僕のヒーローアカデミア ヒノカミ英雄譚 作:枝那
(思ったより時間がかかってしまった…だが、良い買い物ができた)
特売は正しく争奪戦だった。昨晩観た戦いに勝るとも劣らない熾烈な争いだった。その戦いの末に目当てのものを手に入れることができた。施設のみんなも喜ぶだろう。
日はもう沈み始めている。みんなに心配をかけてはいけないからと、彼は急ぎ足で帰路に着く。
◇
帰り道を歩いているとき、なぜだか得体の知れない、拭いがたい不安があった。最初は小指にできたささくれのような僅かな違和感でしかなかったけれど、それはウィステリアに近づくにつれてだんだん大きくなっていった。
人だかりを見つける。スマホで写真を撮ったり、首を伸ばして先の様子を見ようとしたりする者たちがいる。群衆が何かを喋っているが、内容が頭に入ってこない。その人だかりを抜けていくと、『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープによってウィステリアが封鎖されていた。門の近くには、警察が集まっている。
「縁壱!!」
彼が来たことに気づいた一佳と、彼女の両親が青い顔をしながら駆け寄る。
「良かった……!無事で…本当に……ッ!!」
「一佳…?」
一佳は彼の胸に抱きつく。数秒ほど経った後離れて、涙の跡が残っている顔で、声を震わせながら言う。
「
手に持っていたビニール袋が、どさりと音を立てて地面に落ちた。
◇
人は今の幸せが明日も明後日も続くと漠然と思っている。そんな保証はどこにもないというのに。
(佐藤さん、浅木さん、伊坂さん、御坂さん、成島さん………)
話を聞くと、通報したのは子供たちの誰かだったらしい。電話の近くで倒れていたから、恐らく葵だろうと。
(
特徴的だったのは、全員急所を攻撃され即死だったこと。それにも関わらず、遺体はズタズタに切り裂かれ損傷が激しいそうだ。
(
犯人の行方は未だ掴めていない。最近、似たような状態の遺体が数件発見されているそうで、警察は同一犯という見解だ。
(
彼は何も言わない。ただ、ぼんやりとウィステリアを見つめながら立ち尽くしている。
(どうしてみんなが死ななければならなかった)
「……ち!!」
(どうして俺は居合わせることができなかった)
「…いち!!」
(どうして………俺はみんなを守ることができなかった)
「縁壱!!」
何度も話しかけられ、ようやく思考の海から引きずり出された。顔を蒼白させながらも、彼女は心配そうに縁壱を見つめている。
「縁壱、その、」
一佳は口ごもる。それもそうだ。いきなり家族同然の人たちを失ったのだ。そんな人にかける言葉なんてそう簡単に見つからない。
「………いや、もう大丈夫だ」
「ッ!そんなわけ……」
「心配かけて、すまない」
「…………!!」
彼女は押し黙る。彼が心配をかけさせまいと振舞っているのは分かる。しかし、だとしても、
(少しくらい、頼ってくれてもいいじゃん……!!)
歯痒い思いをする。こんな状況であっても、彼は誰かの手を煩わせることを望まない。
「2人とも」
「お父さん…」「大仁さん」
そんな2人の様子を見かねてか、一佳の父が会話に入る。
「一佳、今の彼には時間が必要だ。話したいことがあるならあとでゆっくりしなさい」
「…うん」
「縁壱くん、今日は家に泊まるといい」
「いえ、そこまでしてもらう必要は………」
「いいんだ、遠慮はいらない。部屋もある」
「…分かりました。では、お邪魔させていただきます」
◇◇◇◇◇
翌日。
あの後彼は拳藤家で一夜を明かした。食事に手を付けず、眠ることもなくただぼんやりと天井を見つめていた。
一佳があくびをしながらリビングに来る。昨晩はあまり寝つけなかったようだ。
「おはよう、縁壱…」
「おはよう、一佳」
彼は朝食を作っていた。何もせず拳藤家の厄介になるのも忍びなかったため、こうして縁壱が
代わりに朝食を作ることになった。両親はそんなことする必要はないと言っていたが。
朝の報道番組を見ながら、4人で食卓を囲む。
『昨夜、〇〇県△△市の児童養護施設ウィステリアにて、職員6名、児童12名が殺害される事件が発生しました』
「………」
「消すよ」
一佳がピッとテレビを消す。
気まずい空気が流れる。それを打ち破るように、一佳が口を開く。
「縁壱、今日は学校どうするの?」
「あぁ、行くつもりだ」
「大丈夫?無理しないで学校を休んだ方が…」
「一佳の言う通りだ。今日は学校を休みなさい。学校には私が連絡する」
「…では、よろしくお願いします」
その日、彼は学校を休んだ。14年間の人生の中で初めてのことだった。拳藤家の人が不在の間、彼は何をするわけでもなくぼんやりと時間を過ごしていた。
それから、縁壱は学校に復帰した。学校の先生たちやクラスメイトの助けを借りながら、精神的に徐々に回復していった。
葬儀の手続きも済ませて、縁壱は前に進もうとしている。
そして、その間に縁壱の面倒を誰が見るのかという話が挙がったが、彼の身元は拳藤家に預けられることになった。
ウィステリアの卒業生や他の児童養護施設のお世話になるという話も出たが、大仁が自ら名乗り出て、拳藤家は正式に彼の保護者となった。経済的に安定していて、両者の間に信頼関係が築かれているから、問題ないと判断されたようだ。
◇◇◇◇◇
事件から一週間ほどが経ったある日。
学校から帰宅し、縁壱が2階の部屋で勉強していると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「縁壱、少しいい?」
「一佳か。大丈夫だ」
入室した一佳は、ベッドに腰掛ける。
「何か用事か?」
「いや、少し話したいことがあって…ちょっとこっち来て」
自分の隣に座るよう促す。一佳は隣に来た彼と顔を向かい合わせる。彼の赫い瞳が突き刺さる。
「縁壱。本当はヒーローになりたいんでしょ?」
「───」
彼は目を見開く。感情の起伏が少なく、穏やかな彼も内心を言い当てられたことには驚愕したようだ。
「気づいていたのか」
「気づくよ。何年一緒にいると思ってるの?」
「そうか」
彼は顔を逸らし、下を向いた後、話し始める。
「その通りだ。俺はヒーローになりたい。もう、あのような悲劇が起こらないようにしたい。だが…」
「お父さんとお母さんに遠慮して、言い出せないんでしょ?」
「…ああ。既に十分すぎるほどお世話になっているのに、これ以上お2人に負担をかけられない」
「っはぁ〜〜〜!!」
それを聞いた一佳は頭を抱えてため息をつく。突然そんな反応を見せた一佳に縁壱は戸惑う。一佳は続ける。
「あのさ、今更お父さんとお母さんがそんなこと気にすると思う?」
「それは………」
「いい?よく聞いて!」
一佳は縁壱の顔を両手で挟み、再び自分の顔と向かい合うようにする。
「お父さんはあなたがどんな道を選んでも受け入れる覚悟であなたを迎え入れたの!2人の負担とか考えないで、あなたは自分が行きたい道を選んでいいの!!」
「そう、か………」
縁壱は黙りこくる。一佳の両親への感謝で胸がいっぱいになる。
「それでもお金のことが気になるってんなら、こういうのがあるよ」
「?」
一佳は1度自分の部屋に戻り、あるものを持って戻って来た。それは雄英高校のパンフレットだった。
「ここを見て」
パンフレットを開き、縁壱に見せる。
「『特待生制度』だって。入試で特別優秀な成績を収めた人は、中学の内申書も合わせて特待生として認められる。学費やその他もろもろの費用が免除されるんだって」
「縁壱の実力ならきっと特待生も狙えると思う」
「………」
「ねぇ。なろうよ、ヒーローに。2人で」
その言葉が決定打となった。しばらく黙ったあと、彼は口を開く。
「俺はヒーローになる。ヒーローになって、少しでも多くの命を守りたい」
力強く言う縁壱を見て、一佳は頬を緩める。
「そっか。じゃあ、色々準備しないとだな。勉強して、強くなって…2人で雄英に入ろう!お父さんたちにも報告しないと」
タイミングを見計らったかのように、1階から夕食の知らせと降りてくるよう催促が来る。
「行こ、縁壱」
「…ああ」
その後、夕食の席で2人とも雄英を目指すことをを両親に報告したのだが、尋常ではないくらい喜ばれて夕食どころではなくなったのは別の話。
大仁という名前は捏造です。一佳のお父さんの名前が不明なので。
FGO10周年おめでとう(ボソッ