オリジナル要素多めなので苦手な方は飛ばし飛ばし読んでいただけると!
『キミ、ホントは人間じゃないんじゃない?』
「……あ、はは……なに言ってるんですか」
「おっと、すまない。そんな筈ないものな。この都市に人間じゃない存在がいるだなんて。そんなの、頭が黙っているはずがない」
都市は、人間以外の知的生命体が存在することを許さない。それに反するのであれば……足爪を振るい、
だから当然、都市のど真ん中、K社の巣内に人間ではない者が存在するはずもないし……。
「ましてや、キミが人間じゃないだなんて、ありえる話とは思えないね?」
「……そりゃ、そうでしょ。そこまで分かってるなら、どうして……」
「ありえない仮説だと思ったろ? 私も思った。だけど知ってるかい? キミの存在自体、
それは、そうか。俺だって、俺を理解できていない。もちろん。
E.G.Oに侵蝕しやすすぎる体質どころか……ツール型とはいえアブノーマリティを自分で作り出す能力だなんて。
でも、そんな意味不明さには見ないふりしていた。
きっとメイベルさんやこの支部の頭いい人たちが解き明かしてくれると。自分は深く考えなくていいと。そう思っていた。
けど、あらためて思い返してみると、それはなんて不誠実な態度だろう。彼らに隠してるものが、俺にはあまりに多すぎるのに。
その一つは、例えば……。
「だから、仮定することにしたのさ。人間では起こり得るはずのない現象を起こし続けるキミは、人間ではないんじゃないかって」
……その仮定を、俺が確信を持って否定できないこと。
ここで、都市の人間について紹介しておこう。
例えば人間からは、糸を紡ぐことができる。その糸から作った布は優れた強度と能力を持つだろう。
例えば人間の感情は、その血液と経た時間にエネルギーを与える。
例えば人間は、アブノーマリティとなってエネルギーを生み出すことができる。
例えば人間は、都市の地下深くに存在する無意識と観念の泉への接続を持っている。いまはまだ誰も、自分だけの水を組み上げることも、光を芽吹かせることもできないけど。
それが『都市の人間』だ。
そんなの……地球の人間と同じと言えるんだろうか?
「…………」
そしてその問いさえ、ほんとうは重要ではないのかもしれない。
俺のこの身体、顔も。地球にいた頃の肉体とは、全くと言っていいほど違うんだから。
俺は俺が、地球人類と同じ生き物だという確信すら持っていなかった。
「……へぇ」
「……な、なんですか?」
「いや? 気にしないで。ちょっと予想外の反応だったから。まあともかく、キミが人間じゃないと仮定すると、少し辻褄が合うものがあったんだ。まだ聞いてくれるかい?」
「聞かせてください」
突然。この世界に来たあの日から。
見たことのない自分の顔。見下ろすたび違和感のある肉体。
血まみれの部屋。あそこから抜け出した日から、都市に自ら入った日から、俺は望んでいたはずだ。
ワケの分からないこの状況に、少しでも納得できるような……答えを。
「いいね。じゃあ進めようか」
「でも、そもそも……俺が人間じゃないとしたら、頭はどうしてそんな存在を見過ごしているんです? メイベルさんはどう考えてるんですか」
「そこだよね。私も禁忌について調べてみたんだけど……想像に関する禁忌も多いから、そもそもアクセスできるデータも少なかった。だから推測にはなるんだよねぇ」
「それでも……」
「ああ、分かってる。焦るなよ。一つ言えるのは、ただ翼を持つだけの鳥が都市へ降り立つのを禁ずる法はないって事。頭は必ずしも、人間以外の存在を絶対に許さないーって訳じゃないんだ」
「な……るほど?」
「許容されうるのは二つのケース。一つ、知能を持たない存在。二つ、知能はあるが感情を持たない存在。アスカが該当するのは、おそらく後者だね」
「……はぁっ!?」
そりゃ、すっとんきょうな声が出る。この人、今なんて言った?
「知らない? 感情を持つ機械が頭に禁止されてるの。これはつまり知能を持つ存在でも、命と感情さえ持たなければ頭が看過しうるって事だ」
「それは……」
その禁忌は知ってる。俺はロボトミーもルイナもクリア済みなんだ。
でも、俺に感情がない、だって? そんなはずないだろ、俺はこれまでも笑って、泣いてた……はずだ。はずなのに。
「納得いかないらしいね?」
「そりゃ……」
「やっぱり、意外な反応。もしかしてキミ、自分が感情の出にくいキャラだって事、自覚してないの? ぜーんぜん表情動かないじゃん。他の人やE.G.Oに反応したときだけ表情動かすから、正直不気味だぜ」
「はぁ? ……えっほんとに? そう……なんですか?」
「看護部署からは、情動反応に問題はないと診断結果が出ていたけど。少なくとも他人からすりゃ感情表現豊かには見えないよね。ハンターも愚痴ってたよ、恨まれてると思ってたのにって」
「なんですか、それ?」
「んっ? ほら、ハンター、侵蝕したアスカのこと、殺そうとしたじゃん。そんなことされたら普通嫌いになるか、気まずくはなるんじゃない?」
「…………」
納得してしまった。たしかに、普通はそうだろう。
ハンターさんが悪い人ってわけじゃないし、ハンターさんの判断は間違っていない。でも、それでも人は人を恨んで、憎んでしまうものだ。そのはずなのに。
俺はまるでそれが当然受け入れるべきものであるかのように……納得していた。
でも……そうか。俺の精神はこの世界に来て、完全に変わってしまっていたのか。
当たり前なのかも知れない。
肉体は完全に変わってしまったのに、精神がそうじゃないなんて、誰が保障できる?
「ところで、知ってる? 裏路地の『薬指』って、ときどき外部の人間も読める研究ジャーナルを刊行してるんだよね。これがなかなか興味深くて……」
「はぁ……それが?」
「それで読んだ、まだ実用化されてない特許に『生地』というものがあった」
「生地……ですか?」
「曰く、混ざり気のない真っ白なキャンパスのような……『完全な生地』を作れば、何かを被せる際に技術的な障壁や意図しないエラー、不純物による劣化が防げるのではないか、と」
「……! な、るほど?」
「『完全な生地』は作れても肝心の『なにかを被せる技術』が見つかっていないから、まだアイデアだけみたいな特許らしいんだけどね」
ああ……アレか。俺はその技術が実用された場面を知っている。
でもそれと俺に、なんの関係が……いや、まさか。
「もしかして、俺が『完全な生地』ってことですか? 感情を持ってないから……混ざり気のない精神だって?」
「まさに。キミのE.G.Oへの適性は、そこに原因があるんじゃないかと考えたんだよ」
……確かにE.G.Oは他人の自我の殻、感情の集合体だ。
もし自分の感情どころか自我すら存在しない、まっさらな殻が存在するのであれば。
まるでそのぽっかり空いたがらんどうの空洞に、他人の自我がすっぽりと収まるように。他者という色が俺という白を塗りつぶすように。
「──きっと本来のE.G.Oのように、E.G.O装備を扱えるだろうね?」
ああ……なんとなく分かった気がする。感情があるはずの俺に、感情がない理由。
『俺自身の感情』がないと、メイベルさんはそう言ってるんだ。
「キミは主体的に感情を表出しない。観測しうる限り、キミの感情や動機、欲望は全て他者からの影響によるものだった。
俺は何度EGOに影響されて行動し、他者のために行動しただろう。数え切れないけど、一方で、自分自身のために感情を覚えたことは、一つでもあっただろうか。
それは利他心と呼ぶべきものなのか。利己の、自己の欠如。
「だからこそ、キミは『榴弾』を手に入れ、しかし『呪いの粉』は手に入れられなかったんだろう。『榴弾』は判断できない者へのギフトなのに、『呪いの粉』は主体性を持つ者へのギフトだから」
『なにがなんでも自らの為に』が本質の競争鳥が『自らの為』を……魂を持たない者を。気に入るはずもない。
『がらんどう』。射手の言葉を思い出した。
ひとしきり語り終えたらしいメイベルさんは肩をすくめる。
「……っていうのが、仮説。まあ、ただ単にキミが、感情が乏しかったり精神状態がE.G.Oに適してるーってだけの線も有力なんだけどね」
「いや……」
荒唐無稽だけど……俺はその仮説に、納得してしまった。
きっと人間じゃないからこそ俺は、外郭から都市へ、すんなりと入れたのだろう。……そう悟ったから。
……自分の、自分らしいと思える部分が消えてたのは、自覚していた。
今まで好きだったもの、嫌いだったもの、なんとなくのこだわりさえ、今や持っていない……以前の自分に共感すらできないんだから。
でも最初は、訳のわからない状況だから、余裕がないから、生きるのに必死だからだと思っていた。
生き続ければ、安定した生活を手に入れられたなら……元に戻るとも。
そう思っていたのに。
どれだけ生きても、翼の職員になって安定しても、自分が見つからない。夢も、願望も、欲でさえ。
……ただ生きるだけの殻。
『死ぬのは罪だ』
しかし、自我すらないがらんどうが、ただ生き続けたところで何が残るって言うんだ?
『どうして生きているの?』
俺は立ち尽くすしかなかった。
「……この仮説をキミに話したのは、仮説について検証したかったのもあるんだけど……それ以上に、キミ自身のことを聞きたかったんだ」
「……俺、ですか?」
「自我が限りなく薄く、しかし自分以外の感情に過敏に感応する、のっぺらぼう……」
『ってのは言い過ぎなのかな?』と、俺の顔を見てメイベルさんが小首をかしげる。
俺はどんな顔をしているのだろうか。
「それでもキミの目的意識はかなり低いはずだ。この支部に来たのだって、あの招待状じみた奇妙な入社推薦状に従っただけだろうし。これはアスカ以外も一緒だけどさ」
「まあ……そうですね」
「それでも他の社員は自分だけの目的を持ってる。キミも知ってるだろ」
俺は仲間の顔を思い出した。
バレルの『組織』。
クロイーの『家族』。
……あと、うん、ガリナの『
光の種が蒔かれた後の人々ほど、強い自我ではないかもしれない。でもみんなには、間違いなく『自分自身』があった。
「対して、自我の薄いキミはどうする?」
「どうするって……」
「『目的』さ。キミだけの、キミの為の目的はある? 知りたいんだ。自我のないキミのような存在は……何を
メイベルさんが俺の目を覗きこむ。まるでその中に大きな宝物が眠っているかのように。
でも、俺から見るメイベルさんの目には、好奇心だけじゃなくて……憐憫が含まれているように見えた。
どうしてそんな目をするんだろう。俺にそんな……憐れむような、なにかがあるのか。俺は俺のそれを知れずにいた。
「……目的」
どうしてと言えば、メイベルさんはなぜ俺にそんなことを問いかけるんだろう。
その問いかけで俺が『自分のための目的』を思いついてしまう可能性もあるんじゃないのか?
メイベルさんの仮説が正しいのなら、それだけで、自我を獲得してしまうだけで、自我の薄さによって保証される俺の体質は消え失せてしまうはずだろうに。
それとも、そんなことできないはずだと踏んでいるのか。
実際、そんなことを問われても俺は、答えを出せずにいた。
今までは、自分の落ち着ける場所を見つけて、元の自分を取り戻すことが目標だった。
その後に、元の世界に戻れたのなら言うことなしだ。
……そのために、生きつづけるべきだった。
だけど、俺が人間じゃないとすれば。
俺が最初から自我を持てない存在だったとするなら。
永遠に何にも意味を感じられない俺なのであれば。
俺は……。
「…………!」
わけのわからない恐怖が足元から全身に広がって、俺は行く宛もなく走り出した。逃げるように。
メイベルさんに引き止められることもなく、福祉チームのメインルームに着いて、何もする気が起きなくて。
その日はなぜか追加の作業指示がなかったから、そのまま家に帰った。なにも考える気にならなかった。
次の日も、その次の日も、ずっと。虚無感は拭えなかった。
──だから俺は、逃げ去る背後の、メイベルさんの言葉に、気づくことはなかった。
「……残念。結局、自我は得られないままか。キミも苦労するね、アスカ」
「それともこれで良かったのかな? アスカが人間じゃないのがホントなら、自我や感情を得た瞬間、調律者に処分されるだろうし」
「さて、それにひても……これを教育プログラムに応用するのは至難の技だろうけど。彼女はキミと同じになれるかな?」
「二つのアプローチ……彼女で試しながら、教育チームに提案だけでもしておくかな」
……そんな風に。水面下で、事態は動きつづけていた。
でも、それを俺が知るのは、ずいぶん後になる。だから、メイベルさんのそんな言葉も……俺は、聞こえないままだった。