まずは自己紹介からだ。名もなき青年Aでも成り立ちこそするが、どうにも味気ない ―ましてそれがこれから長々と続くある種の英雄譚の登場人物にして主要人物である俺の名を知らずして、如何にして、どうするつもりでここに来たのか理由を説明してほしいところだ
俺は
だがそんなことはもう関係ない!俺はさっき死んだ。英雄ではないけど、それに相応しいくらい華々しくこの世を去った…具体的にどんな風にって?
……まぁ、御想像に任せるよ。
そもそもの話!これからの事を考えるのなら、前世の事なんてどうだって良い話だ。過ぎた事を掘り返しても良い事はない。偉い人が言っていたと思う。
さて、これからの可能性への展望を語ればキリがないな。田舎で大人しく、慎ましく充実した生活を送るのも良し、王族とか有力者の子供になって策士のように生きるのも素敵だ。悪役や魔王になって、敢えて逆境から逆転勝ちして世界を変えるのも夢のある話だが、やっぱり俺は王道に!
勇者になって伝説の武器に認められて、いい仲間に恵まれて、旅をして冒険して、偉業を成して…
他意はないぜ?あるのは世界を救おうという溢れんばかりの善意だけだ!
…出来れば仲間は女の子がいいかな…
転生確定ガチャ!良いの来い!神様の面談とか何もなかったけど、どうか反則級のスキルとか持ってますように!待ってろ俺のチートライフ!
【 】
どうなっているのだろう?可愛い姉妹や美しい母親の姿が見えないどころか、部屋全体が薄暗い―というか部屋というにはあまりに岩肌が剥き出し過ぎる。
「痛ッ!」意識がはっきりするにつれて、首元に感じる痛みも鮮明になって来る。
「目ぇ覚めたか、晩飯」
晩飯!?俺を晩飯と呼んだのか?こんな状況だが、俺は恐れ多くも有力者の息子で…
「あんた!」
「どうした?」
そうして一早く文句を言おうと勇んでいた俺の視界に写った情報はあまりにも想定とは違うものだった。俺はてっきり、陰謀で差し向けられた人攫いに誘拐されたと思っていたが、多分違う。そこに居たのは黒衣の暗殺者ではなく、鹿の頭蓋骨のような物を被り、大斧を持った半裸の大男だった。
「…いえ…つい錯乱してて」
「…そうか」
明らかにヤバい状況。勿論危機は想定していたが、あまりにも俺に何もなさすぎる。想定の多くは味方してくれる人がいたり、そもそも俺単体でどうにかできる方法を持っている事前提だった。
だが現実は洞窟の中で人食い族と一緒って…こりゃないだろ!
「…あのつかぬ事をお伺いするんですが…」
「何だ?」
「私って食べられるんですか?」
完全に口から放出された瞬間には既に"危険"や"地雷"といった二文字がピカンピカンを点滅しているような生物的本能の訴えが俺の脳みそに駆け巡ったので、この時俺は逃げられるわけもないと理解していながらもどこかに走り去ろうと一歩引いていた。
「…しょうがないしな」
俺の瞬間的な大仰とした葛藤を鼻で笑うように何とも曖昧な答えで、それでも俺の身の安全は確保されることはない、とはっきりとしてしまったように思えた。
「…お前、いいから働け。人手が足りないんだよ」
「…俺を食う準備を…?」
「…」
その沈黙はどうにも殺伐とした息を吐き出されながら何かしらの"暗黙"があるかのような雰囲気を漂わせていて、どうやらかなりマズイ事を訊いてしまったらしい。大男は砥石の前に座りながら腕を組んで考えだしてしまった。
「…さっき『しょうがない』と言ったのは、『お前が人間だからしょうがなく飯を分けてやらねばならない』を省略しての事だったんだが…お前が望むのなら今この場で首を切り落としてやっても良いぞ。生憎俺はそういうのをした経験があるんでなァ…」
「いえいえいえ結構です!殺さないで!」
下手な命乞いだとは思うが、必死さが伝わればそれでいい! 逆にそれ以外が伝わっても語弊しか生まないし!
その後しばらしくして、何か変な形の植物の葉を抜いている時に落ち着いたからか、ふと疑問が湧いて来た。
「俺の言葉通じるんですね。ちょっと驚きです」
「自分がそういうの分かってないってどうなんだ?少なくとも俺の知ってる
「ユニラング…?なんですかそれ?」
「それって…」
彼の反応は唖然としたというか、単に呆れたような反応だった。俺だって『自分の話してるのは何語だ』なんて訊かれたらそうなると思う。
「ユニラングは賢啓議会…まぁ大方の国で影響力を持つ奴等の定めた世界公用語だ。エルフ語のようでもあり、ドワーフのようでもあり、人間語のようでもあり、魔族語のようでもある妙な言語だ。一見複雑だが、実際は日常で慣れてしまえばなんとか使えるようになる。『新しく生まれた魔族が最初から理解していた』なんて例もある。…お前のは人間訛りが強いぞ」
「そうなんですか…」
こうして話を聞いている限り、俺の知っている日本語どころか、彼の言う『人間訛り』とやらも分からない。俺の考えている物よりも、よりちゃんとした世界公用語なんだろうか?
「大丈夫かお前?そんな裸も同然みたいな軽装で
「…噂もなにも、そもそも俺はこの世界に人間がいるって事に内心大喜びしてるんですから、そんな事情知りませんよ…」
「人間がいる事がそんなに嬉しいのか?」
「そりゃそうですよ!世界に一人っきりの一種類の生物なんて悲し過ぎるでしょ!寂し過ぎるでしょ!」
「分かったから黙れ。ここだと音が響くんだ」
俺が錯乱半分混乱半分で絶叫のように喜んでいた《人間》というものについて、彼は親切にも教えてくれた。
まず大きく分けて、この世界の人類の種類は二種類に分けられる。亜人か人間か、まずはその二つだ。亜人って呼び方の経緯からして、どうやら俺の考える人類―ホモサピエンスは近しい種類の少ない変化に乏しい人類であり、単に変化が少なくシンプルだからこそ先に人間と決められ、他の人類は亜人と名付けられるようになったそうだ。
亜人は魔族―俺の思うようなモンスターから枝分かれしていった種族の事を言い、適応力が高いからか近しい種がかなりいるらしい。妖精と長く触れて生まれたエルフだとか、竜ようになった
そしてその共通点はどの種族もある程度は人型に近い―正確に言うのなら『人の真似をしてくれている』のだそう。
「…こんな地下じゃ無意味な話だがな」
「確かに…二人しかいませんしね」
適当に作業していた所為で葉を抜いていた変な植物が更に異形になっていた…バレないようにしながらなんとか彼の気を逸らさねば…
「そういえば貴方は何族なんですか?名前も聞いていないような…?」
「『お前何族だ』と訊くなんて本来かなり無礼なんだが…その調子だとお前は常識知らずだしな。答えてやるよ。だが名前は、お前が先に名乗ってからにしろ」
「俺は楽伍知郎って名前です。種族は…多分、人間です…?」
「多分人間だろ、何の特徴も無いし。しかしまぁ呼び辛い名前だな人間風にしても…ラクゴ・シロウか…うん、お前はこれからラク・ロゥと名乗れ。そっちの方がいい。」
勝手に名前を変えられたが、まぁ世界観が違う訳だし、現地民が言うんだ。そっちの方がいいんだろう。ラクの方が呼ぶのが楽、なんちって。…つまんな。
「まぁ、お前が名乗った訳だし、俺も約束に従って言おう」
そういうと彼は鹿の頭蓋骨のような物を脱いで、素顔を見せた。
「俺はフルトー・アダリオン。見ての通りの
被り物を取ったら取ったで彼への印象は大きく変わった。籠り遮られていた声も澄んで聞える楽器のような美しく響きの良い声で、顔もかなりクール系の美しい感じで、これを先に見ていたのならきっと矛盾するとは思うが、こんな大男なのに
「ハーフって…何か変わったりするんですか?」
「純血じゃないからエルフ特有の魔力だとか、それに関する魔法や
「…」
優れた容姿だったり魔法が得意だったり長命だったり、大方俺の想像していたエルフと近い。だけどその一方で、彼からは弓使いだとか肉とか金属製品を嫌うとかそういうことは感じない。…この世界にも差別があるのは驚きだが、それは…何と言うか、エルフという種族の問題じゃないと思う。そもそも種族に対する大きな差別があるのなら、世界公用語なんて実現する訳もないし。
「…もう、慣れたがな」過ぎた辛い思い出を思い返すにしては、その言葉の調子はあまりに感情的だったし、誤魔化すような渇いた笑いも不要な筈だ。
「…まぁ俺はそういうの知らないんで、しかもこんな地下じゃ無意味な話…ですかね?」
「それ…俺の言葉な」
お世辞にもうまい言葉とは思えない。しかし何か、さっきの湿った空気は抜けていった実感はある。
最初は食われようで、夢や理想とかも挫けて、何だか思っていた感じじゃない。けれど何だか思っていたのよりこっちの方がいいと思えるのはきっと ―腹が減ってるから、現実味があるからだと思う。経緯がどうであれ、今は生きる事にリソースを注ぐべきと生を諦めていない俺の身体は合理的と思える決断を下していた。
長い物には巻かれろ、というのが最適と思ったようだ。
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