満月に近い夏の月が海面に白銀の光を落としている。潮騒の届く岸壁を大鳳は歩く。寝付けなくて、部屋を抜け出して。
埠頭の端に人影を認める。後ろからそっと近づくにつれ、その正体がわかる。白い海軍将校服に身を包んだ提督。大鳳の上官、大鳳の恋人。
声をかける前に提督がこちらを振り向く。
「大鳳か」
「提督は……海を、見ていたのですか?」
「ああ。仕事がようやく終わったのでな。少し、風を浴びようと思って」
こんな時間まで、と大鳳は少しびっくりする。多忙な恋人を労わる言葉を紡ごうとして、言葉が思いつかない。代わりに、言葉閉ざしたまま提督の隣に大鳳は立つ。
海に反射した月の光が、提督を照らし泳ぐ。その提督を目線だけで大鳳は見上げる。
やはり気の利いた言葉が出てこない。言葉にすれば、何かが壊れてしまいそうで。何かが、どこか遠くへ行ってしまいそうで。
胸の中で提督への想いをぎゅっと抱きしめる。強く抱きしめるほど、それは崩れてさらさらと隙間から零れ落ちていってしまいそうで。
目を伏せ、そっと提督の制服の裾をつまむ。指を離せば、なんだか二度と会えなくなりそうで。
それまで無言だった提督が、穏やかだがはっきりとした声を向ける。
「こんな時間に若い女の子がひとりで出歩くとは感心しないな」
ようやく聞けた提督の言葉、その言葉に大鳳は微笑浮かべ応える。
「はい……ごめんなさい」
くすりと大鳳は小さく笑う。その小さな笑い声聞きとがめた提督が大鳳に目をやり問いかける。
「どうした?なにか、俺はおかしなことを言ったかな?」
「いえ、嬉しいんです」
提督が軽く首を傾げる。軽く俯いたまま、提督の裾をつまんだまま、大鳳は言葉紡ぐ。
「提督には、叱ってほしい。そして、許してほしい。……私を、見逃すことなく導いてほしい」
その言葉を合図にしたかのように大鳳は提督の制服から指を離す。一歩後ろに下がり、大鳳は提督を見上げる。
「叱られちゃったし、もうお部屋に戻りますね。おやすみなさい」
身を翻して大鳳は小走りにその場を去ろうとする。しかし、力強い抱擁に足を止められる。後ろから抱きすくめられ、身動きの取れない大鳳の耳元に提督は囁きかける。
「素直に帰すと思ったか?……こんな時間に出歩く悪い子にはおしおきが必要だな」
鼓動がひとつ、大鳳の華奢な身体を揺らす。うるさい程に鳴る心音に大鳳の身体が熱くなる。そのまま、大鳳は提督の私室の方角へと誘われた―――
―――全身を蕩かすような灼熱の時間を経て、大鳳は白いシーツの上にその細い裸身を横たえる。傍らに眠る提督の唇から規則正しい寝息が聞こえる。
窓からの光が、カーテンの揺れるのに合わせて、提督の焼けた背中で踊る。提督の吐息が、大鳳が眠りに落ちるのを邪魔している。
こうして肌を重ねてゆけば、もっと吐息を混じり合わせてゆけば。そうすればこの人にもっと近づけるだろうか。
言葉を重ねていけば、心を繋いでいけば、この人との時間を永遠のものにできるだろうか。
夏よ、過ぎるな。季節よ、止まれ。そう願ってもあまりにも儚い。だから、過ぎゆく季節をいつまでもこの人の隣でいられるよう大鳳は祈り捧げる。
そっと大鳳は目を閉じる。夏の夜が更けてゆく。
夏色の物語が、少女の命を彩っていく。
了