私は、ずっと今の私が嫌いだ。昔の私が嫌いだ。未来の私は……今のところは、好きになれるわけもなく。厭世的、というにはあまりにも自己中心的な自分への敵意だけが自分を苛んでいる。
ただ、歩いている。力無く腕を下げて、虚勢を張って前を向く。止まることは許されない。私が私を止められない。あの日救えなかったものが、私を侵食していく。それでも、足を動かして、手を操って、日々を無理くりに進めていくしかない。
そんな日々を過ごす。変化は許されない。私が私を赦さないように。これは私が私に与える罰だった。誰も、私が悪いとは言ってくれないから、せめて私だけは、その罪を認めなくてはならなかった。
「お大事になさってください」
「はい、ありがとうございましたっ!」
「ええ、お気をつけて」
今日も日々の診療を終え、一息つくところだった。扉が開く音がして、私は誰が来たかを悟る。
「リリ。お疲れ様です……無理はしてはいけませんよ」
「団長こそ、お疲れ様です。してませんよ、無理なんて」
リリ……トリニティ総合学園2年生、救護騎士団医療現場統括代理、
ミネ団長は、私のことをよく知っている。私の罪も、私の贖いも、知った上で……「救護」の執行を猶予してくれている。
それは、私に「救護」することが、どういうことなのかを団長がわかってくれていることを、よく示している。じゃなきゃ、私はここを飛び出していたから、今も私がここにいるなら、そういうことであるはずだ。
「……ならば、良いのですが」
「えぇ。問題はありませんとも」
「他の者にも既に伝えたことですが……私は、しばらくこのトリニティを離れます。しかし、ご心配ないように。それを伝えに来たのです」
……このタイミングで? 私はそう思わざるを得なかった。エデン条約……ゲヘナとトリニティの両校間の和平条約締結が迫る現在のトリニティで、小規模とはいえヨハネ分派の長を兼ねる蒼森ミネが不在になる。その重要さは、私が思うよりは大きいだろうと思うのだが。
そういった意味合いの言葉を、それとなくオブラートに包んでミネ団長に伝えると、ミネ団長は柔らかく微笑んだ。
「そういったところも含め、ご心配ないように、ということです。大丈夫ですから」
「……なら、せめてなにかできることがあれば申し付けてくださいな。一応、あなたの代理とはいえ医療現場統括なのですから」
「ありがたい限りです。ですが、あなたはあなたの最善を尽くしてくださればそれでいい……私は、また異なる救護の場で戦わねばならないと、それだけなのです。場こそ違えど、救護の志は同じなのですから何ら私たちに変わりはありません。むしろ、あなたがいるから安心して行けるというものです」
はあ、と気の抜けた返事をしてしまった。どうも、今日の団長は変だ。いや、変ではないのだが。こうも私を信頼する団長は珍しい。まるで私を……縛り付ける、ようで……縛り、つける?
「さて、そろそろ私は行きます。待たせているのです」
「……」
私を、「私」を見ている。団長の、真っ直ぐな、なんでも射抜いて見通すあの瞳が、その視線が、私を貫いている。
焼き付けるように。留め置いておくように。なぜ。なぜ?
「私」の全てが、ちっぽけな畏れが瞳に晒される、その前に、ミネ団長は踵を返した。
「では。……どうか、あとはよろしくお願いします」
何故ですか、ミネ団長。なぜ、あなたが……今を、留め置くのですか。まるで、どこか遠くへ……行って帰ってこないような言葉を放つのですか?
「そうです。この袋を、持っていてくれますか?」
ミネ団長は小さな袋を手渡してきた。それに首を傾げながら受け取ると、ミネ団長はまた柔らかく微笑んだ。
「それはあなたに用意したものでして。……もし、どうしてもあなたがあなたの為すことに疑念を持ち、行動できないのなら、その袋を開いてください。きっと、何かの役に立つはずです」
まただ。……何をするつもりでこんなものを託すんですか? 死ぬのですか? そう聞いてみたくなる物言い。
けれど、受け取った袋は不思議と重くて、その重みに言葉を吐き出せないままの私を最後に一瞥して、ミネ団長は踵を返し、ドアを開き、消えていってしまった。
その日を最後に、団長は……蒼森ミネは、失踪した。
私の手元にひとつの袋を残し、私の中に焼き付く記憶を残したまま、ドアの先に消えたその姿ごと、消え失せたのだった。