僕のヒーローアカデミア ヒノカミ英雄譚 作:枝那
【埋火】
「…………何だ、アレは」
エンデヴァー──轟炎司は絞り出すように声を出した。
目の前で繰り広げられている規格外の激闘。圧倒的とも言える力の発露を見せつけているのは、今年の首席だという火神縁壱と―――オールマイト。
もはや勝敗になど関心はない。
自身が求めて止まないNo.1の座に君臨し続ける存在。どれほど研鑽を積んでも追い付けなかった超人。それと一介の学生が互角の戦いを見せているという事実だけが、彼の心を酷く乱していた。
周囲の熱狂とは対照的に、彼の心は水を浴びせられたかのように冷え込んでいた。
(ああ……)
虚像が崩れていく。
己を誇示していたNo.2の仮面が剥がれていく。
(まただ………)
現実が、刃物のように彼の心に深く突き刺さる。
血反吐を吐くような思いをして努力を重ねようと、その全てを無駄だと嘲笑われるような虚無感。
今まで目を逸らしてきたものが、否応なしに突きつけられる。
───轟炎司は、誰よりもNo.1に執着してきた男である。
オールマイトを超えるために、エンデヴァーは血の滲むような努力を重ねた。
“個性”を鍛え、肉体を鍛え、ヒーローとして数えきれない程の実戦経験を積んだ。気の遠くなるような鍛錬の末に、彼はNo.2ヒーローへと上り詰めるほどの力を手に入れた。
しかしそれは亀の歩みに他ならない。天賦の才を持つ、真の超人の前では。
自分の力ではオールマイトを超えられないと悟った轟炎司は、子に自分の野望を託すことにした。
己の
やがて子どもが産まれ、彼はその子にトップヒーローとなるべく教育を施した。
正に順風満帆。
No.1となる未来もそう遠いものじゃないと思い始めた矢先に、彼は一つの過ちを犯してしまった。
エンデヴァーをも超える才能の原石たる長男が、“個性”の暴走により事故死してしまった。
自分の『炎』が、子どもを殺してしまった。
長男の死は轟炎司の心に深い傷を残し──
もはや彼に、後戻りする道など許されていなかった。
オールマイトを超えるという妄執は肥大化していき、彼は待ち望んでいた炎と氷を持つ子どもに全てを懸けた。
だと言うのに、目の前の光景は何だ?
全てをかなぐり捨ててでも自分が辿り着けなかった領域に、あの少年は足を踏み入れ、あまつさえ超人と肩を並べているではないか。
『オールマイト降参!雄英体育祭エキシビションマッチを制したのは、火神縁壱だーーー!!』
(あぁ――)
己が積み上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「―――俺は、一体、何のために………」
取返しのつかない過ちを犯してしまった。
自身の過ちから目を逸らすために、最高傑作に己の全てを託した。
だが、最高傑作でさえも敵わないと、理解してしまった。
轟炎司の心はもう───
【体育祭の裏で】
「彼が弔の言っていた子どもか」
明かりのない暗い密室。医療機器に繋がれ、頭の上から半分が潰れている男はそう呟いた。彼の目の前にあるコンピュータ、それに映されているのは雄英体育祭の生中継――オールマイトと火神縁壱の対決である。
とりわけ男の関心を惹いているのは、不倶戴天の敵たるオールマイトではなく、それと互角の戦いを繰り広げている火神縁壱という学生。
「うん。話を聞いた時は正直半信半疑だったが…この強さなら納得がいく」
脳無はオールマイト用に調整した兵器だ。並みのプロヒーローでは相手にならない。それをプロですらない子どもが倒したというのだから、男が興味を持つのは必然であった。
「ドクター、君はどう見る?」
彼は同じく戦いを見ている老人に意見を求める。ドクターと呼ばれているように、医者のような風貌をしている。
「異常と言わざるを得んな。刀と身体強化の複合とは言っておったが……」
「脳無の超再生が封じられたと弔は言っていた。あの刀が“個性”で間違いないね。単純に再生能力を無効化する力があるのか、あるいは“個性”そのものに作用する力か」
「やはり解せん。それに加えてオールマイト並の身体能力じゃと?あまりに不自然だ」
理解不能といった声色で医師は言い放つ。エンデヴァーの息子のように、個性婚によるハイブリッドということも考えられるが、それにしたってあの力は異常すぎる。
自分の優秀な頭脳を以てしても、その答えが見つからない。こんなことは初めてだった。
「のう、先生。やはり彼が『継承者』かの?」
「いや、
男は強く否定した。それに医師は怪訝な目を向ける。
「なんだと?だがあの身体能力はどう考えても……」
「彼は継承者ではない。これだけは断言できる。僕には分かるのさ」
「むぅ………」
男の確信している言葉。そう言われては押し黙るしかない。解説の通り刀と身体能力の複合なのだろうと無理やり自分を納得させて、医師は再びテレビに顔を向ける。
火神縁壱の勝利でこの戦いは終わった。もう興味はないとブツリと電源を切った後、しばらくして男は良い事を思いついたと言わんばかりの表情で口を開いた。
「そうだ。ちょうど新しい脳無が出来ただろう?それと彼を戦わせてみよう」
「なんと!アレをぶつけるというのか!じゃがアレは今調整中――」
「ダメかい?」
「……いや。試験運転にはこの上ない相手じゃろう。それに実戦であの子がどこまで行けるのか儂も気になっていたところだ」
「決まりだね」
「そうと決まれば早速調整を進めねば!あぁ、忙しくなるのぅ!」
鼻歌を歌い、上機嫌で医師はどこかへ去って行った。
「さて」
医師が去り、一人だけの空間で男は思考を巡らせる。
ワン・フォー・オール。オールマイト。
100年以上にも渡る因果に突如として現れた、新たなる
だが、それでいい。
そう来なくては張り合いがないというもの。
真の魔王の生誕。その礎にこれ以上相応しいものはない。
「次は君だ」
そう言って、男は三日月のように口を歪めた。
───光が強くなるほど影は濃くなる。
薄氷のように脆い平和の裏で、『魔王』の放つ闇はじわじわと世界を蝕んでいた。
エンデヴァーが兄上みたいにならないか心配している声もちらほら上がっていますが、一体彼はどうなっていくんでしょうか。