形は変わった。
前にフルトーさん、後ろは俺とリールスの三人で。三輪車じゃないけど、そんな様子でいくらか安定感があって、どれほどか不安は消えた。確かに遅くはなったけど、生憎最初の前輪はガタガタだったんだ。きっとそう差もない―そして何より、安心感がかなり違う。
「ねぇ…これ以上先、わたしも一緒でいいのかな?」
「君達の私的な場所じゃないの?」
「あっ…」
力が抜けて、掴んでいた
―完全に考慮していなかった。そうか、一応あそこは隠れ家なのか…なら易々と他人に教えるような真似はしない方が…
「まぁ、良いだろ」目配せをするまでもなく、大した躊躇いもなくそう返した。
「じゃあ…君が言うのなら、ね」
お言葉に甘えますとばかりに彼女も大して迷う素振りもなく、姿勢を整えてまた進む準備をした。
正直、疲れすぎて俺自身そういう事にまで意識を向けられなかったのが少し悔しい。一朝一夕の関係ではあるが、それでも俺の方が彼とは過ごした時間が長いのに、そういう方面での気遣いが出来なかった。それがなんていうか、無気力に生きてんだろうなって、少し呆れもする。
…というか、本当の目的すら忘れてる気がする。
「ちょっと訊いてもいいかな?」
「大方身分や経歴に関する事以外なら。まぁ、内容によるな」
「個人的なトコに踏み込むつもりはないよ…いや、ちょっと踏み込むかな」
どっちだよ、指摘したくなると同時に、やっぱり内容は気になるから水は差すような真似はなしない。
「この
「…そうか、それになら答えられる」
彼は右手に持っていた銛を左手に持ち替えると、振り向いて後ろ歩きになると、運んでいるそれの甲羅を―正確には甲羅を覆う溶岩の層をコンコンと叩いた。
「
の骨と可食部が1:4か1:5だとすると、コイツは2:5 ―抑々、可食部が少ない。理由は
「―だから骨の比率が大きいと?」
「そう、或る意味では年輪や
…って事はつまり、わざわざ可食部の少ない個体を選んだって事?
「ただ狩って食すのが目的じゃない。条件は二つ、『お前が直接狩れる程危険ではない事』と『甲羅に充分な厚さがある事』。それを満たすとなると、やはり老衰した個体を選ぶしかなくなる」
周囲を見渡すと、なるほど、ようやく戻ってきたかという感じ。
往路の時の戦いの痕―焦げて灰になりかけのゴブリンの死体とか見ると余計に、見慣れた道だなと思える。自然と息を止める事に注力してしまうくらいには思い出深い…おかしいな、今日の出来事の筈なのに。
「痛っ…」行く時には気付けなかった部分もあったらしい。こんな位置に出っ張りがあるなんて…つむじを擦って初めて知った。
「素人質問で恐縮だけどちょっと訊くね。鍋として使うのなら軽い方が適性があると思うんだけど、どうして若いヤツにしなかったの?」初見の彼女でもそういうのも判ったらしく、少しかがんで姿勢を低くしていた。だからその声は一段と近くに感じた。
「ご存じ通り…
「押されれば?」 ぼかした彼の意図を解きたくて、追及される。
解ってるよ? この後にどんな言葉が続くとか。想像に難くないっていうか、想像するまでもなく文脈に分岐の幅もない。こんな無駄な脈は俺の人脈くらいのもんだよ、皆無に等しい。でも、この時俺は耳をふさぐような真似をしなかった。覚悟が決まっていたというか、頭を擦った反省から姿勢がきついし、単純に耳は二つで、使える手は一つだから土台無理だっただけだ。
「
振り向いてもいない筈の彼から、何故だか指で指されたような気さえした。
「そっか…ご…」
「ちょっと良いか?」
想定できたとはいえ、突然自分に矢が飛んでくるとちょっとたじろぐし、これ以上言及されていたらこの申し訳のない不甲斐なさで固めたような薄暗い表情を見られるところだったと思うと、ぞっとする。
「んー…」
「おい、ロゥ」
気持ちに整理をつけるのが下手なので、一々自然とうつむいてしまい、対応が遅くなる。
「あっ…はいっ!」
こんなんじゃ『はい、集中していませんでした』と白状するようなものだ、けど、事実取り繕えなかったし。
「一度止まる。降ろせ、リールスと同時にな」
「分かりました」
灯油を入れたジェリカンを二人で運ぶように ― 降ろす今考えると分担したとはいえ肩への負担が大きいだろう姿勢と同じようにゆっくりと下に、落とさないようにしっかりと下に着地させた。
「リールスに相談、ロゥに問題だ。
そうだな…火山での条件なら何千年とか何万年ないと冷えないだろうし…いや、条件が違いすぎるな。でも、たとえこれが噴火後と同じようなものだとしても、一日も経たないうちに完全に固まるなんてありえないだろうし…
「まだ…熱いままなんじゃないですか?…って!」
このまま ― 体内の溶岩が熱いまま捌こうとすると…
「竜の血は薬の材料にできるにしても、そのまま解体すると溶岩で焼かれる。そこでリールスに訊くが、俺に使った排出魔法はコイツにも使えるか?」
彼女は少し、悩んだような素振りをしたものの、軽く指を動かし、確証を得られたのか短く頷いた。
「よし、こっち来い」
なにか計画が立てられたのか、彼はさっきまで三人で運んでいたそれを一人で ― それも片手で持ち上げて、再び足を進めた。
見覚えのある地点から見覚えのある道を進むと必然的に、またある程度雰囲気を知っている場所に着くのはなんの不条理も理不尽もない常識的の範疇だ。
そんな既視感を感じながらも彼の足跡に被せるように歩いていくと、気がつけばそこは昨日
「ここにも水場があった。だが、
「煮殺すって事?」
「茹で殺す」
俺なら抵抗がある…直接、自分の手で頭を刺し殺すとかよりはまだ気が楽なんだけど…それでも中々方法としては残酷なものだと思う。
「良いんですか?…なんていうか、源まで蒸発しちゃいません?」
「そこは割り切るしかないな。
「治療法は?」
「一般的なポーションや復活魔法の類で解消できる。だが、環境が環境だ。
そりゃ…困るな。動けないとなると余計に足手まといでしかなくなる。
「…」
「まぁ、そんなに不安なら最悪わたしが介護してあげるよ?」
「…気持ちだけは受け取っておきます」
さっき思った『自分を問題の原因にしたくない』って感情より先に、その代償を考えると戦慄ものだった。
― 有償の雇用関係だとしても、無償の善意だとしても、到底俺には清算できるものではないのは確かだ。
リールスは指揮にも見える慰みのように指を動かすと、左手を
「知ってるかな、ロゥ君? 魔法って使おうと思うだけで発動するものじゃないんだよ。魔力っていう体に流れる ―
「…はぁ」
警戒して一歩引こうとした俺の手を彼女は掴み、集中した方の自分の腕を触らせる。
「ダメだよ。魔法は見るだけだと奇跡と大差ないから ―理解して初めて、人間の開いた異能の道だって解るから」
「…!」それは解っているけど、目の向けどころに困る。
「しっかり、自分の触れてるところを確認してね。学会出版の教本では『
触れた彼女の腕には、確かに力が流れているのが判る。
脈の鼓動がテンポを速め、血管の血が素早く走り、産毛が立ち、自分の中で何かが引き込まれるようだった。
「はぁっ…!」
一瞬だが深く息を吸い込んみ、『ワクワクしない!?』と問うように目配せしながら唇をかみしめて口角が上がるのを防ごうとしていた。けれど、それでも彼女の笑みは止まらなかった。
「《
その言葉が最後まで聞こえるより先に彼女の腕に見えない稲妻が流れたように、それを伝って神経を誘うような爆発感が発生した。
「リー…」
咄嗟に尋ねるように爆発感や見えないパルスの源を辿るように彼女へと視線を移す。
「向くのは…こっち!」
しかし『見どころを逃すな』と興奮した幼子が語り掛けたように右手で俺の顎を持ち、光景を共有するように強制する。
手持ち花火を逆再生させたように急に彼女の左手の周囲に現れた火花は次第に手の下に収束し、見覚えのあるプラズマを鋳造する。
無暗に集まったそれは刺激されながらも一直線に
フランケンシュタイン博士の視界もこんなのだったのかな、そう思わせる程度には浮世離れした光景過ぎて…自分でトドメを刺した筈のこいつの口から生前のように溶岩が吐き出され続けているこの状況はきっと頭の中で自動的に記憶で補完されて、リプレイのようなものだろうと思ってしまうレベルだった。
―まさに、魔法。
科学も道徳も、この前には所詮…
生きているのだろう…フルトーさんもちゅーたもヨアレスもリールスも、みんな生きているんだろう。皆生きた人間なんだろう。けど、俺の知っている生き方じゃない―
ファンタジーの世界観に生きているのだと自覚させるには充分なものだった。
…俺は、どうすればいいんだろう?
神秘的とも思えるそれを前に俺は手足の震えを意識して、感動も恐怖も出来ない…ただ不安でしかなかった。
「…」
勢いよく吐き出された赤熱し、粘度を持って煌煌と光るそれは水場を途端に自分色に染め上げ、立ち上げた蒸気が視界をぼやけさせた。
「これで―」
「《
安心を求めるようフルトーさんの方に振り向こうとすると、切り替わる視界の隅を掠めるようにわずかな光を放つ何かが背後に飛んで行ったのが判った。
その飛来物に目が追いつくちょうどその瞬間に、それがなんであるかが判った。
「これが…
水場ならいざ知らず、洞窟然としているここでは浮いた濃い青色をした有色透明の山椒魚が短剣に刺されて死んでいた。
朝、彼が言ったように頭が壺のようにくぼみのある形状で、九割が水分というその情報通り息が絶えた後にはその体から水をなにか膜のようなもので止めっていたのだろう ―その透明さは失われ、真の姿が露になった。
「なんていうか…」
「意外にちっちゃいね」
手に持ってみると、手のひらサイズってのも変だけど本当に然程大きくない自分の手の中に完全に収まる大きさで…「これじゃあ、ちゅーたとそう大差ないな」
「ちゅー!」
肩に乗って寝ていただろうちゅーたは自分の話をされたと思ったら急に飛び起きて、俺の手のひらに移って何か主張するようにぴんと背筋を伸ばして二本足で誇らしげに立って見せた。…ネズミに背筋なんてあるのか?
「ちゅちゅーっ!」
「分かった分かったって!」
駄々をこねるように手の上で地団駄を踏まれるというのは中々妙な感覚で、変に重いし、体温も違う生き物 ―
活発に動くコイツを見るともう一方がさっきまで生きていて、今はもう死体になって…
軽すぎるな、そう思うと。
「…うん、そいつも喰うか」
「食べる気なかったんですか!?」
いつの間にかフルトーさんは吐き出させた
「あくまでも対策が主だったが…そのままにしてろ。ちゅーたにでも持たせとけ、短剣は抜くなよ。毒が垂れる」
じゃあこの場でその毒を抜いていこうよ…とは提案できなかった。
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