生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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T-05-k51『流れた血は、痛みよりも確かな傷の証明だった』

 

「よし、やってみるよー」

 

「はい!」

 

「弱くしてー……」

 

「うっ……。……あ、でも昨日よりはマシそうです」

 

「はいじゃあ、強くしてー……」

 

「はぁー……。うん、痛みが完全になくなりました」

 

「それじゃあ……クリフォト抑止力、ゼロ!」

 

「ぎゃあああ! 痛いぃいい」

 

「……何やってんだ、こいつら」

 

 メイベルさんとの実験が一段落したころ、バレルとクロイーが実験室に入ってきた。

 頭に突き刺さる茨の痛みに涙目になりながら、手を振る。

 

「おはよう二人とも……。さっきのは……俺の体質の実験をやっていたんだ。とりあえず、社内ならギフトをつけてても多分問題なさそうだ」

 

「それは良かっ……てか、昨日からずっとここにいるのか?」

 

「ギフトは会社の外でも外せないからね。ボクの指示でここに留まるよう言ったのさ」

 

「……こんな感じだから、EGOの問題が解決するまでは家に帰れなさそうなんだよな」

 

「お気の毒だぁ」

 

 よく分かってないのか、他人事みたいなクロイーの言い方に少しムッとする。まあ、家に帰ったって、実験室にいるのと大して変わりないといえばないのだが。

 

 ロボトミーに採用される前は裏路地に住む木っ端の9級フィクサーだったのだから、部屋に大した私物も持ち合わせていない。

 

「それで、二人ともどうしてここに? 俺を迎えに来たわけじゃないんだろ?」

 

「あー、アスカ昨日の終礼いなかったもんな。俺ら福祉チームに配属だってよ、もちろんアスカもな」

 

 ほらよ、とバレルが投げ渡してきた福祉チームの腕章をつける。

 

 そっか、二人も福祉チームなのか。なんとなく昨日の流れから、俺が福祉チームになることは予想してたけど。

 

「だから、しばらくはメイベルさんに作業を見てもらうんだって」

 

「面倒くさいけど、そうらしいね。でもボク、こういうのは部門長やチーフがやることだと思うんだよー……」

 

「そういうことなら、よろしくお願いします。メイベルさん」

 

「……まあ、少なくともアスカはボクが見てなきゃダメだろうしね」

 

 その言葉に同期二人は少し笑って、俺は納得してうなずいた。

 

 

 

「アスカには本能作業をしてもらおう」

 

 バレルが『蝉時雨』、クロイーが『雛鳥』の作業をしに行った後、メイベルさんは俺にそう指示した。

 

 今日はメイベルさんもEGOを着ている。なぜか右と左で見た目が違う防具だ。右は鮮やかな青色のスーツのように見えて、左は白くてふわふわと柔らかそうな羽毛の材質に見える。『掲揚(けいよう)』という名前のEGOらしい。

 

 それにしても、妙な話だ。作業する幻想体(アブノーマリティ)じゃなくて、作業の内容を指示されるなんて。

 

「本能作業……ですか?」

 

「キミの勇気を育てるためさ。適正があってもEGOが暴走するなら、もっと強くなって抑え込むのが一番早いだろ」

 

 勇気ってのはここの精神鑑定で評価される値でもあるし、『ロボトミーコーポレーション』におけるステータスの一つでもある。体力や本能作業の質を表した数値だ。

 

 そして、EGOの装備条件にもなったりする。

 

「昔の研究で分かっているんだけど、キミが装着しているギフト『懺悔』はちょっとした勇気が必要なものなんだ。ギフトの微小な影響力で侵蝕するヒトなんか今までなかったから引用されたこともない研究だったけど……やっておくものだね」

 

「まあ、このギフトを抑え込むためのトレーニングってことですね」

 

「ああ。そこで、しばらくは本能作業の成功率が高い幻想体(アブノーマリティ)の作業をしてもらう。それがこのT-05-k51だ」

 

 情報チームに着いて、メイベルさんが指さした収容室には、なんというか、血まみれの壁があった。

 ……流石にビビる。

 

「大丈夫なんですか、これ」

 

「ああ、そうだね。こいつのギフトも勇気に関するものだから、ギフトをもらっちゃっても大丈夫だと思っていいよ。勇気を鍛えたら全部解決だ」

 

「そうじゃなくて、この幻想体(アブノーマリティ)……」

 

「ん? ああ、こいつの危険レベルはTETH(テト)だから、心配しなくていいさ。資料さえ読んでりゃ楽な部類だ」

 

 そう言ってメイベルさんは資料を渡した。それを読んで、なんとなくこの幻想体(アブノーマリティ)について理解する。

 ……まあ、このくらいなら大丈夫そうか。腹をくくろう。

 

「頑張っておいで〜」

 

 収容室に入る。当たり前だが、むせ返るような血の匂いに嫌な気分になる。

 裏路地でもそう見ない光景だ。

 

 資料の通り、壁には切られたような『傷』が何個かついていた。血が出てるし、傷の見た目はなんというか、壁じゃなくて人についた傷みたいだ。

 

「それで……本能作業か。食べ物は食べないだろうし……血を拭くなって書いてるしな……」

 

 収容室ごとに用意されてる道具箱を取り出し、中身を見る。

 この中だと……消毒と治療か? 薬剤とか注射器もあるけど、まだ化物相手にそんなことをする勇気はないな。

 

 傷を洗うことはできないけど、傷一つ一つに消毒液を拭きかけて、大きめの絆創膏を貼る。

 途中で少しだけダメージを受けたが、エネルギーはすぐに貯まった。まあまあ上手くいったんじゃないか?

 

 ただ、作業が終わっても、収容室の扉にはロックがかかったままだった。

 もしかして、また……?

 

 そしたら、ふと、疑問を感じた。

 

 ──なぜ僕は、傷だらけじゃないのだろう?

 

 俺は自分の手を見て、首を傾げた。そして、その疑問を解消するために、手の甲を引っ掻く。

 

 引っ掻いて、引っ掻いて、血が出ても、引っ掻いて──!

 

「はいストップ〜」

 

 突然、引っ掻いていた手を握られて、収容室から投げ出された。それでも頭がハッキリしないままでいると、警棒を振りかぶるメイベルさんが見えた。俺は正気に戻った。

 

「ちょっと、待──」

 

 言い切る前に、五回ほど殴られた。

 

 ひとしきり暴力をふるってから、メイベルさんが、顔を覗きこむ。

 

「冷静になった?」

 

「おかげさまで……。ちょっと殴る回数多くありませんでした?」

 

「仕方ないだろ。それで、やっぱりギフトを貰えたみたいだね」

 

 えっ? と両手を見てみると、俺がつけた傷以上に、大量の傷がついていた。

 ……これがコイツのギフトか。

 

「というか、『やっぱり』?」

 

「なんとなく推測してたんだよ。多分アスカは、EGOや幻想体(アブノーマリティ)に影響を受けやすい体質なんだろうね。幻想体(アブノーマリティ)にも気に入られやすいんじゃない?」

 

「運が良いだけじゃ……?」

 

「そうかもねー。でも収容室から見てた感じ、アスカが影響されやすい子なのは間違いないと思うんだよ。T-05-k51はもともとそういう幻想体(アブノーマリティ)だけど、あんなにすぐ身体をかきむしったのはアスカくらいだ」

 

「……なるほど」

 

 『影響されやすい特異体質』……どうしてそんな性質があるんだろう。

 

「ま、そこはおいおいね。ほら、また本能作業、やって行こっか!」

 

「うっ……分かりました」

 

 はぁ、ずっとこれの作業なのか……。

 

 

 

 

 

 ギフトを抑えこむための地獄の特訓が終わってから少し経ったある日、情報チームの廊下を歩いてたら、最近仲の良い後輩とすれ違った。

 

「あ、アスカ先輩。こんにちは!」

 

「よう、リア。って、あれっ、もしかして『傷ついた壁』の作業か?」

 

「はい! 管理人から指示をもらったわけじゃないんですが、私の作業できそうな幻想体(アブノーマリティ)は一通り見ておきたくて!」

 

「へえ……次も別の収容室に行くつもりか?」

 

「はい。教育チームの方の『空き皿の作法』に行こうかと!」

 

「あー、たしかHE(ヘー)幻想体(アブノーマリティ)か」

 

 入社したばっかりなのに熱心なことだ。

 

 俺とリアで入社した日はほとんど変わらないけども、一応先輩なので注意喚起だけでもしておこうか。

 

「ちゃんと休憩してから行きなよ。福祉チームに行けば簡単なバイタルチェックぐらいはしてもらえるから」

 

「……ふふっ」

 

「? どうした?」

 

「アスカ先輩って、やさしいですよね」

 

「え」

 

「えへへ、ありがとうございます! 心配してくれて!」

 

 そう言って元気に手を振りながらリアは去っていった。俺もぎこちなく手を振る。

 

「……調子狂うなぁ、もう」

 

「へー、アスカくんって後輩と仲がいいんだねぇ」

 

「げっ」

 

 後ろから肩を叩かれたかと思ったら、コントロールチームチーフのオーウェンさんだった。

 仕事を中断してるのを咎められるかと思ったけど、なんだか状況はそれより悪そうだ。

 

「それとも、リアさんにだけ、仲がいいのかな〜」

 

「いや、ほんと勘弁してくださいって……」

 

 オーウェンさんにからかわれるのを受け流すのに夢中で、俺は気づけなかった。

 リアが向かった方向は、教育チームの方向でも、福祉チームの方向でもなかったって。

 

 

 

 廊下の行き止まりに倒れている、血みどろの死体の前で、俺は立ち尽くしていた。

 

 全身に掻きむしったような痕が残って、指の爪は剥がれて、顔に至っては、それが誰かわからないほどに崩れていた。

 それなのに、どうしてこの死体がリアのものだと分かってしまうんだろう。

 

 どうすればリアを死なせずに済んだんだろう。

 あのときの些細な会話が、発端だったのかもしれない。

 あのとき引き止めていたら?

 もっと注意深くリアを見ていたら……。

 

 後悔のような、自責のような感情が頭を巡って、バレルが見つけてくれるまで、ずっと、俺は、立ち尽くしていた──。

 

 

 

 

 

 寝て起きるたび、違和感を感じていた。しかしそれが何かを理解していなかった。

 彼はいつだって日々を笑うように努めたが、私が彼を尊敬する理由はそこではなかった。

 

 彼が涙を流した日、私のかけた言葉は疑いなく本心だ。できる限りのことを彼にするつもりだったし、したつもりだったが、また私は理解をしていなかった。

 彼は私と同じ違和感を持っていたが、そのことすら理解できなかった。

 

 ある日、彼はベッドを引っ掻き、壁を引っ掻き、机を引っ掻き、腕を引っ掻いた。彼が沈んだ血の水たまりは、どれが爪から出た血なのか、どれが腕から出た血なのか分からない。

 

 私は違和感の正体に気がついた。やはりいつだって、彼は物事を理解するのが早い。私なんかより、はるかに、早かった。

 

 私は自らの腕を引っ掻いた。

 

 

 

T-05-k51『傷ついた壁』

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