「安全チームから来ましたパーカーでーす! ヨロシク」
「……新入社員のガリナです」
福祉チームの新入りは、騒がしいのと静かなのが来た。
そして騒がしい方は、前の調査で顔見知りになった人だった。
「ハハハ! いや、まさかアスカと同じチームになるとはな」
「そうですね……」
「資料では見てたけど、噂のバケモンをこの目で見れんのが楽しみだわ」
「……そうですか」
パーカーさんは先輩だ。俺より能力も高い。かなりフレンドリーだけど、俺に関する噂を面白おかしくしゃべる人の一人でもあった。
まあ、嫌な顔されるよりは全然マシだし、そういう人もいるってことには納得してるけど。
俺は静かになってる方の新人を見る。白髪で小柄な女の子だ。どうでもいいことかもしれないが、最近ずっとクロイーの高身長を見てたせいで実際よりも小さく見える。
「ガリナさんの方は……新しくこの会社に入ってきたのか」
「はい……」
「困ったことがあったらいつでも言ってくれ」
「だな。一緒に同じ部門に入ってきた仲間な訳だし、ぜひ! 俺にも何でも言ってくれ」
「じゃ、じゃあ、あの……仕事で死んじゃうこともあるって聞いたんですけど……本当なんですか?」
おずおずと上目遣いにうかがってくるガリナさんの言葉に、パーカーさんと俺は顔を見合わせた。
「ま、まぁ……」
「うーん、ないって言うと嘘になるな……」
「ほっ本当なんだ……! 死んじゃうんだ……!」
「いや、そ、そんなには……死なない……から」
「う、うん。そうだぞ。大丈夫だって。安心しな、ガリナちゃん?」
「でも二人の顔、絶対誰かの死体見たことあるじゃないですかぁあ……!」
そんなに分かりやすかったのだろうか。
「いままでずっと入試村で頑張って、翼の職員になれたなら、生きるのに心配なんてしなくてもいいと思ってたのに……! こんなことならK社の方に……」
「へぇ、K社の採用も通っていたのか。あそこの採用試験は運が良くなければかなり優秀な人間しか通さないはずだけど」
「……詳しいですね、メイベルさん」
「私もK社に採用されかけてたからね。なぜか
他の職員にも聞いたことがあるんだけど、同じ翼でも、都市の価値観だとK社の本社勤めよりL社の支部職員の方が魅力的らしい。比較的新興企業なのと、都市全体のエネルギーの多くを
ガリナさんの方もそうだったんだろうかと、視線を戻す。
「ロボトミーならっ……! 隠れてエンケファリン吸い放題だと思っちゃったから……! 欲に負けた……!」
違った。ただ
地団駄を踏んで絶望するガリナさんにどんな反応すればいいかわからず、新生福祉チームはビミョーな空気になる。なにがツボだったのか、メイベルさんだけはクスクス笑っていたけど。
「……クフッ」
「ま、まあ、ガリナちゃんがちゃんと作業してれば全然大丈夫だって!」
「観測業務ならともかく、管理作業は基本的に十分調べ上げられたアブノーマリティの作業をするだけだから、死ぬ心配はそこまでないと思うよ」
「そ、そうなんですか……? ならまだ安心……」
「プププ……。……って、あれ」
励ましに成功して、ガリナさんが胸を撫で下ろしかけたところで、さっきまで笑っていたメイベルさんが首を傾げた。
「ガリナちゃんにも観測業務をやってもらおうと思っていたんだけど、ダメだった?」
「え」
ガリナさんからガーンと効果音が聞こえるようだった。これはまた、なだめる必要があるかも知れない。
「……それで、ここが今日の観測対象らしい」
業務時間が始まって、ガリナさんに観測業務について一通りのことを教えていると、目的の収容室に着いた。ちなみにパーカーさんは、メイベルさんから福祉チームの仕事を教えてもらっている。
また新しく来たアブノーマリティが、収容室の窓から見える。そのアブノーマリティの見た目は、古びていて、紙が巻かれていて、文字の書かれた鍵盤が付いていて……。
つまろところ。
「これ……タイプライター?」
「分かるんだな」
「えっ、分かるんだなって、どういう事ですか……?」
「……いや、なんでもない」
都市みたいな超技術ばかりの世界で、タイプライターなんて古い遺物的な扱いで、誰も知らないものだと思ったんだけど。
「えっと、あれはさっき言ってたツール型の……アブノーマリティ?なんですか……?」
「たしかに見た目だけならそれっぽいけど、抽出チームによるとツール型ではないらしい」
「そ、そういうのは作業しなくても分かるんですね?」
「詳しくは俺もよく知らないけど……ツール型に直面するとそれを使いたくて仕方なくなったりするのとか、ツール型からはエンケファリンが生成されない……? まあうん、生成されないから、そういうところで判断してるんじゃないのかな」
「使いたくて仕方なくなる……? アブノーマリティって、危険なものなんですよね?」
「ああ。だから、ツール型の収容室に入るときはそれ相応の心構えはしておいた方がいい。まあ、大抵は使うだけでは死なないし、条件満たしてなきゃ別に使いたくもならないときだってあるんだけど」
「……け、結局は『場合による』ってことですか?」
「まあ、うん。アブノーマリティは多種多様だから……」
「ツール型はともかく、これは普通のアブノーマリティみたいだから、作業すればエンケファリンが出るはずだ」
「わわわ、分かりました。かっ、管理作業ですよね。えっと、えっと……」
「……落ち着けよ。最初は俺が作業しよう。危険レベルが低そうならガリナさんに任せる」
ガリナさんに見学するよう言って、俺は収容室に入った。
人に見られながら作業するのは入社以来だから、少しむず痒いな。後輩の見てる前だ、出来るだけ失敗はしたくないけど、初見のアブノーマリティにそんな保証なんかあるものかね。
入った瞬間、タイプライターが発する不穏な雰囲気に少し緊張感を抱く。いや、でも『黒い水槽』ほどじゃない……これは、HEか。ガリナさんに作業させれるもんじゃないかもなー。
それはさておき、とりあえず洞察作業。収容室の掃除をする。
掃除をしても、タイプライターは動いたりもしないし、不気味な気配を発することもない。とにかく静かな時間が過ぎていった。
……あっという間に作業時間が終わる。運も良かったのか、今回のエンケファリンは全部陽性エンケファリンとして精製できたらしい。
この結果なら、意外と簡単そうだってガリナさんを安心させられるかもしれない。しかし、俺がそんなフラグみたいなことを考えていたからだろうか、このアブノーマリティの作業は、それだけでは終わらなかった。
「……ん?」
収容室から出ようと扉へと歩き出す、その直前、なんというか、妙な胸騒ぎがした。どうしてもタイプライターの方が気になったんだ。
振り返った。そこにはさっきと同じように、タイプライターとそれを置いた机、椅子が置かれている。でも、それだけじゃない。視線の先にあるのは、さっきまでは無かったもの。
天井からロープが垂れていた。ロープが輪っかを作って、だらんと不吉な風に垂れ下がっている。
それを見て、最初に思ったことは……
「……『ちょうどいい』」
想像する。あの位置なら、椅子を踏み台にすれば、俺の首がちょうど、輪っかと同じ高さになるだろう。
なんて、ちょうどいい長さの、ちょうどいい高さのひも。
椅子から立ち上がって、縄に首をかけて、椅子を蹴れば……。
すぐにでも、首が吊れる。
首を吊りやすい位置に、ロープが垂れ下がっていた。
そのことがすぐ分かって、その光景を想像して、俺は……涙を流した。
死にたくない。
『どうして?』
誰かから……どこかから。問いかけられているような気がした。
「死にたくない、死にたくない……」
ガリナさんの悲鳴のような声が聞こえるが、内容までは分からなかった。自分の声と、アブノーマリティの声がうるさい。
いつの間にか、俺は椅子に座って、タイプライターに文字を打っていた。
『死にたくない』
音と共に押し上げられた紙に印字されているのは、その六つの文字。
カチッ、カチッと硬質な音が響き、ひとりでに鍵盤が弾かれる。
『元の世界に戻る手段も分かっていないのに?』
『あの時の悲鳴が聞こえていたのに?』
『熱の残る血溜まりが足を温めていた外郭の研究所を忘れていないのに?』
『世話になった事務所が組織に全滅させられたのに?』
『まだリアの事を思い出してしまうのに?』
「あ、ぁあ……」
涙が視界を覆って、なにも見えなくなる。悲しいことがあったんじゃなくて、潰れてしまいそうなんじゃなくて……希望がなくなってしまって、すがりつく先も見つからなくて、孤独にまみれたような、そんな絶望。
生きるのが苦しい。
自分が、生きてはならない存在と思えてしまうほどに、苦しい。
それでも生き続けなければならなかった。苦痛を引き摺り続けなければならなかった。
『どうして?』
「あ……」
そのタイプライターは理由を求める。頬に一筋の涙が流れた。その文字に応えなければならなかった。
滂沱の涙を流しながら、震える指先で、鍵盤を叩く。
生きる理由を言葉にしないと、今すぐにでも頭上のロープで、首を
「本日より懲戒チーム所属となりますクロイーです!」
その言葉を聞いて、メインルームにいた二人の職員は振り向いた。他には誰もいない。あれ? 懲戒チームの管理職員って、もっといたような……。
「バレルです。今日からよろしく」
「ああ、よろしく……こちらも自己紹介しておくか。俺はハンター、知ってると思うけど、部門長だ。次、チーフ」
「はーい、今日繰り上げでチーフになったオリーブだよ〜。気軽にオリーブって呼んでねー」
二人の装備を見た。
ハンターさんは、いつも通り『榴弾』の銃を背負っている。
オリーブさんは……私よりだいぶちっちゃい女の人なのに、彼女の背丈より大きい鎖のハンマーを持ってる。
というかあの武器、アスカのとサイズこそ違うけど『道連れ』じゃない? 大きいのは……WAWランクの方のEGOだってことなんだろうか。ランクが上がれば上がるほど武器は大きくなるのか?
それにしても、『繰り上げ』……オリーブさんの言葉の不吉な響きに、私とバレルは顔を見合わせた。
「二人とも災難だね〜。この会社に入ったばっかなのに、こんなキナ臭いチームに来ちゃってさぁ」
「おいおい、士気が下がるようなこと言うなよ。だからこそ優秀な職員ばかりが来るチームなのさ、ここは」
『多少の例外はあるけど』とハンターさんは横目で私を見た。私は目をそらす。この人は苦手だ。アスカを殺そうとしていたし。
まあでも、私が例外なのは事実。実験のためにここへ送られたようなものだから。
でも、今の話の通りなら、バレルはちゃんと優秀さを認められてここに来たってことか。まあバレルは優秀だし。一人で納得。
「まあ、そういうことだから。君らには十分な能力を期待する。福祉チームのような
「あんまり早く死なないでよね〜」
「……不安だ」
バレルがつぶやいて、私は首を縦に振った。
「さて、改めて……アブノーマリティ共鳴実験にご協力いただきありがとう! 実験体二号クン」
「……その呼び方、止めてください」
懲戒チームでの顔合わせや業務説明が一通り終わると、メイベルチーフから呼び出しがかかった。
だから今いるのは福祉チームの、いつもの……アスカ専用実験室。懲戒チームに行ったり福祉チームに戻ったり、今日は忙しいな。
……というか。
「さっきからずっと警報鳴ってますけど、大丈夫なんですか」
「んー……? まあ大丈夫なんじゃないかな。運が良ければだけど」
「すごい怖いですね」
「まあ、それは置いておいて」
置いておいていいのか? ずっと鳴り響いているファーストトランペットの警報で耳が痛いんだけど。
「それじゃあ、実験体として最初の、記念すべきキミへの指示を言おうか」
「何をするんですか?」
「まずは、アスカのような例外だけじゃなく、私達のような普通の人間がアブノーマリティと共鳴する方法を探る」
「共鳴……というと?」
「……確かに『共鳴』だと曖昧だな。『感応』とでも呼ぼうか」
「いや……どっちも同じように聞こえますけど」
「一つの指標としては、E.G.Oギフトを入手しやすかったり、E.G.Oの能力を引き出す事ができる状態が挙げられるだろう」
「……それって」
「そう、アスカだ。私達の実験のゴールは、クロイー、キミを二人目のアスカにすることだろう。それさえ実現し、方法論も確立できたのなら、全ての職員の感応性を高め、職員の勤務能力を向上させられる」
「……二人目のアスカ」
私はぎゅっと口を結んで、
少しその理由を考えて、私は首を横に振った。考えるまでもない。当然、私の生存の確率が上がるからだろう。
私はこの支部、この会社にとって、貴重な存在になる。必ず生かさなきゃいけないくらいに偉く、重要な存在になるんだ。
「やる気になってくれたようで何よりだよ。じゃあ、早速お願いしようか」
「……何をすればいいんですか?」
「まず重要なのは、アブノーマリティとの感応だろう。今日来たアブノーマリティの事は知っているかい?」
「いや……。また新しいアブノーマリティが来たんですね。アスカみたいに観測業務をすればいいんですか?」
「それはアスカが既にやってる。今はパニックになってそこら中のアブノーマリティを脱走させてるアスカを皆が鎮圧してるところだね」
「ああ、この警報ってそういう……」
「強いアブノーマリティが脱走させられたら厄介だろうけど、まあそのうち鎮圧されるだろ。ガリナちゃんは怖がって泣いちゃってたけどね」
『ガリナ』? 私の知らない職員だろうか。
「それはさておきクロイー、キミにやって欲しいのは、そのアブノーマリティ……O-05-k30への感応を試みる事だ。アブノーマリティの性質を看破し、共感し、感応すること。E.G.Oギフトまで受け取れたのなら完璧だ」
「それって……つまり、何をするんですか?」
「具体的には、ただいつも通り管理作業を行うことになる。その後にレポートも書いてもらうかな。重要なのは、管理作業中、意識してアブノーマリティの持つ物語や観念を覗き込み続けること」
「アブノーマリティに共感すれば良いんでしょうか……?」
「まっ、そんな感じ。注意すべきなのは、それでも自分を保ち続けるべきだってことだ。パニックになってもいけないし、アブノーマリティの傀儡になっちゃってもいけないよ」
アブノーマリティの感情を深堀りするのに、呑み込まれてはいけない……凄い難しい事を言われているような。
「アスカが作業したときの記録を渡すから、一通り読んでおくといい。今回のアブノーマリティだけ特別ね。さあ、頑張れー」
「了解……」
雑な激励にため息をついて、私は手渡された資料に目を向けた。
「……あれ」
いつの間にか私は、収容室の中に入っていた。天井に紐が見える。さっきまで、メイベルチーフから受け取った手記を読んでいたはずなのに。
たしか、読んでたのは……アスカの書いた文書。タイプライターで打ったらしい。
一部アブノーマリティが打ち込んだような文章もあったけど、ほとんどは『どうして生きているのか』という問いへの、アスカの返答だった。それなのに、まるで遺書のような悲痛さがあったのを覚えている。
そのタイプライターはいま、目の前にある。
そうだ、ここはアブノーマリティの収容室で、今は実験中。私は与えられた情報を組み立てて、アブノーマリティの分析を試みる。
天井の首吊り紐やアスカの手記の雰囲気からして、自殺に関係しているアブノーマリティ……? だけど、それだけならあの手記の内容とは合わない……どころか真逆だ。『どうして生きるのか』……このタイプライターは、むしろ本人よりも生きる理由を求めていた。
それに、疑問点もある。例えば……私はどうして、この収容室に来るまでの記憶がないのかとか……。
私はどうして、あのタイプライターに惹かれてしまうのか、とか。
今すぐ、あのタイプライターと問答をしたいと思った。アスカの文章は、そこに書かれたアスカの理由は、美しいと思った。死に直面した者ほど、生の価値を輝かせることができるだろうから。
足が動く、タイプライターに近づく……。
アブノーマリティの不吉な雰囲気も、気にならなかった。それで私の生が輝くのなら……生きてもいいって思えるのなら。
『どうして生きているの?』
タイプライターの硬質な音が響く。
『都市の残酷さを見てきたのに?』
『まだ両親の顔も分からないのに?』
『自らの正気さえ疑ってしまうのに?』
『いつ死ぬのかも分からないのに?』
『恐怖が頭の中を満たしているのに?』
それらの文字の濁流に飲み込まれまいと、自らの『理由』を書き連ねる。だって、死んだら妹たちが……うちのチビっ子達の顔を思い浮かべて、私は……。
「……あれ」
手を止めた。
私は?
私自身の理由は?
チビっ子達の為。それは分かる。でも、それだけだったっけ?
私である必要はあるんだろうか。他の人があの子たちを助けるのなら、私は要らない? 私自身に生きる理由なんてあったのか。私はどんな人間だったっけ。私は? 私。そうか、私は……。
殻だ。
まるで殻のようだと、そう思った。
がらんどう。ただそれらしく、まるでそれが本当の自我であるかのように自分を取り繕った、中身のない殻……。
理由を求めて理由もなく作った理由。
……それならきっと、私には。
チーンと、タイプライターが終わりを告げる。
椅子を上った、ロープを手に取った、涙を流した。
死にたくない。でも私の理由は生きるに足らないと、それは言った。だから、だから……。
「クロイー!」
最期の直前、声が聞こえて、手を引かれた。そして……背中に衝撃。
「……がはっ!?」
「うわ、女の子がしちゃダメな悲鳴」
「あんた、先輩に向かって……じゃなくて。クロイー、無事か?」
「あっ……アスカ? あと……」
収容室にいた筈なのに、私の目には逆さまな廊下が映っていた。床が冷たい。アスカと、すぐ隣りの知らない女が私を見下ろしてる。近い。
何故かモヤモヤして、その娘からは目を逸らした。全身がだるくて立ち上がれないまま、アスカに話しかける。
「な、何があったの?」
「そりゃこっちのセリフだけど……。俺は、首を吊ろうとしてるお前を助け……まあ、収容室から引っ張り出しただけだよ」
「そっか、私……ありがとう。助かった……」
ゾッとする。死のうとしていたの? 私……。
それに……私、自分が死ぬことに疑問すら感じてなかった。アブノーマリティの精神干渉の結果だろうけど……ここまで強制的に人間の意志を歪めるアブノーマリティは初めてだ。
恐ろしさに身震いする。そんな、危ない所を助けてくれた人に視線を向けると、マジマジと私の顔を覗くアスカと目が合った。
「な、何……?」
「また泣いてる」
「えっ。『また』?」
「そっ! ……その事は、言うなぁ……」
アスカの隣の女の子が首を傾げる。咄嗟に涙をぬぐうけど、自然と頬は膨らんだ。ああいう時の事って、二人だけの秘密にするものでしょ、普通?
「それはともかく! アスカこそ、顔に泣いたみたいな痕がついてるよ」
アスカの真っ黒なサングラスの下に、一筋の痕が黒ずんだ輪郭と共に残っていた。
「んや、これはギフトらしい。これがずっと付いてるってだいぶ辛気臭いとは思うけど」
「いかついサングラスだけつけてるよりはマシじゃないですか?」
「言うねぇ。先輩だぞ……」
女の子とアスカの話で、私は実験のことを思い出す。
「そうだ、ギフト! ……ねえアスカ、私のこれも同じギフトだったりしない?」
「え? いや、そうでもない。ただの涙の痕だな」
「そっか……あちゃー」
結構アブノーマリティに共感できたと思ったんだけど、駄目だったかぁ。やっぱり最後だろうか。生きる理由が見つからなかった、あの瞬間。
アスカのギフトを見て、少し憂鬱になる。……まあ、そりゃそうか。
アスカには、生きる理由が見つかるんだ。
「大丈夫か?」
「……何の事?」
すっとぼける私にアスカはかがんで、倒れたままの私と視線を合わせる。
「いや本当に。ちゃんと福祉チームのカウンセリングとか諸々受けとけよ?」
「分かってるって……福祉チームから移ったの今日だよ? 懲戒チームになったからってそんなすぐ意識下がらないって」
そんな事を言って、私は立ち上がる。
けど、アスカの顔は晴れなかった。
さっきから心配そうなアスカだ。どうしてだろうと思ったけど……友達が首吊ろうとしてる光景見たら、そりゃショックか。
「あー、そういうこと。安心してよ。大丈夫、私、死にたくなんかないから。さっきのあれはアブノーマリティのせい」
「……それが聞けて良かった。まあ、それもそれで恐ろしいんだけど……」
「だね、恐ろしいアブノーマリティだった……。アスカはどうやって私を引きずり出したの? 管理作業中、収容室のドアはロックされてるでしょ」
「ああ、それは簡単、あれだよ」
「……うわ。えぇ?」
アスカが指差す方を見ると、アーチ状の構造物があった。あれって、ツール型の……『ここではないどこか』? なんで収容室の外に……。
「ほら、前の『欲の指輪』みたいにさ、頑張ったら作れた。んで、『ここではないどこか』で収容室に入って、クロイーを廊下まで引っぱったわけ」
私は絶句して、アスカの隣の子と目を合わせた。
「……ね、そこの娘。名前は何?」
「ガリナです。今日から新しくここに入りました」
「……ガリナちゃん、コレが普通だと思っちゃダメだからね」
「……それは色んな先輩から聞いてます」
「おい、人のことをコレとか言うな」
『業務だから』と言ってまた収容室に入ろうとするクロイーを福祉チームの救護室へぶち込んだあと、俺はまたガリナさんと廊下を歩いていた。
ガリナさ……なんかこの人、知れば知るほどさん付けする気にならないな。この人自身、さっきから話し方砕けてきてるし……。
『ガリナ』が口を開く。
「アスカさんが正気に戻って良かったです。しっかりしてくださいよ」
「それについては反論のしようがないな……。面目ない。ガリナに被害が行かなくて良かった」
「いやいや、アスカさんがパニックになったのを見てこっちもパニックになりそうでしたよ! 反省してください!」
「ごめんって……」
ガリナがギャーギャーいうのに顔をしかめる。はあ、新しい福祉チームは騒がしくなりそうだな……。
やっと騒ぐのに満足したガリナは、俺の持つ書類をのぞきこんで、首を傾げた。
「そういえばアブノーマリティの名前って、こんなテキトーで良いんですね?」
「まだ本採用されてはいないけどな。情報チームの部門長とかに気に入られるか分かんないし。それにテキトーって、ちゃんと由来があるんだよ、この名前は」
「由来ですか?」
「……あーまあ、似たようなアブ……話を思い出したから」
「んん? なんですかそれ? 何かの映画とか?」
「ま、そんなとこ」
絶望の中で、それでも光るものがあった。
打ちひしがれた者が立ち上がる瞬間には胸が踊った。
ただそこにあるだけで、人の生き様は一冊の本のように美しい。
ねえ、あなたの気持ちを教えて。
どうして生きたいの? 死にたくないの? なんの為に生きてるの? 生きる意味はあるの?
あなたの価値を見せて。あなたの理由を暴いて。
あなたの
O-05-k30『書く機械』観測完了。
次回のアブノーマリティ→
『「いつまでこの契約は続くのだ」「いつまでも」』