歯車の動く音がして、一段一段と降りる音がして、時折土芥を被っている岩を蹴って歩く音がして、扉を開ける音がして、また降りる音がして。
見覚えのある道になってようやくその音たちを拾えた。
「休憩なしの…走りっぱなしなの…なんでですか…?」
息切れで少し震える足を抑えながら彼に訊いた。
「…早歩きのつもりだったんんだが。そうか、次からはもう少し遅くするように心掛ける」
ありがたい事で、そう皮肉を言う元気すらなかった。
身長差からくる歩幅の違いか、あるいはネズミ一匹分思いからか…まぁ戯れ言だ。
実際問題は持久力の差だろう。持久力がないから疲れやすい、それだけの話だ。
スタミナがないのは自分でも認めてるから、フルトーさんにどうこう言うのもそれは違うし。多分『待って』と言ったら待ってくれたんだろうけど、気遣わせるのもあれだし。
単純に身体能力不足だな、こう感じんのは。
着いたのは昨日と同じく第十九層。常人があれこれ出来る限界地―第三帯と呼ばれる難易度の
次からはもう容赦はない前提、死を意識するのは当たり前 ―そんな場所になってしまうのだろうか…
「それで、どうするんですか? 無暗に探しても見つからないと思いますし…何か手がかりとか心当たりでも?」
「なくはない。確証はないが、目星はつけてるつもりだ」
「具体的には…?」
この時俺がなにか彼が卑劣な行いをするのではないかと危惧しなかったかと言えば、それは嘘になる。彼が細工されて被っていても声が鮮明な筈の仮面を、わざわざ声が少しこもるくらいまで深く被っているのがなにかしらの企みの兆しに思えて仕方なかったのだ。
「そうだな、まずは
「…」
「なんだよロゥ、そのなんと言いがたい表情は」
「いえ…結構目星つけてたんだなー…って」
はっきり言って『とりあえずそこら辺の奴から略奪する』と言わなかったのが意外でした、なんて口が裂けても言えない。
…相当パニってんな、俺。さっきの一行だけでも"言"って三回も使ったぞ。言って、言わなかった、言えない。言わ猿の群れでも居たのかよ。
その
彼の言う通りこんな洞窟の体をしている空間で車輪とは、中々に雰囲気的に浮くはずで、残された痕と言えどそれだけ見つけ易いと思った。しかし土芥や通過した魔物や魔獣によりそんな様子は文字通り跡形もなく、雑多な歩みは積もらせた粉雪のようなそれらにすら隠れてしまっていた。
「…大通りは全滅か」
「ですね…」
どれだけ注意深く見ても、ないものはなかった。そう文句の種類だけが増えていたかと思えば、すっかり荷車が通れそうな広い道はあらかた探してしまっていた。
「次、小さめの道も探しますか?」
「今探したよりも狭い道は話にならない。大抵荷車を牽く
「じゃあ、どうします?」
「一度
「分かりました」
この一帯最後の層だからってのもあるのか、相応に道なりは長かった。近道をしようとすると誰かによって縄梯子がかけられている程に高低差がある場所を通らなければならなかったり、大戦闘があったろう人か魔物か区別もつかない ―僅かに骨の形で判断できる程度の無残な死体が転がる場所だったり、ゴブリンの群れが拠点にしていただろう横道を通ったり―どこを歩いてきたかはもう杖の先を見れば判る事だ。
「もうだいぶ日数経ってるしな、見つけられなくても不思議じゃないか…」
俺が薄っすら思っていた頃には、彼も半ばこのプランは捨てていた。諦めがいいというか、切り替えが早いって言うんだろうな。
するとまぁ、第二プラン ―『機械修理人』を探せ、になるか。
とは言ってもさぁ、そんな簡単に機械修理人なんているのか、実に疑わしい。鍛冶屋はいても ―多分時計の感じからして、八十年前の物だからそこんとこ考慮するとして産業革命後くらいの技術だろうか? そしてそんな社会の中でわざわざ
もっと言えば見つけた修理人が時計の修理も出来るかは別だし…いっその事、清々しいくらい『俺は時計のプロフェッショナルだッ!』と主張した人物でもいなきゃ解決しないだろうな。それこそ全身から懐中時計をぶら下げてたり、巨大な時計を頭にかぶってるやつでも居たらいいんだけどなー…
…いるかよ、そんなやつ?
そんな事考えてるくらいだったら、もっと現実的に―現状を直視する為に目を開いて前を向いて、堂々と歩くべきなんじゃないのか?
―そう考えると、それなら今でもできるな。じゃあ、今すぐにでも。さぁさ楽伍知郎 ―じゃなくてラク・ロゥ、その猫背を直して、重力に任せて
「…ちょっと待て」
背筋を伸ばして正しい歩行フォームになろうとした俺は彼の右手によって静止させられた。
「誰か…いる?」
目を凝らしてみると、そこには確実に人がいた。
しかし俺はその光景が幻の類ではないかと疑うのに必死だった。
何故ならば、そいつはこの魔物・魔獣の跋扈する
端的に言えば下着一枚―ほぼ全裸と言っても過言ではない有り様だが、それだけではなく―なんと彼は頭が巨大な時計だったのだ。
「刻は来たッ!」
そう発せられたと同時にその短針は一周し、ボーンという重い音が響いた。
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