生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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今回のお話は選択肢のギミックがあります。
レガシー版の最終観測的なサムシング。
それぞれの選択肢に別個のストーリーがあるので両方読んでみてください!


F-01-k69『「いつまでこの契約は続くのだ」「いつまでも」』

 

 迷彩服を着た悪魔は、()に小銃を渡して、こう告げた。

 

『一つ選べ。大切じゃないものを撃つんだ。犠牲にしても良いものを』

 

 二つの魔法陣が浮かび、()の目の前に、同じ数の像が浮かぶ。

 

 手汗が(にじ)んだ。

 提示された二つは、どちらも()が壊せないもの。

 

 壊したくないくらい、大切なもの。

 

『さあ、どちらを選ぶ? どちらを捨てる?』

 

 悪魔が急かす。悪魔が絶望を欲する。

 

 引き金に触れた指が震えた。

 

 選択を迫られて、私は……

 

 

 

▶銃を撃つ。

 

 

 

 

 

 

 ──話は数時間前に(さかのぼ)る。

 

「なるほど、結局O-05-k30のギフトはもらえなかったと」

 

「……はい」

 

「まっ。申し訳なさそうにしなくていい。まだ始めたばかりの実験だし……そもそも、E.G.Oギフトを受け取れるかどうかは結局運だーってのが元々の定説なんだから」

 

「そう……なんですか」

 

 福祉チームの実験室で、メイベルさんは首を傾げた。

 

「うん? まあね、新入社員研修でもその話は聞いたろ?」

 

「あ、ああ、そうでした」

 

「もちろん私はその説を支持する立場ではないけどね。起こった事象に対して、たまたまや運で解決することほど乱暴なことはないさ」

 

「いや……」

 

「なにか気になることでも? それとも……」

 

 メイベルさんはちらりと、私の薬瓶に視線を向けた。

 

「キミが貰ったギフトのことかい?」

 

「……『呪いの粉』は『競争鳥』のことを理解できた……と、思った時に貰えた物だったので」

 

「観測ログでもそんなことを書いていたね。知ってるよ。アレがあったからキミを実験体として採用したんだ」

 

「そうだったんですか?」

 

「他にも理由はあったけどね。例えば……キミは初めてE.G.Oギフトを受け取るまでの時間も早かった」

 

 私は背中に生えた(はね)を見た。『焦燥』のギフト。だけど、そんな話は初めて聞いた。

 

「だから、キミにも『素質』を感じたんだ。会社の評価基準として重要なものではないから、普段はあまり注目されないことなんだけどね……初めてE.G.Oギフトを貰うまで時間がかかる人もいるんだよ」

 

「それは……どうしてでしょう」

 

「今までは運が悪いだけだとされていた。だけどアスカが存在する以上、他に何か原因があるとしか思えないな。例えば、体質とか……あと、アブノーマリティとの相性とかね」

 

 だとすると、私は『生き急ぐセンチコガネ』との相性も良かったということだろうか。『競争鳥』と相性が良いっていうのは、分からなくもないけど……。

 

 『相性と言えば』とメイベルさんは続けた。

 

「実際、ほとんどのアブノーマリティからギフトを貰ってるアスカだけど、なぜか呪いの粉のギフトは得られていないんだ」

 

「あ……そういえば。本人に聞いたことあります」

 

「そっか、アナスタシアの調査のときかな。ああ、もちろん、アスカは極端にギフトを得すぎているから……彼の特異性が単なるアブノーマリティとの相性だけだとは考えにくいけども」

 

 あらゆるアブノーマリティの初作業で、EGOギフトを受け取ってきたアスカだ。それに例外があるってことは……単純に考えるなら、競争鳥と、滅茶苦茶相性が悪かったってこと?

 

「……ま、アスカの方の調査は引き続きボクがやるわけだ、そう気にしなくていい」

 

「そうですね……じゃあ、次の実験は?」

 

「前のときとそう本質は変わらない。E.G.Oギフトは貰えなかったわけだけれど、キミのレポートは十分にO-05-k30の本質に迫るモノだった。ただ、O-05-k30は新しいアブノーマリティだった故、準備不足だったのも否めない。資料が十分に蓄積されたアブノーマリティであれば、より優れた感応を目指せるんじゃないかと推測が可能だ」

 

「……えっと?」

 

「ま、つまりね……」

 

 いつも通りメイベルさんの話は長い。だけど、それら全てを理解する必要はないだろう。私はただ、実験を(こうむ)る立場なのだから。命令を(うけたまわ)る立場、と言っても良い。

 

 メイベルさんの下す命令はいつだってシンプルだった。

 

「『榴弾の射手』と契約をしろ」

 

 

 

 ……黒に限りなく近い、深緑色の炎が立ち上っている。それはただの炎じゃなくて、炎と化したある男の頭部だった。

 

 だからその炎の下には人間の身体がある。迷彩服を着て擲弾発射器(グレネードランチャー)を持った射手が、壁にもたれて、今さっき収容室に入った私を睨みつけていた。

 

『フム。初めて見る職員だな。名前は?』

 

 喋った。資料通り。

 

「クロイー。少し前にここに入った職員だ」

 

『──欺瞞だな』

 

「はぁ?」

 

『名前を……いや、それだけではないな。口調も、性格も。偽っているのだろう?』

 

「…………」

 

 横柄な語り口調で、射手はそう言い当てた。私の頭を覗いたのか、それとも私には分からない理屈で、知識を得ているのか。

 

 どちらもありうるだろう。眼の前にいるのは、アブノーマリティであり、悪魔だ。

 

 私は脳内のモードを切り替えた。わざわざこれの前で演じる必要はないらしいから。そうは言っても、肯定はしない。

 

「……どうだろうね。ここでは『クロイー』こそが私だから」

 

『フン。()()()()()()()()()()に真偽を問うのも馬鹿らしいか』

 

「耳が痛いな」

 

 溜息を吐く。ハリボテ。ついこの前もそんなことを考えたばかりだ。

 

 けど、愛着作業をするつもりは……会話を楽しむつもりは、ない。これに有効な作業は……。私は持ってきた箱から、大きな鍋を取り出す。中身はシチューだ。

 

「あとはビスケットに、パンもあるけど」

 

『ハッ。今日はオレの本能を試すつもりか。(いただ)こう』

 

 食糧を全て受け取った射手は、慣れた手つきでそれらを食べ始める。その光景を私は注意深く見ていた。

 

 意外とガツガツ食べる。だけど見る限り、別に喜んで食べている訳ではないらしい。まあ、あんな食事なら当たり前かも。あれは……野戦食、軍事レーションだから。

 

 本能作業用の食事はアブノーマリティごとにそれぞれ決められている。こんな食事を渡すのが最適だとされている榴弾の射手は、軍人を自称しているらしい。資料によれば、どんな戦争の軍人かはよく分かっていないらしいけど……。

 

「さっさと食べてくれない? 次は薬剤の注入だから」

 

『ずいぶんと機嫌が悪いな? 中身を言い当てられたからか』

 

「うるさいな。それに……機嫌が悪いのはどっちの話よ」

 

 上辺は余裕かつ傲慢な態度。だけど、嫌悪、憎しみ……そして刺々しい敵意を、射手の全身から感じていた。突き刺すような……侵食(BLACK)ダメージ。

 

『フン、俺の敵意(ソレ)気取(けど)った職員は久しぶりだな』

 

「……今までにも、気づいた人はいたんだ。それなら資料に書いておいて欲しかったのに……」

 

『ハッ、ハッ。ヤツらはすべて、俺が破壊してやったからな』

 

「なら、仕方ないか……」

 

 ため息を吐いて、私は念の為観測ログの下書きメモを書き始めて……それが書き終わった頃には射手の食事は終わっていた。それなら注射の時間だ。

 

 私は薬剤を取り出して注射器に詰める。その薬剤は私たちにとってはある意味ありふれた、精神汚染中和剤。少量の液体エンケファリンを溶かしたもの。薬剤(エンケファリン)を消耗してエネルギー(エンケファリン)を得ようとするのも変な話だけど……収支はプラスなのか?

 

 そもそも、アブノーマリティなんかに精神薬なんか必要なのか。

 

『戦場では精神を(おか)す煙が蔓延(まんえん)していた……こういったものを毎日吸う必要があったから、今や(なか)ば依存しているのさ』

 

「……はぁっ? 煙? まさか、煙戦争の話……?」

 

『ハッ。馬鹿馬鹿しい。肯定も否定も要らないな』

 

 注射を終えた私に、訳の分からない返答。煙戦争……ではない?

 

 アスカが話してくれたことがあるんだけど、アブノーマリティは実際に都市で起こった事を原型としているのもある……かも、知れないらしい。一瞬、これもそうだと思ったんだけど。

 

 考える私を余所(よそ)に、注射を終えて腕を振った射手は、(かたわ)らに置いていた自らの銃を手に取り、私へ向き直った。

 

『さて、元々この会社と俺は契約を交わしていたが……お前は個人契約を望んでいるようだ』

 

 その発言と共に、収容室の空気が冷えこんだ。私は息を呑んで、思わず後退(あとずさ)りをする。こちらの考えを読まれただとか、そういう冷静な分析はは頭から抜け落ちた。

 

 平穏には終わらないだろう悪魔との契約に、ただ、怯えるだけ。

 

『俺は芸がないモノでな。俺が提示する契約は一つしかない。だから……』

 

 ボオッという音が立て続けに湧き立って、何もない空中に、炎が二つ上がった。

 

『選べ』

 

 気づくと私は、小銃(ライフル)を持っていた。魔法陣が生じて、炎に揺らめく陽炎が像を映し出す。

 

 そこに映っていたのは……。 

 

「……アスカと、ハンナ……?」

 

 灰色の髪の男と、ピンク色の髪の女の子が見えた。顔が黒炎で塗りつぶされているけど、間違いなく、その二人だった。

 

 その二人だけじゃない、二人の後ろにはそれぞれ、ロボトミーで出来た友達たち……メイベルさんやバレルとかと、私の家族が並んでいた。

 

『今ここで、お前はどちらか一方を撃たなければならない。選ばなければならない』

 

 それを聞いて、私は目の前の二つの炎が『的』であることに気づいた。目が泳ぐ。

 

 左にはロボトミーの同僚……戦友たちの映る炎。右にはハンナたち……家族の映る炎。

 

「撃ったら……どうなる?」

 

『さてな。案外何も起こらないかもしれないぞ? だが、な』

 

 ずい、と射手が間合いを詰める。私もかなり大きいつもりだけど、それ以上に大きい射手の身体が私を見下して、その重圧に、呼吸が、荒くなり始めた。

 

『わざわざ俺が示さずとも、選択する日は来るだろう。家族か、このつまらない会社か。その時お前はどちらかを優先する。どちらかを捨てる。どちらかを撃たなければならない』

 

「……正論だよ」

 

『俺がその決断を早めてやる。なに、簡単な話だ。真に愛すべき者がどちらか、決断するのだ。そうでないモノを破壊する事によってのみ、お前のそれは色濃く証明されるだろう。お前にそのような者がいるのであれば、だがな』

 

 そう言って、射手は……悪魔は、嘲笑う。決断への苦悩や、撃った後に生じる絶望を欲しているのだろう。

 

 早めてやる、か。

 

「随分、親切なんだな」

 

『ほう?』

 

 私はライフルのハンドルを引き、引き金に指をかける。人差し指の温度がなくなって、手も震えて、自分の物じゃないみたいだった。

 

 それでも、選ばなければならない。それの為なら何だって犠牲に出来る、何が何でも大切に出来る物。そんな……優先順位。

 

 でも、きっと、大丈夫。

 

「大事な物はもう、決まってるから」

 

 だから、後は……決断するだけ。

 

 ……目を閉じて、これまでの事を考えた。皆との宴会、休日、アスカに助けられた日。

 

 これが自己満足だって事も分かってる。これで酷い事になったら後悔するって事も。……それでも。

 

 ……ふっ、と息を吐き、引き金を引いた。パン、と軽い音が鳴って……。

 

 鏡が割れるような音が、収容室に響いた。

 

『……成程。お前は、撃てるのだな』

 

 アスカ達を映し出していた魔法陣が粉々に砕け、黒炎は灰と消える。それを見てより一層、心臓が早鐘を打った。

 

「はぁ、はぁ、はっ……! さあ、ど、どうなった!? アスカ達の炎を撃ったぞ。皆はどうな……」

 

『何も起こっていない。せいぜい安心するといい。今は、だがな』

 

 ホッとして、息を吐き出して……安堵した自分に気付く。

 

 きっと、ハンナ達と比べたらそっちを優先するってだけで、この会社の人達の事も、私は大事に思ってしまってる。……でも、この後みんなに会うのはちょっと気まずいな。

 

 そんな心配をする私を他所(よそ)に、射手は溜息を吐いて、何やら語り始める。

 

『俺はゲリラ兵だ。悪魔より受け取ったこの銃で、戦場ではいくつもの敵を破壊したものだ。人間も、人間には見えない人間たちも』

 

「……急に、何?」

 

『革命を望んでいた。全てを嫌い、憎悪し、破壊したかった。その為なら悪魔でも、邪悪な翼でも、あの緑の恐怖とだって戦ったさ』

 

 射手は私が選んだ……撃たなかった黒炎の事が、気になるようだった。それはもうハンナ達の像を映さない。だからその視線の先には、緑と黒の炎が揺らめいているだけ。

 

『お前は愛するものがあるのだな……』

 

「は?」

 

『俺にはそれが撃てない。だからこそ、契約は永遠に終わらない。……お前にこの弾丸は不要のようだ』

 

 終始訳の分からない事を言われて、作業終了アラートが鳴った。仕方ないから収容室を出て、そのまま『榴弾の射手』の作業は終わった。何だっていうんだ?

 

 やっぱり結局、EGOギフトは貰えなかった……中々に実験の道程(みちのり)は長い。

 

 それでも、あの決断の事は忘れない。次はきっと、迷わないだろうから。

 

 

 

 ……その後すぐ、バレルが『榴弾』のギフトを装着していたのを見てしまったのは、流石にちょっと落ち込んだけど。

 

 『榴弾の射手』の頭のような、深緑色に燃える炎が片目から燃え上がってるバレルに手を振る。

 

「やっほー、バレル。それ『榴弾の射手』のギフトだよね?」

 

「…………」

 

「って、アレ?」

 

 バレルは私をしばらく見つめて、フッと目を逸らした。何だろう?

 

 バレルも私を撃ったのかな。でも私と同じ選択をしたなら、どうしてバレルがギフトを貰えて、私は貰えなかったんだろう。私もそれ欲しかったのに!

 

 

 

 

 

 契約という言葉が大ッ嫌いだ。

 

 誠実そうな顔でウソを織り交ぜ、俺を不当に縛る契約。

 お互いの利害を一致させるのではなく、テメエの利ばかりを求める契約。

 

 ならば、利益ではなく、ただ俺の絶望を願う相手との契約はどうだろうか。絶望の対価に何かを授かるような……そんな契約は。

 

 あの二つを天秤にかけたとき、きっと俺の心は絶望した。どちらかを選べなくて、引き金を引けなかった。

 

 テメエにとって大切なモンが分からないのなら、それを知る方法は……。

 

「──来たか、ヴァレル。決心はついたか?」

 

 迷彩服を着た悪魔は、ニヤつきながら問いかけた。

 

 

 

OBSERVATION FAIL

F-01-k69『榴弾の射手』最終観測失敗。

 

 

 選択を迫られて、俺は……

 

 

 

 

▶銃を撃たない。

 

 

 

 

 ──話はちょっと前にさかのぼる。

 

 バレルやクロイーが懲戒チームに行ってから、もう一ヶ月経った。その間、あんまり新しいアブノーマリティは入ってこなかったから、既存のアブノーマリティの定期観測やガリナの教育とかフォローをずっとやってる。

 

 あと、アナスタシア元チーフの死因について調査部隊を組んだ実績からか、最近はチーム間の会議に参加する事も増えてきた。

 

 ちょっと誇らしい感じがする。なんというか、ここの社員として、かなり順調に評価されてきてるんじゃないかなーって……。

 

 ……そんなこと、この状況をちゃんと直視したら全く言えなくなるだろう。

 

「アスカ先輩、なに考え事してるんですか! そんな暇ないでしょ!」

 

 ガリナに怒鳴られる。そりゃそうか。

 

「アスカ先輩が脱走させたアブノーマリティですよ!?」

 

 なにせ、いまガリナやパーカーさん、俺たち福祉チームが戦ってる相手は、俺がシャットダウン性パニックになって脱走させた『アヒルのままの白鳥』なんだから。

 

「……やっちまったよなぁ〜」

 

「こンのバカアスカがよ! さっさと鎮圧済ませ……ぐっ」

 

『ガァア!!』

 

 パーカーさんがキレながら振った『敬服』のメイスのダメージで『白鳥』が第二形態へと変化する。くすんだ羽の白鳥が咆哮し、俺たちへ精神的(WHITE)ダメージをばら撒いた。

 

 幸いオフィサーは避難済みだから、アヒルに変えられた人はいない。

 

 強いて言うのであれば、パニックが治った直後ゆえに俺の頭痛が痛くなったのと、まだ成長しきってないガリナの精神力が不安なぐらいか。

 

 ただ、なぜか二人とも俺のほうを向いてる。心配してくれてるんだろう。これが人徳か。

 

「アスカ! 大丈夫か?!」

「アスカ先輩、問題ないですよねっ?!」

 

「大丈夫、心配してくれてありがとう!」

 

「心配とかじゃねえわ!」

「またパニック起こしたら怒りますからね!」

 

「もうだいぶ怒ってるだろ。ごめんって……」

 

 緊張感があるのかないのか分からない会話をしながら、パーカーさんやガリナが攻撃する。俺も鎖のハンマーを振りかぶって……『道連れ』の抽出元、『私たちの苦しみ』の本質に、意識を向ける。

 

 

『一緒に苦しみましょう?』

 

『苦しくても耐え続けなきゃ』

 

『忘れちゃいけないんです』

 

 

 歯を食いしばって、武器から流れ込んで来る声と、不快感に耐える。TETH武器による侵蝕の強度は『懺悔』のそれとはまた一味違う。それでも、ハンマーの柄を強く握り直すと……。

 

 ……聞き慣れた音とともに、この部屋……真っ青な空間のメインルーム全体に、緑の、円形の……巨大な魔法陣が展開された。

 

「なっ……」

 

 『榴弾の射手』の魔法陣。めちゃくちゃカッコいいけど、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

「二人とも! やばい!」

 

「えっ?」

 

「……! ガリナちゃん、ここから離脱するぞ!」

 

 メインルームから退避する俺の後ろから、同じようにパーカーさんと、少し遅れてガリナの足音が聞こえる。

 

 廊下に出たあと、振り返った。

 

 危なそうだったら『ここではないどこか』の扉を作って二人を安全な場所にテレポートさせようと思ったけど……少し遅れたがすぐに、二人ともこっちにたどり着いた。

 

 『榴弾』が着弾する前に間に合ったみたいだ。よかった……。

 

「はあ、はぁ……足早いな、お前……」

 

 よかった、二重の意味で。二人が生き延びれたし『ここではないどこか』を作ってメイベルさんに怒られないで済んだ。

 

 けっこう前に横着のために『ここではないどこか』を作ったときはガチギレされたからな……。

 

 そんなことを思い出してると、後ろから肩を掴まれて少し軽い体重を感じる。右後ろを見ると、ガリナが死ぬほど息切れをしながら口を開いた。

 

「ハァ……、ハァ……、あの、うっ、ハァ、ハァ……オエッ」

 

「落ち着け」

 

 あんまし吐くなよ……。

 

「ガリナちゃん、おつかれ……! よく頑張って走ったよー」

 

「ハァ、だって……二人がそんな必死に走るくらい危ないことなら、私なんか、逃げ遅れたら、すぐ死んじゃうじゃないですか……! な、何が起きるかは分からないけど……」

 

「まあ、いまにわかる」

 

 扉越しに見えるメインルームでは『白鳥』がのそのそとこちらを追いかけていた。挙動だけ見たら少しカワイイ気もするが、顔に一つも目がないからけっこう怖い……。

 

 例の魔法陣は、俺たちが逃げていた間もずっと、そしていまも、浮かび続けている。そして、それはすぐ、より一層緑に光って……扉越しだが、俺は身構えた……『榴弾』が、来る。

 

 ピカッと、視界が白く染まった。

 

「う、うおおおおお!?」

 

 遅れて、轟音。そして、扉がへしゃげるほどの圧力、衝撃波。扉に一番近かったガリナが、驚いてのけぞった。

 

 強風に髪の毛を揺らしながらこちらを向いて、ガリナが口をパクパクさせる。

 

「──、──?」

 

「……なんだって?」

 

 聞き返してから気づく。聞き逃したんじゃなくて……爆発でなにも聞こえなくなっただけか。

 

「ごめんガリナ、耳がいかれた。聞こえない」

 

「……?」

 

 キョトンとした顔。向こうも聞こえてないらしい。唯一耳をガードしていたパーカーさんが呆れた顔をしている。

 

 衝撃波が止んで、俺は肩に乗ったチリを払う。

 

 メインルームは爆発の煙にまみれて何も見えないけど、『白鳥』が一向に煙の向こうから現れないのを見るに『白鳥』が倒されたことは間違いないだろう

 

 それにしてもこの『榴弾』、誰がここに撃つよう依頼したのだろうか? もう少し鎮圧中のこちらと連携を取ってほしいもんだけど。

 

 煙が晴れて、耳も再生炉(リアクター)で回復してきたころ、リリリと、メイベルさんから通信が来た。

 

「あ。……俺が出る。……もしもし。こちらK-1844」

 

『こちらK-1472。F-02-k70鎮圧の首尾はどうだい?』

 

「鎮圧は完了しました。人員の被害も軽微です。ただ、物品のほうは……トドメが『榴弾』の着弾だったんですけど……」

 

『ああ、オーウェンがやらかしたって聞いた。けど、そっちに着弾したんだ。ま、鎮圧が楽になったなら良かったさ』

 

「オーウェンさんか……。もー、死人が出るところでしたよ」

 

『それを言うならパニックになってF-01-k69にちょっかいかけてクリフォトカウンター下げた誰かさんも責めなきゃね』

 

「えっ?! あ、あぁ……半分俺のせいだったのか……」

 

『クスッ。まあ状況は理解したよ。それならガリナちゃんはアブノーマリティの再収容、パーカーとアスカは設備の破損状況をチェックしてくれ。私もO-02-k40の鎮圧が終わったら抽出チームに追加の資材を手配させておく』

 

「ほんとすみません……」

 

『はっ、その謝罪はO-02-k40を脱走させたことかな? それともF-01-k69にちょっかいをかけたことかな?』

 

「どっちもです……」

 

『特訓も程々にねー』

 

 頭を下げまくって通信を切る。メイベルさんからの伝言をパーカーさんとガリナにも伝えようとふりかえると、ちょっと通信の内容が聞こえてたらしい二人がこそこそとしゃべっていた。

 

「なんでこの人、こんなことになるのに何度も作業するんですか?」

 

「んー、どうも自己成長とか目指してるぽいな。極限状態のほうが成長できるとか言って、回復とかもテキトーだぜこいつ」

 

「こわぁ……。なんで自分で自分を苦しめてるんだろ……」

 

 うるせうるせ。

 

「メイベルさんは『親鳥』の鎮圧で忙しいらしいから、俺らで片付けるぞ。ガリナは『アヒルのままの白鳥』の卵を第三収容室に……」

 

 それにしても……F-01-k69、『榴弾の射手』か。『魔弾の射手』の亜種。

 

 本社(ゲーム)での『魔弾の射手』が少し好きだったから、逆にちょっと怖くていまの今まで『榴弾の射手』の作業はしてなかった。

 

 あと、たしかバレルがいつのまにか『榴弾』のギフトをもらって、それが理由なのか『榴弾』武器も配備されていた。福祉チームだから武器の配備状況がわかるのである。

 

 頭をムチで叩かれる。精神的(WHITE)ダメージ。パニックじゃねえよ。

 

「アスカ?」

 

「あー……大丈夫ですよ? パーカーさん」

 

「まーたE.G.Oの侵蝕だか、感応だかか? 知らねえけどしっかりしてくれよ」

 

「はいはい……」

 

 たしか、『榴弾の射手』も今週の観測計画に入っていたような気がする。せっかくだしこの業務が終わったら行ってみるか。

 

 

 

 ということで、収容室に入る俺。中にいた射手がこちらに顔を向ける。

 

 『魔弾の射手』は青だったけど、『榴弾の射手』の頭は、緑と黒の炎。彼が迷彩服に隠れた口を開くと、収容室全体に低い声が響いた。

 

『とうとうここに来たか、失敗作』

 

「……えっ、『失敗作』? どういう意味だ?」

 

『俺がお前を、お前が俺を。半端に知っているのが答えだろうな。ハハハ!』

 

「……」

 

 射手が悪魔のように笑う。言っている意味はわからない。だけど……こいつは。

 

 どく、どく。心臓がうるさい。俺は慎重に口を開く。

 

「なあ……」

 

『答えない』

 

「…………俺のことを、少しでも知ってるなら」

 

『教えない。無駄だ』

 

「……そうかよ」

 

『分かっているだろうな。そんな都合の良い話などない。なに、今に知ることになる』

 

「はあ……」

 

 そんな親切じゃないか。『魔弾の射手』くんと同じなら、こいつも悪魔の一種のはずだし。()()()()()()()教えてもらえるかもと思ったんだけど、残念。

 

 射手の『今に知ることになる』が本当になればいいんだけど……。

 

「まあいいや、作業しよ……」

 

 俺は持ってきたリモコンを操作する。慣れたもんだ。いつも見てる……クリフォト抑止力制御装置。

 

 クリフォト抑止力を上げて……いつもギフトとE.G.O装備の制御で踏ん張ってる感じの身体が、いくらか楽になった。

 

 『榴弾の射手』に有効な作業は、『魔弾の射手』と同じだから。

 

『俺を抑圧するつもりだろうな?』

 

「まあ。そっちも慣れてるだろ」

 

『違いない』

 

 しかし無抵抗というわけではないらしい射手が銃を構える。

 

 その銃は『榴弾』の名に違わずグレネードランチャーと呼ぶべきもので……それを見た俺は、さらにクリフォト抑止力を上げた。

 

『ッ……』

 

「あんまり妙なまねはしないでもらおうか。こうすると苦しいんだろ」

 

『案外、躊躇わないんだな?』

 

「……なんだかんだあったけど、もう慣れたから」

 

 しかし『榴弾の射手』は、こりずに殺気をむき出しにしてきた。その殺意は侵食(BLACK)ダメージとして俺の全身を突き刺す。

 

 『攻撃行動の過激化を確認』……観測ログに書いたあと俺はガスマスクを着け、リモコンの別のボタンを押した。

 

 収容室が黒いガスで満たされる。ガスを吸って気分が落ち着いたのか、射手の敵意がいくらか和らいでいく。

 

 俺もよく知らないけど、抑圧作業で使われるこのガスには鎮静作用があるらしい。アブノーマリティの本能を抑制し、その存在を否定するためのガス。

 

 それだけならこうしてガスマスクをつける必要もないんだけど、効能が強力すぎて麻薬や精神汚染に近いんだとか。ガリナはエンケファリン吸いたいとか言ってたけど、こういうときもガス吸うためにマスク外したりするんだろうか?

 

『…………ハァ』

 

「落ち着いたか? 最近の観測記録にも書いてあったけど……どうしてそんなに敵意ばっかなんだか。全部が嫌いなんだってな、好きなものとかないのか?」

 

『ハッ……同じことを、お前にも聞きたいものだ』

 

「……俺?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前が一つでも何かを、愛せるのか?』

 

「…………」

 

 やはりこいつは俺の事情を知っている。それでも俺は、喉に引っかかるものを覚えながら、くぐもった声になりながらも……吐き出すように言葉を作った。

 

「あ……当たり、まえだろ。別世界だからって、関係ない」

 

『フ、そうなのか?』

 

「そうだよ。仲の良い友達もできたし……それに」

 

『それに?』

 

「……いや」

 

 なにを言おうとしたんだろう。自分で自分がわからなかった。

 

『フン、失敗作なワケだ』

 

「……さっきから。なんだよ、それ」

 

『分からないか? ならば、俺が暴いて、晒してやろうか』

 

 射手が手で空中をなでた瞬間……黒い炎の柱が二つ立ち、俺の両手には小銃……つまりアサルトライフルが握られていた。

 

 唐突に生じた腕の重みに身体のバランスを崩して、つまづきそうになる。

 

『選べ』

 

「おおっと! ん、なんのこ……」

 

 身体を立て直して、なんのことだ、と問いかけようとした俺の声は、驚きで中断させられる。

 

「……()()()()?」

 

『さあ、どちらを選ぶ? このくだらない会社の同僚か、それとも……』

 

 二つの炎があった場所には、二つの映像が映っていた。

 

 一つは、クロイー、バレル、ガリナやメイベルさん……ロボトミーでできた友達たち。……もう一つは。

 

『……それとも、お前の世界の人間どもか』

 

 もう一つは、元の世界……都市ではなく地球……日本の。俺の大切な人たち。ヒマリ(陽葵)くん、お母さん、高校の頃の友達、オフ会でよく会ってた『サトちゃん』くん……彼らの顔が、並んでいた。

 

「……ありえない」

 

 どうして、元の世界の人たちの顔が……。

 

 想像してはいけないことを想像しそうになって、俺は手で口を抑えた。

 

 いや、違う、射手が俺の思考を読んだだけだ。そうだ、記憶をそのまま映像や幻にすることなんて都市ではありふれた技術だし……アブノーマリティだって似たようなことはいくらでもするって。だから。

 

 期待しすぎるな、絶望したくないだろ。

 

 あの世界と都市が、地続きと決まったわけじゃない。

 

 帰る手段が見つかったわけじゃない。

 

『ところで……お前は「扉」を覚えているハズだな?』

 

「扉……」

 

 もしかして『ここではないどこか』のことか? いや、それより『覚えてる』って……?

 

『お前は考えたはずだ。この道具を使って、元の世界に戻れるのではないか、と』

 

「……それは」

 

『しかし扉の性質を直観したお前は諦めた。あの道具は帰り道を用意しない。実在しない場所を目指した者は帰ってこなかったのだろう?』

 

「…………」

 

『それによって彼らが消滅したのか、それとも本当に望む場所に到達できたのかはお前にとってはどうでもいいのだろう。しかし、不安になってしまった。お前の考えを当ててやろう』

 

「……やめろ」

 

『「俺だけが覚えているあの異世界は、本当に実在したのか? あの世界が存在したという物証は、()()()、俺には残されていないのに?」』

 

「やめろ……」

 

『そんな事一つ確信できなかったお前は、あの道具に賭ける事などできなかった。片道切符にしかなり得ない上、目的地に到達できるかすら分からない……あの扉を』

 

「やめろ!!」

 

 頭を抱えながら叫ぶ。

 

 その手は引っ掻き傷で血まみれになって、頭の方は帽子(キャスケット)の上で懺悔の茨が突き刺し、下で道連れの鎖が頭を締め付けていた。視界は後悔の花で埋め尽くされ、涙のように染みついた目もとの黒いアザが、ジクジクと痛む。ヒビ割れた肌が蛇のウロコのようになって、得体のしれない液体が垂れ落ちた。

 

『フハハハッ!』

 

 緑に光る黒炎が二つ、揺れる。

 

『さあ選べ、()()()()()()()()()。今手元にある者たちか、取り戻せるかも分からない者たちか』

 

「…………」

 

『選ばない方を、捨てる方を撃て。撃たれた者たちがどうなるか……お前が知る由などないがな』

 

 腕に抱えた銃が重い。収容室の空気が冷えこんだ。ため息をついて、笑い飛ばそうとする。

 

「そんなこと言われて、誰が撃つかよ……。どうなるかも分からないのに」

 

『ああ、そう答えるだろうな。失敗作。そうやって今まで何度思考を止め、留保してきた?』

 

「なっ……」

 

『俺は「決断の機会を与えてやる」と言ったんだ。永遠に結論を先送りにし続ける、姑息かつ臆病な留保。そんなものに(ひた)り続けるのが、何かを愛する者の態度だったか?』

 

「…………!」

 

 俺はうつむいていた頭を上げる。歯を食いしばって、首を横に振った。

 

「……違う!」

 

『ならば選べ。撃ち抜け。お前に必要のないものを。真に愛する者があるのであれば』

 

 射手が、俺に渡した小銃を指差す。全身を突き刺す緊張感。銃の引き金に指をあて、黒炎が作り出す魔法の像を見た。照準を定めて、目をつむって……。

 

 

 ……それから、何時間も経ったような気がする。だけど。

 

「撃てない……」

 

 俺は手に持った銃を投げ捨てた。アサルトライフルが音を立てて床を滑る。

 

 撃てるわけがない。どちらも俺にとっては大事なものなんだから。そのはずだ。

 

 緊張が切れて、膝に手をついて、肩で息をする。でも、まだだ。射手が許さなければ、この問答は続く。射手は……あくまでどちらかを撃つまで満足しないかもしれない。

 

『やはりお前は何も愛していない』

 

 その言葉に射手をにらみつけようと、顔を上げて……目が、燃えた。

 

「なっ……! あ、あっ、熱くない……?」

 

『契約成立だ。お前は榴弾を持つに至った』

 

「は、はぁ……?」

 

 燃えたのは、正確には目ではなく『捨てられた造花』のギフト、『後悔』……左目に大量に生えていた花。しかしその火は熱くない、温度も感じない。

 

 そのまま紫色の後悔の花は燃え散って消えた。しかしその炎だけは消えない。この炎がこいつの『榴弾』……ギフトなんだろう。

 

『それは仮契約の付属品に過ぎない。重要なものは、お前が覚えた「それ」だ』

 

「……なんで俺を認めた?」

 

『お前は最初から契約を受け入れていた。あの二つを提示されたときからな』

 

「……なにもかもお見通しってわけか」

 

『ハッ』

 

 答えありきの問い。俺が選べないと知って、あんなことを……。

 

『お前はもう分かっているだろうな。「それ」を証明するのは弾丸だけだということを』

 

 そうだ、やっと理解した、このアブノーマリティを。

 

 それは確信であり、絶望。あるいはただのアブノーマリティからの精神汚染……侵蝕だ。分かってる。でも。

 

 知りたいと思った。

 

『コナゴナに破壊する事だ。全て。それを行うまで、愚かなお前は自身の感情を知ることはないだろう。それだけが苦痛の証明を果たす方法なのだから。案ずるな、榴弾の撃ち方は、俺が授けてやろう』

 

「……壊したあとに悲しくなれたなら、それを愛してたってことだから」

 

 それはきっと悲しい。悲しいけど、きっと確信にあふれている。……迷いのない、断言できる『感情』。

 

 けど、それでも。身体にぐっと力を入れて、深呼吸する。

 

「……要らない。そんな簡単な方法にすがるほど、弱くないんだ」

 

『フ、ハハハハハッ! ほざけ、がらんどうの失敗作!』

 

 射手は悪魔のように笑う。その声がより強く全身を突き刺して、作業終了アラートが鳴り響いた。

 

 俺は逃げ出すように収容室から出ていく。

 

『お前が再び来る日を待っている』

 

 ……後ろから投げられた声は、聞こえなかったことにした。

 

 

 

 

 

『今日のクロイー︰チラッと顔を合わせただけ。俺がやらかしたやばいミスの後始末を部署単位でやってくれた。忙しそうだけど特に危ないことはなかったみたいだ。いまごろ俺が書かされた始末書のチェックをしてるはず』

 

『お兄さん、何やってるんですか……。今日も宴会はありそうですか?』

 

『まあ、あるだろ。宴会中の様子も送ったほうがいいか?』

 

『お願いします。それにしても、仕事が終わったら職場内で宴会してるって、姉さんのいつもの誇張かと思ってたのに……変な職場』

 

「ふっ」

 

 メールで会話してる途中、端末に表示されたハンナさんの言葉に噴き出しそうになってしまう。その声に気づかれでもしたのか、ちょうど廊下の向こうに人の気配を感じて、俺は端末を切った。

 

『人が来そうだから今回はこれで。宴会終わったらまたメールするかも』

 

『わかりました。また引き続きお姉ちゃんの話聞かせてください』

 

「ここにいたんだね、アスカ」

 

「や、やあ! メイベルさん」

 

「なにか聞こえたけど、どうしたんだい?」

 

「いや……別に」

 

 社内の職員の情報を部外者に提供してるってのはもちろんそこまで良いことではないので、ごまかした。

 

「それはいいじゃないですか。俺になにか用でもあったんですか?」

 

「んー? ……まあいいや。なに、少し研究が進んでね。ほら、キミも関わってる研究」

 

「えっ、ほんとですか?」

 

 メイベルさんは俺の『体質』を手がかりに、E.G.Oの適性や効果的な使い方についての研究をしてる。自然とそれは、俺の『体質』や俺の身体ついての解明にもつながるんだろう。

 

「だから問診ついでに、キミに現状の仮説を聞いてもらいたいんだよ」

 

「仮説……ですか? ってことは、もうある程度確証はついてるんですね……」

 

「んー、いやぁ、まだまだ検証すべき部分は大量にあるけども」

 

「それでも良いです、聞かせてください」

 

「はは、オーケー。でも、そんなに期待しないでくれよ?」

 

 そうは言うけど、身体は自然と前のめりになる。……以前、かっこつけたセリフを言いながらEGOを振るメイベルさんという、なんかよく分からない謎の光景を披露されたばかりだから……前のめりの角度は、少し控えめだけど。

 

 けど、知れるかもしれない、()()()()()()()。そんな期待に胸を膨らませた。

 

「キミ、ホントはさ……」

 

「はい……!」

 

 しかし、すぐにその心は冷たくなる……そこに心があるのなら、だけど。

 

 

「人間じゃないんじゃないか?」

 

 

 ──それは、当たって欲しくなかった推測。

 

 

 

 

 

 契約という言葉が大ッ嫌いだ。

 

 誠実そうな顔でウソを織り交ぜ、俺を不当に縛る契約。

 お互いの利害を一致させるのではなく、テメエの利ばかりを求める契約。

 

 ならば、利益ではなく、ただ俺の絶望を願う相手との契約はどうだろうか。絶望の対価に何かを授かるような……そんな契約は。

 

 あの二つを天秤にかけたとき、きっと俺の心は絶望した。どちらかを選べなくて、引き金を引けなかった。

 

 テメエにとって大切なモンが分からないのなら、それを知る方法は……。

 

「──来たか、ヴァレル。決心はついたか?」

 

 迷彩服を着た悪魔は、ニヤつきながら問いかけた。

 

 

 

OBSERVATION SUCCESS

F-01-k69『榴弾の射手』最終観測成功。




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