戦場のヴァルキュリア Gebirgsjäger   作:モラーヌソラニエ

2 / 2
ガリアの長い1日

1935.3.15

 

「あぁ?!逃げろ!みんな逃げろ!」

 

 若い機関銃手は叫びながら引き金を引いていた。

 その日は朝から雲一つない快晴であった。

 春の暖かな陽気に雪解けの泥濘も治まったこの時期は軍隊にとって移動には最適の時期であり帝国もその常識に則って国境地帯の全域に渡った電撃的侵攻を開始した。

 前々から国境線沿いに集結していた帝国軍の活発な動きを警戒していたガリアではあったが練度が高くそもそもの数が桁違いな帝国軍に小国の小部隊が抗う術は無いに等しく遅滞戦闘もそこそこに多くが壊走、壊滅した。

 

 みんな敵が来るなど本気にしてはいなかった。

 わざわざ中立国に攻め入ってイタズラに敵を増やすことはしないだろう。

 きっとただの脅しで開戦には至らないだろう。

 

 だが奴らはやってきた。

 

 上記の楽観めいた予測が蔓延していたガリア軍将兵にとって帝国の王子自らが大軍を率いてやってきた衝撃は計り知れない。

 

 この国境に程近い粗末な塹壕もその一つだった。押し寄せる帝国軍に対して対戦車砲も迫撃砲も持たない二線級部隊に出来ることと言えばただ帝国軍接近を無線に叫び退却することだけだった。

 準備砲撃で半壊した塹壕から這い出し背中から狙撃や機銃掃射を受けながら我先にと逃げ出す仲間たちの醜態に青年は泣きたくなる気持ちだった。

 

 本音を言えば彼らに加わってランドグリーズの要塞まで一目散に逃げたかった。しかし、彼の唯一の武器である水冷式重機関銃は逃げるには重過ぎ、しかして捨て置こうにも丸腰で走るには迫り来る敵はあまりにも近かった。

 二進も三進もいかない彼は諦め半分、理不尽に対する怒り半分で引き金を引き続けた。

 

 銃身を覆う冷却ジャケットから濛々と蒸気が立ち昇り沸騰した水が銃から抜けていく。先の猛砲撃で予備の水が入ったジェリ缶が粉々になっていたためすぐに冷却水は空になり銃身が赤熱し始めた。

 既に戦場には青年の機関銃と敵方からの制圧射撃の銃声だけが轟いていた。

 孤独な勇者に破局は足早にやってくる。

 

 不意に地面が揺れた。

 

 積み上がっていた空薬莢が塹壕内にこぼれ落ち機関銃の銃架が震える。ゴロゴロと地響きを奏でながら現れた"ソレ"に青年は目の前が暗くなるほどの絶望に包まれた。

 

 ギャリギャリと砂利を噛み砕く履帯、青年の機関銃より遥かに巨大な大砲、そして何より全身を包む強靭な装甲。

戦場を支配する鋼鉄の獅子王。

 

「戦車…戦車だっ!」

 

 青年はやはり引き金を引く。もう弾は無く銃身は熱で変形している機関銃の引き金を。狂騒に駆られて弾き続ける。

 

 帝国軍中戦車の砲塔がこちらを向く。砲の照準器越しに青年は敵の砲手と目が合った気がした。

 

 白い閃光と衝撃波が視界いっぱいに広がる。

 瞬間、青年は故郷に残した幼馴染を思い出した。

 嗚呼、あの子は今頃どうしているだろう。きっと寝ているに違いない。あの子は朝に弱かったから___…

 

 思い人が既に義勇軍に徴兵されていたことを最期まで知らなかった青年はある意味で幸運であったかもしれない。

 

_____

 

 戦況は絶望的。

 国境線の要衝は全て陥落。北の要であったギルランダイオ要塞は当初は堅牢な城壁と積極的な対砲兵射撃によって攻め手の火力を削り粘ったものの指揮所に砲弾が落下し司令部要員のことごとくを失った後は指揮系統が混乱し最終的には脱出できた一部の将兵を除き玉砕した。

 

 ギルランダイオは落ち、北部の工業都市ファウゼンは絶望的な防衛戦の準備を開始する。中部の平原と砂漠は戦車の機動力を遮るものがなく性能に勝る帝国軍機甲部隊は敗走するガリア軍を好き放題に攻め立てた。

 ブルールでは自警団と帝国軍の間で戦車戦力を交えた大規模な戦闘が発生し村落に大きな被害が出ている。

 密林の生い茂る南部だけは小勢を地形で誤魔化し良く粘っていたもののその奮戦もラディ・イェーガー少将指揮下の精鋭が攻勢に加わるまでであった。

 

 ガリア戦役に於けるガリア正規軍4万の死傷者の内実に6割が開戦劈頭のこの僅かな期間に失われた。民間防衛を行う自警団や民間人を含めるとさらに途方もない人々が戦火に飲まれたであろうことは想像に難くない。

 

 事ここに至り、首都ランドグリーズのガリア軍中央本部は予備役の招集と義勇軍の拡充を決定。また、海外派遣から帰還したばかりのガリア陸軍第一山岳猟兵大隊も補給再編もそこそこに未だ後退し続ける前線へと投入することに決めた。

 

 書類上では大半が自国民ですらない彼らは司令部からすれば良心の呵責なく使い潰せる絶好の駒だったのだ。

 

 立場の低く政治力にも乏しい猟兵たちに命令を拒む権利は無い。直前まで居た任地との時差による心身の疲労も取れぬまま大隊は東へと逆行を始めた。

 

 大隊に与えられた任務は中部にて占領されたばかりの小都市『ムールダイク』を急襲し帝国軍を混乱させ味方を追撃する敵部隊を前線から引き剥がすこと。

 

 包囲される危険が高く損害は避けられない命令だ。しかし彼らには進むしか道はなかった。

 ガリア人として認められるためには選択肢は無かった。

 

 しかし全軍が大壊走の最中にあるガリアにおいて何一つ順調に進むことなどない。

 まず補給。

 銃だけはかろうじて1人一丁が確保できたが弾薬は定数の半分、車両を動かす燃料も7割がやっとだった。

ただでさえ一般部隊より軽装備の山岳猟兵が物資不足の状態で中部を荒らし回る帝国軍機甲部隊と鉢合わせれば結果は日を見るより明らかだ。

 

 大隊を率いる若き少佐、ミリン・ピケは唸った。いかにして戦闘力を維持しながら敵地へ進出し生還するか。知恵を絞った彼は敵に倣い先の大戦で帝国が行った浸透戦術の一部を真似ることにした。

 

 指揮下のオートバイ中隊と臨時で指揮下に入れた独立装甲車中隊を細かく分け大量の斥候隊を編成、これを大隊の進路180度に深く頻繁に先行させ敵部隊同士の隙間や大型の戦車の通行が難しい箇所を徹底的に調べさせた。

 

 そうして大隊は敵のいない、もしくは問題なく蹴散らせる程度の小部隊しか存在しない戦線のウィークポイントを静かに素早く突き進む。

 往々にしてそのような地形は進むのに一苦労な難所であることが殆どだがそこは山岳猟兵、道なき道を行くプロである彼らにとっては容易い仕事だった。

 6輪トラックの後輪に即席のキャタピラを履かせ軟弱地にスタックしないよう工夫し兵士たちは積極的に自らの足で駆ける。

 比喩抜きにガリアで1番の実践経験を持つ部隊なのだ。まだ新米であるサブリナでさえ敵地で目立たない術や荒地踏破のイロハは叩き込まれていた。

 

「ひぃ、ふぃぃ」

 

 ……教わったことと当たり前に出来ることは必ずしもイコールでは無いことをサブリナは痛感した。

 

 山岳猟兵大隊独自の兵科である装甲突撃兵の彼女は野戦服の上に艶消し塗装の胸甲と肩から二の腕までを守るショルダーアーマーを身につけているのだがこれがまた重い代物だった。バイタルパートを破片や銃弾から保護するために作られた胸甲は見た目こそ喉から鳩尾までを保護するだけの頼りない面積しかないが飛び石や弾片、ある程度離れた距離からの銃弾を受け止めるだけの防御力を持たせるため分厚く、それに比例して重量も中々なもの。加えてサブリナのプライマリウエポンである木製銃身ジャケットが特徴的なガリアM10Aショットガンとその弾薬、行軍に必須な品々が入った背嚢類を含めると愚痴のひとつでも言いたくなる重さになる。

 

「せめてピッツァ、マルゲリータのピッツァがあれば頑張れるのにぃ」

「何贅沢言ってるのよ。カンパンで我慢なさいな。ほら」

 

 サブリナが好物を空想していると横から堅いビスケットが差し出された。

 差し出された先を見れば端正な顔立ちをムッとした顔に歪ませた深いワインレッドの髪をした少女とその傍らで笑いを堪えているやはり同じぐらいの歳頃の少女。

 狙撃手のミリア・ワルサー1等兵と軽歩兵のマリヤ・クルニコワ1等兵だ。

 

 ミリアはサブリナと同じく帝国貴族の出で政争に敗れ没落し離散した一家の長女だ。父と共に異国に移り再起を図る過程でガリアに流れ着いた。サブリナとは似たような生い立ちや境遇から馬が合い本人の一見つんけんとしているがその実かなり世話焼きな性格もあってよく一緒に行動していた。ちなみに父親の方はというとかつて騎兵大隊を率いていた経験を買われ将校課程へと進み現在は大隊麾下のオートバイ中隊を指揮している。

 

 マリヤは大隊の兵卒としては珍しい純粋なガリア人で退役した母がかつて指揮を執っていたこの特異な部隊に惹かれて入隊した。真面目でよく笑い人当たりも良い彼女が異国人たちと打ち解けるのはさほど時間が掛からなかった。

 同性同年代の3人が親しくなっていくのは自然な流れと言える。

 

「2人とも荷物軽くていいなあ」

「バカ言わないで、背嚢だけで20キロはあるからアンタとそう変わんないわよ」

「私は確かに軽装だからちょっとズルかも」

「いやそんなわけないでしょ」

 

 マリヤの言葉にミリアがジト目で彼女の背負うパンパンに膨らんだ革製のリュックサックを見ながら言う。軽装備とはいえ有るだけの予備弾を詰め込んだマリヤもだいぶ重量級の荷物なのだが彼女にそのような自覚はない。彼女は自分を低く見積もる癖があった。

 

 3人寄ればなんとやら、サブリナたちは騒ぎ過ぎない声量で語らいながら歩み続ける。仲の良い友人との会話はサブリナの疲労を少し和らげてくれた。

 

 

 

 

 迂回と突破を繰り返し隊伍は進むどこまでも。目的地のムールダルクまではあと半日の距離。

 

 部隊で最も若い彼女たちの初陣が始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。