら、私たちの苦しみたちに近づく。
一番近くにいた個体を何回か攻撃すると、一撃じゃないにせよすぐに倒せた。
オフィサーと同じハンドガンを使ってるあたり、私たちの苦しみは元々の姿と同じ攻撃手段を使ってくるらしい。体力もオフィサーと同じように少なそうだ。
だけど、数が多い……。一匹一匹が撃ち出すあの銃撃を食らったら、さっきの空き皿の作法と同じ末路になるだろう。
だけどそもそも、なんでこんなにたくさん私たちの苦しみがいるんだ。収容室では一体しか……。
「……いや」
収容室で見た、あのたくさんの姿を思い出す。あのときは足だけしか見えていなかったけど……。
最初からこいつらは収容室の中にいたのか? 誰も気づいていなかっただけで。
発砲音とともに後ろの壁に風穴が空く。その音で気を取り直……そうとする前に、唐突な爆発が私たちの苦しみたちを蹴散らした。
「……えっ!?」
背後を見ると、榴弾を放った銃を構えた、見覚えのある人がいる。目が合った。
そして、彼は思いっきり顔を歪めた。
「げ」
「ハンターさん」
「……はぁ、状況は?」
気まずそうな表情を隠そうともしないで、ハンターさんは私たちの苦しみの方へ視線をそらす。
「空き皿の作法を鎮圧中に突然私たちの苦しみたちが現れて、空き皿の作法を倒しました。いまのところああいうオフィサーの姿をした個体しか発見していません」
「大体は予想していた通りだね。空き皿を鎮圧していた他の職員は?」
「えっ、いえ……俺が一人で戦ってました」
「……鎮圧に向かった情報チームの職員は死んだってことか」
「私たちの苦しみが殺したってことですか?」
「多分ね。空き皿が脱走したのも人死にを嗅ぎ取ったのが原因ってことか。どっかの馬鹿が作業を失敗したのかと思ってたけど……」
冷静に分析を進めながら、ハンターさんは私たちへの苦しみへ照準を定める。が、私たちの苦しみたちはその姿を見て、そそくさとその廊下から出ていった。
「逃げたか……」
「いいんですか?」
「あいつらは一人で鎮圧するものじゃないから。どっかにいる大元を叩くのが先決だ」
あんな大量の個体を生み出してる『何か』がいるのか……? どうもあのアブノーマリティの能力がよく分からない。こんな話管理記録にもなかったし。
「一人で鎮圧してたらキリがなかったので助かりました。来てくれてありがとうございます」
「まあ、それが仕事だから。ああ、もうちょっと早めに増援要請出しても大丈夫だよ」
「それは……、次から気をつけます。えっとそういえば、この前会ったときは言えなかったんですけど、俺が侵蝕したときのことも。ありがとうございました」
ゆっくり話せるほど余裕のある状況じゃないけど、前から、これは言っておかなきゃいけないと思ってたんだ。
言葉とともに頭を下げると、困惑したようなハンターさんの声が頭の裏に落ちた。
「お前はすぐ感謝をするね。あのときお前を助けたのは俺じゃないよ。むしろ俺たちはお前を殺そうと……」
「知ってます。あ、だから……『ご迷惑おかけしてすみませんでした』の方がいいですね」
「……頭を上げてくれ。見てられない」
その言葉に頭を上げハンターさんの顔を見ると、なぜかその表情は頭を下げる前より険しくなって、俺をいぶかしげに……観察?していた。
「あの……」
「お前、物分かりが良すぎて気持ち悪いな?」
「えっ?」
「……いや、気にしなくていい。はあ、調子狂うなー。嫌われるのだったら慣れてるんだけど」
頬をかくハンターさんに首を傾げてると、ハンターさんは声を低くして話を切り出した。
「アナスタシアの死因を探ってるらしいね」
「あ、あぁ、はい。チーフと同期なんでしたっけ」
「そうだね。ここに入ってからずっとの友人だ。だから……あのさ、お前、入社してからどれくらい経った?」
「え? えっと、一ヶ月くらいです」
「俺たちは五年だ」
そんなことを言うハンターさんの顔は、少し歪んでいた。
「短いように見えるかい? だけどこれは、この会社では珍しいくらい長い期間だ」
「……分かってます」
「でもどうして、そのありがたみを忘れてたのかな。明日もきっと同じだなんて、確信できたはずがなかったのに」
自嘲的に笑うハンターさんに涙はなかった。もうすでに泣ききった後なのか、それともその目から、涙を流す機能がなくなったのか。
「……アナスタシアは優しかったろ」
「はい、短い付き合いでしたけど……変な体質も気にせずに仲良くしてくれた人の一人です」
「ああ、そうだろうな。そうだろうさ。…………あのさ」
ハンターさんは、まるでそうであることを願うかのように、俺の目を睨みつけた。
「もし、あのアブノーマリティ以外にアナスタシアが死んだ原因があるとするなら、それはお前の、その体質のせいなんじゃないのか?」
「えっ?」
「ごめんな、そう思えてならないんだよ」
そんなはずはない。調査結果からして俺がいる前から似たようなことは起こってたみたいだし、そもそも、俺の体質でそんなことが起きないはず……。
でも……ああそうか、他の職員の人たちは俺のことをそんなふうに思ってるのか。
福祉チームじゃみんな俺の体質についてある程度ちゃんと知ってくれてたけど、他のチームの人も同じとは限らない。
話に変な尾ひれがついていても不思議じゃないだろう。
得体のしれない体質があって、何を起こすか分からないやつ。
間違ってはいない。実際、俺はすでに何人かの職員を殺しているのだから。
ハンターさんの感情については納得した。だけど……いやだからこそ、俺はできるだけ機械的な声で、返答した。
「……結論が曖昧なまま、調査内容を流布することは禁じられています」
「わかってる」
「だから、反論はできません。弁明も。それでもいまの調査結果から考えるに、多分俺の体質は原因じゃないと思います」
ハンターさんは俺の顔をじっと見て、納得したのか、顔を背けた。
「……そっか」
できるだけ、この体質を制御しなきゃならない。
すでに承知していたことだけど、重ねてそう思った。二度と……。
「なあアスカ。調査が進んだ結果、もしお前が原因だったら……いや、もしそう思ってしまったのなら、どうする?」
「……? それは、どういう……」
「俺は何度も見てきたんだ。起きた悲劇を、防げたはずだと嘆くアナを。自分を責めてしまうアナを」
「……防げなかった自分のせいだと思っちゃったら、かぁ」
俺は以前の侵蝕を思い出す。あれはきっと、そういう罪悪感に呑み込まれた俺の姿だった。だからもう、それにはケリをつけてる。
「それなら、二度とそんなことが起きないようにするだけです。罪を抱えたなら、明日に持っていかないといけないから」
「……はは。そうだ、そうだね」
俺の答えに、ハンターさんは笑った。
ふと、ハンターさんの無線からジジ……と音がなる。ハンターさんは無線を介して誰かと少し会話したあと、考えるように両目を閉じた。
目を開いたハンターさんは、決心したように鎮圧命令を下す。
「非常事態だが、お前は中層に戻れ。中央本部メインホール第三フロア」
「……えっと、そこにも私たちの苦しみが?」
「ああ、そうらしいね。まあ、お前なら問題ないだろう」
俺は首を傾げた。問題ない? なにが?
「行けば分かるさ。俺と懲戒チームは上層の個体を一掃する。お前は中央本部チームの指揮下に入れ」
「行けば分かるって……りょ、了解」
なんで教えてくれないんだと首を傾げながらも、俺は走り出した。
そんなこと気にしてる余裕はない。いまは非常事態。
それに、中央本部は福祉チームの近く。同じチームのみんなの顔を思い浮かべた。
「無事でいてくれよ、みんな……!」
中央本部は入り組んでる。ハンターさんが言ってた場所に着くのも一苦労だ。
無線で話を聞く限り上層よりも状況は良さそうなんだけど、何個か強い個体がいるらしい。
次の廊下に入る。と、足元で水音が鳴った。見ると、足首が血の水たまりに浸かっている。
「なっ……」
流石に驚いて、粘着質なそこから足を引き抜いた。
その音を聞きつけたんだろう、中にいた二人が俺の方を振り向いた。
「福祉チームの者か」
「……アスカ! 生きてたか!」
「メイベルさん、あれは……」
その廊下は凄惨だった。そこら中に血の跡が残ってる。
警報が鳴るレベルとなると、ここまで酷いのか……。
そして、二人が対峙する奥に……やはり、私たちの苦しみがいた。緑のハンマー、緑の鎧……武器防具ともに
「ウチの職員だ」
「アスカ、彼女は中央本部第一チームのエバチーフだ。懲戒チームが出払ってるから、福祉と抽出チームはいま中央本部チームの指揮下にある」
「はじめまして、アスカくん。早速だが、鎮圧の協力を要請する」
「もうちょっとであいつを鎮圧できそうなんだよね」
「了解です」
ここはハンターさんが言ってた廊下じゃないけど……仕方ない。もうすぐ鎮圧できるって言うなら、手遅れにはならないだろう。
「じゃあ前線は頼んだ。私はチャージが終わり次第後ろから攻撃を加える」
「ラジャ〜」
背後にカトラリーを浮かせながら、エバさんが俺とメイベルの指揮をする。
俺は懺悔を、メイベルさんは掲揚を手に、ウィングビートの私たちの苦しみに向かって走った。
「アスカ! キミが来る前、私は何の研究をしていたと思う?!」
「ええ!? いきなりなんの話ですか!」
「それはね、こいつ……『T-06-k27-1』だよ!」
ウィングビートが振り下ろされる。
俺とメイベルさんは上手く避けられたけど、緑色のハンマーはその勢いのまま、たまたまそこに倒れていたグチャグチャの死体を更に押し潰す。
辺りに血飛沫が飛び散る中でも、メイベルさんの解説は止まない。
「こんな感じに、ZAYINのE.G.Oでもすこぶる性能が良くなるからね! まあでも、E.G.Oの強化に関する研究は今も続いてると言えるかな……?」
「『性能が良くなる』……? オフィサーの銃が元より強かったのもそういうことですか。でも私たちの苦しみって、武器や防具含めて、外見を真似してるだけなんじゃないんですか?」
「……おっと、口が滑っちゃったな」
気まずそうにしながらも、メイベルさんは隙をついた掲揚の旗で、私たちの苦しみの腕を断った。俺もそれに続いて、懺悔を腹部に刺す。
でも、今の話……。私たちの苦しみはただモデルになった人間の外見を真似してる訳じゃないのか?
だとしたら……どういうことになるんだろう。
「二人とも、無駄な私語をするな。戦闘中だ、緊張を保て」
「もうすぐ倒せるからいいでしょ? 早くトドメを刺してよ、エバチーフ」
「はあ……メイベルチーフ、お前はいつも……」
メイベルさんと一緒に数歩分私たちの苦しみから下がると、後ろから六本のナイフとフォークが飛び、私たちの苦しみに突き刺さった。
力尽きたらしい私たちの苦しみはうなだれると、その姿を完全に消す。倒したんだろう。
……だけど中層にはまだ、他の個体が多くいる。
ハンターさんの言ってた場所へ走ろうとすると、メイベルさんが引き止めた。
「……ちょっと待って。この状況、福祉チーム観測担当管理職のアスカくんは、違和感に気づかないか?」
「えっ? えーっと」
「よく見て、いつものアブノーマリティと比較してみて」
とはいえ、俺はそこまで純粋なアブノーマリティを鎮圧した経験はないんだけど……さっき鎮圧した空き皿と比べてみる。
あっ。俺は目を見開いた。
「卵が、ない……?」
「ご明察。……さっきのアナウンス、聞いた? 『T-06-k27-1が複数出現』って。さっき倒したこいつが『T-06-k27-1』なんだよ」
アブノーマリティは死ぬと卵を残して、一定時間経つと復活する。だから福祉チームの職員が卵を回収しなきゃいけないんだけど……。
「こいつら……いや、彼らは『T-06-k27』自体じゃない。アブノーマリティじゃないんだよ」