生まれ変わったら精〇だった…… 作:なな
生まれ変わったら精〇だった。
……いや、ふざけているわけではなく。
生まれ変わったのだから精〇から始まるのは当たり前だろうと思うのかもしれない。
……違うんだよ。
俺が“意志を持った精〇”であるということが問題なわけで……。
いつから俺が“そう”なっていたのかは分からない。
気付けば俺は精〇だったのだ。
水面に映った俺の姿は、小ぢんまりとした黒色の全身タイツのようなへんてこな見た目の精〇だった。
その姿は見覚えがあった。
前世の記憶だと思われるが、とある作品のキャラクターだった。
『黒い精〇』じゃねえか……。
そう、ワンパンマンに怪人として登場するあの黒い精〇だ。
黒い精〇と言えば、ヒーロー達の前に立ちはだかった怪人協会の中でも強キャラとして存在感を放っていた。
兆を超える細胞(自分)の集合体であり、切っても千切っても無数に分裂するのだ。
しかもそれぞれの個体がそれなりの強さを持っているという中々のチート性能を誇っている。
さらに自分たち同士で合体することでタツマキの超能力にも対抗し得るほどの力を得ていた。
最後には覚醒したガロウを前に敗れることになるが、その強さは当時の読者達に強力な印象を与えたに違いない。
そんな俺も黒い精〇はお気に入りのキャラであった。
黄金精〇、格好良かったな……。
さて、俺自身が黒い精〇だから当然なのかもしれないが、やはりこの世界はワンパンマンの世界で間違いなさそうだ。
ヒーロー共の活躍が日夜報道され世間を賑わしていた。
ではそんな黒い精〇に転生した俺の胸中はと言うと。
…………最悪だ。
お気に入りのキャラに転生できて良かった……なんて言うと思ったか?
冗談じゃない。
確かに黒い精〇は強力な怪人だ。
だが、怪人に対峙するヒーロー。
その中に化け物が一人いる。
勿論、それは“サイタマ”だ。
俺を難なく倒したガロウを呆気なく倒してしまったふざけた存在。
原作知識をフル活用して対策すれば、大抵の奴は何とかなると思う。
だがあのハゲだけは…………。
奴の前では全てが無力。
どれだけ努力をしようと、戦略を練ろうとも全てが無に帰される。
奴と敵対することは死を意味する。
サイタマが強くなる前ならどうにかなったかもしれないが、時系列的にもうサイタマは無敵の強さを手に入れている頃だろう。
では、どうするか。
人間達に寝返るか?
……いや、それはだめだ。
原作ではサイタマに取り入っていたが、あれは弱っていた黒い精〇が復活するための戦略だった。
俺はヒーローであるサイタマとは対極の存在なのだ。
自分でも馬鹿なことを言っていると思う。
この世界でヒーローに敵対することがどれほど愚かなことなのか理解しているつもりだ。
だが、これは理屈ではないのだ。
俺は怪人であり、黒い精〇。
それが全てだ。
……とは言えだ。
無策のまま怪人としての活動を行えば向かう先は破滅だろう。
全力のタツマキにすら勝てるか怪しいというもの。
ここは戦略的に目立たないように着々と準備を整える必要があるだろう。
他の怪人たちとの連携も欠かせない。
最悪な状況であることに変わりは無いが、俺には原作知識がある。
そして、黒い精〇は作中でもトップクラスの実力を誇り、そして強くなる余地がある怪人でもあるのだ。
勝ち取って見せるぜ。
怪人たちが支配する世界を……。
と言うわけで……。
とりあえず細胞ストックを死ぬ気で貯めるか。
「お前が黒い精〇だな?」
とある日、突如俺の前にそいつは現れた。
「―――ゴクゴクゴク」
「噂は聞いているぞ。推定レベル竜以上の実力を持つ強力な怪人だとな」
「―――ゴクゴクゴク」
俺は構わず”それ”を飲み続ける。
これより優先されることなどない。
「…………おい、聞こえているだろう。こちらを向け。何を飲んでいる?」
その口調から少々の苛立ちを感じ取る。
が、関係ない。
3メートルほどに巨大化した俺は90L容量のポリバケツいっぱいに入ったそれを勢いよく飲み干していく。
そんな俺の様子に声の主は諦めたのか、それ以上は何も言わずに俺が飲み終わるのを待つことにしたようだ。
「―――ゴクゴクゴク、ぷはぁっ! たまんねえぜ……この瞬間こそが至高の瞬間だ。細胞の一つ一つに染み渡るぜ……」
不要になったポリバケツを放り投げ、口元を拭う。
全身が喜びに震える感覚に酔いしれていると。
「いい加減にしろっ! いつまで待たせる気だっ!」
先ほどよりも声高にそう叫んで来る謎の声の主。
「……たく、うるせえな。折角俺が酔いしれている時によ」
仕方がないので、声の発生源に視線を向ける。
そこには一つ目の異形の姿をした何かが浮いていた。
その姿を見て、すぐに何者か理解する。
「ようやく反応したか。まったく……、怪人レベル竜以上の怪人はどいつもこいつも癖があって敵わん」
そいつは呆れた口調でそう前置きした上で続ける。
「私はサイコスというものだ」
やはり。
サイコスだったか。
タツマキと同様に超能力を武器に戦う怪人。元フブキ組の一員でもある。
怪人協会の取りまとめ役であるが、恐らく俺のことを勧誘しに来たのだろう。
「……ふーん、それで? そのサイコスさんが俺に何の用だ?」
鼻をほじりながら興味無さげにそう聞き返す。
サイコスの思惑を知っているものの、それを知られると面倒だ。
ここは適当に流す。
サイコスはそんな俺に何か言いたげな様子を見せるも本題を切り出してくる。
「……これから怪人協会なるものを設立する。目的は人類の殲滅と世界の創造だ。黒い精〇、お前にも協力してもらいたい。レベル鬼以上の他の怪人も同じように勧誘し、着々と組織は大きくなりつつある。ヒーロー協会にはお前にとっても脅威となるタツマキやキングといった化け物がいる。そいつらを一網打尽にする。お前にとっても悪くない話のはずだ」
サイコスはここで言葉を区切り、俺の反応を窺ってくる。
「……ふ~ん、怪人協会、ね。……いいぜ、協力してやるよ」
相変わらず鼻をほじりながらそう答える。
「ほぉ、やけにあっさり了承してくれるじゃないか?」
「……なに、お前も言ったじゃねえか。俺にとっても悪くない話だと判断したまでだ。少なくともお前自身もそれなりの実力はありそうだしな、試してみる価値はあると判断した」
ようやく取れた大きめの鼻くそをピンと弾きながら、そう気だるげに答える。
この俺の言葉にサイコスは驚いたように黙り込む。
目の前にいるサイコスは本体じゃない。肉人形の一部で、貧弱そのものだ。
それを見て実力を見抜いた俺に驚いているのだろう。
「……そうか。理解が早くて助かる。お前は噂通りの実力をもった怪人なのだな。歓迎するよ」
「だが一点。伝えておくことがある」
先ほどまでとは一転、真面目な口調で切り出す。
サイコスは俺の真面目な雰囲気を感じ取ったのか、「なんだ」と促してくる。
「お前は、ヒーロー協会のタツマキやキングが化け物と言ったが、あいつらなんて可愛いものだ」
俺の言葉にサイコスは驚いたように目を見開く。
「なんだと? その二人はヒーロー協会が誇る最高戦力のはずだ」
「その二人は、俺が本気を出せば何とかなる」
間髪入れずにサイコスにそう返す。嘘でもなんでもない。事実だ。
だが、サイコスは懐疑的な視線を俺に向けてきている。
「大きく出たな……。ではヒーローたちなど敵ではないと言いたいのか? 少し驕りがすぎるんじゃないか?」
「そうは言っていない。それなら俺が怪人協会に入る意味がない。ヒーローの中にとびきりの化け物がいるんだよ、まだ多くの奴らはそのことに気付いてすらいないがな」
「……誰だそいつは。まさかブラストのことを言っているのか?」
この質問を待っていたとばかりに俺は少し笑みを浮かべる。
ここから全てを変えてやるんだ。
「B級ヒーローの『ハゲマント』だ」
「…………誰だ、そいつは」
サイコスは何言っているんだこいつ的な目を向けてくる。
…………まあ、そういう反応になるわな。
その後、サイタマの恐ろしい実力を丁寧にしつこく伝えた結果、サイコスは半信半疑の様子で「そこまで言うのなら分かった、ハゲマントとやらのことは注視しておくようにしよう」と言ってくれた。
今はこれで満足しておくべきだろう。
これでサイタマがどうにかなるとは思っていない。
しかし、奴を倒すための着実な一歩であると俺は確信している。
「ところで、お前は何を飲んでいたんだ?」
「あん? ああ、あれか。プロテインだよ」
「……プロテイン? あんなに大量にか? というかどうやって手に入れた?」
「そりゃあ、お前。バイトして金貯めて買ったのよ」
「バイトだと!? 人間達に混ざってやっていたのか? いや、怪人なら奪い取ればよいだろう」
「そんなことしたらハゲマントに狙われるかもしれないだろう? 良質なタンパク質を摂取するには最適なんだよ」
「……分からんな。タンパク質が欲しいのなら、その辺の野生動物や魚でも食えばよいような気もするが」
「かー、分かってねえな! 良質なタンパク質って言ったろ? それは俺の強さに直結するんだ。それにプロテインはうまいんだ!」
そんなことを話しながら俺達は怪人協会のアジトへと進んでいった。