生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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T-06-k27『いつしか私は苦しみとなり、あなたを従えよう』

 

「ここか……」

 

 今日観測業務をするのは、懲戒チームの第二収容室。

 ただ不思議なことに、俺がやれと言われたのは普通の管理作業だった。作業内容の指定すら無いらしい。

 

 なんでも、『普段と変わりないか、確認しておいてください!』とのこと。

 

 収容室の奥には、なんというか、高身長?ノッポ? まあそんな感じのスーツの人が立っていた。

 身長が高すぎて、外からじゃ顔が見えない。でも、だいたいは事前情報通りの見た目ではある。

 

 もう既にこいつの管理情報は読んでる。だから大丈夫だ、多分。

 収容室に入って、俺は幻想体(アブノーマリティ)の全貌を見た。

 

「……スレンダーマンか?」

 

 細長い腕。細長い足。そして身体を曲げてやっと収容室に収まる高い身長。

 

 見上げると、男と目が合った。収容室に入ってきた俺をすごい迫力で凝視している。

 その視線は足がすくんでしまいそうなくらい強烈で、俺は目をそらした。さっさと作業を開始しよう。

 

 壁についたリモコンを操作して、音楽をかける。自由という話だったし、今日は洞察作業をやりたい。

 

 道具箱からモップを取り出して、収容室の掃除を始める。床にはまあまあホコリが積もっていた。

 

 このアブノーマリティは動かないんだろうか。ちらっと横目で身体を見ても、直立不動で身じろぎすらしない。あの様子だと身体にもホコリが積もってるだろう。

 

 収容室には、モップの音と、さっき流した音楽だけが響く。その音楽は低く単調で、ゆっくりとしたテンポ、決して気分の良くなる曲ではなかった。

 

 床を拭いているその間にも、上からの視線が俺の精神を押しつぶす。どんどんと気分が悪くなっていく。

 なるほど、これが精神的(WHITE)ダメージだろう。

 

 そのせいか、それとも俺が床を……下を見ているからだろうか。だんだん、上から見下ろすこいつに、まるで平伏しているかのようにも感じてきた。

 

 首筋に流れるじっとりとした汗が気持ち悪い。それでも地面を見ながら清掃を続けてると。

 

 突然、俺の周りに立つ、複数人の足が見えた。

 

「なっ……」

 

 めちゃくちゃビックリした。顔を上げて、収容室を見渡す。誰もいない。

 

 いるのは、スーツを着たアブノーマリティだけだ。

 

「……気のせい、なのか?」

 

「本当にそう思う?」

 

「なっ……」

 

「あれは僕たちだよ」

 

 上から声が聞こえた。見上げると、相変わらず俺を凝視しながら、アブノーマリティが口を開いていた。

 

「ねえ、苦しい?」

 

「…………」

 

 俺は頭を振って、気を取り直す。

 

 アブノーマリティの言葉を無視して清掃を再開した。下手に会話をすれば、愛着作業になりかねない。

 

 ただでさえ会話もしたくないほど消耗しているし、そもそもそんなことをする意味はなかった。

 

 そんなことより、作業時間が終わるまでもう少しだ。それまでは、このダメージにも耐えなきゃ。

 

「そうだね、耐えなきゃいけないね」

 

 ……人の心を読むのか。だけど、取り合わない。

 

 エネルギーが十分生成された。作業を終えて、道具を片付ける。

 

 助かったと感じた。作業時間はいつもどおりなのに、俺の精神はもう限界を迎えている。

 

 ……なのに、収容室から出られない。また、扉にロックがかけられている。

 

 ギフトを貰うときの施錠だろう。もう慣れたな。

 

「苦しくても、耐えなければならないんだ」

 

 だけど、いつもと違うことが起きた。無線機が突然ついて、声が聞こえた。

 

『こちらコントロールチーム。訳あって収容室の施錠を続ける。収容室内にいる職員アスカはもう一度アブノーマリティの管理作業を行うように』

 

 それは、普段では考えられない、意味のわからない指示だった。

 

「なっ……ちょっと待て!」

 

『この命令が撤回されることはない。では、健闘を祈る』

 

「そっか……。そういうことなら、もう一度我慢しなきゃね?」

 

 扉をガチャガチャと開こうとするが、まだ施錠は続いている。あたかも、さっきの指示が本物だったかのように。

 

 まずい、まずい!

 いまの状態ですぐまた作業をしたらどうなるか分からない! パニックを起こして、最悪侵蝕する!

 そもそもなんだその命令は!?  訳がわからない!

 

『命令への反抗は認められない』

 

「ほら早く、作業しなきゃ」

 

「……うっ」

 

 無線とアブノーマリティがなにか言う中、突然頭の中にいっぱいの苦痛が流れ込んできた。

 

 立ってられない。

 

 うずくまる。

 

 目の前にたくさんの人の足が見える。

 

 群衆の、強要の圧が、もっと苦しめと言っているようだった。

 

『苦しくとも、即座に命令を遂行しなければならない』

 

「苦しまなきゃいけないんだ」

 

『私たちも苦しかった』

「僕たちも苦しいから」

 

 ……いや、これはおかしい。

 

 そりゃ、ここは苦しみに満ちた場所のはずだ。でも、こんな苦しみは、こんな命令は、違うだろ。俺は天井のアブノーマリティの目を見た。

 

「君も一緒にならなきゃ」

 

「いや、俺は……一緒にはならないよ」

 

 俺はもう一度扉に手をかける。扉のロックは解除されていた。転がり落ちるように収容室から出た。無線をつなげる。

 

「こちら、K-1844……先程の命令は事実か」

 

『こちらコントロールチーム。命令とは? コントロールチームからK-1844に何らかの命令が送られた記録はない』

 

 ……やっぱり、あの声は偽物か……。

 

「こちらK-1844、アブノーマリティの能力によって、異常な命令を受けたみたいだ……」

 

「こちらコントロールチーム。理解した、後ほどインシデントログを作成すること」

 

「了解……」

 

 その言葉を最後に、いろいろ糸が切れた俺は、廊下に倒れこんだ。

 

 

 

 倒れこんだまま、しばらく経って……。

 

「きゃ! な、なに……?」

 

 誰か、通りかかってくれたみたいだ。良かった……。

 

 うつぶせに倒れた俺は、手を上げて助けを求めた。

 

「すみません……福祉チームから精神回復薬的なのもらってきてくれませんか……」

 

「あ……は、はい!」

 

 すぐ戻ってきたその職員さんは俺にスプレーを吹きかけてくれた。おそらく噴霧式のエンケファリンだろう。

 

 気分が落ち着いてからその人を見ると、助けてくれたのは、橙色でボブカットの、俺と同じ懺悔防具を着ている女の人だった。

 

 俺と同じ、新入りの職員かな。

 

「ありがとう、だいぶマシになった……。えっと、あなたの名前は?」

 

「あ、私、今日入りました新入社員のリアって言います!」

 

「そっか、俺も先週ぐらいに入ったんだ。名前はアスカ、よろしく」

 

「こちらこそ! ……あ、これ落ちてましたよ。アスカ先輩のものですか?」

 

「これは……多分そうだな」

 

 リアが手渡したのは命罪さんの茨の冠と、見たことのない深緑色のキャップだ。

 

 やっぱりギフトをもらってたか……これで三連続で一発取得か。確率どうなってんだ。

 

 帽子をもう一度かぶると、さっきみたいに、押しつぶされるような苦痛が頭に流れこんできた。この苦痛を、他の人にも味わわせたくなる。

 

「ぐ、うッ……!」

 

「だ、大丈夫ですか? 顔色が……」

 

「……ギフトの侵蝕だ。でもさっきよりはましだな……」

 

 勇気関連のギフトは問題なかったはずだから、他のステータス関連か。上等だ、また同じ作業しまくって、克服してやる。

 

「よし……」

 

「えっ、もう作業に戻るんですか!? もう少し休んだほうが……入っちゃった」

 

 その後、もう一度作業でボロボロになった俺は、リアの呼んだバレルに激怒されながら実験室へブチこまれた。

 

 そんな怒ることないじゃん……。

 

 

 

 

 

 リアの死から立ち直って数日後、チーフが姿を消した。

 特にチーフの死因は聞いていなかったが、その収容室の前を通って、察しがついた。

 

「あ、チー……」

 

 チーフ、と言いかけて、やめた。

 

「…………」

 

 ……何も作業指示は来ていないし、良いか。俺は『私たちの苦しみ』の収容室に入った。

 

 前にこの幻想体(アブノーマリティ)を見たときと、姿が変わっている。

 

 こちらを凝視する目にはメガネをかけているし、青い筋の張ったEGO防具を着ていた。

 

 髪も緑色になって、髪型はポニーテールだ。よく見ると、その細長い腕には、うちのチーフの腕章がついていた。

 

「……ずいぶん身長が高くなったな、チーフ」

 

 腕や足が細長くなって背も伸びた、それ以外は生前の姿のままのチーフが、まるでアブノーマリティになったかのように、俺を見下ろしていた……。

 

 

 

 

 

 その苦しみは、私たちの苦しみだった。

 

 逃げずに、みんなで乗り越え、飲み込み、受け入れた苦しみ。いつしか、その苦しみを私だと思うようになった。

 

 当然だが、誰しもが持つ苦しみから、逃げることは許されない。

 一人が逃れることは許されない。

 私を否定することは許さない。

 

 なぜなら、私たちも逃げたかった。

 

 だから、誰も逃さない。誰もがこの苦痛を乗り越えなければならない。飲み込まなければならない。

 私を受け入れなければならない。

 

 いつしか私は苦しみとなり、あなたを従えよう。

 どうかあなたも、苦しみになれますように。

 

 

 

T-06-k27 『私たちの苦しみ』観測完了……?

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