どろりと緩やかに流れる溶けた岩の流れ、きっと溶岩洞の類だろう。それはいい、それは理解できる。だが理解できない存在も目に映った。
分厚く黒い岩で体を覆い、運動性に優れたヒレのような足を持ち、大きな甲羅を背負った―
「あれが…?」
「ロヴァトーカ、別名岩潜亀竜。この階層の下―《第四帯》の生物である炉口竜に近い種で、この《第三帯》内では無類の強さを誇る。というのも、元々この巣は《第四帯》の変化に伴って《第三帯》と繋がったから形成されたもので、本来この帯には存在しない種なんだ」
感覚としては泥のようなものだろうか、
「こいつらは基本的には同じく溶岩の中で生きる生物を捕食するが、岩や鉱物を摂食する事も少なくない。そして食べた鉱物は体に蓄積され、骨などの体の一部に補強材として使われる。装甲として甲羅にも使われるが、その時は鉱物が体温によって溶けて混じり、特殊な合金になる」
だからなのか、そう納得できるようなものだったと同時に、ちゃんとした細かい理由を言われたのは初めてだと思うのは俺の気のせいだろうか。
「その特性上、長生きしている個体の方が俺達にとっては都合がいい。見分けるにはどうすればいいと思う?」
「見分け方か…」
知らない以上、いくら考えても完璧な答えは出ないと分かっているので、あくまでも答えるのは仮説だな。なら、気楽にいこう。
「そうですね…甲羅が硬いとか、だから動きが鈍い…とかですかね?」
「…ふむ」
フルトーさんの声の感じからして、仮面越しでもどうやら意外そうな表情になったのは判別できた。反応からして、だいたい及第点だろうか。
「近からず遠からずだな。まず第一の甲羅が硬いというものだが、これは寧ろ若い個体の方が顕著だ」そう一区切りつけると『あれを見ろ』と言わんばかり頭を左に振って、顎で指した。
彼の指した方向に特別なものがあるわけでもなく、ただ
「理由としては若い個体は活発に動くから溶岩に潜る回数が多いからだ。溶岩に潜り、溶岩を浴びるほど甲羅の上で固まり、多層構造を形成する。だからこそ若い個体の方が外側の甲羅が分厚く、硬いわけだ」
溶岩ってそう簡単に冷えるんだっけと浅知恵を思い出しながらも、そういう事が実現されているとはやはりこの世界は異世界なのだなと考えると、ほんと、ファンタジーって感じがする。
「そして第二の仮説、甲羅のせいで動きが鈍いというのは正解だ。年を取ると筋肉が衰え、金属を多く含まれた甲羅や骨の重さに耐えられなくなる。その後は徐々に動く事すら出来なくなり、挙句は餓死だ」
「餌が確保できないから?」
「租借すらままならないそうだ。というか、そこまで老いると老衰で死ぬ方が多いがな」珍しく彼にしては雑学的というよりは茶化すような口調で話した。
「以上の特徴を踏まえた上で、狩るべきなのはどういう
今度は顎で指すのではなく、しっかりと彼の鎧の越しでも判る細い指で指した。
溶岩洞の奥の奥、滝のように流れすら避け、別名の岩潜りとは違い、いつかの動物園で見たただの亀のように陸地で何をするわけでもなく、ただ生きているだけだった。
「『げろ吐きっぱなしのジジイ』ってところですかね」
「あぁ、そうだな」
目視すると彼はそれ以上は進まずに足を止め、ただ俺の目を見て「行けるか?」と呟くように訊いた。
「行けるって…」
「何故槍を持たされたのか、何の理由もなしに、本当に杖が必要だと思われたとでも考えていたのか?」
自分の手に何が握られているのか、確かめる…
「お前が締めろ、これはお前の
そう言い、彼は俺の肩をポンと叩くと、それより先は何もせずに俺の少し後ろに退いた。
時間の蓄積により圧し潰された一人と一匹。それらだけが対面する。けれど何も起こらない。動けない、動き方を忘れ、自身はただの固まった溶岩のように―金属像にでもなったかのように、震えさえ起きない。
前にも後ろにも、いくらでも足掻こうとする。だが踏む地は足を置く度に塵となり消え去る。一歩も動けない、一息だって…
「ちゅう…?」
動きを止めた肺を触るように、耳から入った小さな声は小さな心臓を動かした。
「一人と、二匹だったな―」
緊張か不安か、文字通り息もつけずに窒息して意識が飛びかけていたが、ちゅーたに囁かれ、緊張が少しほぐれた。
まだ、動ける。
一歩、一歩、動けずに、だが一歩。
相手は動けない、俺は動かなかった。
この違いは、きっと大きなものなのだろう。
前に立つ。
汗で視界が不完全になる、だが、もう、ここまで来れば間違えない。
杖をねじり仕掛けを動かし、ペン先のように槍の刃先を現す。
吐く溶岩を避け、口にねじ込み、奥に突き刺す。
膜が裂け、肉が切れ、骨に―
「…動かない…!」
何かに、体の中の見えない何かに拒まれ、それより先に刃が進まない。
必死さが増すにつれ、あいても決死の思いで弾き返してくる。
負ける、弾かれる、だが、まだ、ある。
「そこまで行けば上出来だ。力不足だな、力の入れ方を変えろ。早く終わらせろよ、こいつも苦しいんだからな」
フルトーさんに押され、槍は再び進み、遂には心臓を、突き裂いた。
手は震える。命の最後の脈動が伝わったように、命の赤い糸の波が俺の糸にも響いたように、決して不快な震えではなかった。けれど同時に危うい気もした。この音に任せてしまったら、何かに呑まれるような気がして―
「よくやった。その勇気は称賛に値する」
だがその震えはまたフルトーさんに肩をポンと叩かれた事で打ち消された。
誰よりもその命の波を感じた人間の静止は、俺を引き留める銛になった気がする。
今日、俺は初めて自分の意志で、自分の手で命を奪った。
多分、今日は、曇り空だろう。
けれど、明日にはきっと晴れる。
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