カタヅノの鬼姫   作:ありす(旧名:紅茶・ルミエール)

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共に生きる覚悟

その日の夜、アトライエ王城の最奥、王族しか足を踏み入れることを許されない、厳かな謁見の間にて、家族会議という名の尋問が始まった。

 

 

 

円卓を囲むように、国王アルフォンス、王妃イザベラ、第一王子パトリック、そしてエリックと、その隣には椿鬼が座っていた。部屋の空気は張り詰め、重苦しい沈黙が支配している。

国王アルフォンスの視線は、鋭くエリックと椿鬼に向けられていた。彼の表情は、普段の威厳に加え、深い憤りを湛えている。

「エリック。兄から、貴様が鬼族の娘を王城に匿っていると聞いたが……本当か?」

国王の重々しい声が、静寂を破った。

エリックは、椿鬼の手をそっと握り、国王の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「はい、父上。間違いありません。彼女は、私が森で保護した娘です。」

「保護、だと? ふざけたことを言うな! 鬼族は、長きにわたりこのアトライエ王国と敵対してきた! その姫を、何の断りもなく王城に引き入れるなど、正気の沙汰ではない!」

国王の怒声が、謁見の間に響き渡った。隣に座る第一王子は、満足げに口元を歪めている。

 

「エリック、あれほど目立つ行動は取るなと言ったのに……」

王妃イザベラは、心配そうにエリックを見つめた。

 

 

「父上、どうかお待ちください。彼女は、鬼族の里で迫害を受け、居場所を失った者です。力も持たぬ病弱な身で、このまま森に放置すれば、命はなかったでしょう。私は、苦しむ者を見捨てることなどできませんでした。」

エリックは、椿鬼の肩を抱き寄せながら、毅然とした態度で反論した。

「だからと言って、敵国の姫を王城に匿う理由にはならぬ! 貴様のその甘い考えが、いずれこの国を破滅させるぞ!」

国王アルフォンスは、机を叩き、怒りを露わにした。彼の頭には、長年の鬼族との戦いの歴史が深く刻まれているのだ。

 

「甘いなどと……! 私は、真の和平を目指しているのです! 永遠に対立し、血を流し続けることが、果たしてこの国の未来にとって最善だというのでしょうか!?」

エリックの声は、謁見の間に響き渡り、国王との間に激しい亀裂を生み出した。和平を唱える第二王子と、支配と伝統を重んじる国王、そしてそれを焚きつける第一王子。この夜、王族たちの間の溝は、かつてないほど深まろうとしていた。

 

椿鬼は、エリックの隣で、ただ息を潜めていた。自分一人の存在が、これほど大きな争いを巻き起こしていることに、胸が締め付けられるようだった。

 

しかし、このままエリックに全ての責任を負わせるわけにはいかない。彼は、自分を救い、守ろうとしてくれている。ならば、自分も、この場で何かをしなければならない。

 

椿鬼は、震える体を奮い立たせ、ゆっくりと頭を上げた。そして、謁見の間を取り囲む王族たちの視線を真正面から受け止めるように、か細いながらも確かな声で口を開いた。

「……もし、私が……このアトライエ王国にとって、少しでも怪しい、あるいは害になるとお感じになるのであれば……その時は、どうぞ、この命をお取りください。」

 

 

椿鬼の言葉に、謁見の間を支配していた張り詰めた空気が一瞬で凍りついた。国王アルフォンスも、第一王子パトリックも、驚きに目を見開いている。エリックは、ハッとしたように椿鬼を見た。

「椿鬼! 何を……!」

「エリック様……」

椿鬼は、エリックの制止を振り切り、アルフォンス国王の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「私は、鬼族の里から追放され、行くあてもなく、森で力尽きようとしていました。その私を救ってくださったのが、エリック様です。貴方様方が、鬼族を憎むお気持ちは、よく理解できます。しかし、私は、貴方様に命を救われた身。もう、里に戻る気も、里のために戦う気も、一切ございません。」

 

 

彼女の言葉は、嘘偽りのない、心からのものだった。その瞳には、かつての怯えではなく、生きる場所を守ろうとする、小さな炎が宿っていた。

「もし、この身が、貴方様方の疑念を完全に晴らすことができないのであれば……私が、この王城にいることで、不安や軋轢を生むのであれば……」

椿鬼は、そこで一度言葉を区切ると、深く頭を下げた。

「その時は、どうか、私の命を以て、この状況を収めてください。そして、それまでの間、もし私がこの王国に留まることを許されるのであれば……私にできる限りのことで、このアトライエ王国に、力を貸したいと願っております。」

椿鬼の言葉は、あまりにも衝撃的だった。自分を殺しても構わないと言い切る覚悟、そして、敵対種族の王国に力を貸すとまで言い切る健気さ。それは、彼らが鬼族に対して抱く冷酷なイメージとはかけ離れたものだった。

 

 

 

国王アルフォンスは、椿鬼の言葉に、完全に度肝を抜かれたようだった。これほどの覚悟を目の当たりにしては、激しい怒りも一時的に行き場を失う。彼は、深く息を吐き、静かに言った。

「……そこまで言うか。貴様のような『カタヅノ』が、我が王国に何をできるというのだ?」

その声には、まだ疑念は残るものの、先ほどの怒りの色はずいぶん薄れていた。

「まだ、何ができるかは分かりません。ですが、知恵を貸すことも、あるいは、鬼族の情報を伝えることも、できるかもしれません。私は、もう二度と、あの里には戻りたくありません。ですから、ここにいさせてください……そのために、できることは何でも致します。」

椿鬼は、ひざまずき、深く頭を下げた。

 

国王アルフォンスは、重々しい沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「……よいだろう。」

その言葉に、エリックの顔に安堵の表情が浮かんだ。

「貴様の言葉、信じよう。だが、これは貴様への情けではない。エリック。貴様が、この娘の監視役となれ。貴様の隣の部屋で生活させることを許可する。だが、これはいわば人質だと思え。もし、貴様が、あるいはこの鬼族の娘が、我がアトライエ王国に仇なすような真似をすれば……その時は、容赦なく二人まとめて処断する。」

アルフォンス国王の言葉は厳しかったが、これは彼なりの最大限の譲歩だった。椿鬼の覚悟と、エリックの強い意志に、王として、ある種の判断を下したのだ。

 

 

「ありがとうございます、父上!」

エリックは、心からの感謝を口にした。

椿鬼もまた、深い安堵と共に、国王に感謝の意を伝えた。

「国王陛下……誠に、ありがとうございます……!」

 

しかし、その決定を一番不快に感じていたのは、第一王子パトリックだった。彼は、椿鬼の存在を王城に許すという国王の決定に、納得がいかないようだった。

「父上! なんという甘いご決断を! 鬼族など、たとえ『カタヅノ』であろうとも、いつ牙を剥くか分かりませぬ! エリックの甘言に惑わされてはなりません!」

パトリックは、立ち上がって強く反論した。

国王アルフォンスは、パトリックを鋭い視線で睨みつけた。

「パトリック。私の決定だ。これ以上の反論は許さぬ。下がれ。」

国王の絶対的な命令に、パトリックは唇を噛み締めた。

「……ちっ。」

彼は舌打ちをすると、椿鬼に憎悪のこもった視線を向けた。

「覚えておけ、忌み子め。いつか必ず、お前の本性を暴き、この王城から叩き出してやる。そして、その愚かなエリックの理想も、私の手で叩き潰してやるからな。」

パトリックは、捨て台詞を吐き捨てると、音を立てて椅子を蹴り、謁見の間を後にした。彼の背中には、まだ諦めきれない敵意と、冷酷な野心が色濃く滲んでいた。

 

嵐のような夜は明けた。椿鬼は、王城に留まることを許された。それはエリックの庇護のもと、人質として生きることを意味していた。しかし、エリックと共にいられるという事実が、椿鬼にとっては何よりも大きな希望だった

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