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「ここか……」
今日観測業務をするのは、懲戒チームの第二収容室。
ただ不思議なことに、俺がやれと言われたのは普通の管理作業だった。作業内容の指定すら無いらしい。
なんでも、『普段と変わりないか、確認しておいてください!』とのこと。
収容室の奥には、なんというか、高身長?ノッポ? まあそんな感じのスーツの人が立っていた。
身長が高すぎて、外からじゃ顔が見えない。でも、だいたいは事前情報通りの見た目ではある。
もう既にこいつの管理情報は読んでる。だから大丈夫だ、多分。
収容室に入って、俺は
「……スレンダーマンか?」
細長い腕。細長い足。そして身体を曲げてやっと収容室に収まる高い身長。
見上げると、男と目が合った。収容室に入ってきた俺をすごい迫力で凝視している。
その視線は足がすくんでしまいそうなくらい強烈で、俺は目をそらした。さっさと作業を開始しよう。
壁についたリモコンを操作して、音楽をかける。自由という話だったし、今日は洞察作業をやりたい。
道具箱からモップを取り出して、収容室の掃除を始める。床にはまあまあホコリが積もっていた。
このアブノーマリティは動かないんだろうか。ちらっと横目で身体を見ても、直立不動で身じろぎすらしない。あの様子だと身体にもホコリが積もってるだろう。
収容室には、モップの音と、さっき流した音楽だけが響く。その音楽は低く単調で、ゆっくりとしたテンポ、決して気分の良くなる曲ではなかった。
床を拭いているその間にも、上からの視線が俺の精神を押しつぶす。どんどんと気分が悪くなっていく。
なるほど、これが
そのせいか、それとも俺が床を……下を見ているからだろうか。だんだん、上から見下ろすこいつに、まるで平伏しているかのようにも感じてきた。
首筋に流れるじっとりとした汗が気持ち悪い。それでも地面を見ながら清掃を続けてると。
突然、俺の周りに立つ、複数人の足が見えた。
「なっ……」
めちゃくちゃビックリした。顔を上げて、収容室を見渡す。誰もいない。
いるのは、スーツを着たアブノーマリティだけだ。
「……気のせい、なのか?」
「本当にそう思う?」
「なっ……」
「あれは僕たちだよ」
上から声が聞こえた。見上げると、相変わらず俺を凝視しながら、アブノーマリティが口を開いていた。
「ねえ、苦しい?」
「…………」
俺は頭を振って、気を取り直す。
アブノーマリティの言葉を無視して清掃を再開した。下手に会話をすれば、愛着作業になりかねない。
ただでさえ会話もしたくないほど消耗しているし、そもそもそんなことをする意味はなかった。
そんなことより、作業時間が終わるまでもう少しだ。それまでは、このダメージにも耐えなきゃ。
「そうだね、耐えなきゃいけないね」
……人の心を読むのか。だけど、取り合わない。
エネルギーが十分生成された。作業を終えて、道具を片付ける。
助かったと感じた。作業時間はいつもどおりなのに、俺の精神はもう限界を迎えている。
……なのに、収容室から出られない。また、扉にロックがかけられている。
ギフトを貰うときの施錠だろう。もう慣れたな。
「苦しくても、耐えなければならないんだ」
だけど、いつもと違うことが起きた。無線機が突然ついて、声が聞こえた。
『こちらコントロールチーム。訳あって収容室の施錠を続ける。収容室内にいる職員アスカはもう一度アブノーマリティの管理作業を行うように』
それは、普段では考えられない、意味のわからない指示だった。
「なっ……ちょっと待て!」
『この命令が撤回されることはない。では、健闘を祈る』
「そっか……。そういうことなら、もう一度我慢しなきゃね?」
扉をガチャガチャと開こうとするが、まだ施錠は続いている。あたかも、さっきの指示が本物だったかのように。
まずい、まずい!
いまの状態ですぐまた作業をしたらどうなるか分からない! パニックを起こして、最悪侵蝕する!
そもそもなんだその命令は!? 訳がわからない!
『命令への反抗は認められない』
「ほら早く、作業しなきゃ」
「……うっ」
無線とアブノーマリティがなにか言う中、突然頭の中にいっぱいの苦痛が流れ込んできた。
立ってられない。
うずくまる。
目の前にたくさんの人の足が見える。
群衆の、強要の圧が、もっと苦しめと言っているようだった。
『苦しくとも、即座に命令を遂行しなければならない』
「苦しまなきゃいけないんだ」
『私たちも苦しかった』
「僕たちも苦しいから」
……いや、これはおかしい。
そりゃ、ここは苦しみに満ちた場所のはずだ。でも、こんな苦しみは、こんな命令は、違うだろ。俺は天井のアブノーマリティの目を見た。
「君も一緒にならなきゃ」
「いや、俺は……一緒にはならないよ」
俺はもう一度扉に手をかける。扉のロックは解除されていた。転がり落ちるように収容室から出た。無線をつなげる。
「こちら、K-1844……先程の命令は事実か」
『こちらコントロールチーム。命令とは? コントロールチームからK-1844に何らかの命令が送られた記録はない』
……やっぱり、あの声は偽物か……。
「こちらK-1844、アブノーマリティの能力によって、異常な命令を受けたみたいだ……」
「こちらコントロールチーム。理解した、後ほどインシデントログを作成すること」
「了解……」
その言葉を最後に、いろいろ糸が切れた俺は、廊下に倒れこんだ。
倒れこんだまま、しばらく経って……。
「きゃ! な、なに……?」
誰か、通りかかってくれたみたいだ。良かった……。
うつぶせに倒れた俺は、手を上げて助けを求めた。
「すみません……福祉チームから精神回復薬的なのもらってきてくれませんか……」
「あ……は、はい!」
すぐ戻ってきたその職員さんは俺にスプレーを吹きかけてくれた。おそらく噴霧式のエンケファリンだろう。
気分が落ち着いてからその人を見ると、助けてくれたのは、橙色でボブカットの、俺と同じ懺悔防具を着ている女の人だった。
俺と同じ、新入りの職員かな。
「ありがとう、だいぶマシになった……。えっと、あなたの名前は?」
「あ、私、今日入りました新入社員のリアって言います!」
「そっか、俺も先週ぐらいに入ったんだ。名前はアスカ、よろしく」
「こちらこそ! ……あ、これ落ちてましたよ。アスカ先輩のものですか?」
「これは……多分そうだな」
リアが手渡したのは命罪さんの茨の冠と、見たことのない深緑色のキャップだ。
やっぱりギフトをもらってたか……これで三連続で一発取得か。確率どうなってんだ。
帽子をもう一度かぶると、さっきみたいに、押しつぶされるような苦痛が頭に流れこんできた。この苦痛を、他の人にも味わわせたくなる。
「ぐ、うッ……!」
「だ、大丈夫ですか? 顔色が……」
「……ギフトの侵蝕だ。でもさっきよりはましだな……」
勇気関連のギフトは問題なかったはずだから、他のステータス関連か。上等だ、また同じ作業しまくって、克服してやる。
「よし……」
「えっ、もう作業に戻るんですか!? もう少し休んだほうが……入っちゃった」
その後、もう一度作業でボロボロになった俺は、リアの呼んだバレルに激怒されながら実験室へブチこまれた。
そんな怒ることないじゃん……。
リアの死から立ち直って数日後、チーフが姿を消した。
特にチーフの死因は聞いていなかったが、その収容室の前を通って、察しがついた。
「あ、チー……」
チーフ、と言いかけて、やめた。
「…………」
……何も作業指示は来ていないし、良いか。俺は『私たちの苦しみ』の収容室に入った。
前にこの
こちらを凝視する目にはメガネをかけているし、青い筋の張ったEGO防具を着ていた。
髪も緑色になって、髪型はポニーテールだ。よく見ると、その細長い腕には、うちのチーフの腕章がついていた。
「……ずいぶん身長が高くなったな、チーフ」
腕や足が細長くなって背も伸びた、それ以外は生前の姿のままのチーフが、まるでアブノーマリティになったかのように、俺を見下ろしていた……。
その苦しみは、私たちの苦しみだった。
逃げずに、みんなで乗り越え、飲み込み、受け入れた苦しみ。いつしか、その苦しみを私だと思うようになった。
当然だが、誰しもが持つ苦しみから、逃げることは許されない。
一人が逃れることは許されない。
私を否定することは許さない。
なぜなら、私たちも逃げたかった。
だから、誰も逃さない。誰もがこの苦痛を乗り越えなければならない。飲み込まなければならない。
私を受け入れなければならない。
いつしか私は苦しみとなり、あなたを従えよう。
どうかあなたも、苦しみになれますように。
T-06-k27 『私たちの苦しみ』観測完了……?