生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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休日『ぼくのわたしの利他心』

 

「おはよう」

 

「あっ、来た。おはよ」

 

 巣のショッピングモールに来ると、入口の前のベンチでクロイーが座って待っていた。

 

「早いな。待ち合わせの時間はまだ先なのに」

 

「アスカこそ。遅れたわけでもないんだから、待たせたのは気にしなくていいよ」

 

「気にしなくていいならわざわざ言わないでもらいたかったけどな……」

 

「あはは」

 

 笑いながらクロイーは立ち上がって、ワンピースの白いスカートがひら、と俺の目に映る。

 

「なに?」

 

「いや……そんなヒラヒラした格好もするんだって思って。いつも外で会うときは同じジャージだったのに」

 

「そりゃ今までは裏路地でばっか会ってたから。裏路地には動きやすい服で来るに決まってるでしょ」

 

「まあ、それもそうか」

 

 思えば、休日にクロイーと会うときははいつも、バレルと訓練したり、裏路地での騒動を鎮圧したりしてるときだった。

 

 俺はクロイーの言葉に納得する……けど、いつもより女の子っぽいその格好を見ると、どうしても他のチームの同僚からの言葉が脳裏に蘇った。

『へえ、君らそういう関係だったんだ』とか『ヒューヒュー』とか。

 

 ……ん? というかそれだと、クロイーって。

 

「どうしたの? 行こうよ」

 

「……あ、うん。そういえばどこ行くんだ?」

 

「最初は……買い物に付き合ってもらおっかな。荷物持ちは頼んだ!」

 

「はいはい……って、その前に、クロイー、鉛筆」

 

 俺は探してきた鉛筆をカバンから取り出そうとする。

 

 ……多分これ自体は口実みたいなものだと思うんだけど。

 

 そんな、俺の考えが正しいことを示すように、クロイーは俺の行動を手で制止した。

 

「いや、まだいいよ。今日のうちに忘れないで返しに来てね」

 

 なんじゃそりゃ。首を傾げてる間に、クロイーはてってっとショッピングモールに入っていく。

 

 ……はあ、今日は振り回されることになりそうだな。

 

 

 

 

 

「まずは服、服を買おう!」

 

 ということで服屋に来た。それを言い出したクロイーは今、試着室に入ってる。服選びはなかなか難航してるようだ。

 

 もう何度も聞いた音を鳴らして、カーテンが開く。

 

「これはどうかな。変じゃない?」

 

「だから、全然大丈夫だって」

 

「本当? この(はね)が違和感なければいいんだけど」

 

「それは……。うーん、ギフトはもう諦めろよ」

 

 クロイーは自分の背中についてるセミの(はね)を触った。

 

「背中に目立つ翅が付いてると服選びも大変そうだな」

 

「本当だよー。服の中に隠そうとすると痛いし。周りの人とかどう思ってるんだろこれ……。ハンナには笑われたけど」

 

「西部のフィクサーだとでも思われてんじゃないか? こんな感じに装飾付けたりもするらしいし」

 

「あーもう、なにそれ。嬉しくないなぁ。いいよねアスカは。まだ見られるギフト付いてて」

 

「そうか?」

 

 俺はさっきまで背負っていたテーブルを横目に見る。いまは地面に立てかけてるけど、外じゃずっとこれを背負ってた。どの地域のフィクサーでもそんなことはしないだろ。

 

 それに、俺は頭の周りに三つもギフトが付いてるからなぁ。茨の冠のついた深緑の帽子と、その上サングラス。両手が傷だらけなのも相まって、見た目がヤクザすぎる。

 

 クロイーは苦笑いする。

 

「そうでもないかも」

 

 また服を選びに行くクロイーについていく。

 

「でも流石に、背中に穴が空いてる服しか選べないのは面倒くさいだろうな。選択肢少なくなるだろうし」

 

「工房のオーダーメイドも考えたけど、どうしても高くてね。基本フィクサー用だし」

 

 さすがに店の服を突き破っちゃいけないから、さっきからクロイーは背中の空いた服ばかり試着している。

 

 いつも着てるEGO防具はどうしてるのか聞くと、EGO防具はギフトの形に応じてウニョウニョ動いて、勝手に背中に穴を作ってくれるんだとか。抽出チームの調整もあるんだろうけど、ほんとにすごい装備だ。

 

「お、これとか似合うんじゃないか? 色もクロイーの赤毛に合うし」

 

「確かに良さそう。センス良いねアスカ、意外だ」

 

「意外は余計だろ」

 

 

 

 

 その後、服を買って荷物持ちさせられて水族館行って動物園行ってサーカス見に行って映画見に行ってレストランで晩ごはんを食べたあと、すっかり暗くなった巣の通りを、俺とクロイーは歩く。

 

 人はまばらだけど、街灯や窓の明かりが、K社の巣……エメラルドの都市を、にぶく輝かせていた。

 

「すっごい美味しかったぁ。いい店予約したねアスカ。気が利くじゃん」

 

「気に入ってくれたなら良かった」

 

「ほんっと、こんなに楽しい休日は久しぶりだよ。休みもよく別の仕事とか入れてたから……」

 

「へぇ? 翼の職員でも、副業みたいな事ってできるんだな」

 

「社則では問題なかったハズ。ま、他にメインの仕事がある人を受け入れてくれる所はそんなに多くはないんだけど……そこは友達とのツテでね。ちょっと手伝わせてもらってる。ガッポリだよ」

 

「ガッポリなのか」

 

 クロイーのことを忙しそうだと思ったことはそんなになかったけど、裏でそんなに働いていたのか。

 

 そんなにお金が欲しいのかね。……それとも、必要なのか。

 

「でも、こんな遅くなるなんて思わなかったな。ハンナには一応電話しておいたけど……」

 

 ハンナ……酔っぱらってるときのクロイーがときどき漏らす名前だ。多分クロイーの姉か妹のことだろう。クロイーが家に家族を待たせてるなら、晩ごはんの店を予約するのは余計な気遣いだっただろうか。

 

 俺は首を傾げる。そもそもこれはデートだったんだろうか。今日、一日中買い物や映画や食事やその他諸々に二人で行ったわけだけど、全然わからなかった。

 

 自分からじゃなく、異性に誘われたことなんて都市に来る前……というか元の世界でもなかったんだから、クロイーがどういうつもりだったかなんてわかるはずがない。本人に聞いても曖昧にごまかされるし。

 

「それにしてもアスカ、レストランの予約といい、もしかして結構こういうの手慣れてる? 誰かと付き合ってたことあるの?」

 

 その割に、こういう思わせぶりなことを聞いてくるんだから、俺はただ動揺するしかなかった。

 

「まあ、人並みには? 相手が急に行方不明になって、それきりだけど」

 

「……へー。それは、大変だったね」

 

 相手が男だったことは内緒だ。どちらかと言えば誘う側だったことも。

 

 あの子の行方不明に関しては、混乱が収まる前にこの世界に来てしまったから、俺もイマイチなにがなんだかよく分かってない。元の世界に戻れない限り、分からないままだろう。

 

 無事でいて欲しいけど、俺も向こうの世界からいなくなってるんだよな。もしいまごろ、あの子が帰ってきて、寂しい思いをしていたなら……申し訳ないな。

 

 ……元の世界か。戻る方法なんてあるんだろうか。半ば諦めていたけど、未練がないわけじゃない。

 

 できるなら、元の世界に帰りたい。あの子の顔を見たい。愛すべきプロムンファンの同志たちと語り合いたい……。

 

 ……まあ、あいつらは、俺の今の状況を見たら羨ましがるかもしれないけど。……いや、やっぱそんなことはないか。都市だし。

 

 はあ、ダメだな。元の世界のこと考えてると憂鬱になる。やっぱりいつものように、考えないようにした方がいいみたいだ。

 

 俺が元の世界に思いを馳せている間、クロイーはなにか思うところがあるのか、『行方不明』という言葉を反芻しているようだった。

 

「どうした?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「というか、いまどこ向かってるんだ? こんな時間にまた新しい店でも行くつもり?」

 

「いや? いま向かってるのは私の家」

 

「……帰るなら言ってくれよ。どうせ送ってくけどさ」

 

「へへ! ごめんごめん」

 

 悪びれもせず笑うクロイーに頭をかく。家まで連れて行こうとしてるのは、やっぱりそういう意味なんだろうか。

 

 そんなことを考えながら前をさきさき歩くクロイーを見ると、その方向が裏路地の方とは真逆だってことに気がついた。それはつまり。

 

「へえ。クロイーって巣に住んでるんだな。裏路地じゃなくて」

 

「……そうだけど。そもそも裏路地に住んだことはないよ」

 

「そうだったのか……あ、いやっ。別にそれがどうってわけじゃないんだけど」

 

 都市的な価値観だと失礼に当たる言い回しだったかもしれない。

 

 でも、クロイーが巣の出身なのは意外だった。

 

 酔っぱらってなにか語ってるときは、よく『都市は残酷だ』みたいなことを言っていたのに。

 その言葉はProjectMoon作品履修済みな俺も同意するところだけど、その『残酷さ』を実感してるのは、裏路地の住民だけだと思っていた。

 

 巣の出身でも、それなりの残酷さを味わえる何かがこの世界にはあるのかもしれない。

 

 言われてみれば確かに、今日遊んでたときも、クロイーは巣のお店や施設に対して慣れてそうな感じがしていた。裏路地出身のバレルならああはならなかっただろう。

 

 そんなことを考えてると、クロイーが立ち止まった。目の前にあったのは、元の世界にもありそうな……少し寂れたアパート。

 

「着いたか。それじゃあ……」

 

 借りた鉛筆を取り出そうとカバンを探り出した俺の言葉に、クロイーが声を被せる。

 

「うん。ここが私の家。せっかくだし上がっていきなよ」

 

「……はいはい」

 

 有無を言わせぬ圧を感じる。拒否権はないらしい。

 

 402号室に着いて、クロイーは扉を開いた。ここがこいつの部屋らしい。

 

「ただいまー」

 

『おかえりー』

 

 クロイーの声に対して、思ったりよりたくさんの声が返ってきた。ハンナって人がいるのは想像できたけど、こんな大勢家族がいる家に呼ぶかね。

 

「姉さん、風呂湧いてるけど先に入るー?」

 

 少しすると廊下の扉を開いて、元の世界だったら中学生か高校生かぐらいの女の子が出てきた。クロイーより少し薄い、桃色の髪をしている。

 

「……って、えっ。誰その人」

 

「今日一緒に遊んでた会社の同僚。ちょっと渡したい物があるから連れてきた」

 

 俺は『渡したいもの』とやらの話を聞いてないんだが。そういうことなら先に言えばいいのに。

 

「あーっ、話してた人! 名前は……えっと、アスカさんでしたっけ」

 

「ああ、アスカです。初めまして、いつもお姉さんにはお世話になってます」

 

「はじめまして! ハンナって言います! こちらこそ、いつもうちの姉と仲良くしてくださってありがとうございま……」

 

「ハン姉、男の声が聞こえたけど、クロエ姉が男連れこんだのー?」「えっ、男!?」

 

「ちょっ、あんたらうっさい! すいません、下の子らを黙らせてきます。二人とも、ごゆっくりー……」

 

 『クロエ姉』? 首を傾げてると、ハンナさんの怒鳴り声と幼い悲鳴が家中に響き渡る。

 

「……にぎやかだな」

 

「はは、でしょ。ほら、上がって上がって」

 

 靴を脱いで、並べる。玄関には小さな靴が並んでいた。その光景に目を丸くすると、クロイーが俺のその視線に気づいた。

 

「あ、わかる?」

 

「……大人の靴がないな。もう遅いのに。仕事にでも行ってるのか?」

 

「……いや。この家、親がいないんだ」

 

「なんだって? あんな小さい子らもいるのに」

 

「まあ、ね……」

 

 少しうつむくクロイー。

 

「あの子らは私がいないと駄目なの。私が死んだらどうなってたことか……。チーフも」

 

「え? チーフ?」

 

「……なんでもない。とにかくそれもあるから、本当に助けてくれてありがとう、アスカ」

 

 真っ直ぐな感謝は、少しむず痒かった。俺は、自分でも分かるくらいにぎこちなく笑って、頬をかく。

 

「もしかして、それを言うために家にまで連れてきたのか? ……そんなに感謝してくれなくてもいいよ。俺がやらなくても、他の人が同じことをしていたと思うし」

 

「そんなことないよ」

 

 ぴしゃりとクロイーが言い放って、俺は目を見開いた。

 

「……知らなかったの? アスカほど他の人を助ける人は、他の人のために悲しめる人は、この都市にはどこにもいないって」

 

「……なんだそれ」

 

 言い過ぎだって笑おうとしたけど、クロイーの目は本気だった。その目には困惑と疑念、そして予想外なほどに重すぎる感謝が浮かんでいる。

 

 まるで、あらゆる物を持たず、期待すら持っていなかった誰かが、突然あらゆる物を手にしたかのような、大げさな感情。

 

 まあ、そりゃ俺が元いた世界よりは残酷な都市だ。でも、都市に住む人間が、誰も他人のことを助けないってわけじゃないと思うんだが。

 

「ほら、俺じゃなくても、誰か……バレルだって良いやつだろ?」

 

「バレルだって都市の人だよ。確かにあの時、一度は助けようとしてくれた……でも、ハリーさんの命令で、すぐに足を止めたんだ」

 

 酔っぱらいながら言っていたあの話か。クロイーは何度も同じ話で、バレルをいじっていたものだけど。

 

 でも、ふざけていたあのときよりも、いまのクロイーの話しぶりの方が……なんというか、バレルを許している感じがした。自分が見捨てられたって話をしているのに。

 

「組織の長って立場なのに翼の職員をやってるのは、やっぱり相当な理由があるんだろうね。命令に背くなんて、社員としての立場を危うくさせることは、バレルもしたくはなかったんだろう」

 

「だからって……」

 

「分かってる。バレルは悪い奴じゃないよ。ハリーさんに撤退命令を下されたときのバレルの顔……覚えてるから。悔しそうな、悲しそうな顔」

 

「…………」

 

「そんな顔をしてでも逆らってはいけない理由があるんだろうね。うん、それが普通なんだと思う。みんな、心がないんじゃなくて、心を殺さざるを得ないんだ」

 

 ……バレル。組織(マンチキン)のお金に余裕を持たせるってだけの目的で翼の社員になったんだと思ってたけど、他にもなにか理由でもあるのか……?

 

「それなのに、アスカは助けに来てくれた」

 

「命令違反をしたってわけじゃない」

 

「でも、命令されて助けに来た訳でもない。他の人ならもっと早い段階で、なにかに違反してるんじゃないかって思い留まっただろうね」

 

「そんなこと言うなって。それに、バレルだって同じ状況だったら……」

 

「逆にアスカは、もしバレルみたいな状況になっても、命令に背く形でも、助けに来てくれたでしょ?」

 

「な……」

 

 驚いた。けど同時に、納得して、説得されてしまった。

 

 誰がどう言ったって、俺はクロイーを助けに行ったんだと思う。そしてそれはきっと、都市の普通じゃない。

 

「ねえ、どうして私を助けてくれたの?」

 

「都市でやっと出来た仲間に死んでほしくない……から」

 

「利己的な理由の一片もないの? ただの利他心なの?」

 

「『死んでほしくない』ってことが利己的じゃないなら、そうだ」

 

「……どうしてアスカは、そんなに他人のためになれるの? こんな都市で」

 

 その質問の答えは……『都市出身じゃないから』っていう、それだけかもしれないと思った。都市に最初から生きていたわけじゃない俺だから、まだ利他心が残っているだけだって……それだけなのかも。

 

 でも、そう答えちゃいけないと思った。今までの質問で、クロイーが都市に絶望しているのは、なんとなくだけど分かったから。

 

「……きっと、俺が特別、利他的なわけじゃないさ」

 

 クロイーを絶望させたくなかったから。誰しも、そんなに絶望したくないだろうから。

 

 クロイーが、自分の生きている世界に、少しでも希望が抱けるように。

 

「でも!」

 

「やっぱり他の人が俺の立場なら、きっと同じことをしたと思う。……これは、あの状況だけじゃなくて、関係性とかそういうのも含めてな?」

 

「……アスカが、同僚のことを大事に思ってるってこと?」

 

「いや、同僚っていうか……ああもう。俺も都市の人間だけど、それでも助けたいって、死なせたくないって思えるくらい、クロイーっていう友達を大事に思ってるって、それじゃダメなのか?」

 

「それでも……って、えっ? えっと……」

 

 言葉の意味がわからなかったかのように、途中で言葉を止めたクロイーは、眉をひそめて、少し考えたあと……何度か口をパクパクさせて、そのまま口を閉じた。そして、俺も黙りこくる。

 

 くさい台詞のせいで、お互いの頬が赤く染まった。

 

「……どうして?」

 

「どうしてって……」

 

「どうして、私の事を、そんなに大事に思ってくれてるの?」

 

「そりゃ、一緒に飲んだり遊んだりするのは楽しいし……それに、良いやつだし」

 

「私はそんなに良い奴じゃ……」

 

「いーや、良いやつだね。……そもそも、こんな話をされること自体おかしいんだよ」

 

 俺は大仰に首を横に振って、考えすぎなクロイーを、笑わずに笑い飛ばす。

 

「……だって、初めて収容室に入って、ギフトの侵蝕に苦しんでた俺を助けに来てくれたのは、クロイーなんだから」

 

 クロイーは目を見開く。どうしてクロイーが驚くんだと、俺は少し笑いそうになった。

 

 そんなことを忘れていたのなら……もしかしてこいつは、俺の恩人になったつもりですらなかったのか。なんてにぶいやつだ。

 

 俺にとってクロイーは、最初から良い同僚だったし、良い友達だった。

 

「あんな風に、まだ知り合ってもなかった俺を助けたクロイーが、どうして俺に利他心を問うんだよ。きっとそのときの俺と、あのときのお前は一緒だよ」

 

「あれは……」

 

「それに、侵蝕して『引き摺る過去』になってた俺に、ただの慰めじゃない、叱咤を投げかけてくれたのもクロイーだ」

 

 俺を懺悔室から引きずり出してくれたあの言葉を、俺は忘れない。

 

「俺に、生きていいって思わせてくれた……。なのに、助けないわけないだろ?」

 

「……わ、私、は」

 

 その声で、いつの間にかクロイーの声が震えていることに気がついた。顔を見て、驚く。

 

「え」

 

 クロイーは目に涙を浮かべていた。

 

「……どうして」

 

「……クロイー?」

 

「どうして、よりによって、よりによって、アンタが、一番私の言ってほしいことを、言ってくれるの……」

 

 そう言って、一筋の涙がクロイーの頬をつたう。予想外の反応に俺はあたふたしてしまう。

 

「だ、大丈夫か? 変なこと言っちゃったかな……」

 

「……うっさい!」

 

「なっ、はっ?」

 

「ほら、鉛筆出して!」

 

「お、おう……」

 

 俺は借りた鉛筆を取り出してクロイーに差し出す。同時に、それと交換するかのように、クロイーが小さな箱を俺へと差し出した。

 

「え、これ……」

 

「プレゼント! 助けてくれたお礼! J社の情報施錠筆記ペン! ほら、受け取ったらさっさと帰る!」

 

「それってかなり高いやつ……」

 

「ほら、帰った帰った!」

 

 俺の手から鉛筆をブン取って、俺を家の外に追い出して、扉を閉めるクロイー。バタンと大きな音が鳴る、

 

 でも、その直前、小さく声が聞こえた。

 

「……ありがと」

 

 外に放り出された俺は、受け取った小さな箱を少しぎゅっと握る。

 

 ため息をついた。

 

「照れ隠しも大概にしろよなー……」

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