装着『足のひっぱり合い』
「ちょっと!」
泣いていた(怒ってる?)クロイーに追い出されて帰ってる途中、夜の街を歩いてると、後ろから声が聞こえた。
聞き覚えのない声でもなかったので、立ち止まって振り返る。
「あれ、ハンナさん? どうしたの? あとこんな夜中に出歩くのは……」
「なんですかそれ、裏路地でもないのに。……じゃなくて! お姉ちゃ、いや、姉さんを泣かせて、そのまま帰る気ですか!?」
……なんかすごい勘違いをされてる気がする。
「いや、あれは泣かせたというか……。いや俺の言葉で泣いたのはそうなんだけど!」
「ほら、泣かせたじゃないですか! あの姉さんを泣かせるなんて、何したんですか!」
「いやでも、悲しませたわけじゃないというか……感激?の涙というか……」
泣かせた俺が『感激の涙』とか言う説得力のなさに、言葉がしどろもどろになる。ハンナさんの視線は鋭くなるばかりだ。
「あーもう! じゃあことの
まあ、クロイーの妹ならいいかと、俺はしぶしぶ泣いたクロイーの説明をする。
もちろん、L社の企業秘密やクロイーが死にそうだったってことはボカした。なんとなく、クロイーは妹たちに心配をかけたくなさそうだと思ったし。
でも『クロイーに危険があった』って事実は、言わずともハンナさんには伝わってしまったのかもしれない。話し終わると、ハンナさんは息を呑んでいた。
「そ、そんなことが……」
「納得してくれた?」
「いや、で、でも! ふ、二人はどういう関係なんですか!」
「どういうって、普通の同僚……のはずだよ」
「はずってなんですか……」
文句を言いながらも、ハンナさんは少し考えこむような顔をして、口を開いた。
「職場で、姉さんは元気そうですか?」
「俺が見てる限りだと、元気だよ。同じチームの人たちでお酒飲んだときもよくはしゃいでるし」
「そっか……それなら、良かった」
「ハンナさんたちからすると、しんどそうに見えたのか?」
「……姉さんは、職場の話をあまりしないんです。普段はなにも心配することはないみたいなフリをしてるけど、姉さんはいつもそうだから……大変じゃないわけないのに」
「『大変じゃないわけない』だって?」
「そりゃそうでしょ。いくら翼の支部だからって……働き始めたばかりで、私たちを養えるぐらい給料をもらえるお仕事なんて。大変に決まってます」
「……それはそうだなぁ」
俺はロボトミーの地獄を思い浮かべる。
「姉さんに大変なことが起きたってことも、私たちは知らなかった……。……私たちに親がいれば、姉さんがこんな苦労をすることなんてなかったのに」
「……失礼だけど、親御さんはどうして家にいないんだ?」
「知りません」
知りません? 予想外の答えだ。と思ったが、次の言葉で納得した。
「私や下の子には、親のことを知らないんです。姉さんに聞いてもはぐらかされるし……」
「ああ、物心ついたときには親がいなかったのか」
「はい。……下の子たちは私より六歳も下だからまだ分かってないけど、私は姉さんの苦労をずっと見てきました。……助けたいんです。少しでも姉さんの苦労を軽くできたら……」
「……俺が言うことじゃないかもしれないけど、その気持ちだけで、クロイーもありがたいと思うよ」
「でも、家事をやっても、下の子たちの世話をしても……姉さんの苦労の半分も背負えてないんです。今だって。早く大人になって、働けたなら……」
……それにしても、どうしてそんな深刻な話を俺にするんだろう。誰にでも言っていい話じゃないんだろうに。
そんな冷静な感情が表に出ていたのか、ハンナさんはキッ、と俺をにらみつけた。
「あんな風に、姉さんの弱いところなんて、初めてなんです。姉さんは私たちの前ですら、強がってるから」
「……だからって、俺の方がハンナさんよりお姉さんと仲がいいってことではないと思──」
「当たり前です! 私の方が姉さんと仲良しに決まってます。でも……」
『私たちの姉さんが取られちゃう……!』みたいな心配をしてるのかと思ったけど、間髪入れずに否定された。愛されてるなぁ、クロイー。
「でも、姉さんにとってきっと、あなたは大切な人なんだと思います。それはきっと、自分の弱味を見せられるくらい」
「そんな大層なものじゃ……」
「いーえ、あなたが思うよりずっと、大事なことです。姉さんが泣いてるところなんて初めて見たんですから」
「そうかなあ」
「そーです。あなたも姉さんのこと、大切にしてくださいよ!」
「いやだからそんな関係じゃ……」
「姉さんを悲しませたら承知しませんから!」
「えー……」
クロイーがなにか腹に抱えてるだろうことはわかってたけど、まさか家族にここまで言われるほどだったとは。
そもそも、どうしてあの時クロイーが泣いたのかすら、俺はちゃんと分かってはいないのに。
「アスカさ……いや、お兄さん。連絡先教えてください」
「えッ? な、なんで?」
思いついたかのように、ハンナさんは突然妙なことを言い出した。
「職場での姉さんの様子が知りたいからです。ときどきメールするので、姉さんが元気か聞かせてください」
「えー……」
「ほら、早く!」
強引なハンナさんに負けて、電話番号を教えてしまった……。
休日明けの朝は憂鬱だ。これから死ぬかもしれないくらい危険な職場に行くことを考えると、いつも起き上がりたくなくなる。
でも、今日はまだマシかな。やっぱり、アスカがあんなことを言ってくれたからだろうか。
会社に入るとき、何がなんでも生き残ろうと思った。稼ごうと思った。心をどれだけ殺しても、他の人を見殺しにしてでも、生きなきゃいけなかった。
だけど、どうしても心は殺しきれなかったんだろう。ナーちゃんが死んだときも、アスカを助けたときも。
それでも、心が死にきれないからこそ、アスカは私のことを良い奴だって、助けたいと言ってくれた。
自分自身の心をさらけ出してしまった『失敗』を、それでも大切に心に留めてくれる誰かがいるのであれば、それは失敗でも未熟さでもないのかもしれない。自分自身を受け入れてもらえたような心地すら感じた。
でも、それでも、何がなんでも生きなきゃいけないのは変わらないんだ。私はまた、折り合いがつけられずにいた。
まだ、心を殺しきれず、生き延びられる自分を演じきれず、弱さが漏れてしまう私のまま。
それでも今日は、きっと生き延びられるって思えた。だってあそこには、私を助けたいと思ってくれる仲間がいる。
だからまた、不格好な『クロイー』の仮面を被って、会社へ出勤する。
「おはよう、みんな。今週も気張ってやっていこうか。だけど、ちゃんとした朝礼をする前に、今日はバレルとクロイーに渡すものがあるんだ」
福祉チームのメインルームで朝礼の開始を待っていると、やってきたメイベルチーフは私とバレルに一枚の書類を渡した。その文は『辞令』と始まっていた。
『本日付けをもって、懲戒チーム勤務を命ずる』
えっ。
私はまず、同じ書類を渡されたらしいバレルと顔を合わせて、その次に何も渡されなかった……首を傾げている……アスカを見た。
「どうした?」
「……懲戒チームに転勤だって」
「……うわー」
「はぁ、最ッ悪!」
気の毒そうな顔でアスカは私を見た。そりゃそうだ、懲戒チームと言えば、死亡率が一番高い部署。ロボトミーの職員みんなが、そして私が、一番行きたくない部署。
バレルも「うへぇ」みたいな顔をしてる。私も同じ気持ちだ。
だけど、私にはバレルにはない疑念もあった。。
どういうことだとメイベルさんを見る。こうならないために例の実験を志願した筈だった。管理人は貴重な実験体を死なせたいのか?
「はい、二人のE.G.O。クロイーが懲戒チームに行くことになるから、今日のE.G.Oの配備は私がやっておいたんだ。懲戒チームへ行く二人も、こっちでE.G.Oを装備してから懲戒へ行きなね」
私の視線に気づかない振りをして、メイベルさんは装備の入ったスーツケースを私とバレルに押し付けた。
「それと、懲戒に行く二人と入れ替わりに新入りが来るから、アスカもそれまでにE.G.Oを装備しておくこと」
「うわー……慌ただしいですね」
「『私たちの苦しみ』の騒動で結構な人員整理が必要になったみたい。新入社員も何人か入ってきたらしいし、今日はそういう日だ。とにかく今は、E.G.Oの装着を急いだほうが良いだろうな。ということで朝礼終わり! みんなロッカールームに急げ!」
突然の辞令に驚いていても、会社の命令には逆らえない。
まだ何も納得が出来ていないまま小走りで向かったロッカールームで、スーツケースの中身を見て目を見開く。今まで着ていた額縁じゃない、新しいEGOだったから。
着替え終わってメインルームに戻ると、アスカとバレルが待っていた。
「あ、二人も新しい防具になったんだ」
「だな。お前は……競争鳥のEGOか」
アスカは深緑色のスーツで、胸元にチェーンがある。『道連れ』かな。
バレルは迷彩柄のクロークを着ている。それを見て、全く同じ装備を着ていた懲戒チームの部門長を思い出した。……あれ『榴弾』だ。相変わらずのHE装備。
私が装着してるのは……忌まわしい『呪いの粉』。茶色の服の上から、雪のようにキラキラした粉が積もったような見た目だ。着心地は悪くないけど……。
「武器も道連れに変わったんだよな。やっと懺悔も使い慣れたって思ってたのに。二人も武器は変わったのか?」
「私も防具と同じ。『呪いの粉』を渡されたよ」
「俺の武器は『蝉時雨』のままだな。同じヤツ組み合わせた方が良いんじゃなかったっけ?」
「榴弾の射手の武器はWAWだから、流石にまだ早いってことじゃないか?」
「あー、なるほど……というかアスカ、詳しいね?」
「まあ、好きなアブノ……いや、なんでもない」
今『好きなアブノーマリティだから』って言おうとした?
「でも、私だけTETH装備かぁ」
「いや、俺の装備もTETHらしい」
「え? でも道連れってHEじゃなかったっけ」
「『私たちの苦しみ』がTETHランクだったころに抽出された装備なんだってさ」
「あー、なるほど」
どうやら『私たちの苦しみ』は危険度が上昇していくアブノーマリティだったらしい。この前の騒動でWAWになったんだっけ。
……この装備といい、またあの時の事を思い出して、憂鬱な気分になってしまう。
「そろそろ行かなきゃな」
雰囲気が気まずくなりそうになって、バレルが話を戻した。
「だね。あーもう、嫌だぁー! 今から懲戒チーム所属かぁ」
「侵蝕した俺と殺し合うことになるかもな、二人とも」
「うわ、それイヤだな。絶対お前侵蝕するなよ?」
「それは……まあ、がんばる。それにしても、俺たちの中で次にチーフになりそうなのはバレルだと思ってたのにな。メイベルさんが転属したり部門長に昇進したりするより先に、バレルの方が転属するとは」
「そんなこと思ってたのか?」
「バレルが一番私達の中で昇進早いしね。一人だけずっとランク高い装備つけてるでしょ?」
今生の別れでもないんだけど、少しでも長く福祉チームに留まっていたくて、私達は駄弁っていた。
これから、あの一番戦闘の多い、一番死亡率が高い懲戒チームに行かなきゃならないことを思うと、うんざりして溜息が出てしまいそうだ。
「ま、なるたけ集まりは続けようぜ。
「だね、覚悟しろよー?」
「うわぁ、楽しみにしてる……。二人とも、困ったことがあったらいつでも言ってくれよな」
「あぁ、そうさせてもらおう」
「はーい」
「……ほんと、死ぬなよ? 二人とも」
アスカの声は本当に心配そうだった。でも私はその言葉を聞いて、やっと不安がすっと軽くなった。
「分かってる」
「死にそうだったら悲鳴を上げるからさ、助けに来てよね」
アスカにそう答えて、バレルと私は懲戒チームへ向かった。
大丈夫。
私には、私の事を大事に思ってくれてる仲間が……アスカがいるから。
……ロッカールームで二人きりになって、メイベルさんを問い詰めたら、彼女はこう答えた。
「キミには、アスカにはさせられないような戦闘中での実験もたくさんやってもらいたいんだ」
戦闘実験中に死んでも、アスカよりかは代わりが効くから……そんな理由で、私は懲戒チームに向かうらしい。
唇を噛み締める。そりゃそうだ。ただ実験体に志願したからって、それだけで会社が私の命を優先してくれる理由になんてなる訳がなかった。
それでも、不安を噛み殺す。懲戒チームの死亡率が高い理由は、脱走したアブノーマリティやパニックになった職員を何度も鎮圧する、戦闘が一番多い部門だからだ。
それなら当然、全部に勝って、食い破ってしまえば、死んじゃうなんてことは無いよね?
「福祉チームから転属しました、本日より懲戒チーム所属となりますクロイーです!」
胸を張って、私は高らかに声を上げた。