養分(意味深)を大量摂取して、満開に咲き誇ろうとするタイプの桜   作:季節外れの花咲かじいさん

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第二話 憐れな『養分』

 

 

 目測でまだ十歳程度の年頃だと思われる幼い少女。そんな子供一人だけが、危険極まりない森の深部にいることに驚く。

 何故なら、ここ数日間欠かすことなく根による情報収集を行っていたが、人間の痕跡など一切なかった。

 

 

 確かに魔物としての成長に伴って、根の活動範囲が広がっていけば、何れは人間と接触することになると予測はしていた。どんな形であったとしても。だが、こんな早期にとは予想外だ。

 

 

 少女を観察すれば、その柔肌には木の枝によるかすり傷が無数に。着ている簡素な造りのワンピースにも、いくつかのほつれが確認できる。

 足取りは力なく、表情は虚ろで今にも倒れてしまいそうだ。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 あ、そんなことを考えていたら本当に少女が転んでしまった。どうやらボクではない、普通の木の根っこに足を引っかけたようだ。

 

 

 そのせいで、少女は両手で大事そうに持っていた籠を落としてしまう。衝撃で、籠の中身が地面に散らばる。見た感じ、薬草の類だ。

 籠の中身がヒントとなり、少女がこんな場所にいる理由が導き出される。

 

 

 ――へえ、優しい子なんだね。家族か分からないけど、大事な人の為に、傷だらけになってまでわざわざ森の奥深くに一人で来るなんて。

 

 

 初対面で、当然詳しい人柄も分からない。しかし、それでも少女が優しい性格の持ち主であることは読み取れる。彼女を見ていると、年齢や見た目も違うのに前世の妹のことが思い出す。妹とのやり取りが脳裏を過ぎる。

 

 

『……兄さん。学業の方も忙しいのよね? あんまり無理をして、毎日お見舞いに来なくて良いのよ。友達との付き合いもあるでしょうし』

 

 

『……これは!? こんなに素敵な物をありがとう! 兄さん! 一生、大事にするね!』

 

 

 懐かしい声を振り切って、意識を現実に戻す。

 

 

 ――駄目だ。思考が完全に止まっていた。今は大丈夫だが、時と場合によっては致命的な隙になり得る。気をつけなければ。

 

 

 再び少女に視線を向ければ、彼女は必死に地面に散らばってしまった薬草を拾っている。その全てが、自分の命よりも大切なものだと言わんばかりに。

 そんな健気さに、ますます妹を重ねてしまいそうになる。

 

 

 だが、その程度の感傷で立ち止まるボクではない。いくら少女を通して、妹の面影を見ようが妹本人ではない。ただの無関係の少女。よって、彼女をどうしようと問題はないのだ。

 

 

 ――あ、そうだ。そういえば、さっきまで『疑似餌』を作る為のサンプルが欲しいって考えてたんだ。なら、ちょうど良いタイミング言えなくもない? それに、あの子が一人で来れる程度には人里は近いみたいだし。大量の『養分』を確保できそうかな?

 

 

 そんなことを考えながら、ボクは少女に気づかれないように根を這い寄らせた。

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 私――エマは、ただの村娘だ。特別な生まれでもなく、秘められた才能がある訳でもない。むしろ来月には十歳になるというのに、他の同年代の子よりも劣ることが多いぐらいだ。

 体力がなかったり、足が遅かったり。要領が悪かったり。

 

 

 だけど、そんな私でも両親は「エマは自慢の娘だ」といつも言ってくれていた。そのお陰で自信を持って、友達を作ることができた。村の大人達のお手伝いを率先して頑張り、よく褒められた。

 

 

 両親の言葉や存在は、私にとって生きる指針。人生そのもの。何があったとしても、それがブレることはない。今日も優しくて立派な両親の後ろ姿から、色んなことを学んでいこう。

 

 

 そう思っていたのに。

 

 

 お母さんが倒れてしまった。始めは、他の人達もよくかかる風邪だと思った。だから、そんなには心配はしていなかった。お父さんや私も。

 しかし、一向にお母さんの症状は良くならない。村にいるお医者さんに診てもらったが、原因不明で手に負えないらしい。

 

 

「……ですが、近くの街の医者なら原因が分かるかもしれん」

 

 

 そうお医者さんは言葉を溢していた。その言葉を信じて、お父さんは僅かな食料とあるだけのお金だけを持って、隣町に向けて出発してしまった。隣町と言っても、歩きでは何日もかかる程の距離があるというのに。子供の私でも知っている常識だ。

 

 

 出かける前に、お父さんは私に目線を合わせて。頭を丁寧に撫でながら、こう言ってくれた。

 

 

「必ず腕の良いお医者さんを連れて帰ってくるからな。それまで、母さんのことは頼んだぞ」

「……うん、分かった」

 

 

 本当は行ってほしくなかった。だって、お父さんにまで何かがあったら、私は独りになってしまうから。

 それでも私は良い子で、両親の自慢の娘でいたい。だから本心を押し殺して、お父さんが安心できるように小さな嘘を吐いてしまう。

 

 

「……大丈夫だよ、お父さん。お母さんは、私がしっかりと看病しておくから!」

「ああ、任せたぞ」

 

 

 それが、最後に見たお父さんの姿だった。いや、まだ最後と決まった訳ではない。だって、片道でも数日は要するのだ。今頃は隣町に着いて、腕の良いお医者さんを連れてきている最中だろう。そうに違いない。そうであってほしい。

 

 

 だけど、どれだけ待ってもお父さんは帰ってこない。お医者さんもやって来る気配はない。お母さんは、日に日に弱っていく。

 病気になってすぐの時は、少しは自分のことができていたのに。今では、もうそれすらもできない。村一番と言われた綺麗な顔も、疲労や衰弱も相まって青白い。

 

 

「……大丈夫よ。お父さんはきっとお医者さんを連れて、帰ってきてくれるから。そうしたら私も、すぐに良くなるから。だから、そんな悲しそうな顔をしないで。私はエマの笑顔が大好きなんだから」

 

 

 なのに、私を不安にさせないように無理をして笑顔をうかべてくれる。それがかえって、痛々しかった。

 でも、お母さんの言うことは聞かないと。溢れそうになる涙を我慢しながら、私は不細工な笑みを浮かべた。

 

 

 三週間が経っても、まだお父さんは帰ってこない。私が隣町まで行けたら良いのだが、子供の足で行き来できる距離じゃない。お金も最低限しか残っておらず、取れる選択肢は少ない。

 

 

 私はあまり利口ではない頭で一生懸命考えた。そうだ、森の中で薬草を取ってくれば良いのだ。お母さんが元気だった時に、体に良い薬草をいくつか教えてもらっている。なら、問題はないはず。

 

 

 まだ日が昇っていない時間帯。私は苦しそうに眠っているお母さんに向かって、小声で一言。

 

 

「……行ってくるね、お母さん」

 

 

 当然、眠っているお母さんからの返事はない。お母さんを起こさないように、私は静に家を出た。

 

 

 いつもは、お母さんや村の友達と一緒に入る森。見慣れているはずなのに、日が昇っていないことも合わさり、まるで全てを飲み込む怪物の巨大な口と錯覚してしまう。

 

 

「……お母さんが待ってるんだ。急がないと」

 

 

 子供じみた恐怖心を、大切な人を失ってしまうかもしれない恐怖心で上書きし、歩みを進めた。

 

 

 

 

 ――もう森に入ってから、どのくらいの時間が経ったのか分からない。お目当ての薬草を見つけたら、すぐに帰ろう。そう思っていたのに、私が求めている薬草は全然見つからない。

 

 

 気がつけば、普段では絶対に来ないような深い場所に迷い込んでしまった。頭上で照らしていた太陽が引っ込んでは、また出てくる。

 そのサイクルが三回繰り返されたような気が。いや、そんなことに意識を割いている余裕はない。

 

 

 お腹がペコペコで、喉はからから。頭はくらくら、服はボロボロ。私の方が病気になりそうだったが、その頑張りが実ったのか、目的が薬草は見つかった。

 

 

 薬草を詰めれるだけ、持ってきた籠に詰める。これで、お母さんが元気になってくれるよね?

 

 

 だけど、私は家に帰れなかった。戻る為の道が分からない。でも歩き続けたら、いつかは家に着くはず。

 

 

 歩く、歩く。そして、転んでしまった。籠がひっくり返り、お母さんの為に集めた薬草が散らばってしまう。

 

 

 急いで、拾わないと。お母さんが、私を待ってくれて――。

 

 

 朦朧とした意識の中、残された力を振り絞る勢いで薬草を拾い集める。落としてしまった籠の中身を半分ほど回収した頃。残りの分も拾おうとした私の手は、薬草に届かなかった。

 

 

 ――だって、いつの間にか私の右足に絡みついていた木の根に引っ張られてしまったから。

 

 

 また転んでしまう。せっかく拾っていた薬草まで散らかってしまう。

 

 

 

 

 

「――待って!? お願いっ!? その薬草を家に持って帰らないと!? お母さんがっ!? お母さんがっ!?」

 

 

 地面に這いつくばりながらも、必死に手を伸ばそうとする。しかし、そんな私の抵抗を嘲笑うように、右足だけではなく、左足と両手にも根に絡め取られる。

 

 

 まるで蛇のように絡みつく根に対する不快感よりも、薬草をお母さんに届けられない絶望を強く味あわせられながら。泣き声すらも口を塞がれることで、意味のないものに貶められ。私は森のさらなる闇の中に引きずり込まれてしまった。

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