僕のヒーローアカデミア ヒノカミ英雄譚 作:枝那
いよいよ決勝戦が始まる。
嵐の前の静けさもありつつ、選手控室はワイワイガヤガヤとにぎやかだ。
一佳は友人たちと試合が始まるまでの時間を共に過ごして、荒ぶる神経を落ち着けている。
会話に花を咲かせていると、コンコンと扉を叩く音が彼女たちの耳に入る。
「一佳、入ってもいいか?」
「縁壱か。いいよ」
一佳が入室の許可を出すと同時に、それまで談笑していた友人たちが突然互いに顔を見合わせた。
「じゃあ、私たちはここいらで…」
「あとは若い二人でごゆっくりー」
「決勝、頑張って」
縁壱が部屋に入って来ると、彼女たちは妙に顔をニヤつかせながら控室を後にした。
「…邪魔をしたか?」
「いや、気にしないで。皆変に気を遣っちゃって……」
「そうか。……何か悩んでいるようだな」
彼女の顔を見た縁壱は開口一番にそう言った。
「あー…やっぱりごまかせないか…」
クラスメイトの前では取り繕っていたものがこともなげに見抜かれたことに、彼女は苦笑いを浮かべる。
「ああ。決勝、というより轟との戦いのことか」
「…うん。アンタには何でもお見通しだね」
彼女はパイプ椅子の背もたれにだらんと体重を預け、天井を見上げる。縁壱はその隣に座り、彼女の憂いを帯びた顔を射貫くように見つめる。
「あれは彼自身の問題だ。お前が気にすることはない」
「うん。それは分かってる。緑谷との戦いを観て、なんとなく事情があるんだろうなって」
「でもさ」と続け、今度は背を丸めて机に肘をつく。
「それとこれとは話が別だよ。アイツの本気を出させることができなくて悔しいというか……勝ったけど素直に喜べない」
彼女の嘆きにも近い言葉を、縁壱は聞き届ける。少し間を置いた後、彼は静かに口を開いた。
「一佳、お前の心中は察するに余りある。納得のいかない結果だったろう。だが、こればかりはお前にはどうしようもない。今一度、轟は自分を見つめ直そうとしている。そこに部外者である我々が軽々に立ち入るべきではない」
「…うん」
「彼が自身のしがらみを清算できたら、今度こそ全力で戦えばいい。そもそもこれが最後という訳でもあるまい」
「…そうだな」
一佳は立ち上がり、グーッと背伸びをする。
「誰かに話すとすっきりするもんだな!ありがと、縁壱。これで心置きなく決勝に臨めそうだよ」
「そうか。力になれたのならよかった」
一佳がちらりと時計に目をやる。試合開始にはもう少し時間がある。
「縁壱、少し一人にさせて。集中したいから」
「分かった。では、そろそろ戻るとしよう」
彼女の要望を聞いて、縁壱は立ち上がり扉の方へ歩いていく。
そのまま退室するかと思いきや、彼は立ち止まって一佳の方を振り向いた。
「一佳、健闘を祈る」
「…応ッ!」
短いながらもかけられた応援の言葉を聞いて、彼女は闘志に満ち溢れた笑みを浮かべ、縁壱に向けて拳を突き付けた。それを見た彼も、彼女と向かい合うように拳を突き出し、控室を立ち去った。
「あ?どうしてテメェがここから……」
控室を出て席に戻ろうとした矢先、縁壱は爆豪とバッタリ出くわした。
彼が自分の控室から出て来たことに、爆豪は目を丸くするが。
「あ?!ここ2の方か!クソが!」
どうやら彼は入るべき部屋を間違えていたようだ。
「そうだったか。入る前に気付けてよかったな。では、時間もないから俺はここで失礼する」
「おい待てェ、失礼すんじゃねぇ」
当たり障りのない挨拶を交わし、その場を去ろうとする縁壱を、爆豪が呼び止めた。
「どうかしたか?」
赤い瞳が交差する。爆豪は険しい顔のまま、重い口を開いた。
「体育祭は俺がテッペン取る。拳女*1もブッ潰してなァ」
この戦いの頂点に立つのは自分だと、不遜な態度で勝利宣言をする。
「いつまでもスカした顔でいられると思ってんじゃねぇぞ。テメェは精々首洗って待ってやがれ」
そして、それは同時に、火神縁壱も超えてみせるという、明らかな宣戦布告でもあった。
「言いてぇのはそんだけだ」
返事を聞くこともなく彼は縁壱の横を通り過ぎ、そのまま元の控室へと向かって行く。
「爆豪」
「……あ?」
それを今度は縁壱が呼び止める。引き止められた爆豪は振り返りながら鋭い目を彼に向ける。
「頑張れよ」
「………チッ」
苛立ちとも違う舌打ちをして、彼は自分の部屋へ入って行った。それを見届けた後、縁壱も観客席へと足を進めていった。
◇
『さァいよいよラスト!!』
英雄の卵たちがその才覚を存分に見せつけた雄英体育祭。名残惜しくもあるが、ついに終局を迎えようとしている。
スタジアムの熱狂と期待は最高潮に達している。遂に栄冠を手にするものが決まるのだ。当事者でない観客たちでさえ、その事実に鼓動が高なり、ごくりと唾を飲む。
『雄英1年の頂点がここで決まる!!』
そんな観客たちの視線を独り占めにするステージの上に立っているのは、爆豪勝己と拳藤一佳。両者とも顔に緊張の汗を流しながら、その瞳には揺るぎない勝利への熱望が宿っている。
奇しくも、A組とB組の代表による一騎打ちという構図になった。二人のクラスメイトたちも我が事のように試合を見守っている。
『決勝戦!!拳藤対爆豪!!!今!!』
『START!!!』
BOOOM!!
(全集中――!!)
二人が動き出したのはほぼ同時。
爆豪は爆風に乗って加速し、一佳は力強く地面を蹴飛ばす。移動速度では彼女の方が上。それを彼も理解していたのだろう。加速のため背後に向けている腕を、いつでも迎撃に回せるよう準備をしている。
加速した二人がぶつかり合うのにそう時間はかからなかった。一佳は彼の顔面目掛けて拳を放つ。爆豪はそれを紙一重の所で避け、右腕を大きく振りかぶり、爆撃を叩き込む――
「!!」
筈だった。
目の前にある華奢な拳が、自分の頭を覆いつくすほどに巨大化した。回避は出来ない。防御しても『コレは無理だ』と本能で理解する。圧倒的な身体能力で放たれた質量の塊が、爆豪に撃ち込まれた。
『最初に一撃を決めたのは拳藤!爆豪の顔面にモロに入った!痛そーー!!』
『……いや、』
大拳がクリーンヒットした爆豪は後ろへ勢いよく吹っ飛ぶ。場外へ飛ばされるのを回避するため、後方に爆破を放ち勢いを相殺する。
「ゲホッ………」
(コイツ……!)
彼女の攻撃をまるで無意味だと言わんばかりに爆豪は凶悪な笑みを浮かべて立ちふさがる。しかしながら、直接攻撃した彼女はその違和感に気付いていた。
辺りに黒煙が揺らめく。それは先ほど爆豪が加速する際に生じたものではなく。
『拳が当たる直前に、顔を手で守って更に爆破したな。後方に吹っ飛ぶようにして打撃のダメージを出来る限り軽減したんだ』
『マジか!なんっつー判断力だソレ!!』
(とは言っても……)
彼女は爆豪の腕に目を向ける。取り繕ってはいるが、彼の腕に残っている痺れと痛みは隠し切れてない。
(何度も取れる手段ではないはず。なら……)
一佳は腰を落とし、構える。
(一気に決める!)
再びステージを駆け抜ける。突進してくる彼女を相手に爆豪は物怖じすることなく、不敵な笑みを浮かべて迎え撃とうとする。
今度は彼の腹を狙う。ストレートの要領で、腕に力を込める。
BOOM!
当然、このまま黙ってやられる爆豪ではない。今度は彼は下から上にかけて、地面を抉るように、一佳に向けて爆破を放った。
『おーっと!今度は爆豪の容赦ない反撃が叩き込まれる!』
大拳ではカバーし切れない下側からの爆撃。真正面から爆炎が浴びせられる。
けれど。
(浅い!)
大拳を恐れたのか、はたまた距離を上手く掴めなかったのか。腕へのダメージも相まって、彼の爆破は有効打とはなり得なかった。
とは言え、一瞬ではあるが隙が出来た。爆豪は攻勢へ転じる。
そちらから向かってくれるのなら、こちらは迎え撃つまで。
一佳はカウンターを狙い、集中を研ぎ澄ます。
爆豪が彼女に肉薄する。その距離は約1メートル。大拳の間合いである。
これで終わらせようと、彼の腹に向けて拳を突き出す。体に拳がぶつかるまで1秒もなく、インパクトと同時に拳を巨大化させる。
その瞬間。
BOOM!
「なっ……!?」
何度も味わった肌を突き刺すような熱と痛み。
彼女の視線の先に爆豪はもういない。
「手ェでっかくなったりちっさくなったりして距離感掴みにくかったがなァ…」
上空から聞こえる彼の声。一佳はバッと目を向ける。
彼女の視界に映ったのは、照準を合わせるようにして自分に右手を向ける爆豪の姿。彼の掌から、バチバチと火花が迸る。
「よーやく慣れてきたわ」
BOOM!
至近距離からの爆破に一佳は防御も回避も出来ず、後ろへ引きずられるように弾き飛ばされる。
『まさかまさかァ!爆豪、拳藤の大拳を土台にして上空へ跳びやがった!!』
『巨大化するタイミングを見切ったか。戦う度にセンスが光ってくなアイツは』
「マジでか……!」
彼女の口から驚愕の声が漏れる。
今まで発動のタイミングを見抜いたのは縁壱以外に居なかった。
その苛烈とも言える才能に心底息を呑みながらも、一佳は次の策に思考を巡らす。
(インパクトと同時に巨大化はもう通じなくなった。常時発動すればスピードに影響が出る。だったら)
彼女の下した決断。それは。
(速度で潰す!)
足の筋肉が躍動し、熱が宿る。
ドォン!
ステージを力強く叩いた音が、空気を震わせる。爆豪が目を開いた。
「ガァッ……!?」
刹那、肉体が破裂するような衝撃が、体中に襲い掛かる。
彼は思わず苦悶の声を漏らす。
『拳藤、今度は怒涛のラッシュを決めるーー!!爆豪為す術がなぁーい!!』
『大拳のパワーを捨て、速さと手数で攻める方向にシフトしたか。合理的な判断ではある』
腹、肩、足、身体のあらゆる部分に怒涛の連撃が浴びせられる。その勢いはまさしく荒れ狂う大波が如し。
あまりにも速く、爆豪では目で追うのがやっと。
「なっ……めんなァ!!」
BOOOM!
拳の荒波から抜け出すために爆豪が打ち出した手段は、広範囲の無差別爆撃。
一際威力の高い爆破を地面に向けて放つ。
爆炎が辺り一帯を包み込む。十数メートルに亘りコンクリートのステージが破砕される。
(自爆同然の攻撃を……!)
彼自身にもダメージが入るほどの爆撃を、再び至近距離からくらう。彼女は攻撃を中断し、腕をクロスさせて防御する。
BOM!BOM!BOOM!!
すかさず彼は意趣返しと言わんばかりに爆破の連撃を彼女に浴びせる。
「クッ……!」
足場が不安定になり、姿勢を崩してしまったのもあって、一佳は連続爆撃により吹き飛ばされた。
ステージ際ギリギリのところで、彼女は大拳で地面を掴んで何とか場外を免れる。
体勢を立て直して爆豪の方を見据える。爆煙と砂埃に包まれている彼から当初の笑みは消え失せ、険しい顔つきでこちらを睨みつけている。だらだらと汗を滝のように流し、ハァハァと息を荒げている。
爆豪はかつてないほど追い詰められている。爆破による腕への負傷も相まって、限界が近い。
けれど、そんなものは関係ないと言うように、地面を力強く踏みつける。
「一位になんのは俺だ!邪魔する奴は全員ぶっ殺す!!」
およそヒーロー志望とは思えない野蛮な宣言。己を鼓舞するように、自身の爆破にも負けず劣らずの声量で雄叫びを会場に轟かせる。
爆豪は再び、地面に向かって力強く爆破を放った。その反動でロケットのように空へ跳ぶ。
BOOM!
手掌を左右逆方向に向け、連続で爆破を放つ。それが推進力となり、空中でドリルのように高速回転する。回転しながら突撃してくるその姿はまさしく人間ミサイルと呼んでいい。
体が悲鳴を挙げている。腕が千切れてしまいそうだ。
けれども、完膚なき勝利を求める彼は、決して止まりはしない。
黒い竜巻を作りながら迫り来る爆豪を見て、一佳は迎え撃つ準備をする。
回避も防御も捨てた、正真正銘の全力。本気の殴打を以て、この戦いを終わらせる。
そして、遂に。
「
両者の全力を込めた必殺技がぶつかり合う。
閃光。爆炎。轟音。会場の空気が大きく震える。
『麗日戦で見せた特大火力に勢いと回転を加えまさに人間榴弾!!拳藤は大拳を両手で放ったようだが、果たして…』
ゆらめく黒煙の中に、一つの人影が立っているのが分かる。
「拳藤さん、場外――」
ステージに注目していた観客たちに、ミッドナイトが敗者の名を先に告げる。
場外に視線を移すと、そこには気絶して倒れ込んでいる一佳の姿がある。
つまりは。
「よって、爆豪くんの勝ち!!」
「ーーーッ!!」
嗚咽のような、言葉にならない言葉が口から飛び出そうになる。
「シャァアアアーーー!!!」
天に向かって叫ぶ。己の勝利を刻み付けるように。
それにつられるように、観客席からもドッと喝采が湧き起こる。
『以上で全ての競技が終了!今年度雄英体育祭1年優勝は、A組爆豪勝己!!!』
もうすぐトモコレ新作が発売されますね。
ぽこあもまだやり切ってないのにこんなスパンで発売するとか、任天堂さんには人の心というものがないんです?