──羽根のように柔らかい寝床の上で、私はうつらうつらと
『……ロエ、クロエ』
何だろう。優しくて、温かい声。
「ん、誰……?」
『わからないのかい? 私はこんなにも君を知っているのに』
「え……」
もしかして……。
「……お父さん、お母さん……?」
薄目を開けながら、問いかけた。
『そうさ。私は、君の全ての親なんだから』
「あ……」
何故か、涙が出た。
悲しい事が沢山あった気がする。辛い事を沢山我慢した筈。だけど、今この瞬間の幸福に比べたら、きっと何でもない。
頬を緩ませながら、私は自分を覆ってるその翼に抱き着く。
完全に目を開けた私は『親』を見上げた。
鮮やかな青の巨大な
その頭に目はなく、丸い頭の頭頂部に一つだけ、丸い穴があった。その穴を見つめることで、私と『親』は目を合わせる事が出来た。
その『親』は言う。
『大丈夫、きっと君は──』
「『自由』になれる」
見慣れた天井を見ている。
「……家。寝てたのか」
起き上がって周囲を見回すと、下の子達が周りに川の字になって眠っていた。
そうだ、弟のレオが怖い本を読んだって言うから、今日は久しぶりに皆で寝たんだった。
それから──起きる直前の事を思い返して、私は手を口で抑える。
私は何を言っていたんだ? さっきの夢は何だったんだろう。いつから私は起きていたのか。
……あの鳥は、もちろん私の親じゃない……筈。
ただの夢の産物? なんだろうか。その可能性もあったけど、どうしてか私は、さっき見たそれはアブノーマリティだと、確信していた。
作業した事もないアブノーマリティの夢を見たとか、かなり奇妙な現象が起こった事になる。メイベルさんに伝えるべきだろうか……。
そんな事を考えてると、隣のハンナが声を上げた。
「お姉ちゃん……じぶんをだいじにして……」
起きてるのかと思ったが、目をつむってる。寝言らしい。昔みたいな呼び方にニッと笑う。
可愛い寝顔してる妹の頭を撫でた。
「ありがと、ハンナ」
さて、良く分からない事は置いておいて、少し早いけど出勤の準備でもしようか。
立ち上がって息を深く吸うと、湿気た匂いがした。この月に雨……もしかしたら良い事があるかもしれない。
その日は雨が降っていた。
雨に濡れながら歩いて支部のエントランスに着くと、丁度同じ時間に着いたらしいアスカの姿が目に入った。
「おはよ、アスカ。久しぶりに見た気がする。休み明けだからかな」
「おはよ。……最近宴会に来てないからじゃないか? バレルとも会ってない気がするし……二人ともどうしたんだよー」
「あー……そうだね。私は仕事が多いからだけど……懲戒チームの仕事だけじゃないから」
「またなんかやってるのか?」
「んー……研究業務の手伝い? 被験体みたいな?」
「なんだそれ……危なくないか?」
「懲戒チームの仕事より絶対マシ」
「そりゃそうか」
競争鳥を延々と鎮圧するだけの業務もあったりするけど、基本的に懲戒チームはキツい仕事ばかりだから。
危険レベルの高いアブノーマリティの鎮圧だったり、戦闘訓練だったり、あとその場にいる職員たちを統率する為の指揮官訓練とか、やる事が多すぎる。
その上、最近はメイベルさんの実験も忙しい。
どうもメイベルさんは、感応実験に二つの方針を定めたらしい。
それは先入観となる全ての感情や自我をなくしてアブノーマリティと直面する方法と、相性の良いアブノーマリティと感応する方法。
今はとりあえず両方の方法を私で試してる。
メイベルさん曰く『着実にE.G.Oへの感応度は上がっている。このまま、ある種の変曲点へ達する事が出来れば、あるいは……』との事。
今日の夢も、連日の実験の成果……なんだろうか。アブノーマリティに感応する能力が成長したとか? だとすれば嬉しいけど。
私がアスカみたいになれる日は来るだろうか。
……とにかくそういう事だから、私はあんまり宴会に行けてない。
「でも、バレルは良く分からないね。最近、元気ないというか、顔暗いというか……同じチームでもあんまり話さなくなったし」
「えっ、そんな感じだったのか!? 大丈夫なのか?」
「一応そっちの看護部署で精神汚染レベルは見てもらったらしいんだけど、基準値の範囲だったし、大丈夫だと思いたいけどさ」
「ああ、来てたな……。あの時は榴弾の射手関連の精神検査だと思ってたけど」
「ギフト貰った直後だったもんねえ」
ギフトを貰った職員は他の職員より、アブノーマリティに過剰な感情を持ってる確率が高い。
だからギフトを貰った職員は、たまに精神検査を受けさせられる。私やアスカも経験してる事だ。
「まっ、今度宴会でも行くように言っとくよ」
「いや、お前も来いよ」
「わ、私は忙しいから……! バレルの方は、多分忙しくないし?」
「それなら仕方ないけど……クロイーの事も待ってるからな」
「……うん」
コクリと頷く。相変わらず真っ直ぐな言葉。そんなに素直に言われると、こっちは照れるしかなくなるじゃないか、もう。
アスカも自分で照れたのか、視線を少しそらして持ってた傘を会社の次元ロッカーに入れてる。……あれ。
「傘差して来たの? せっかくの雨なのに」
「せっかくの? ……ああ、K社の雨か。今月だったのか」
「そ。来るまで傘差してる人見なかったでしょ?」
「言われてみれば……それに、クロイーも濡れてるもんな」
アスカが私のスーツを見る。ずぶ濡れってほどじゃないからすぐ乾く……とは思う。風邪引かなきゃ良いんだけど。
「……都市だからそんなもんってだけかと思ってたな」
「えっ?」
「いや、なんでもない。というか雨に打たれるのは夜じゃなかったっけ?」
「本番はそうだけど……ここらへんは朝も打たれる人が多いって他の仕事の友達が言ってた」
「へぇ。まあこの巣も広いし、そういう事もあるのか」
K社の巣には、毎年この月に雨が降ると、傘を差さない方が良い……とする文化があるらしい。童話の話? だったかが由来らしく、雨に打たれると病気が治ったり、幸運な事があるんだとか。
「でも、べつにクロイーってK社の巣出身じゃなかったろ? そういうゲン担ぎとかするんだな」
「まあね。ジンクスや縁起物っていうのはあればあるほど良いから」
「そういうものか」
そんなことを喋りながら、エレベーターに乗る。支部の中層まで降りる。
「そういえばアスカの顔が暗いのも、私達が宴会来てないから? それなら申し訳ないんだけど」
「……! 俺の表情、暗く見えるかっ!?」
「えっ? そ、そんな身を乗り出されて聞かれると、自信ない……」
「……そっか」
なんとなくそんな表情に見えただけなんだけど、アスカはその返答に満足しなかったようで、より一層落ち込んだ……ように見える。どうしたんだろ。
「アスカ──」
私の声をエレベーターの稼働音が遮った。中央本部チームに着いたようだ。ここから私とアスカは別の方向。
「まあ、またどこかで話すよ」
話を続けようとする私にヒラヒラと手を振って、エレベーターを出たアスカは福祉チームへ向かっていった。
「…………」
その背中に、伸ばそうとしかけた手を下ろす。バレルもそうだけど、アスカも……その内心に、触れない。それが、仲の良かった人達が離れて行くようで、少し寂しかった。
……でも、そんなものなのかな。結局私達は別々の事情を持つ他人だから。互いの内心に干渉しすぎるのも出しゃばりなんだろうか……。
薬瓶のペンダントを少し握った。私もアスカに背中を向けて、懲戒チームへ向かう。
少し暗い気持ちになっていたその時の私は、今日が特別な日になる事を予想もしていなかった。
雨に打たれた甲斐があった……のかも知れない。