僕のヒーローアカデミア ヒノカミ英雄譚 作:枝那
準決勝まで一気に飛びます。
とりあえず歩くことが出来るくらいには体力を回復した緑谷は、重い体を引きずりながら、急いで観客席へと戻っていく。次の試合は飯田と拳藤の戦い。それを見逃すことなどできない。
「あ、デクくんもう戻って来たん!?体ダイジョブ?」
「うん。歩けるくらいには体力も回復したから。それより、飯田くんと拳藤さんの戦いはもう終わっちゃった?」
「あ、うん。拳藤さんの勝ちだったよ」
「そっか。見たかったなぁ……」
「VTRもある。後でそれを見返すこともできるぞ」
「あ、火神くん。そういやそうだったね」
緑谷が席に座ると、うつむいて顎に手を置いて考え事を始める。
「飯田くんは多分レシプロバーストを使ったはず………拳藤さんはどうやってあのスピードを攻略したんだ?」
彼の呟きに縁壱が前の座席から口を挟んだ。
「お前の予想通り、飯田は開幕と同時にレシプロバーストで早期決着を望んだ。最高速度では彼が上だからな。それで、一佳がどのようにして飯田を攻略したのかだが…単純に、彼の攻撃を見切ったのだ」
「見切ったって……そんな簡単に出来ることなの?」
「不可能な話ではない。確かに速さでは飯田の方が上だが、動きの予測自体は出来る。動きを予測し、適切なタイミングで攻撃を行えば、対処可能だ」
「なるほど……!」
「最大速度まで加速した飯田は一佳の背後を取ったが、その動きを読んでいた彼女にカウンターを入れられた。そのまま追撃を食らった上に、超加速の制限時間が来て、あえなく場外で敗退となった」
「飯田くんのレシプロにも対応できるなんて……。すごいな、拳藤さんは」
試合の顛末を聞いた緑谷は感嘆の声を漏らす。
「飯田の必殺技を事前に知っていたというのも大きいだろう。騎馬戦の時に見ることが出来て、対策を立てることができた。初見であれば、また話は変わるのだろう」
そう締めくくると、縁壱はコツコツと足音が近づいてくるのを聞き取る。
「噂をすれば、だな」
「え?……あ、飯田くん!お疲れ様!」
控室から飯田が戻って来た。
「緑谷くん、回復したんだな!」
「万全とは言えないけどね。ありがとう」
飯田は緑谷の隣の席に前かがみに座り、自分の右手を見つめる。
「…拳藤くんは凄かった。俺の最高速度が全く通用しなかった。驕っているつもりなどなかったが、自分が井の中の蛙であることを思い知らされたよ」
自分の力不足を悔やむ飯田の言葉に、緑谷はどう声をかけて良いか分からず顔を暗くする。そこに、縁壱がステージの方を向いたまま口を開いた。
「そんなことはないぞ、飯田。お前が勝つ可能性も十分にあった。お前の全力は確かに一佳を追い詰めていた。それは誇るべきことだ」
「…ああ!そうだな!くよくよしていても仕様がない。このままでは兄さんにも顔向けできないからな!」
飯田は顔を上げ、吹っ切れたような表情でステージに目を向ける。
それを見て、緑谷は安堵したような微笑みを浮かべた。
「あ、そういやお兄さん…インゲニウムには報告したの?」
「ああ、実はここに来る前に電話をかけたんだが、仕事中だったよ。でも逆によかったのかもしれない。惜しくもベスト8で敗退してしまったが、胸を張って、面と向かって報告するよ!」
「そっか…」
「さて、リベンジのためにも、試合を見届けなくては!」
飯田がそう締めると、彼らは今まさに試合が始まろうとしているステージに目を向けた。
◇
第三、四試合を経て、遂にベスト4の顔ぶれが出揃った。
第三試合は芦戸対常闇だった。芦戸の酸を黒影はものともせず、常闇がこの試合を制した。
次に第四試合は切島対爆豪だった。爆撃を気にせず猛攻を仕掛ける切島は、爆豪にとって相性が悪い相手かに思われたが、爆豪が硬化した体の“綻び”を見つけ、絨毯爆撃を食らわせ決着をつけた。
轟、拳藤、常闇、爆豪。錚々たる面々で、雄英体育祭は準決勝へと向かう。
『さぁさぁ行くぜ準決勝!』
『快進撃が止まらない!B組最強の刺客!拳藤一佳!!』
「頑張れー!一佳ァーー!!」
「A組のやつに目にもの見せてやれ!」
『対!遂に炎も解禁したエリート!轟焦凍!!』
「緑谷くんに続いてまた近接タイプの相手だな」
「轟くんの範囲攻撃を拳藤さんはどう対応していくんだろう」
『START!!』
ズガガガガッーーー!!
やはり、先手を取ったのは轟。開始の瞬間、彼の足元から氷山が凄まじい勢いで隆起する。
『いきなりかましたぁ!!拳藤との接近戦を嫌がったか!!また一撃で決まるのか!?』
しかし、彼の生み出した氷の断崖は瀬呂の時に放ったものと比べて規模が小さい。これは一撃必殺を狙いつつ、
ドゴォォン!!
豪快な音と共に氷が砕け散る。氷の中から飛び出したのは拳を巨大化させた一佳。
『なんと拳藤!真正面から轟の先制攻撃を打ち破る!』
彼女は単純な力押しで氷塊に囚われるのを防いだ。初撃が通じなかった彼女に対し、轟は即座に追撃をかける。
彼の伸ばした右手から、冷気が放たれる。
しかし、それを黙って見過ごす彼女ではない。
(また砕いた氷を……!?)
彼女の大拳に握られていた氷の礫が轟に襲い掛かる。彼は攻撃を中断し、その投擲を避ける。
回避した轟を見て、彼女は更に投げ続ける。
『拳藤!轟の作った氷を投げる!投げる!投げるゥーー!!』
『一撃で潰すつもりが、却って彼女に武器を与えてしまう結果になったな』
避けながら相澤の実況を聞き、歯噛みする。下手に氷で攻撃すれば、相澤の言う通り彼女に武器を与えてしまうことになる。彼女が有利になる一方で、自分は冷気で体力が削られる。
(とはいえ、瓦礫だって無限にある訳じゃねぇ)
このまま投げ続ければ、いずれ投げられるサイズの氷は無くなる。瓦礫を補充するにしろ、肉弾戦に転じるにしろ、必ず隙が出来る。その隙を突いて、今度は至近距離から氷壁をぶつける。
そして、彼の予想通り、氷の一斉掃射が止むのにそう時間はかからなかった。
「……やっぱ、この程度は通用しないか」
手持ちの瓦礫が無くなり、未だ健在の轟を見て、彼女はぼそりと呟く。
(となると…)「直に叩く……!!」
一佳が構えを取る。それを見た轟も警戒度を上げる。
右腕に力を込め、白い息を吐き出す。
「ッ!!」(左側に回って…!)
先に動いたのは一佳。轟が氷結を使用するよりも速く、彼女は彼の左半身から回り込み、背中を取る。そして彼女は背後から巨大化させた掌で轟の左腕を掴み、場外に向けて投げ飛ばす。
『氷壁で場外アウトを回避ーー!!楽しそう!!』
彼は空中に居ながら、地面に手を触れる。すると彼の背後に、弧を描くように氷の防壁がつくり出される。場外を回避しつつ、彼は氷壁を更に伸ばして攻撃に転用する。
まるで大木のようなそれを躱しながら、一佳は氷を足場にして轟に近付いていく。氷のドームをスケートの要領で滑りながら、彼女はまたも左側に回って、背後から手刀を叩き込む。
「グッ……!!」
頭部を的確に狙った手刀を左腕を盾に防ぐ。その衝撃に悶えながらも、彼は左腕に抑え込まれている一佳の腕を右手で掴む。
パキパキ、と霜が降りる音。それと同時に、急激に温度が低下するのが肌に伝わる。
「ッ!!」
右腕を凍らされるのに1秒もないだろう。まさに予断を許さない状況で、一佳は轟の腕に阻まれている自身の右手を巨大化させる。そして同時に、横へ力強く腕を薙いだ。
「セェイ!!」
「グゥッ……!!」
全集中の呼吸で強化された筋力が、拳を巨大化させる際の反発力に上乗せされる。轟は引っ張られるように右方向へ吹き飛ばされ、氷壁に叩きつけられる。
『拳藤!圧倒的な体術で轟を翻弄!!カッコいいーー!!』
『轟も学生の身にしちゃあ“個性”の扱いは大したもんだが、それ以上に拳藤は“個性”の使い方が巧みだな』
『ほほう、といいますと?』
『大拳は確かに強力だが、拳を巨大化させると重さやら空気抵抗やらでスピードが殺される。だから拳藤は攻撃が有効になる位置やタイミングを精確に見極め、“個性”の使用・不使用を切り替えている。少しでもタイミングがズレれば隙を作っちまうことになるが、それを練り上げられた戦闘センスと先読みの力で可能にしている』
『なるほどな!単に力任せでやってるんじゃないのか、ヤベェな!』
壁に叩きつけられた轟は、即座に姿勢を立て直し、追撃に備えようとする。しかし、拳藤はそれを許さない。
轟が立ち上がった瞬間、一佳の巨大な拳が、彼の全身を捉える。防御を取る暇も、回避をする挙動も与えられないまま、轟は大拳に押し出される。
「ガハッ……!」
一佳の拳は背後にある氷壁をも突き破り、彼を氷の囲いの外へ叩き出した。ボールのように地面を跳ねる轟は、何とかステージを掴み場外を免れる。
(コレ以上アイツに好き勝手されるのは危ねぇ…)
未だに痛む腹を抑えて、よろよろと立ち上がる。彼女の次手に備え、“個性”の準備をしながら、砕け散った氷の壁に目をやる。
その残骸から、ゆっくりと一佳が現れた。彼女は散歩のような足取りで、彼に近付いていく。何のつもりだと轟は警戒するが、その立ち振る舞いからは戦意のようなものは感じ取れない。ある程度の距離まで近づくと彼女は足を止め、口を開いた。
「
「………!!」
「私じゃ足りない?」
一佳の口から放たれたのは、緑谷と同じ本気で戦えという発破。その言葉に対し憤るわけでもなく、轟は暗い顔を見せる。
「……わりぃ」
一言、彼女に対し謝罪を述べる。
「そう。アンタの事情に首つっこむつもりはないし、これ以上何も言わないけど、後悔の無いようにな」
それを聞いた一佳は構える。呼吸の音が吹きすさび、全身の筋肉と血流が拍動する。
(…わりぃな。緑谷と戦ってから、自分がどうするべきか、自分が正しいのかどうか、分からなくなっちまってんだ)
緑谷との激戦を経て、己の原点を取り戻した轟。
しかし、だからといって、今まで彼を突き動かしてきたものを簡単に捨てられるはずもなかった。
構えた彼女を見て、轟も半冷の準備を行う。
全力で戦わないこと、ここまで勝ち上がってきた者たち全員を侮辱することに申し訳なさを抱きながら、氷結を放とうとする。
その時だった。
「負けるな!頑張れ!!」
観客席から声を張り上げた応援が届く。
「―――」
その声の主は、父との因縁を忘れさせてくれた緑谷。
再び、轟が燃える。
ボウッ!!
緑谷戦以降、二度目の炎の解放。その圧力に一佳は息を呑む。
(来た!轟の本気!!)
冷気と熱気、二つの相反する温度を直に感じながら、彼女は更に力を込める。
(全集中――)
彼女はこれが終わりになると確信していた。緑谷の時と同様、互いの全力をぶつけ合ってこの戦いの華を飾る。
狙うは轟の腹。炎と氷のちょうど真ん中。加速し、一気に距離を詰める。
全力の殴打に対し、轟が打ち出した策は炎の放出。出来る限り温度を上げ、最大温度を彼女にぶつける。
「………」
――はずだった。
再び脳裏に過る母の姿。燃え盛っていた炎が、弱弱しく消え去る。
炎が消えた時にはもう、一佳はすでに彼の眼前にまで近づいていた。砲弾のような拳が今か今か迫って来ているにも関わらず、轟は回避も防御もすることもしない。その姿はまるで、自分の未来を受け入れているようで。
ゴッ!
鈍い音が鳴る。勢いよく壁に叩きつけられ、気を失っている轟の姿をミッドナイトが確認する。
『轟くん行動不能!拳藤さん決勝戦進出!!』
最初の決勝進出者に観客席が色めき立つ。B組の生徒たちは彼女の勝利に祝福を、プロヒーローたちはNo.2のサラブレッドである彼を下した実力に賞賛の声を送る。
けれども、勝者である一佳の表情は、素直にそれを喜ぶことは出来なかった。
(最後、炎を消したな……)
自分では轟の本気を引き出せなかった。胸中に僅かなわだかまりを残して、彼女はステージを後にした。
その後、爆豪と常闇の試合が始まった。
無敵に思われた常闇の黒影だが、爆豪の爆破とは相性が悪く、惜しくも敗退となった。
決勝戦進出者は拳藤一佳と爆豪勝己。
――混沌極まる雄英体育祭、その頂点を決める戦いが、遂に始まる。
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