【オルクセン王国史二次創作】豚の飛べぬ空はなし   作:リラクシン

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 大戦後、壮絶なパワーゲームの末に東西にわかれた星欧列国。
 
 ロヴァルナによって封鎖された西アスカニアの飛び地へ物資を届ける為、飛び立ったオルクセン連邦軍の巨大輸送機。

 操るはオルクセン唯一のオーク族パイロット。

 東アスカニアの妨害を突破し、輸送屋の矜持を見せられるのか。


豚の飛べぬ空はなし

 

 

 オルクセン連邦空軍ヴィースバーデン飛行場────。

 統合特別作戦団特殊輸送連隊第四中隊の保有する機体は、ターボプロップエンジン六発で動く大型輸送機であった。機首にはオーク族の如く大口を開けられる積載ランプ、波板を貼った機体、民間機には見られない機体上部の旋回銃座が特徴だった。そして極めつけは、大重量を支えるための大量の車輪。

 名をドゥンムフォーゲルと言う。

 低地オルク語でドゥンムはバカ、フォーゲルは鳥を意味する。

 バカみたいにデカく、バカみたいに荷物を積み、バカみたいに鈍重だからというわけだ。

 正式名称はファーレンス重量物積載輸送機タオゼントフュースラー。

 まぁ、誰も正式名称でなんか呼んでないが。

「お前、いい飛行機なのにな」

 第四中隊一番機機長ヘルムート・ヴァイクセル中尉は、愛機のドゥンムフォーゲルの操縦桿を撫で、呟いた。

 彼は驚くべき事に、オーク族であった。

 オルクセン空軍飛行士は、航空機の重量や大きさの縛りから主にコボルト族が多かった。ちらほらエルフ族などもいたが、オーク族は彼以外居ない。

 航空機というのは、大変重さに敏感である。

 戦闘機は言わずもがな、輸送機というバカでかい荷物を積み込んで空を飛ぶ航空機も同様だ。

 つまり可能な限り、搭乗する種族は軽い小柄な方が良い。

 

 豚が空を飛べると思ってるのか?

 

 空軍飛行場警備隊に居た時に航空兵へ志願すると伝えた時、彼の上官はそう言って笑った。

 豚の飛べる空なんて、どこにもねえぞ。

 上官は嘲笑したが、彼は諦めなかった。募集要項には、特定の種族のみとは書いていません。自分は、星欧大戦でどれだけ飛行機が活躍したのか興味があります。俺も飛びたいのです。

 最終的に、彼は推薦状を書いてくれた。

 負けたよ。行けよ。だがな、行くからには必ず飛行士になれよ。

 そして、ヘルムートは飛行士になり、操縦適性を認められウイングマークを与えられた。

 花形の戦闘機や爆撃機には体格の問題で乗れなかったが、空を飛べるという喜びに満ちた彼には関係なかった。鈍重な輸送機であれ、操縦桿を握るヘルムートにとっては同じものだ。

 彼はバカでかく、重たくて小回りの利かないドゥンムフォーゲルを、誰よりも軽快に飛ばし、どんなところにも必ず積み荷を届けた。

 そして彼は、特別作戦団の特殊航空輸送連隊に配属されるまでの腕前を持つ操縦士になった。

 数々の輸送任務をこなし、彼は輸送機操縦士のプロとなったのだ。

 彼の愛機である1001号機の愛称は、空飛ぶブタ号。

 今度も空を飛んで、荷物を届けるだけだ───。

 ヘルムートは規則違反のタバコを吸いながら呟いた。

 

 

 

 本作戦は、我が国の国益に関わる重大な任務である────。

 

 そう、上官であるコボルト族の牝に言われたのは、つい一週間前のことであった。

「ロヴァルナ勢力下の東アスカニアにある、西アスカニアの飛び地が封鎖された事は知っているな?」

「あぁはい。アカどもが道路も空路も遮断して、西アスカニア人がクソも出せなくしてるとか」

「そうだ」彼女はよく知っているな、とヘルムートを褒めつつ目を細めた。

 どうにもその細めた目には、薄っすらと侮蔑の色が浮かんでいるように感じられる。

「冬を控え、食料はもちろん燃料や被服も必要だ。そこで我がオルクセン空軍が緊急空輸を行う事になった」

 ヘルムートは肩を竦めた。

「そいつは大変ですな。しかしオルクセンには関係ない話では?」

 キャメロットといった西側に肩入れしている側面もあるが、あくまでオルクセンは中立国である。いかに人道支援とはいえ、そのような東西対立の最前線に軍を派遣して物資輸送を行う意味がよく分からなかった。

「荷物の中身も分からない軍用輸送機をキャメロットやグロワールが飛ばしてみろ。世界は灰になるぞ」

「なるほど」つまりは、国際関係の調停者としての立場強化。

 まるでショービジネスだ。

「現地の状況が分かりません。現地の滑走路ですが、ドゥンムフォーゲルで降りられますかね?」

 アスカニアは本土全域が戦場になり、かなり荒廃していると聞く。大型かつ大重量のドゥンムフォーゲルに、滑走路が耐えられるか分からない。また、話がついてるとはいえ、ロヴァルナや東アスカニアの妨害が無いとは言えないため、本来なら観測機か、せめて機動性に優れる軽量な双発の輸送機を先行させるではないかとヘルムートは考えた。

「だからこの隊一番のベテランの貴様が初めに行くんだ。それにタオゼントフュースラーはSTOL性が一番いい。滑走路をふっ飛ばされても飛べるだろ」

 STOLとは、短距離離着陸性能のことである。ドゥンムフォーゲルはその巨体に似合わず、STOVL性に気を使って設計されているため、かなり短い距離での離着陸が可能であった。

「つまり離着陸時に砲弾が飛んでくるのも考えられるって事ですかい」

 ヘルムートはうんざりした顔で言った。

 六発の巨大輸送機が突っ込んでいいところではない。少なくとも敵地に突っ込む事を至上の喜びとする連中、空中強襲旅団のヘリボーン部隊とか、そういう頭のネジが飛んでる連中のが向いている。

「いいか、初動で大量の物資を届ける事は、飛び地の住民に対して世界から見捨てられていないという希望を与え、ロヴァルナには我々が誠実な仲介者である事を示せる」

 やはりショービジネスじゃないか。

 全く俺達はいつからセールスマンになったのやら。

「オーク族初のパイロットが、国産大型輸送機タオゼントフュースラーで人道支援に駆けつける。いい画になる。英雄になれるぞ」

「英雄になぞ興味ありませんが、ご命令とあらば」

 結構、と彼女は頷いた。

「出発は一週間後。詳細はそこにある」

 コボルト族ボルゾイ種特有の長いマズルで机上の紙の束を指し示し、彼女は手を払ってヘルムートに出て行けと合図した。

 

 

 

 空飛ぶブタ号は、大量の物資を積んで死ぬほど重たくなった機体を震わせ、雄大な空をノタノタと飛んでいる。

 護衛のオルクセン連邦空軍戦闘機は、国境線の手前で別れた。敬礼して去っていく友軍戦闘機のオルクセン国章が、もはや懐かしいとまで思えた。

「機長さん。目的地まであとどのくらいかね」

 振り返ると、軍用輸送機の機体には似つかわしくない背広を着た年寄りのオークが居た。

 名前は……ベーケとか、なんとか。

 内務省のお偉いさんらしいが、詳しくは聞かなかった。年寄ではあったが、目つきは鋭く姿勢はかなり良い。

 ヘルムートのそれなりに長い軍歴と、特殊作戦に幾度か参加した経験から来る勘が、このオークには深入りしないほうが良さそうだと告げていたからだった。

「どうでしょうな。アカのボケ……失礼、共産主義者の歓迎がなければ、あと一時間くらいですかね。もうすぐロヴァルナ勢力圏下に入ります」

「そうか。これは雑談なんだがね」彼は前置きして言った。「操縦席に同族が座っているというのは、中々奇妙な気持ちになるね」

「不安ならコボルト族にでも代わりましょうか?」

「いや。プロの仕事に口は挟まんよ」

 彼は、ご苦労さんありがとうと言って操縦室から去っていった。

 男が、階級も年齢もはるか下の奴に礼を言い、仕事の範疇に口を出さなかった事にヘルムートは好感を覚えた。

「機長」コボルト族コーギー種の副操縦士が、二時方向に見える大きな雲を指さした。「あれもしかして」

 ヘルムートはその方向を見つめ、ため息をついた。

「やっぱり歓迎会は必須みたいだな」

『二時方向、国籍不明機二機接近中』

 同時に上部銃座から報告が入る。上部銃座といっても、人道支援任務という事でドゥンムフォーゲル唯一の武装である14.5ミリ連装機関砲は外してあった。

「あっさり見つけられましたね」

「いつものロービジ塗装なら多少は隠れるんだろうがな」

 普段のドゥンムフォーゲルは、陸地に溶け込むよう濃緑と黒、焦茶の迷彩を纏っているが、今は真っ白に塗装され、デカデカとオルクセンと機体側面に記入されており、遠目からもかなり目立つ外見になっていた。

「絶対に空路を外れるな。あとな、燃料はどのくらいある?」

「今ならまだヴィースバーデンに戻れますよ」

「あぁ、できるならそうしたいな。帰って飯食って寝たい気分だ」

 そうこうしている内に、国籍不明機は翼の東アスカニア国章を誇らしげに掲げ、ドゥンムフォーゲルの超大な両翼端近くに取り付いた。

「おい、スロットル上げろ。赤ブーストいっぱいだ」

「え?」副操縦士は困惑した。

 ドゥンムフォーゲルのスロットルレバーを目一杯押し込んだところで、ジェット戦闘機の足から逃れられるわけがないからだ。

「分かってるよ。まぁ見てろ」

 ヘルムートはニヤリと牙のある口を歪ませた。

『東アスカニア空軍機より。豚のように醜い飛行機へ。墜落する際はオルクセンへ、と…』

「豚だァ?アホめ。こう言ってやれ。マヌケ面の大あくびウツボへ。墜落時はフルシチョーリフのハゲ頭を目標とする、とな」

 マヌケ面の大あくびウツボとは、東アスカニア空軍はもとより、ロヴァルナ勢力圏下の空軍が採用するトラコフスキー設計局製Tf-19ラントヴィルト戦闘機の外見を的確に表現した言葉だった。

 機首にエアインテークを備えた単発のターボジェット機であり、胸鰭のようなベントラルフィンといい出っ張ったドーサルスパインといい、大あくびしたウツボとはよく言ったものだ、と副操縦士は感心した。

『なんか怒ってますよ』

「ほっとけ。それより連中はフラップを出しているか?」

『いえ、出してません』

 そいつはいいな。とヘルムートは更にニヤニヤと笑う。

 フラップとは高揚力装置の事であり、低速機に高速機が速度を合わせる際は、エアブレーキと合わせて展張し、失速しそうな機体を支える。

「大丈夫かい?荷室は大騒ぎだ」

 振り返ると背広の男が居た。

「大丈夫じゃありませんがね。まぁ何とかしますよ。それよりどっかに掴まっててください。揺れますよ」

 我慢できなくなったのか、ヘルムートは満面の笑みを浮かべ、男に言った。

 

 これは碌な目に合わないな────。

 

 彼と付き合いの長い副操縦士は、シートベルトをきつく締め直した。

 

 

 

「貪欲な資本主義のクソ豚め」

 豚のように丸々としたオルクセン空軍輸送機をチェイスする東アスカニア空軍パイロットは、思いつく限りの罵倒を口にした。

「ここは我々の空だぞ。クソッタレ」

 酸素マスクに息苦しさを覚えつつ、彼は文字通り、資本主義の豚に対する罵倒を続けた。

 初めて見るオルクセンの輸送機は、かなり巨大で鈍重だった。これが低速で飛ぶのなら、ジェット機であるこちらはかなり苦労して随伴しなければならない。

 しかしどういう訳か、奴等は六発のターボプロップエンジンを全開にし、わざわざこちらが随伴しやすいようにしてくれた。

 未開の魔族どもは、自ら射撃訓練の的になってくれるらしい。

 彼は操縦桿の赤いボタンを覆うカバーを外し、固定武装である23ミリ機関砲の安全装置を解除した。

 

 こいつは我等が愛するTf-19を愚弄しやがった。

 

 彼は照準器のサークル中心点を、オルクセン輸送機の翼端ギリギリに合わせ、射撃ボタンを弾いた。

 軽い衝撃とともに、オレンジ色の閃光がオルクセン輸送機の翼端を掠め、虚空に消えた。

 腰が抜けたか?

 彼は嘲笑とそれらしい対領空侵犯の常套句を投げつけようと、国際緊急周波数に合わせたラジオボタンを押そうとした時。

 彼の耳に、オルクセン輸送機から通信が入った。

『東アスカニア空軍に射撃の訓練は有りしや?』

 ノイズ混じりではあったが、確実にそう聞こえた。

 今俺たちに向けて発砲したようだが、これだけデカい的を外したのか?東アスカニアには射撃訓練というものを実施していないのか?────。

 我々を、東アスカニアを完全にバカにしている。

 彼は僚機に対して射撃位置に着くよう命じ、二機揃ってオルクセン輸送機の後方100メートルの至近距離に機体を付けた

 お望み通り、東アスカニア空軍パイロットの技量を見せてやろう。

 上部機銃員がこちらの動きを見て、何かを叫んでいるがもう遅い。

 照準器のど真ん中に輸送機を合わせ、射撃ボタンに指をかけた。

 サークルの中目一杯に巨大な機体が写っている。

「くたば……!」

 射撃ボタンを押す寸前、目の前が真っ白になった。

 彼は本能的に操縦桿を横に力一杯引き、エアブレーキとフラップを展張した。

 これが彼の運命を決めた。

 彼の駆るTf-19は瞬く間に速度を失い、翼から空気の流れが剥がれ落ちる。揚力という魔法から見放された機体は、偉大なる重力に捉えられ、深刻な錐揉み状態に入った。

「しっ、失速…!」

 操縦桿を前に倒し、スロットルを全開にする。

 しかしもう遅い。

 数秒の逡巡と失速回復操作を試みた後、彼は足下の脱出レバーを引いた。

 強い衝撃とともに、彼は大空へ放り出された。間もなく僚機のパイロットも同じ運命を辿った事を、頭上に咲いた白いパラシュートを見て悟る事になる。

 

 

 

『やりました!』

 ヘルムートは上部機銃員のはしゃぐ声に、満足気に頷いた。

「大いに結構。おい、無線手。国際緊急周波数で墜落位置とパイロットの無事を知らせてやれ。出力最大でだぞ」

『了解。最大出力でバラ撒きます』

 やれやれ、と彼専用に作られた大きな操縦シートの背もたれに頭を置いた。

 目的地のテンペルコッフ空港まであと少し。西アスカニアはもちろん、西側諸国の目もある。これ以上、露骨な妨害行為は行えない。

「機長。大丈夫ですかね?国際問題になりませんかね?」

「?何がだ?」彼はおどけて鼻を鳴らした。

「連中に合わせてやろうと、全開にしていたらエンジンが故障。緊急措置として、フラップ全開にして減速したら、何故か射撃位置に付いていたアホが勝手に堕ちたな。可哀想に」

 ヘルムートはフラップ収納ボタンを押しつつ、真顔で言い放った。

 そこまでだった。

 副操縦士は緊張の糸が切れ、心の底から笑った。それにつられて他の飛行士たちも大笑いする。

「やれやれ、ひどい目にあった」

 のそのそと後ろのドアから背広の男が這い出てきた。

「ご無事で」

「死ぬかと思ったよ」

 彼は背広の汚れを払い、憮然とした表情で言った。

「ここからは安全運転で頼むよ。オーク族は本来飛ぶようにできてないんだ」

「そうですかな?翼がある限り、我々だって飛べるんですよ」

 彼は本気でそう信じていたし、実際そうだとこれまでの事を思い出す。

 俺はどれだけ遠くても、どんな空でも飛んできた。つまり────

 

「豚の飛べぬ空はなし」




オルクセン王国史と大サトーが好きです。
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