カタヅノの鬼姫   作:ありす(旧名:紅茶・ルミエール)

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1章完結ですよ〜。


看病、そして鬼巫女の伝承

鬼族の部隊が撤退した後も、王城内は混乱の極みにあった。騎士団総出で城下と城内の被害状況を確認し、負傷した兵士の手当に追われている。その喧騒をよそに、エリックは意識を失った椿鬼を抱きかかえ、彼女の部屋へと急いでいた。

 

「エリック様……」

騎士団長が声をかけた。

「被害状況の確認は、お任せください。エリック様は、そのお嬢さんのそばにいて差し上げてください。」

騎士団長の言葉に、エリックは深く頷いた。

「すまない、頼む。」

エリックは、騎士団長に後を任せ、椿鬼を抱いたまま急ぎ足で部屋へと向かった。

 

部屋に着くと、エリックは静かに扉を閉め、椿鬼をベッドに横たえた。柔らかい布団をそっと彼女の体にかけ、その小さな顔を見つめた。

(初めて会った時も、こうして倒れていた君をベッドに寝かせたな……)

エリックは、あの日、森の中で力尽きていた椿鬼を見つけた時のことを思い出していた。あの時も、彼女はただ横たわっていた。その時感じた守護欲にも似た感情は、今、深い愛情へと変わっている。懐かしさと、そして愛おしさが、エリックの胸に込み上げてきた。

 

 

椿鬼の寝顔は、驚くほど安らかだった。先ほどまで溢れていた紅い光の痕跡は、もうどこにもない。ただ、幼子のように穏やかに眠っている。それは、疲労困憊で倒れたというよりも、まるで危険から身を守るために、自らの意思で眠りについたかのようにも見えた。

(あの光は、一体……? そして、なぜ、あの時だけ発現したんだ?)

エリックは、先ほどの戦闘を思い返す。暁鬼の圧倒的な力に押され、もう駄目かと思ったその時、椿鬼から溢れ出した紅い光が、自分に力を与えてくれた。あれがなければ、自分は勝てなかっただろう。

(椿鬼……君は、一体どんな秘密を抱えているんだ?)

その謎は、エリックの心をざわつかせた。しかし、今はただ、彼女が無事であることだけを願った。

 

 

エリックは、そっと椿鬼の額にかかった美しい白髪を払い、無意識のうちに、その額に唇を寄せた。

優しい口付けが、椿鬼の額に触れる。その瞬間、彼女は薄く目を開けたのか、開けていないのか判然としないが、かすれた声で小さく呟いた。

「……エリック様……」

それは、まるで夢の中で、愛しい人の名を呼ぶかのような、甘く切ない声だった。

 

エリックは、その言葉に胸が締め付けられる思いがした。椿鬼が自分の名を呼んでくれたという事実、そして彼女が安らかに眠っていることに、深い安堵を覚える。

「ああ、椿鬼。君は、もう大丈夫だ。」

エリックは、そう囁くと、椿鬼の手をそっと握りしめた。彼女の手は、まるで氷のように冷たかった。しかし、エリックの温かさがじんわりと伝わっていくようだった。

(二度と君を危険な目に遭わせない。そのためなら、私は、何でも……)

エリックは、深く眠る椿鬼の顔を見つめながら、改めて心に誓った。パトリックの陰謀、そして鬼族の襲撃。この城には、まだまだ危険が潜んでいる。しかし、どんな困難が待ち受けていようとも、この愛しい人を守り抜く。その決意を、エリックは固く胸に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼族の精鋭部隊は、人間族の王城から辛くも撤退し、血まみれの体を引きずりながら、深い森の奥にある里へと戻っていった。里の者たちは、総大将である暁鬼が敗北を喫したという前代未聞の事態に、ただただ騒然としていた。

 

暁鬼は、負傷した体を里の治療者に手当てさせながらも、その心は決して安らかではなかった。敗北の屈辱と、人間族の若造に圧倒されたという事実に、彼の自尊心は深く傷つけられていた。しかし、彼の心を最も占めていたのは、戦闘中に椿鬼から発せられたあの紅い光の正体だった。

 

「この俺が、人間ごときに負けるとはな……。あれは、一体何なのだ……?」

椿鬼から放たれた赤い光の正体。暁鬼は、その答えを求めて、里の一番奥にある、岩でできた質素な小屋を訪れた。そこに住まうのは、里で最も長生きしているとされる老女、幽鬼(ユウキ)だった。彼女は、鬼族の始祖の直系の一族であり、里の歴史と伝承をすべて記憶していると言われている。

 

「幽鬼殿……あなたに、お聞きしたいことがある。」

暁鬼は、小屋の前に立ち、恭しく頭を下げた。幽鬼は、その声に気づくと、ゆっくりと扉を開けた。彼女の目は白く濁り、体は年老いており、背は小さく腰は曲がっているものの、その存在からは、並々ならぬ威厳が感じられた。

「暁鬼か。お前が、人間族に敗れて戻ってきたと聞いたぞ。一体、何が起こったのだ?」

幽鬼の声は、枯れた木の葉が擦れるようにか細いが、その言葉には深い知性が宿っていた。

 

暁鬼は、躊躇うことなく、王城での一部始終を話した。

「……そして、あの忌々しいカタヅノの娘から、紅い光が溢れ出したのです。その光を浴びた人間は、まるで鬼族のような力を得て、この私を打ち破った。あの光は……一体、何なのですか?」

 

幽鬼は、その言葉を聞くと、長いため息をついた。

「……遂に、その時が来てしまったか。」

幽鬼は、遠い目をして、鬼族に伝わる古の伝承を語り始めた。

 

「それは、里に500年に一度生まれるとされている、特別な鬼の娘の力だ。その娘は、鬼族の始祖から、神秘的な妖術を受け継いで生まれる。我々は、その娘を『鬼巫女(おにみこ)』と呼んで、畏れ、崇めてきた。」

 

暁鬼は、その言葉に血の気が引いた。鬼巫女の伝承は、里の者であれば誰もが知るものだ。しかし、それは伝説上の存在であり、本当に実在するとは思っていなかった。

 

 

「鬼巫女……あの忌み子が、鬼巫女だというのか?」

「そうだ。鬼巫女は、自らが力を与えたいと願うものに、一時的にどんな鬼をも凌駕するほどの強大な力を与えることができる。また、願いを捧げることで、摩訶不思議な妖術を使うこともできる。その力は、里を豊かにするとも、あるいは滅ぼすとも言われている。豊穣を願う妖術を使えば、里は繁栄する。だが、力を暴走させれば、里全体が滅びる可能性もあるのだ。」

幽鬼は、静かに語り続けた。

 

「しかし……鬼巫女は、その力を制御することが非常に難しい。あの娘が気を失ったのは、おそらく力を無意識に暴走させ、体力を消耗したためだろう。病弱なのも相まってだな。力を制御するには、長年の修練が必要となる。」

 

幽鬼の言葉を聞き、暁鬼は戦慄した。もし、椿鬼の力を里で制御できれば、鬼族は人間族を圧倒する強大な力を手に入れることができる。それは、鬼族の未来を変えるほどの力だ。しかし、同時に、制御を誤れば、里は滅びてしまう。

 

「あいつは……ただのカタヅノの忌み子などではなかったのだ……!」

暁鬼は、悔しさと、そして後悔の念に駆られた。もし、里にいるうちに鬼巫女の力に気づいていれば、彼女を追放することなどしなかった。カタヅノとはいえ、まだ鬼巫女という価値があったではないか。

「幽鬼殿、このことを、里の者たちには?」

「今、このことを里に広めてはならぬ。突然告げられたとしても、誰も聞く耳は持つまい。力の制御もできぬ娘の存在は、混乱しか招かぬだろう。まずは、里を安定させねばならぬ。」

幽鬼は、慎重な姿勢を示した。

 

しかし、暁鬼の心は、すでに一つの決意で満たされていた。

「分かった。だが、あいつは、絶対に里に戻らせる。そして、人間族に渡すわけにはいかんし。あいつは……里に繁栄をもたらす鬼巫女なのだからな。」

暁鬼は、もはや椿鬼への憎悪ではなく、鬼巫女の力を利用しようとする冷酷な野心に駆られていた。

 

「あの娘は『カタヅノ』ゆえに、里では日の当たらない場所に閉じ込めることとなるだろう。そこで、この里のために『鬼巫女』として働いてもらわねばならない。それが、あの娘の、そして鬼族全体の運命なのだ。」

暁鬼の瞳には、再び、支配欲と野心が燃え上がっていた。

 

椿鬼の存在は、鬼族の里で「カタヅノ」という忌み子から「鬼巫女」という希望、あるいは危険な存在へと、その意味合いを大きく変えようとしていた。しかし、その力は、椿鬼自身の意思とは関係なく、彼女を巡る争いをさらに激化する火種となった。

 

「鬼族の栄華と繁栄のために、椿鬼を再びここに呼び戻す!」

 

今、1人の鬼の姫をめぐる戦いが始まろうとしていた……。

 

 




これで一章は完結になります。読んでくださり、ありがとうございました。

二章も書くかどうかはわかりませんが、楽しみにしてくださると嬉しいです。

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