向かい合う決闘者が二人、片方のライフはたったの100。そのフィールドにはモンスターの姿はなく、反対側には大型モンスターが二体並んでいる。
(この盤面を処理できるのは、あのカードしかない!)
絶体絶命と言える状況で、ライフ100の男はまだ諦めていなかった。たった一枚、デッキの中に眠るカードを引ければ勝てるのだ、と。
崖っぷちに立たされた男はデッキトップに掛ける指に力を込め、叫ぶ。
「このデュエル、負ける訳には行かないんだッ!!」
──────…………
この世に産まれ落ちて数年、前世の記憶を取り戻した瞬間に俺は確信した。
『今世は勝ち組だヨッシャァ!!!!』と。
実家が太い? 違う。健康に健全に育ててもらえている身で何だが、俺が生まれたのはそこまで裕福というわけではないそこらの一般家庭である。
顔がいい? 違う。違うというのも自分で言ってて悲しいが。鏡に映る今世の己は、今は子ども故の可愛さがあっても成長すればモブ顔だろうなという残念な予測が立てられるような顔の造形である。
転生チートを貰った? それも違う。神だの悪魔だのに会ったりして特別な力を授かったわけでも、別に何か特殊な能力に目覚めたわけでもない。
ただ前世の記憶を持っているだけ。
だが、その『前世の記憶』が重要なのである。
俺は前世、ただのオタクだった。ネットサーフィンを絶やさずにあらゆる界隈の浅瀬でちゃぷちゃぷ遊んでいるだけの、一般的なオタク。
特筆できることといえば、カードゲームオタクであったということ。特に好きだったのは『遊戯王』だ。新弾パックに給料が溶けていくのを良しとしていたくらいには紙で遊んでいたし、きちんとアニメも欠かさず見ていた。語録で友人と会話していたのは……自慢できる話ではないな。
そんな俺が、だ。
テレビに映るのは甲子園レベルの盛り上がりを見せるカードゲームの大会。
稀に勃発する父と母の喧嘩は腕にハイテクな機械を付けた上でのソリッドビジョンによる殴り合い。
あと街中でたまに見掛ける色も形もイカれた髪の人達。その腰には当然のように四角い箱──デッキケースがある。
幼児の目に入る極々狭い世界の中で、異様なまでに存在感を発揮する『デュエルモンスターズ』というカードゲーム。
間違いない。
遊戯王の世界に転生したんだ!!!!
俺は全力でガッツポーズをキメた。
決闘をしていた両親は唐突な我が子の奇行にドン引きして喧嘩を止めてくれた。
ともかく。
ファンとして嬉しいのは当然だ。なんてったって大好きな作品の世界に身を置ける、それだけで心が騒ぐ。それに加えて遊戯王の世界ということは、そう!
決闘が世界の中心なのである!
デュエルモンスターズはただの遊びではない。デュエルでおまんまを食っているプロの決闘者は数え切れない程存在し、一般人でさえ日常生活でも決闘が強い者ほどヒエラルキーの上位に立てる。状況によってはデッキがなければ市民登録出来なかったり(海馬コーポレーションが異常なだけだけど)、人の命運やらマジモンの命さえ左右される。何なら世界は一枚のカードから始まったとかいう話すらあるような、ありとあらゆる根源にまでカードが染み付いた世界観。それが遊戯王。
この世界がアニメシリーズのどれかなのかは分からない。もしかしたら、そもそも元々は原作に存在しないIFの世界なのかもしれない。
しかし! カードゲームが全てなのは確か! ならば強くなりさえすれば勝ち組!
受験勉強の何倍も必死こいて覚えた大会優勝者のデッキ構築に突拍子もないようなコンボ、裁定の穴!前世の記憶をフル活用してちやほや──いやいやモテ──いやプロになって金持ちに──ええいなんでもいい! 今世を最高の人生にしてやる!
──────…………
「負けました」
そんな夢を見ていた時期もあったなぁ。
さて、現実の話をしよう。
いくら前世の知識があるとはいえ、何もかも思い通りに進んだ訳ではなかった。というか何も思い通りに進んでない。
最初の方は順調だった。この世界の住民は例に漏れず全体的に火力主義な傾向にあり、カード効果も見ずに攻撃力の低いモンスターを軽視する傾向にある。故に自分のデッキを知り尽くし相手カードの効果をきちんと確認するという基礎が出来ていた俺は小学校、そして中学校までは学校一のデュエルの腕を誇っていた。
……この時点から、ちょっと、アレ? と首を傾げることが多くなる。手札事故が、前世よりも多いのだ。
デュエル学がカリキュラムに組み込まれたデュエルモンスターズ進学校の高校(GXに出てきたデュエルアカデミアは無かった。残念)に入学してから、その問題は顕著になった。
デュエルスピードが遅かった小中と異なり決闘に力を入れた生徒ばかりの学校では、手札事故をしがちというのは致命的だった。なるべく事故を起こさない構築を考案して──ド堅実なデッキからクソ尖ったデッキまで──そりゃまあ色々試してみたけれど、そこまでして勝率は3割程度。生徒全体のレベルが高い学校というのを考慮しても、普通の人よりちょっと上の腕前なのである。
実技は大して強くはないが、座学はトップ。デッキ構築とカードの知識にステータスを極振りした生徒。一を尋ねれば十の知識で殴ってくるアドバイザー。それが高校時代の俺の評価。友人やクラスメイトに相談されることも多かったから、学校生活は結構充実していた。思っていたものとは随分と異なっていたが。モテはしなかったし。
……デュエルオタクばっかりの世界でデュエルオタク呼ばわりされるとか思ってなかった。しかもその呼称には結構な割合で『知識だけの』という掛詞がくっついていた。俺は泣いた。
そんな訳で、俺が望んでいたプロの道は夢物語に等しくなってしまったのである。
俺はどうやらカードに愛されていないらしい。比喩ではなく、ガチで。カードの精霊が存在するであろうこの世界だが、きっと俺のデッキには一体もいないのだろう。
「俺はこんなにカードを愛しているのに……!」
「はいはい。んじゃ飯代は半額な、オッサン」
「まだ20代なんすけど??? ああ、赤字が怖い……」
落ち着いた内装のカフェにはそぐわない、開けたデュエルスペースで項垂れる。それを涼しい顔で流した目の前の少年は勝利の余韻もそこそこに、この店で一番高い料理を注文しやがった。
昼と夕方の間、この少年以外に客のいない時間帯。しばらく店長が買い出しに行っている故にワンオペの俺は、とっとと注文を聞いて厨房に引っ込む。調理に取り掛かる前にデュエルディスクに装着したデッキの中身を確認して、溜め息を一つ。
「デッキトップでも底でもなく中間にあったのかよ、はあ……」
まだ一番下とかに望んだカードが沈んでいれば何かしらの作為でも感じることができたのかもしれないが、デッキの中腹。うん、悲しいほど夢がない。
もう一度溜息を吐きながら冷蔵庫から材料を取り出す。デュエルが終われば、ここからは仕事の時間だ。いやまあ決闘も仕事の一環だが。
俺は今、デュエルカフェの店員をしている。プロデュエリストと比べればさもしい職業だと思われるかもしれないけれど、これが結構需要がある。
食事スペースから観覧できる場所にデュエルスペースがあり、そこで決闘が可能。客同士でもできるが、目玉は店員との決闘に勝てば食事料金が半額になるというものだ。それを楽しみにしている常連もいるくらいには、中々の客寄せになる。
店長からは勝っても負けてもいいとは言われているけれど、雇われの身で負けっぱなしは流石に売上と給料が怖い。基本負ける訳にはいかないという覚悟で決闘しており、戦績はそこまで悪くはない。
でもって客は結構な割合で決闘者なので、デッキに関する相談を受けたりもする。こっちもそれなりに好評。
決闘で飯が食える仕事とは言えるので、ある意味で夢は叶ったのかもしれない。まあ雇われた経緯としては決闘の腕を買われたわけではなく、豊富な知識と丁寧な説明を評価されたんだけど。
「お待たせ致しました、エクシーズ・オブ・エレガンス〜ブラックソースを添えて〜です」
「……頼んでおいて何だが、訳わかんねえ名前だな」
「店長に言ってください」
胡乱げな青い瞳から目を逸らす。メニューの半分くらいは店長の意向で変なネーミングである。
──さてと。
俺から興味を外して食事を始めた少年を、怪しまれない程度にカウンターから眺める。海を思わせる青い髪、強い意志の宿った青い瞳。
神代凌牙。前世の記憶とその少年の見た目は、完全に一致している。
まあ、ZEXALの世界っぽいということは早々に分かっていた。ここハートランドだし、前にⅣがテレビに出てたの見たし。エクシーズ召喚が覇権を取っているし。最悪の場合エクシーズ次元で次元戦争に巻き込まれる羽目になるだろうが、その時はその時。黒咲さんとかナス頭とかは見ていないので大丈夫だと思いたい。
目の前の少年はZEXALの所謂三勇士、身も蓋もない言い方でならライバルポジのメインキャラ。つまり重要人物。最初に彼が入店してきた時こそはテンションがブチ上がったりもしたが、こうしてデュエルするのはもう何度目か。そしてその全てで負けている。デュエルタクティクスは劣っていない自信があるからこそ運命力の差が悔しくて仕方がない、と地団駄を踏んでいるうちに原作キャラへの憧憬とかそういうのはすっ飛んで行った。
……原作に介入する気は、ない。転生したての頃のノリだったらズカズカと寄って行ってただろう。神代凌牙や主人公──九十九遊馬と同級生だったりしたら積極的に関わっていたかもしれない。けど、俺はもう20代。
それに俺の運命力を考えれば介入なんてとてもじゃないが無理だ。アストラル世界やバリアン世界を股に掛けた闘争は綱渡りで、主人公の勝ちにも負けにも全て意味がある。そして、踏み外せば多くの命が失われる。
「気楽な店員やってるのが正解だなー」
視線の先の少年は、今後ナンバーズに取り憑かれまくるのだろう。病院が実家呼ばわりされるくらいに入院することになるのだろう。そしてバリアンと敵対し……バリアンの王であることを知るのだろう。図らずも過酷な運命を背負った彼のちょっとした顔見知りとなったわけだが、申し訳ないことに俺からできることは特にない。せいぜい札付きと恐れられている彼の決闘相手になるくらいだ。ストレス発散のサンドバッグとか思われてないといいけど。
──────…………
WBCが始まって、それまで常連に近かった神代凌牙が来なくなって、モニターで見ているだけでも分かる紆余曲折の果てにゼアル……九十九遊馬という少年が優勝して。
Mr.ハートランドが表舞台から居なくなって、色々あって。……ナンバーズという新しいエクシーズカードが登場、普及して。
無事に終わったか、と息を吐く。俺は何にも介入していないけれど、バタフライエフェクトというものはある。原作を知っている異物のせいでハッピーエンドがバッドエンドになったりしたら成人男性が大声で泣くところだった。
からん、とドアベルが鳴る。
「ここがシャークの行きつけの店? デュエルカフェかー、楽しみだぜ!」
「えっと、決闘者じゃなくても入っていいのかな……よかった、ネットに大丈夫って書いてる」
「味の評価も高めですわよね。まったく凌牙ったら、私を置いて一人で行こうとするなんて!」
「いいだろ別に……久しぶりだな、オッサン。半額飯食いに来たぜ」
どういう組み合わせ?
主人公と遊戯王シリーズ史上最強ヒロインじゃねーか。ライバル兼ボス枠とその妹じゃねーか。一人は見慣れきった顔とはいえ、その並びには思わずテンションを上げざるを得ない。
しかし、その見慣れた顔も久しぶりに見る。憑き物が落ちたような顔は初めて見たが。てっきり、神代凌牙はもうこの店に来ないものかと。
……いや。物語が終わったからといって、世界が消えるわけじゃない、か。神代凌牙が常連だなんて光栄だとファン魂が騒ぐ。それとは別に、馴染みの客の少年が来てくれたことに店員としての俺が喜ぶ。
全部片付いたからようやく来れたって? でもって家族と友達に紹介だって?店員冥利に尽きるけども、そのメンバーが豪華過ぎるとキャパオーバー起こすぞ。
──とにかく、これだけは言っておかないと。
「いらっしゃいませお客様。オッサンじゃないし勝つ前提を止めろ今日は絶対俺が勝つ」
この後シャークさんに勝ったりしたらいい。それきっかけに新しい事件に発展していったら面白いと思いませんか? 誰か書きませんか?