朽ちた鎧や転がり、剣が突き刺さり、遺骨も僅かに炭化し風に吹かれてどこかに消えた。周囲は、ほとんどの元死体の
けれどよく状況を見れば、薪代わりに燃やされているのは裏腹に愚鈍に再生を繰り返す原初の―原本となった三体の三体の
フルトーさんは原本の奴等をまとめて自分の炎を移し、焚火を焚いた後はあまり動かずに片足を立たせたまま胡坐をかいた。
「座っていいの? 獲物でしょ」
問題ないとばかりに、むしろそこ意外を制限するように、応える彼の目は自分の目が届き、炎に照らされる甲羅の上の一点を見つめていた。
「横、失礼するね」
「…」
俺はもう、彼女を見れなかった。目を向ける場所を失った視覚の代わりに、次第にさっき奴に抉られた首の傷の痛みが増す。ある意味ではそれは幸いだった。…だって、逃げられる理由はあった方がいいから。臆病者より病人の方が申し訳なさが軽いから、罪悪感を手放せる理由にもなるから。
だから俺は隣に座った彼女を気にしなかった。無関係アピールで、どうにか忘れたい事があった。もう一度彼女を見てしまえば、きっとその忘れたい事を思い出す。曖昧なその感情をきちんと形容できてしまう―『何がどうして逃げたいのか』を説明できてしまうから、曖昧な申し訳なさを多少握ってこの時間を過ごそうとした。
彼女もそれを配慮してくれたのか、一度座る位置を確認したついで以上にこちらを向く事はなく、俺の座る亀の尾っぽのある左側に入らないようにして羽織っていたマントを脱ぎ、ただフルトーさんと面と向かった。
「これで今日では二度目だけど…そう言えば名乗ってなかったね、非礼を詫びるよ」
「…ァ……まぁ、いいさ。抑々お前は名乗っちゃ支障が出るだろうしよ」
炎が消え、やっと聞こえた彼の返し的にさっきは多分『あんたは何者だ』と言ったような唸り声だったんじゃないかと思う。…なんで彼女はそれが判ったんだろう。
「…」
「けど彼には知らせた方が良いね…」
彼女が顔色を窺った時の俺は、彼女の服を燃やしてしまった事への後ろめたさにしょぼんとしていただけだったのだが、どうやら不信感を持って疑っているように見えたらしい。
「わたしはリールス。言ったかもしれないけど、わたしは"雇われ"だから無暗に敵対するマネはしないよ」
「…分かりました」彼女に目を合わせながらそうも言われれば、無言でいる訳もなくなる。
強引でも彼女を―リールスに目を合わされてしまって、そしてようやく判った。
俺が持っているのは不信感じゃない、きっとそんな俺自身の中で完結するようなものじゃない…
「雇われ、ね。じゃあヨアレスとアェイラ―アイツらが雇い主か…もしそうだとしてこうして単独行動して良いのか?」
「彼は確かに雇い主だけど、貴方に蹴り飛されちゃってから五分は気絶してさ。やっと起きたと思ったら周りに当たり散らかして『役立たずが』とか一通り罵って、あとはもう一人で行っちゃったんだ」
他人事ではないのにどこか彼女の言葉は無責任というか、とても魔法でフルトーさんを…人殺しの役を背負わされたとは思えない調子だった。
「…つまりは依頼失敗じゃねぇか?」
「そうだね」
フルトーさんはそれに違和感を持たなかったのか、苦笑交じりに失敗を指摘するだけだった。
「ハハッ、
「評価が地に落ちても剝奪はされないのが組合所属のイイトコだよ、今のがダメでも次は大丈夫かもしれない。『良いご縁』ってやつだね。魔法が使えるってだけでこうしてコソコソしていく分には餓死する事はないからね」評価が下がってもどこ吹く風という風にリールスはそこら辺に落ちていた錆びた剣を拾い、火掻き棒のように燃え続ける
言葉は前向きで、顔は無表情で、けれども口調はどこか悲しげで…無関心な風のくせに、どこかでなにか悲哀を感じて仕方ない。
「魔法か…珍しいもんだな、強制排出魔法を戦闘職で使う奴なんて」
「そうかな? わたしは逆になんでみんな使わないのか理解できないな、折角人は全ての血を吐き出したら死ぬのに。相手の匂いが判るくらい近づいて触れた殺せるのに―ちょっと抱きしめられたら殺せるのに、なんでしないだろうな」
「そりゃ、当然。自分に血反吐掛かるのは嫌だろ?」
「そうだよねー」
共感を示すように彼女は自身のマントに視線を移した。
見れば中々不思議なマントだ。形状や大きさという意味ではなく、単純に材質や模様などのただの布以上であると感じさせる部分で、だ。
シルクのよう滑らかでありながら繊維的ではなく、なにか動物の毛皮のような質感。若草色と言うのだろうか、淡い緑色の下地とそう大差なく構成している色の全てが緑色だろう。それでも繊細且つ鮮明に植物を描写しきり、宗教的な何かの物語を語っているかのようだった。
そうだとしたら、きっとその物語は眠り姫のような少し悲しさも混じった少女の物語なのだろう。
―そう俺を誘い、話しかけるような特別な品のように思えた。
「…」
俺、これに火をつけたんだよな…
「若草紋染めか? 珍しいな」
「あ、気付いた?― 西方のエルフに伝わるロアシュ人伝統の染め物、嗅ぐと安心感を与える匂いで、酷使した体を休める効果もある。…そして何より、魔法とかの物理的な攻撃以外に対して高い耐性を持つんだ…」誇らしげに語るような口を一度止め、呼気が俺の方に向くのが判った。「特に火に対して、ね」
「着てみる? 落ち着くよ…」
「構わないで!」
この感覚に名前はあるのだろうか…あったとして、この感情にも名前はあるのだろうか…?
名前を付けられるほどの人間には、こんな感覚に身を震わせる経験はあったのだろうか…決してない、そう断言できる。
炎越しに座ったのは存在感を忘れさせる為だったのか、そんな配慮も露知らず俺はフルトーさんを顔色を窺ってしまう。勿論、彼の顔は仮面に隠されて見える事はない…しかし、それは俯いていた。
「…ごめんなさい」
…また、罪悪感が残る。
どうせ名前はつかない、つけたところでどうにもならない…だから、少し冷静に整理してみようと思った。
情けなさと…
恥ずかしさと…
厄介さが…
やるせなさと…
醜さに…
恐ろしくて…
……あとは…?
もっとないのか、これだけ…?
これしかないのか? こんな陳腐で幼い六つの感情だけがこの不満の全てなのか?
そんな訳はない、そんな訳は認めない…
だって、そうでもしないとこれはただの…
「ワガママですから…僕の」
これ以上言葉を発したくもない。
発する事に意味を与えられない、これ以上は言葉を制御できない。
「…傷は痛むか?」
突如して削げるものは削ぎ落とし、減らせるものは減らし切り、必要最低限の矢のように鋭く早いフルトーさんの言葉が俺の生温かい曖昧な感傷を気取った我が儘をこじ開け、傷口を広げる。
「はい…」
だが、それに意味があると信じて。それでやっと傷薬を奥まで塗れるようになると信じて、自分から抑え込み痛みを紛らわしたそれから、手を離す。
「ロゥ、それはいつのだ」
「さっきのです…さっきの…」
上手く表せず…いや、思ったそのままを表してしまったら、自分で自分の傷を抉ってしまう気がして、言葉足らずの救助要請が出る。
「俺が
「そうですけど…そうじゃなくて…!」
「それでいいんだよ、それより多くの原因は要らない」
感傷を維持したい、だがこのままうだうだして足を引っ張りたくない…そういう矛盾する動機がぶつかり続け、彼にこうして断言されなければ、もう、俺は満足に次に言うべき言葉を手に持つ為に心の幾重にも重なった重箱を隅を錐で抉るように探す事も出来なかった…そんな無理矢理な事すら出来なかったのだ。
「―なぁロゥ、傷は痛むか?」
「…」
「その痛みは抑えられるか?」
「…はい…あっ……」
彼は削げるものを削ぎ、減らせるものを減らし切り、そうしてただの意思一つを矢尻に込めて撃ち出したんだ。
「…はい、大丈夫です」
余計な物や言い訳は必要ない。
ただ、こっちは傷の痛みを言うだけでいい。不安も、危機感も、大丈夫、消してくれる。
「じゃあその痛みは置いていけ、拾おうとするな。今応急処置をする、そうすればいつか治る。その具合ならそれで充分だ―それ以外をする必要はなくなる」
淡々とした口調でただ機械的に、俺の傷を処理するつもりらしい。
けれど、それに一切の冷たさは感じなかった。
「解ったか」
そして、それには有無を言わせる余裕なんて存在していなかった…もっとも、俺の手札にも有無以上を言える選択肢はなかった。
…
…
…
…
…
…
…
…
………それでよかったのかもしれない。
首の抉られた傷跡は癒えない―決して、言える訳はなかった。
だって、言ってしまったら気遣われてしまう。
なんていうか、自分の悩みの根底にあったのがこう…『自分を問題の原因にしてほしくない』感じ?
それが結果として良い方向に転んでも、悪い方向に落ちても、どうなるとしてもその問題の分岐点が自分であってほしくない…問題になったら、その責任を上手く全うできる気がしない……!
馬鹿みたいだな、他人事じゃなくて自分の傷の話なのに。それでも俺は、こんなにも中腰で引けてる…逃げたいんだよ、たとえそれが自分の不利益でも…!
…悪いかよ。
俯いた視界から見えた人影は俺がいつかに手放した松明を拾い、焚火に先端を寄せ、夏休みの達人が手持ち花火を扱うような見事な手際で火をつけた。
そして用済みになった炎を
「今度は、もう後ろに一人だ」
その人影は松明を右手に持ち替え、その明かりによって照らさ、人影が増える。
「さぁ、行くぞ」
いじけ続けるのも、また問題の原因になるんだろう。だから、今はもやもやは無視して、素直に。
膝に置いていた左手を彼女に任せ、首の傷を押さえていた右手を彼に預ける。
「…はい」
感想、評価、よろしくお願いします。