Interview with the Lynx   作:羽純

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Interview with the Lynx. 01

 

 

 孤島の丘に建つヴィクトリアン様式の屋敷にたどり着いて、これまで歩んできた道を振り返った

 大西洋は荒々しく波を立て島の端を削り取っていく。その遥か奥、水平線は霧に(かす)んで果てしなく広がっていた。

 この孤島が、すべて一人の老人の持ち物であるという事実に、私は思いを()せた。

 行く先に視線を戻して屋敷を見上げると、赤みがかったレンガの外壁には(つた)が絡み、尖頭(せんとう)アーチの窓枠が海風に(さら)されてかすかに色褪せている。

 屋根の急な勾配と煙突のシルエットが、まるでこの島の孤独を象徴するように、空に鋭く切り込んでいた。

 

 私が訪うと、真鍮(しんちゅう)のノブが回る。ウォールナットの外門が押し開かれ、奥から現れた老年の男性が私を出迎えた。

 屋敷仕えの従者であるという彼に案内され、よく手入れされた屋敷の廊下を進む。やがて彼が足を止め、私はその部屋に足を踏み入れた。病室という言葉とはとうてい結びつかない豪奢(ごうしゃ)な私室。

 オーク材の床にペルシャ絨毯(じゅうたん)が広がり、ダークグリーンのダマスク壁紙。窓際にはキングサイズのベッド。そのヘッドボードには緻密な彫刻が施されていた。

 

 海の見える窓が老人の病床を照らす。

 彼は半身を起こし、深緑のベルベットガウンをゆったり羽織っている。

 ベッドの脇にはまるで私の訪問を予期していたかのように、黒檀(こくたん)の小さな卓と椅子が用意されていた。

 

 老人は水平線を遠く見渡して、感情を一切伺わせない表情のまま黙っている。

 従者に促され室内を進むと、従者が一礼する気配がして、部屋のドアが締められた。その音に反応したように彼の視線が窓から外れ、わずかに私を捉えた。

 

 私は思わず息を呑んだ。

 閉ざされた空間に、二人きり。

 ーーなんということをしてしまったのだ。

 束の間後悔さえした。張り巡らされた蜘蛛の巣に、何も知らず足を絡めとられた蝶のように。

 ……このような場所に、来るべきではなかった。そう思わされた。

 

 私は緊張に固まる自らの所作を気取られないように努め、よろしくお願いします、とようやく言った。記者の挨拶としては、それはやや不適切だったろう。

 私は私に向けられた彼の視線に、すべての立場を奪われてしまったように感じた。お前は何者だ、と言外に問われた気がした。

 

 私はようやく彼に名を告げ、いつも取材対象にそうするように、手を差し出した。

 握手。かつては宗教の関係でそれを(いと)う場合もあったというが、国家という支配体制の解体とともに、人々の宗教に対する概念もやや薄まってきているように思う。もう三十年にもなるのか。

 

 彼はやや苦労するように腕を上げ、私の手を取った。握り返してくる力はあまりにも弱い。これがかつて数多の敵対者を表裏問わず葬り去ってきた……時代の変革者、接続者(リンクス)の手だというのか。

 そのような感情を察したのか、彼は少し顔を傾け、再び私を視線で捉えた。

 

「こちらこそ、よろしく」

 

 弱々しい手の力とは違い、彼の言葉には力があった。そして視線には射られるような鋭さも。

 

「……もとバーナード・フェリクス財団(BFF)職員の、王小龍(ワンシャオロン)という。いまは、見ての通りだが」

 

 彼の発する相対するものの心根を測るような気配に耐えながら、私はようやく持ち込みを許された手帳を開いた。

 

 企業連による特A(スペシャル)クラスの監視下にある彼に取材を試みようとした私を、いったいどれほどの同僚が諫め、また(わら)っただろうか。普通に考えれば、それは大山を私一人で切り崩してやろうとするような愚か者の夢想だったに違いない。

 

 事実、ORCA事件の終結以降、彼だけでなく、生き残った接続者(リンクス)への取材を許された事例はほぼない。

 だが、私には秘策があった。

 私にならば、きっと彼は会うといってくれるだろうという秘策が。

 

 この身体に巡る血によって、私は彼に会うことができるだろう。

 

 ……そしてそれは功を奏した。取材許可が下り、彼の居住するこの孤島への立ち入りが許されたのだ。

 

 もちろん容易にではない。凄まじい量の事前契約と執念的なまでのボディチェック、掲載記事の自由検閲契約などの条件をすべて飲んで、ようやく彼の前に立つことができた。そう思えば、一種の感慨深さのようなものさえ感じる。しかし、これでようやく入口に立てたというだけの話だった。

 電子録画機器のたぐいはすべて没収されていた。私はようやく持ち込むことを許されたメモ帳を開く。

 

「光栄です。時代の英雄……しかもその始祖たるオリジナルの貴方とお会いできるとは」

 

 私の言葉にさして興味も示さず、彼は弱々しく呼吸した。そして私の言葉を遮る。

 

「君が何を求めるのかは知らないが――」

 

 私を測るような視線。

 

「あまり期待はしないでくれ。何しろ、このような身の上だ」

「いいえ、紛れもなく、時代を作った方です、あなたは」

 

 彼の鋭い目の光にも、少し慣れてきたようで、私は冷静さを取り戻しつつあった。もしかしたら、それも彼の思い通りだったかもしれない。

 

「そうかね。まあ、それでもよい、別に」

 

 

 リンクス戦争。そしてORCA事変とそれに付随するいくつかの戦争。それらは今を生きる我々にとって未だ“過去”になりきれない、生々しい人類の傷だった。

 管理資源戦争の終結、宇宙開発の再開、衛星軌道紛争、ORCA残党討伐、そしてコジマ粒子の除染技術の確立――。

 それら目前の“未来”に忙殺され、皆が皆、あえて目を逸らしている。だからこそ私は。世界にはいま、彼の言葉が必要だと思った。

 

「退役の条件として、私は命以外のすべてを差し出した。……筋力の大半。AMS接続のための人工端子。そして、記憶。いくらかの金と、この屋敷は残ったが」

 

 戦争後期、財団(BFF)軍部の中枢にあって辣腕(らつわん)を振るった軍略家であり、新型アーマード・コア“ネクスト”のパイロットである、接続者(リンクス)

 財団どころか、企業連、カラード……複数の組織の闇に身を置き続けてきた彼の退役について、公式な情報は驚くほど残っていない。

 多くの軍事記者は、退役とはすなわち暗殺だろうと噂した。

 かくいう私も、その可能性を見ていた。軍籍を抜け、退役将校扱いで隠居している、という情報を得た時の驚きを今も覚えている。

 そんな彼に退役条件として突きつけられたのが“記憶封鎖処置”というのはいかにもBFFらしいと思えた。殺すには顔が知られすぎ、生かすには都合の悪い内情を知られすぎている。

 AMS接続端子の埋設処置は、万が一にも他社に接続者として利用されないためだろう。老体には危険な処置なのだという。

 

「何を訊く? 私に」

 

 彼の問いに、私は居住まいを正す。これまでの苦労の対価として、王小龍と向き合わねばならない。

 

 ――かつての戦争の主役は誰か。

 戦争の英雄として人々の口の端に上るのは、まずふたつ。

 リンクス戦争で数多の接続者を葬り去った、立志伝上の英雄、アナトリアの傭兵。そして身を懸けて革命を志した、マクシミリアン・テルミドール。

 そしてクレイドル市民をORCA旅団から守るために抗った英雄、レイテルパラッシュのウィン・D・ファンションとマイブリスのロイ・ザーランドなどが挙がるだろう。

 しかし、私の見解は違う。そうではない、と私は思う。

 

 個ではないのだ。個人ではなく、塊として、世界を動かした存在。そういう目で過去を見渡すと、見えてくるものはまるで変わってくる。

 ORCAでいえば、メルツェルと名乗った参謀。最後のORCA、ストレイドの接続者(リンクス)――。

 リンクス戦争でいえば、砂漠の狼・アマジーグ。あるいは、フィオナ・イェルネフェルト。

 ――そして。

 

 それらすべての英雄の影の影……そこには、ある一羽の梟(ワンシャオロン)の姿があった。少なくとも、私はそう考えている。

 それは今、歴史の上から葬られるように、ただ「居た」とだけ記されようとしている。「そのような者も居た」と。

 何か、大いなる力によって。

 

 私は息を整えて、彼に向き直った。冷えた炉に火を入れるように、祈りにも似た気持ちで。

 

「――真実を。あなたの眼に映った真実を、訊きにきたのです」

 

 

Interview with the Lynx. 01

 

 

続く

 

 

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