生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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侵蝕『自由競争』

 

『クロイーさん、始めまして! 私は福祉チームチーフのアナスタシアです!』

 

『えっ? あ、そうですね! 行きましょう! ね、ね、メイベルちゃん、新人の子がご飯に誘ってくれて……!』

 

『多分ですけど……クロイーちゃん、妹さんいますよね? やっぱり! なんで分かったって……なんでだろ。きっと私もそうだから分かるのかな?』

 

『クーちゃんの妹さん、面白いですねー。私の妹もですか? いやいや、あの子よりずっと面白いですよー』

 

 つい最近までのことが、まるで昔のことみたいにフラッシュバックする。

 

 ああ、そうだ。最初は、お互いの妹の話で盛り上がったんだっけ。

 

 それがきっかけで仲良くなって……そういえば、彼女の妹さんは今頃、どうしてるんだろう。

 

 妹たちの生活のためにお金を稼いでいるのも、私たちは同じだった。でもそれなら、生活費を稼いでくれてる姉がいなくなったら……彼女の妹さんは。

 

 きっとそれがわかることはないだろう。私は彼女の家の場所も知らない。

 

 同じ会社に勤めてるからって、翼は職員の個人情報をそこそこ大事にしてる。だから、これから一生、知ることもできないんだろうな。

 

 公私をしっかりするとかそんなこと考えずに、もっと仲良くなればよかった。

 

 ……私がいなくなったら、ハンナたちはどうなるんだろう。

 

 

 

 

 

「ここが……。意外と初めて入るな」

 

 収容室に入った私は、中を見渡す。物珍しいという訳じゃなくて、怪しいものがないかの確認だ。

 

 これは管理作業じゃない。強いて言うなら観測業務だ。

 

 私とアスカや、安全チームと情報チームの何人かは、アナスタシア元チーフの不審死の原因を調査してる。

 

 そして、その調査部隊のリーダーということになってるアスカにはどうやらなにか確信がついたらしく、調査は実地での実験の段階に入っていた。

 

 私がここにいるのは、それの実験体になることを買って出たからだ。

 

 アスカには気まずそうな顔をされたけど……思うところがあったから。

 

 ナーちゃんを死なせたくなかった。そういうことになるのだろうか。

 

 だからこそ、思う。アスカの言っていた推測に。

 

「ピー!」

 

 本当に、それが正解だったとしたら……どうして、誰も気づかなかったんだろう。

 

 雛鳥の頭をなでて、愛着作業を始めながら、考える。

 

 どうしてみんな、アスカみたいにその違和感に気づけなかったんだろう。少し調べればナーちゃんと同じような不審死は山のように見つかった。なのに。

 

 気のせいだろうと、問題ないだろうと見過ごしていたのか。見過ごす回数だけ、ナーちゃんを見殺しにしていったんだろうな。

 

 私も……同じだ。

 

 自分が死にたくないと思うなら、他の人にも死んでほしくないと思うなら……この職場のたくさんの不審死について調べて、何が原因かを明らかにするべきだったんだ。

 

 私にはそれができたはずだ。みんなにもそれができたはずだ。この悲劇は、防げたはずだった。

 

 なのに、どうして……。

 

 怒りとやるせなさを抑えて、私は雛鳥の顎をなでた。カランカランと、雛鳥の首にかけられた薬瓶が揺れて音を鳴らす。

 

 そのビンの表面をなぞった。ツヤツヤしたガラスを指でなぞって、不自然じゃないくらいの動きで、軽くビンを握る。

 

 ……この支部での不審死の多くは、能力を基準に反応するアブノーマリティが引き起こしている。

 

 例えば、慎重さの全くない人がある作業をすると、身体中を引っ掻いて死んでしまうアブノーマリティ。

 例えば、ある程度勇気がないと同化させられてしまうアブノーマリティ。

 

 それらの事故の不審な点は、事前に検査した能力値はアブノーマリティの『基準』を満たしているはずなのに、死んでしまった所。

 

 アスカは、それに注目した。

 

「ピー?」

 

 考えこむ私に、雛鳥が首を傾げる。はいはい、分かったよ。

 

「雛鳥、競争をしよう」

 

「……! ピーピー!」

 

 ナーちゃんも、チーフまでしているベテランなのに、本来なら私たちの苦しみに同化させられるはずなかったんだ。

 

 それなのに、死んでしまったのは。いなくなってしまったのは。

 

 ビンを握る力を少し強くする。

 

「いまから五分間。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私の勝ちだから」

 

 

 そのまま、私はビンを握り潰した。

 

 

 ガラスの破片が手のひらに刺さる。キラキラとした粉が指の隙間から漏れる。負けを悟った雛鳥が悔しそうに鳴き声を上げる。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()

 

 これだ。これが事故の原因。ナーちゃんが死んだ原因。職員の能力を下げる粉薬。

 

 雛鳥を鎮圧すると必ず舞うこの粉薬が、全部の原因なんだ。

 

 何度も脱走するアブノーマリティの無数の鎮圧記録が意味のあるものだったなんて、誰も分からなかった。

 

 ナーちゃんはこの粉薬を浴びた状態で収容室に入ったから、私たちの苦しみに食われたんだ。

 

 でも、どうして? どうしてこんなことに気づかなかった? そんなこと、この支部で無数に起きていたはずなのに。

 

 たくさんの事故が起きていたのに。どうして、チーフの番になるまでずっと防げなかった?

 

 私はまたビンを握り潰す。キラキラした粉が、さらに舞っていく。

 

 雛鳥は……競争しようと言いながら、こうやって相手の力を弱める粉を持っていた。

 

 それはきっと、何がなんでも競争に勝とうとする意志の現れ。

 

 ナーちゃんが死んじゃった原因なのに、憎しみを感じるべきなのに、私は雛鳥のそれが羨ましかった。

 

 それはズルと言われるものなのかもしれないけど……私も、こうであればチーフを助けられた。何をしてでも親しい人の命を守りたいと思っていたら……。

 

 自分の目的のためならなんでもするって、そう考えてたのに。そうしてきたつもりだったのに。

 

 ……ああ、そうか。全部納得した。わかりきったことだった。

 

 チーフが死んだ理由。誰もがこの粉の効能に気づけなかった理由。

 

「……ごめんね、チーフ」

 

 選んだんだ。チーフが死ぬかもしれない道を。不思議な事故が起きても、素通りした。

 

 私は、みんなは、そんな些細な違和感に時間を割かないことを、選択した。

 悲劇を防ぐことになるかもしれなくても、可能性が低いからと切り捨てて、同じ事故が起きるリスクを受け入れたんだ。

 

 視界がねじれて歪んでいく。

 

 私たちは、自由だ。

 

 例え収容室に閉じ込められていても、無理な競争を持ちかけられても、ズルを仕掛けることも。

 呪いをかけられて身体が動かなくても、全てを知ることができなくても、辛いことを受け入れることも。

 

 私たちは自由だった。

 

 この状況になることを、みんなはすでに受け入れていた。

 

 ナーちゃんがいなくなって、変わり果てた姿で苦しむことを、私は、選択していた!

 

「は、はは。全部、私の意志だったんだ……」

 

 ……ふと、首に知らない感触があった。雛鳥の首と同じ、さっき割ったのと同じような見た目の、薬瓶がかけられている。

 

 それが首にかかるのは初めてだが、違和感はない。

 

 私は血まみれの手で自分のビンをなでた。それが、初めて発見された雛鳥……いや、競争鳥のギフトだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 調査が完結して、報告書を提出したあとのことだった。問いかけたアスカは、心配そうな目で私を見てる。

 

 そんなに酷い顔をしていたのか。でも、心配されても、特に何も感じなかった。

 

 良い感情も、悪い感情も。なにも感じない。

 

 ああ、心配してるんだ。どういうふうに答えようか。みたいなことを思うだけだ。

 

 きっとその問いは、いろいろなものを含んだものだっただろう。

 

 チーフの死に結論をつけられたのか。包帯をつけた手の怪我は痛まないか。心は安定しているか。

 

 アスカの方は、きっとどれも大丈夫そうだ。私も、そういう風に返す。

 

 表情を保て。自我を作れ。

 

 こんな時にも笑えるような自我を。

 

 生き残れるような自我を。

 

 口角を上げる。

 

「大丈夫だよ」

 

 私は笑って返事をした。

 

 

 

 

 

 雛鳥は皆の意見がバラバラにならないように、仲間たちのまとめ役になることにしました

 

 すると、誰かが言いました

 

  『でも、君は子供だから全然偉くないよ!』

 

 それを聞いた雛鳥は、仲間たちと競争することにしました

 

『一緒に競争しよう。勝てた方が偉いんだからね』と

 

 仲間たちは喜んで競争に参加しましたが、気づいていなかったのです。雛鳥にキラキラした呪いの粉をかけられていたことを

 

 そして、雛鳥は大人になりました。

 

 

 

OBSERVATION SUCCESS

O-02-k56『雛鳥』『競争鳥』最終観測成功。

 

 

 

 

 

 ……私は知ってる。

 

 アスカは『特別待遇』だ。

 

 実験対象として見られているし、毎日経過観察のレポートを書かされているけど……死にそうになったら、助けてもらえる。支部の中で、死んではならない職員ってことにされている。

 

 絶対に生き延びられる立場。

 

 なにがなんでも生き延びようと思った。

 妹たちのために。ナーちゃんと同じ風にはならないように。

 

 だから、私はその扉を叩いた。

 

「失礼します、メイベルチーフ。……EGOと侵蝕現象について、実験対象者を探しているんじゃないかと思いまして」

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