養分(意味深)を大量摂取して、満開に咲き誇ろうとするタイプの桜 作:季節外れの花咲かじいさん
「――ねえ、兄さん。私が元気になったら、来年家族皆んなでお花見に行かない?」
「……ああ、もちろんだよ。絶対に行こう」
「……ありがとうね」
――それが妹と交わした、最期の約束だった。妹との約束を果たす前に、ボクの方が先に死んでしまった。死因は……何だっけ? よく覚えていないや。
それなりに重要なことであるはずだが、現在直面している事態の非現実さの前に霞んでしまっていた。
端的に言うと、ボクは異世界転生していた。しかも人間ではなく、木の姿をした魔物――モンスターとも言うだろうか。
こういうのって、普通は「勇者や賢者の子孫に生まれ変わり、秘められた力が覚醒して無双!」というのが王道ではないのだろうか。
まあ、いいや。こうしてボクが転生しているということは、元の世界で妹が天寿を全うした後で、この世界に二度目の生を受ける可能性が少なからず存在するということ……!
そういうことであれば、話は早い。いつ妹と再会しても問題ないように、準備を進めておくとしよう。妹との大事な約束。お花見がしたいという細やかな願い。
幸いなことに、今生のボクはその願いを自力で叶えることが可能な肉体。これほどまでに喜ばしいことって、他にあるだろうか?
最期の約束を果たすことのできなかった不甲斐ない兄ではあったが、それを贖うチャンスが巡ってくるとは。この世界に神様がいて、この転生に関わっているのだとしたら、是非ともお礼を言いたいものだ。
妹との約束を果たす為に。神様に感謝の意を捧げる為に。ボク自身で、満開の桜を咲かせてみせるとしよう。
転生先が人間であったのなら、到底叶えることはできなかっただろうが、今のボクならそれができるのだ。待っていてくれよ、■。お前がこの世界にやって来る前に、兄ちゃんが花見の準備を進めておくからな。
――ということで、方針は決まった。まずは現状を整理するとしよう。今のボクは先ほどからも言っている通りに、人間ではなく魔物。
しかも、その外見はただの一本の枯木。天に向かって伸びている枝はどれも細く、木登りをしてきた子供がちょっとでも力を入れたら、すぐにでも折れてしまいそうだ。それほどまでに、頼りない姿だ。
当然、その細枝の先に若々しい緑の葉が生えている訳もなく。数えられるぐらいの枯れ葉が、申し訳程度にぶら下がっているのみ。
そして外見に比例するように、魔物としてのスペックも非常に残念な具合であることが感覚的に理解できた。この世界にいるか分からないが、ゲームであったらそれこそ雑魚敵の代名詞とも言うべきスライムと、どっこいどっこいの強さであったに違いない。
適当な農具を持った大人に囲まれたら、そのまま袋叩きにあってしまうこと間違いなしだ。悲しいなぁ。世は無常である。
これでは満開の桜どころか、若葉の一つも生やすことなく第二の生が終わってしまいそうだ。ボクという魔物が存在することから、人間がいるなら少なくとも魔物を討伐する組織や個人がいる可能性は留意すべきだろう。
そもそもこの世界の情勢が不明なので、第一にすべきは情報収集だ。
と言っても、魔物であっても木を模しているせいで移動することすら困難。根を足に見立てて歩けなくはないが、地面を移動する木など余計な注目を集めるに決まっている。よっぽど緊急性がない限り、この場から動く必要性はない。幸いなことに、辺りは人間の痕跡が感じられない、森のど真ん中っぽい場所。そうそう見つかることはないはずだ。
だが、そうすると今のボクにはどうすることもできない――こともなさそうだ。さっきも移動する手段として根を挙げたが、それを活用すれば諸々の問題は解決する目処は立った。
根を可能な限り地面の下を張り巡らせれば、根を通じて各地の情報を集めることも可能だろう。武器としての役割も期待できる。
それに根を使えば、
日の光や水だけで生きていける訳がない。新鮮な肉が必要不可欠だ。それは感覚的に理解できる――というか、意識が覚醒してからずっと飢餓感が襲ってきている。
なけなしの理性で必死に自制しているが、魔物としての本能に負けてしまいそうになる。すぐにでも、『栄養補給』を行う必要がある。
あ、そうだ。根を上手く改造すれば、疑似餌にすることができるかもしれない。幼気そうな女の子の形にしたら、いっぱい『栄養補給』できそうだなぁ。良いアイデアも思いついたし、綺麗な桜を咲かせられるように頑張るぞ!
え? 元人間として、命を奪う行為に葛藤とかないのかって? ははは、何を寝言を言っているんだい。可愛い妹との約束を果たす為に、そんな些事を躊躇う兄がどこにいる? 障害になるものは何者だろうと絶対に排除するし、人間の時に培った倫理観が邪魔になるのなら捨てるのにも一切の躊躇もなく実行する自信がある。
それだけ生前、妹の存在は大きなものだった。そして魔物となった今では、彼女との約束が存在理由そのもの。
もう後悔などしたくない。妹の悲しむ顔は二度と見たくない。
人間の時とは比べ物にならない程に、強化された魔物としての感覚。それが周囲にいる無数の小動物の気配を捉える。
――千里の道も一歩からって言うし、まずは『栄養補給』からだね。
慣れない感覚に四苦八苦しながら、ボクは
▲▽▲▽▲▽
地を這う蛇のように、ボクの
じたばたと暴れる獲物を本体の所まで引きずっていく。野生動物でも本能的に己の末路を理解しているのか、本体に近づくにつれて抵抗はより激しくなる。
しかし、その努力が実ることもなく。ボクの下に今日の分の『食事』がやって来た。
まだまだ元気がいっぱいな獲物を大人しくさせる為に、拘束しているのとは別の根を用いる。心臓付近と思われる箇所に、根を突き刺した。
少しの間、痙攣し勢いが弱まる。それを見計らって、憐れな獲物を地中に引きずり込んだ。血や肉の一片すら余さずに頂く為に、何本もの根が絡みつく。
押し潰すように、圧縮するように。接触している部分から『養分』を吸い上げる。ゆっくりと時間をかけて。
そして限界まで『養分』を搾り取った獲物の姿は、見るも無惨なミイラに変貌していた。しかし彼らの骸はこのまま土に還り、新たな生命を育む礎となる。
その死に一切の無駄がなかった。
――これが、今のボクの『食事』光景である。この行為に対して、忌避感や嫌悪感といったものはなく。ただの流れ作業として行っている。
むしろボクの頑張りが妹の笑顔を見れることに繋がると思えば、やる気が盛り盛りと湧いて出てくる。
――転生した状況を受け入れて、目標を定め。その達成に必要な情報収集や『栄養補給』に奮闘中のボク。数日が経過した現在。進捗はどちらに関しても、ぼちぼちだ。
ほとんど動くことのできない本体を中心に、地中に四方八方に張り巡らせられた根による索敵。けれど、現状では魔物としての格が低いせいで、それほど広範囲に広げることができていない。というか、今いる森が広過ぎるんだよ!? 『食事』を重ねる毎に、少しずつ根を伸ばせる範囲は広がっているが、それでも森の果ては確認できない。
まあ、その分餌はたくさんあるのでどっこいどっこい。と言えるだろう。
しかし、ここら辺り一帯が鬱蒼と生い茂る森であるという以上の情報は手に入っていない。今まで
ボク以外の魔物の存在も確認できていないので、情報収集に関してはあんまり芳しいとは言えない。
『栄養補給』についても、さっきから触れている通りにネズミのような小動物しか食べれていないので、成長は遅々としか進んでいない。
このままでは、いったい満開の桜を咲かせられるのはいつになるのか。皆目見当がつかない。
どのくらいのタイムリミットが、残されているのかも分からないのだ。少しでも急いだ方が良いに決まっている。
もっと質が良く、より多くの餌がボクには必要。なんだけど、転生直後に考案していた根を改造した『疑似餌』作戦が役立つかなーと思っていたが、現状では日の目を浴びることはなさそうだ。
原因はそれで誘い込めそうな獲物はいないし、そもそもが『疑似餌』の完成度が低過ぎる。今の出来では、畑に立っているヘノヘノモヘジの案山子以下だ。お手本がないと、これ以上のクオリティを追求するのは難しい。
――どうしたら良いんだろう? 地道に野生動物でも狩りながら、根の伸ばせる範囲を広げていくしかないな。
そう心の中で、考えながら根で地上の様子を探っていると、一つの気配を捉える。
――ん? 今までの奴と何か違うような……?
これまでボクの養分になってくれた野生動物と、発する気配や足音が根本的に異なる。もしかして、自分以外の魔物かもしれない。
勝てるかどうか分からないけど、『食べる』ことができたら目標の達成にまた一歩近づく。
――何がなんでも『食べない』とね。でも、まずはその面を拝見させてもらおうかな?
件の気配の持ち主から多少離れた場所で、根を地表に出す。根は手足以外にも、目としての機能を持つ。気取られないように、対象を視界に収める。
そして、そこにいたのは屈強な魔物でも何でもなく。不安そうに辺りをきょろきょろと見渡している小さな少女であった。