目が覚めると、そこは全く見知らぬ場所だった。
「え……ここ、どこだ?」
ざわめきと、嗅ぎ慣れない香辛料の匂い。土と木でできたような古めかしい建物がひしめき合い、行き交う人々は奇妙な民族衣装を身につけている。頭上には、二つの月が浮かんでいた。地球ではない。明らかに、異世界だ。
混乱が頭を支配する。ついさっきまで、自分の部屋で音楽を聴いていたはずなのに。一体何が起きた?
「おい、そこの見慣れない奴!何突っ立ってるんだ!」
露店の店主らしき男の怒鳴り声が耳に届く。人々は好奇の目、あるいは警戒の眼差しを向けてくる。居心地の悪さ、そして途方もない不安が押し寄せる。どうすればいい?何をすればいい?
その時、体の奥底から、抗いがたい衝動が湧き上がった。それは、まるで魂が叫んでいるかのような、歌とダンスへの渇望。異世界への戸惑い、自分の身に起きた不可解な現象への困惑、そしてこの得体の知れない力への期待――あらゆる感情が混じり合い、エネルギーとなって全身を駆け巡る。
「……っ!」
気づけば、体が勝手に動き出していた。
最初に口からこぼれたのは、意味不明な、しかし魂を揺さぶるようなメロディだった。それは、この世界の言語ではないはずなのに、なぜか人々の心に直接響くような響きを持っていた。そして、足が、腰が、腕が、信じられないほど滑らかに、重力を無視するかのように舞い始める。
ムーンウォーク。スピン。キレのあるステップ。
雑踏の中心で、僕はただ、衝動のままに歌い、踊った。異世界に放り出された不安を振り払うように、この新しい体と能力を確かめるように。それは、戸惑いと、しかし確かな高揚感をはらんだ、即興のパフォーマンスだった。
(歌:無意識のテーゼ)
ああ、ここはどこ? まったく新しい空?
二つの月が上り、見慣れた光はない。
奇妙な新しい音、見知らぬ大地の上、
心臓は速く打ち、恐れと力で。
だけど何かが呼んでいる、この壁の向こうから、
深いリズム、静かな嘆願。
足が動き出す、どこから始めよう?
この恐れを踊り、魂を解き放つために。
(間奏:ダンスが加速し、人々が動き出す)
もう後戻りはしない、この未知の道で、
未来が待っている、僕が掴むために。
一歩ごとに、僕はリズムを見つける、
この木々の下で、新しい世界が花開く。
だから立ち上がろう、空の彼方へ、
過去を置き去りに、影が潜む場所へ。
真新しい一日、道を見つけるために、
二つの月の眼差しのもとで。
最初は、人々は呆然と立ち尽くしていた。だが、僕の歌声が響き渡り、ダンスが熱を帯びるにつれて、彼らの表情が変わっていく。驚き、そして、抗いがたい魅了。
そして、その瞬間は訪れた。
僕のパフォーマンスが最高潮に達した時、周囲の人々が、まるで糸で操られるかのように動き出したのだ。彼らの表情は陶酔に満ち、その体は僕の動きと完璧にシンクロする。
「な……!?」
露店の店主も、通りすがりの旅人も、子供も、老人も。皆が、僕の完璧なバックダンサーへと変貌していた。彼らは、寸分の狂いもなくフォーメーションを組み、キレのある動きで僕の舞を彩る。まるで、長年共にステージに立ってきたプロのダンサー集団のようだ。
(これが、あの「ダンス統率力」……!?)
驚きを隠せないまま、僕はパフォーマンスを続ける。人々が一体となって踊る光景は、圧巻だった。
その中で、ふと気づく。
僕が降り立った場所のすぐ近くで、小さな口論が起きていたらしい。野菜を巡って言い争っていた二人の男がいた。だが、僕の歌とダンス、そして周囲の人々が繰り出す一体の舞に巻き込まれるうちに、彼らの顔から怒りの表情が消えていく。互いに目を合わせ、照れたように笑い、やがて肩を組んで、周囲のダンサーたちに加わっていく。
歌とダンスは、そのまま街の喧騒を巻き込み、一つの巨大な祝祭へと変えていった。僕の歌には、この異世界での「戸惑い」と、それでも「前を向いて進む」という、無意識のテーゼが込められていたのかもしれない。
やがて、歌が終わり、最後のポーズを決める。
すると、魔法が解けたかのように、人々は動きを止めた。彼らは我に返り、互いの顔を見合わせる。そして、一斉に、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
「す、すごい……!」「一体、何が……!?」
人々は興奮し、混乱し、そして何よりも、感動していた。口論していた男たちも、なぜか和解し、笑顔で僕を見つめている。
僕は、ただ呆然と立ち尽くした。
(僕の、この能力……。一体、何なんだ?)
まだ何も理解できていない。だが、この異世界で、僕は確かに、何かを成し遂げた。そして、この能力が、この世界で何をもたらすのか、漠然とした期待が胸に広がる。
異世界での最初のステージは、こうして幕を開けた。
我ながらバカな小説が書けた。満足している。