Interview with the Lynx   作:羽純

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Interview with the Lynx. 02

 

企業連が退役と引き換えに施した投薬と記憶封鎖処置の後遺症によって、彼は自らの足で立つこともままならなくなっていた。

 彼はベッドに支えられるように上体を起こし、時折やや苦しそうに呼吸をしているようだった。サイドボードに用意されていた水を飲むにもその所作はどこかぎこちない。

 かつて彼が纏っていたであろう軍人の峻烈さも、政治屋の狡猾さも伺えなかった。

 

 私は彼に投げかけるべき言葉を慎重に選んでいた。普段、記者としてそうしているよりも、なお細心の注意を払わねばならない――挨拶を交わしただけでそう思わされるのは、彼が視線から放つ空気感なのだろう。

 

 ―—あるいは、そう。彼に隙を見せてはならない、という警告なのかもしれない。そうでなければ、私は何か不可思議なまやかしにとらわれ、彼に頭から取り込まれてしまうのではないか――。そのような気分でさえあった。

 

 

 Interview with the Lynx. 02

 

 

「真実とはな。私に、真実を訊くのか」

 

 彼は笑おうとしたのか、口の端をわずかに吊り上げた。私は彼の視線のひとつひとつを逃さないように努めた。目配せや、吐く息――そういったものに込められている“意味”を逃してはならない。

 

 ややあって、私はついに切り出した。

 

「国家解体戦争……あなたの軍人としてのキャリアの始まりは、そこですか?」

「違う」

 

 即答に近い速度で王小龍(ワンシャオロン)は否定した。彼は一瞬、言葉を探すように部屋を見渡す。つられて私も同じように室内をぐるりと見た。

 豪奢といって差し障りのない部屋だが、彼の“過去”を伺わせるようなものは何もない。

 写真。勲章。彼の人種的ルーツにまつわるなにか――かつて接した退役軍人たちの部屋に必ずといっていいほどあった、それらのもの。そういったものの一切が意識的に排除された、“なにもののものでもない”病室だった。

 妙な居心地の悪さは、そのせいなのかもしれない。病院の待合室のような――。

 

「当時、イギリスという国があった。いろいろややこしい国だったが、そう考えて差し支えない」

 

 王小龍がやや目を伏せてゆっくりと語りだしたので、私も視線を彼に戻して、ふたたび聞く体勢に戻る。彼は息をひとつ吐いた。

 

「私は英国陸軍の末席にいた。反国家武装勢力との小競り合いの中、たまたま敵の部隊指揮官を射止めて得た選抜射手としての勲章がひとつ。私にあったのはそれだけだ。捨てられた部隊……取るに足らない、外国人の志願兵を寄せ集めたクズ部隊(ジャンクヤード)だ」

 

「私の、生まれる前の話です」

 

 私の相槌に、王小龍はちらりと視線を投げる。

 

「そうであろうな。君は、解体戦争後の生まれか」

「はい。――リンクス戦争のただ中だったと聞いています」

 

 彼は私の話をさして興味もなさそうに聞き、そうか、とだけ言った。

 

「私は英国に古くから巣食う華僑(かきょう)の一団……そこの出だ。すべての英国人から憎まれていたが、まあ金だけはあった」

 

 王小龍は全身謎の人ではあったが、出自については多分そうだろうという噂はあった。というより、当時の英国、そして解体戦争後のBFFで、影響力を持ちうるアジア系人種となれば、誰でも想像はできる。

 私が頷くと、彼の視線が少し中を舞う。過去を思い出しているのか、言葉を探しているのか、判断がつかない。

 

「だが――私には()()()()()()だった。末期国家の権力には、どうやっても食い込むことができなかった。冗談のような金を使っても、下士官の地位さえ買えん。結局私は、ただの歩兵だ」

 

 明確に彼の声色に温度が乗った。悔悟なのか、あるいは怒りか。

 

「……国家支配体制の限界が近づくにつれ、世界はどこも民族主義に戻りつつあった。昔はグローバリズムなどが持てはやされていたようだがな。力が衰えていくなかで、せめて同じ民族、人種だけでも……となるのは自然のことだ」

 

 声に乗った一瞬の感情はすぐに霧散し、得体のしれない語り手のそれに戻っている。

 

「私は、いわば故国を失った民だ。根付くことのない草。私は、どうしてもそれが嫌だった」

「――何になりたっかのです、あなたは?」

 

 私は、今回のインタビューで必ず聞きたかった問いのひとつを、思わず口にしていた。もう少し核心を突くタイミングは計るべきだったと後悔したが、口に出してしまったものはどうにもならない。或いは、そのように誘導されたのか。

 彼の原初の欲望。何になろうとしたのか。どこから来て、どこへ向かいたかったのか。

 歴史の真実を暴くという大仰な話であれば、不要な問いだった。彼が何をしたのかを連ねれば事足りる。だが、私の見解は異なった。歴史の影となった男の、その行動の芯を捉えることができれば――。

 

 彼は彷徨わせた視線を、やがてまっすぐに私の眉間に落とした。――部屋の空気が少し下がったような気分になった。束の間だ。

 王小龍は少し自虐的な笑みを浮かべようとしているようだった。

 声のトーンはそのままに、彼は口を開く。

 

「私は……そうだな、君の言葉を借りるのならば」

 

 ふう、と浅く息を吐く気配。疲労感、倦怠感を伴った呼吸。

 

「“何か”になりたかった」

 

 言葉の真意を測りかね、私は顔を上げた。その表情に、目に見えた変化はない。

 

()()()()()()ではない、()()()に。そのためならば、世界を滅ぼすのもいいと思った

 

 言葉は恐ろしかったが、彼の声色にはむなしさばかりが満ちているように思えた。

 

 ―—叶わなかった夢を弔うとき、人はこういう声色になるのだろうか?

 

 私は少しうろたえた。彼の言葉をかみ砕き、飲み込むための努力を必要とした。

 

「何者か、とは……歴史に名を残すような、英雄でしょうか。先の大戦の、オブライエンなどのような」

「どうだろうな。若いころは、むしろ破壊をふりまく悪党のほうに憧れていたような気もする。私も、私のまわりの連中も、皆がそうだった」

 

 王小龍の視線は、私の眉間と過去の憧憬(どうけい)を行き来しているようだった。過去を語る気に、なってくれたのかもしれない。予断だ、と私は自分自身に警告した。

 

「私はとにかく、何かと戦いたかった。世界が私を封殺するより前に、戦って、何かを勝ち得る必要があると焦っていた。戦って、目の前にあるものを、全部たたき壊してやろうと思った。だが……」

 

 彼が語る速度は変わらないが、私には(まく)し立てるように聞こえた。それが一度(せき)を作ったように淀む。言外に(にじ)むのは後悔だろうか?

 

「……だが、私に与えられたのは、量産品の銃と、ばかげた規則と、くだらない任務だった」

 

 私の耳にわかるほどの規模で、彼の声色が少しずつ沈んでいく。

 同じように、歴史から人類の熱は奪われていったのだろうか。

 

「若かったのだ、といえばそれまでだ。私と同じように感じた人間は珍しくもなかったはずだ。私は戦いの果てに、何かを掴んで這い上がろうとした。何かが変わればいいと。掴んだものを世界にたたきつけて、世界ごと壊れてしまえばいい。そうやって、歴史に王小龍という()()()の名を刻み付けたかった」

 

 子供じみた夢だと笑うのは簡単だろう。

 パックス・エコノミカに……企業連に飼いならされ、義務的に労働をこなすのが人生だと諦めきった大多数の“市民”からすれば、それは狂人のたわごと……テロリストの論理にすぎない。

 

「そうやって足掻いているうち、私は老いはじめていた。なにも掴めぬまま。私は抗う事にも()んでいく自分を呪うことしかできなかった」

 

 いくつかの相槌を返す以外、私は王小龍の話を訊くことに徹した。録音環境のないこの彼の城砦から私が持ち出し得るものがあるとするのならば、彼の言葉と、それに込められた怨嗟(えんさ)めいた温度だけだ。

 私の反応を気にしているのかはわからなかったが、彼はここまで話して、不意に黙った。これまで最長の沈黙が室内に巡る。

 

「そして――」

 

 表情は変わらないが、彼の声が、はじめて穏やかになった。懐かしいものを愛おしむような、そんな声色だ。

 

「私は彼女と出会った。森に(とざ)された、嘘のように古い小さな洋館だ。あれは――秋の終わり。ノーサンバーランドの山裾(やますそ)。館の庭に、その年最初の雪が降った日だった」

 

 語り口に情景が乗るように、彼はその景色を語った。彼が語る過去の解像度が一段階上がったように思えた。ノーサンバーランドといえば、イングランドの最北だ。私にも――その煤けたような空の色を思い浮かばせる。

 

「メアリー・シェリー。私を“怪物”と呼んだ、私の第一の鬼札(ジョーカー)。私はようやく少尉になったばかり。下士官に任じられ、はじめての任務に出た時のことだった」

 

 その名が王小龍の口から聞こえると、私の心は不意に気色ばんだ。歴史の中に生きた当事者から、英雄譚に登場する人物の名がようやく飛び出てきたのだ。子供のように浮足立つ自分を発見し、内心で苦笑した。

 今は彼の名以上に、人々の口の端に登る、輝かしいトップリンクスの名である。

 

 王小龍とメアリー・シェリー。戦史を眺めるだけならば、二人の関係はシンプルだ。天才リンクスであるメアリーを、王小龍は早くから後見したが、彼女の落命に前後して、彼の名は歴史から一度消えた――そのようなものになる。

 だが、彼の口から静かに零れる彼女への言及――その温度に、私は何かを感じている。

 

 世界が戦争と貧困によって逼迫し、誰もが国家という枠組みに限界を感じていた。国家解体戦争は、そういう情勢が窮まった末に、突如として起こったのだという。世界中で行き詰まりを感じた人々による無軌道なテロリズムや、反国家のデモが巻き起こっていた。人類が、残された最後の情熱を炉にくべて燃え尽きようとしていた。

 

 

 

 

 “お前――、私の怪物ね”

 

 そうして――そんな世界の最果てで、“私”と“君”は出会った。

 

 

 

 

 Interview with the Lynx. 02

 

 

 

 続く

 

 

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