《本日の食事》
~『泡沸大蛙とゴブリンの香草煮』~
感想:ゴブリンの肉は味見た目共に抵抗感があるので、極力ウェボロックの肉だけ食べた。凍りきらなかった液が脂身について変な感覚がしたが、それでも美味しかった。一応ゴブリンの肉も食べてみたが、香草の方が味がいい程ひどかった…味が悪いのも生存戦略なのか?だったらこんなん根絶やしにしてしまえ。
「ゴブリンの肉…そんな美味しくないですね」
食事中に料理に対して批判的な意見を無暗に言うのは決していい意味を持たないというのは常識的だとは思うが、それでもフルトーさんの浮かない顔からしてどうも「ゴブリンは不味い」という一点は共通して抱いているように思えた。だからといって無遠慮に口にすべきではないのだろうけど、今俺は自分の舌と彼の舌が同じ感覚を共通して持っているのかという事のみを考えていたのでそれ以外に対しては極端に浅慮だった。
「俺も極力食べたくないが、数が多い上に他の食べられそうなやつも食っちまう害獣―あまり知性的とは言えないが子供程度には頭があるし、欲もある。放置できないやつさ、全く…」
肉の処理とか皮剝ぎの練度からみるに、この人は多分、何年もひょっとしたら何十年もここにいるのかもしれない…こんな不味い物を何十年も…
「…ここ、近いみたいですけど、外には出ないんですか?」
「…」
フルトーさんの沈黙により、逆鱗というわけじゃないが、何かそういう、"触れちゃいけないもの"を言葉にしてしまった時特有の周囲が凍り付くような―首にだけ生温かい霧が立っているような
「…あの」
「逃げたんだ。笑えるだろ。逃亡兵なんだよ、俺」
「…あるんですね、戦争…」
「…お前は戦争の無い世界でも知ってるのか?」
「そんな世界知りませんよ…フルトーさんは知ってますか?」
そんな世界なんてありはしない、そうはっきりと断言出来てしまうのが不思議だ。
「…これでも長く生きてるからな、人生哲学の一つや二つ持っている。俺に言わせれば世の中には三つの人間がいる」
そう言うと彼は鍋の下の焚火にくべてあった何か植物の根のようなものを両手に持ち、指を弦にするかのようにそれぞれの端を押さえて手の中に二つの半円を作り、それを交差させた。
「こうして二つの物が交わると、一見均衡の取れているように見える。だがいずれ、続けていたらこのどちらかが折れる…だいたいこうなるんだ。争いなんてたった二つで起きる楕円形の中の一時の趨勢に過ぎない…だが折れるんだよ、最後には」一区切りつけると、彼は折れた方の根を焚火に放り込んだ。
「…」
「…この流れには三つの人間が関わっている。まず折る人間。次に折られる人間…そして、それをただ傍から見てるだけの人間」
嫌気がさしているような口調を止めずに―ただ悲劇を語り継ぐ人特有の話し方のまま残った根も焚火に放り込んだ。
「こんな構造がある限り、争いなんて終わらねぇよ…或る馬鹿は折れる前の一時の均衡を『平和』なんて云うが、俺にしてみりゃ馬鹿らしいもんさ」
深いため息をしながら、色々な感情を抑えながらも彼は俺を真っ直ぐに見つめ…
「俺の知る限り、どこにだってこの構造はあった。だから答えは
「…フルトーさんは…どっちだったんですか…?」
「…俺は折る側だった。前線に立って直接自分の手で人を殺したのはそんなに…最初は何とも思ってなかったが、開戦して一カ月後に俺は冒険者として
「…」訊いておきながら、俺自身何も彼にかける言葉を持っていなかった。
「俺は強い方だったのが、なおその現実を嫌にさせた。多分こんな調子じゃ、俺にとっての戦争が終わる頃には、人だけでも勇者様より殺すんだと、醜い程理解出来た」
彼がそう言い終えた後、突然焚火から出た火の粉が俺の視界を横切った。こんな地下じゃ、風なんて吹く訳もないのに。
「臆病なのか、決心がつかないからかな…」
「…何がです?」
「俺の心の話……冷静になったら解る事なのに、ずっと目を隠して、閉じた気になって…ぐだぐだぐだぐだ…もう百年か…」
百年!何十年とか、そういう予想を超えて来た…
「もう出てもいいのかもな。戦争犯罪人として裁かれても、臆病者として蔑まれても…俺個人には知ったこっちゃない話だからな……」
「…うん」
一回、大きく息を吸い込んだ。吸った空気は土っぽくて埃っぽくて、火に照らされればくっきり浮かぶ具合だった。良いものじゃないけど、生憎前世はヒキニート―こんな空気の中ならほぼプロフェッショナルだ。聞いた事も思った事も考えた事も、一緒くたに口に溜めて…淀んだ空気と共に吐き出す。
「もう、ここまで来たなら教えてくださいよ。何で悩んでるのか、とか百年ぶりの相談相手になってあげますよ。問題あります?」
「…いや…俺はただ、思い出して言っただけだ。…解決してほしいなんて思ってもいない…それにお前に話せるような内容なら―」
「もう終わった、とかそう云うんでしょうか?それなら大丈夫です、全く問題ない―だって俺も、解決できるなんて思ってませんから。今更、腹から毒吐いたところで病が治るわけじゃない。とことん思い出しましょうよ、今があるのは過去があるからですし、吹っ切れるにも何を吹っ切るのか知らないと。中途半端じゃ残りますよ?」
「お前…」
ガラでもない名言を言っちゃったかな?
「何様だよ、説教師みたいな事言いやがって」
…多分真顔で答えられた。
けれど確実にその声からさっきまでのとは少し違う、余裕のある印象を受けるものだった。何か、心を開くのとは違うけど、被り物をしているからか懺悔室のような"匿名による気楽さ"があるような気がする。ネット歴十年、親のパソコンから「ここはひどいインターネットですね」と言っていたレスバ弱者の俺に言わせれば、多分そんな感じだ。
「わぁったよ。解った解った。いいぜ、物は試しだ。精々案山子程度の話しやすさは出しとけよ?」
「任せて下さい」
彼は足を開き、椅子代わりにしている小さな木箱により深く腰を据える。そして軽く息を吸ってから噛締めるように間を置き、溜息のように吐き出すと、まるで友人に失敗談や笑い話でも語るように勿体ぶって少し口角を上げながら、話し始めた。
「…妻がいたんだ。一目惚れした女でな、学院に身を置いてた頃からの母親とか姉貴代わりだった。彼女は俺とは違って純血のエルフで、気が付けば俺の方が成長して、身体的には丁度同じくらいになった頃に結婚した。…仕事柄あまり家には帰れなかったが、しっかりと時間がとれたら炎と熱くらい一緒になって過ごした。…その後腕の立つようになって、ある大国の姫君から招聘されて、直下の近衛隊に入った。それからは収入や暇な日も安定して、いっそう一緒にいる時間があった。そして俺と彼女は子を授かったんだが…元々エルフの血には身体が劣化しにくくなる性質があってな、彼女が身籠ったのは遅かったんだ………彼女は悪くない。時代が悪かったんだ…」
「それで、戦争…ですか?」
「ああ、そうだ」これ以上を云うつもりはないとばかりに、これ以上言えば、一度気を抜いてしまったら彼は自分の妻の事にまた触れてしまうかのように短くそう答えた。
「…で、逃亡兵だ。色々あったが、結局さして言えるような事なんてないからな。…決闘ならまだしも、あれは戦争だからな…」そう言った己を奮い立たせるように彼は自分の手をじっと見つめながらこう続けた。
「結局俺は、自分が父親になった事すら知らないまま逃げてしまった。…俺はもう、『近衛隊のフルトー』でもまして『彼女の夫』ですらない―今の俺は死んだ人間だと自らを定義している。だがら…俺も出たいんだが、下げる面すらないんだ…」
変らず彼の顔は仮面で隠れていたが、その体からは哀愁を含んだ湿気た空気を発していた。
…悩んでんだな、やっぱり。
「まぁ…」
そんな空気を掻き消したくて、俺は焚火の中に残したゴブリンの肉を薪代わりに放り入れた。
「まぁ、いいと思いますよ。それで…いや、変な意味じゃなくて、百年悩んでるような事を今すぐに解決する訳もないな…って思っただけです」
自分が上手く話せているかは分からない。知り得るものでもないのでそういうのは半分以上最初からあきらめたた案件じゃないか?だから俺はコミュ障なんだし。
「結論が出るのはまた百年後でもいいんじゃないですか?今度の百年は俺も一緒に悩んであげますよ…人間ですからもって五十年ですけど」
「ふっ…」
理想だとしても張り子なパーフェクトコミュニケーションの失敗を通告するような失笑が俺の耳に入った。
「余計なお世話だ。―だが、ありがとな。お前を食わなくて良かった…」
…やっぱり俺食われそうだったんだ…
「でもこれだけは今訊いておきたいんで」そんな大した事を訊く訳でもないが、保険としてそう前置きした。
「明日からどうします?」
なんて事ない粗雑で曖昧な適当極まる質問に対して、フルトーさんは短くこう返した。
「生きる」
「一応これも。その理由は?」
「理由?そうだな…お前がここに転がり込んできたから、ってのがせめてものはっきりとした回答だ。お前が漂流者だとしてもただの大馬鹿者だとしても、乗り掛かった舟だからな。家族がどうとか、今の内は後にして、何とか日々を生きるさ」
俯き気味だった顔を上げて、決心したように仮面を脱いだ。
「生きたい、だから生きる。そうするべき以外の理由がいるか?」
「…いえ、それでいいと思いますよ。俺はね」
十中八九気のせいだろうけど、焚火しか明りがないのは変わらない筈なのに、彼の顔が一段と明るくなった気がする。
この人は、こんな顔してるが一番美しいんだと思う。
にしても、案外かっこいいじゃないか。この人、見かけによらず信用できるかも。そんな打算的な考えをしながらも、俺も乗り掛かった舟と彼の逃亡生活に付き合う事にした。
…逃亡ってよりは籠城か?
…なら結局俺はひきこもりか。
とするのなら俺はなにか得体の知れない勇気に近しい覚悟のようなものを抱かねばならないような予感がした。
…さぁ、実態変わらずとも心機一転、死んだんだから生まれ変わらなきゃ…その論理だけは崩していけない、鋼の楔が魂に打ち込まれたように深く突き刺さる。
「これから…ダンジョンにこもります」
誰に言う訳でもなく、ただ静かにぽつりと ―俺にしてみれば雨音に紛れる鹿威しのように何か節目を自分に与えるようにそう呟いた。
言葉の意味は自分でも理解できない。ただ載せられた無暗な感情の価値だけを噛み締めればいい。強いて言うのなら、己の怠慢を見逃しておくれと、幾ら残酷でも少し優しさをください、とこの世界への願望のような意味だったのだろう。
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