また、一部のご家庭にはオススメいたしません。
釣り人たちは、すっかり夢中になっていました。
いつもはハエの
大きな竿を何本も抱えた釣り人が、海に突き出たコンクリート製の
「やあ、釣れますか」
今しがた来たばかりの、戦国時代のお姫様の晴れ着を思い出す、深紅の丸いニット帽を被った釣り人が、折り畳みの椅子をかちゃかちゃとさせながら隣の釣り人に声を掛けました。
話しかけられた釣り人は、竿を握ったまま「ははは、面白い人だ」と笑って見せて、
「貴方も噂を聞きつけて来たのでしょう。でなければ、皆が街の方でキリストの鐘を鳴らしているのを尻目に、ごつごつとした毛皮まで羽織って、こんな寂しい所に来ないでしょう」
この一言の間に、赤い帽子の釣り人のバケツには、すでに二、三匹の鮭がピチピチと跳ねていました。
「いや、もっともです。一体どこの神様のいたずらか」
鮭という魚はそもそも、木々が恋焦がれる時分によく獲られる生き物ですが、今年はどういったわけかこの船着き場周辺に限って、今の時期によく釣れるというのです。
それも二十や三十どころではなく、釣っても釣っても、もしこの国の人々みんなが苦しくなるまでお腹に詰め込んでも、一向になくならないであろうという程度には、海をすっかり我が物としていました。
もちろん、この非常事態に、各地の偉い先生たちが集まって、その細かい
そんなわけですから、この話を聞きつけた鮭好きたちが、ここひと月の間に、いっせいにこの船着き場へ押し寄せたということです。
誰かが言うには、このひと月で、近くの宿屋は再来年まで閉業しても平気になったとか、駄菓子を買うとおまけに鮭が一匹ついてくるだとか。
「あそこの立派な髭をしたご主人なんぞは、つい先週まで開いていた書店を閉じてまで鮭獲りに来たのだとか。皆、随分と鮭に頭を食べられているものです」
三つ目のバケツを満杯にさせながら、釣り人は笑って話しました。
隣で相槌を打っていた赤い帽子の男は、二つ目のバケツを取り出して、ミミズもつけていない針を、ひゅいと水面に落として、うきの沈みを見る間もなく、糸を引くと、ぎらぎらと鱗を光らせた鮭がぴったりと針をくわえていました。
ところで。
話は変わって陸の方に目を向けますと、この港の近くに、ある夫婦が暮らしていました。
ここのお上さんはどうにも子宝に恵まれない体のようで、二人が愛を誓ってから早十数年。
幾度となく劣情を重ねて来ましたが、一向に天使が舞い降りることはありませんでした。
そこでこの年に、ついぞお医者様にかかって、念願の恵みを授かりました。
二人は、それはもう大喜びです。双方の両親に急いで電話をかけ、長年の友人達にも連絡し、今宵、聖人の誕生を祝う日に、皆でパーティーを開いていました。
皆、代わる代わる、無償の愛を込めて、母親の腹を愛しくさするのです。
また話は変わりますが、ここにもまた、宝を抱えた夫婦がいました。
父、母に加えて、すでに地上へ足を着けた、もう一人の天使も一緒に、これまた無償の愛を込めて代わる代わる、母親の腹をさするのでした。
また別の所にも………
遥か遠く、山を越えた先にも………
そのまた先にも…………
…………
………
自然なことですが、この小さい島国だけで何十万という奇跡を私達は目にしていました。
…………
特に今宵は、男女が愛を重ねる、絶好の聖なる夜になるはずでした。
ところが。
あくる日の朝、多くの人々が口にしたのは。
歓喜の声ではなく、悲哀の絶叫でした。
聞くところによりますと、ごろりと膨らんだ、多くの母親のお腹が、一晩にして、畳んだ風船のように、自然な形へ戻ってしまったようです。
全国のお医者様は、歴史上最も忙しい日を送ったとか。
…………
………
「今日は特に豊作ですな」
「間違いありません。ほら、現地で調理してもまだ数週間分はありますから」
昨日見た、赤いニットの男は、ダン!と勢いよく、包丁で鮭の頭を取るのでした。
余談ですが、今日は過去に類を見ない程、鮭が釣れたようです。
※この話は完全なフィクションです。
また、何らかの思想を煽動するものではありません。