なんで知ってるんだろう。
この世界では、誰にも前世の名前を話したことなんてないのに。
偶然?いや、それとも…前世の知り合い?
でも、こんな人いたっけ…?
私が戸惑っているのを見て、紫月ちゃんはどこか諦めたような顔で呟いた。
「……あー、ごめん。変なこと言ったね。忘れて」
そう言って椅子から立ち上がろうとした、その瞬間――
記憶が、ぶわっと蘇ってきた。
「待って!! 四葉、四葉でしょ!!」
「…………え?」
「今、立ち上がるところ見て分かった! 昔からそうだった!
右足を先に上げて、左手ついて立ち上がる癖!」
一瞬の沈黙のあと、流れたのは、どこか懐かしく、心地いい空気だった。
「………っぷ、あはは! 気づくの、そこ?! もっと他にあったでしょ、口調とか雰囲気とかさ!」
「いやー…だって見た目が全然違ったし…名前もさ。初見じゃ分かんないって」
森下四葉。
前世では中学からの友達で、いわば親友って呼べるくらい仲が良かった。
社会人になってからもよく遊んでたな……どんどん思い出してきた。
でも正直、見た目が全然違う。
前世では黒髪のボブで、ちょっとクセ毛があって、顔も全体的に柔らかい印象だったはず。
それが今世では、まるで別人。
前世も可愛かったけど、今は「美人」って感じ。透明感が違う。
「ね、めっちゃ変わったでしょ?顔とか。自分でもびっくりしてる。
名前も変わったし。ニ知華はあんま変わってないね」
「確かに。名前なんて漢字一文字違いだし」
私は前世では「ニ知花」だった。一字違うだけ。
顔も、前世であまり好きじゃなかったパーツが整えられたって感じで、雰囲気はそんなに変わってないかも。
「……てか、そのスタイル羨ましいっ!!! 色々とデカくない?!」
そう言って、頭と胸を交互に指さしてくる四葉。
……まぁ、そこは自分でも思う。
身長は185cm、胸も平均どころかだいぶ上回ってる。
正直、服選びとかけっこう面倒なんだけど……そんなこと四葉に言ったら、絶対怒られる。
今世の四葉は、身長は165あるかないかって感じ。
手足はすらっとしてるけど、胸は……まぁ、うん。って感じ。
「あ、そうだ。四葉って、いつ前世の記憶思い出したの? 結構最近だったりする?」
「んー、3歳ぐらいかな」
「早っ!? そんなに早く!?」
そんな感じで、前世のことについてしばらく語り合っていたんだけど。
途中で、かなり衝撃的な事実が出てきた。
私はどうやら、前世で29歳のときに交通事故で亡くなったらしい。
「死ぬの早すぎ〜!」って軽く言われたけど、本人からしたら衝撃でしかない。
しかも、その時の記憶は一切思い出せなかった。
一方の四葉はというと、なんと99歳まで生きたらしい。
あと一年だったのが悔しかったらしく、今世では「絶対100歳まで生きる!」が目標らしい。
でも、本人いわく「コナンの世界だし、厳しいかもな〜」って半ば諦めてた。
いやいや、諦めずに頑張ってくれ。
私はというと、老衰より組織絡みで命落としそうだからなぁ……やだなあ。
何度か、四葉に「実は黒の組織の一員で、今潜入してるんだよね」って打ち明けたくなったけど、そんな雰囲気じゃなかった。
そもそも四葉は、
『ニ知華は「生まれ変わったら警察官になりたい!推しと同じところで働きたい!」ってよく言ってたよね〜』とか、
『ニ知華を探すために警察官志望したってのもあるけど、犯人捕まえるの面白そうだなって!』とか、無邪気に話してくるもんだから、ますます言えなくなる。
……絶対、言えない。
結局、本当のことは何も言えないまま、話が終わってしまった。
_____
寮に戻る途中、ふと気づいて、四葉に声をかけた。
「なんか……部屋、近くない?」
「だって、同じ教場だし」
「………マジ?」
「え、知らなかったの?」
いやいや、全員の名前まで覚えてないし。
そもそも、そんな余裕なかったし。
「てか、四 そんな記憶力よかったっけ?」
「あー、言ってなかったっけ? 映像記憶能力ってやつあるんだよね」
「……チートじゃん」
「それな、ほぼチート」
そんな会話をしながら四葉と別れて、自分の部屋へ。
椅子に座って、思いっきりため息をつく。
「はぁぁ〜〜……」
なんか、今日一日で情報量多すぎ。
頭も体もフル回転だったし、今日はもうゆっくり休もう。そう思った、そのとき。
――スマホが鳴った。
仕事用のスマホだ。
警察学校では、スマホは基本的に預けることになってるけど、私は組織からの連絡があるから、こっそり持ち込んでた。
でも電話はマジでやめてほしい。
バレたらどうすんの、って話。
しかも、こんな風に電話してくるのは大体ボスか、ラム、それか“アイツ”。
やな予感しかしないんだけど……
通話ボタンを押すや否や、私は即座に言い放った。
「いや」
『まだ何も言ってねぇよ』
予想通り、電話の相手はジンだった。
「どうせ任務なんでしょ。私、言ったよね? 今、潜入中って」
『3日後の21時、杯戸シティホテル前』
……話聞けよ。
相変わらず強引すぎる。
「いや、入校して最初の3週間は外出禁止なんだけど」
『抜け出してこい』
「点呼あるって言ってるでしょ、22時まで」
『だったらその後でいい』
「だから嫌だって言ってるじゃん」
『来い。ラムからの命令だ』
そう言い捨てて、一方的に通話が切られた。
……行きたくない。めんどくさっ。
ていうか、夜のホテルって、どう考えてもハニトラ案件でしょ。
ジン、ほんとに私をそういうのに使うのやめてくれないかなぁ。
せっかく普段はフルフェイスのメットかぶって、声も加工して、素性を隠してるってのに。
ジンに正体がバレたのは、もう何年も前の話になる。
________
あれは、私がたしか中学生だった頃。
見事に厨二病こじらせてた。
任務中の服装はいつも黒パーカーに黒ズボン。
挙げ句の果てにはガスマスクまで付けて、「謎の存在感」出してたんだから、自分でも笑う。
声も男っぽくして、一人称も名乗らない、口数も最小限。
我ながら、よく分からないキャラを作り上げてた。
……はぁ。思い出すだけで顔から火が出そう。
でもまあ、組織の中で痛いキャラ結構いるから割と日常茶飯事。
周囲の人間も、「なんかヤバい奴来た」くらいで済んでたっぽい。多分。
そんな感じで、いつものように“謎の正体不明キャラ”としてジンと任務をこなしてたときのこと。
周りの敵はほとんど倒したと思ってた。
でも、まだ一人だけ生き残ってた。
ジンはそれに気づかず、背中を見せていた。
撃たれる、と判断した私は、間に合わないと分かりつつも、ジンを押し倒して弾を避けさせた。
そのとき――
マスクの締め紐がかすって外れ、ガスマスクが地面に転がり落ちた。
完全に……素顔、見られた。
女だったことが、よっぽど衝撃だったんだろう。
ジンが、あのジンが、目を見開いて硬直してたんだから。
普段、どんなことがあっても微動だにしないあのジンが、だ。
私は内心でパニックだったけど、ポーカーフェイスだけは死守して、なぜか口をついて出た言葉が、
「……初めてだよ。顔見られたの。……まぁ、ジンになら見られてよかったかも。あらためて、これからよろしく」
……っっっっっっっっっかぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!
何言ってんだよ当時の私ィィィィィ!!
ほんと、過去の自分を助走つけてぶん殴りたい。
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まあ、そんな黒歴史を経て、何年も経った今。
なぜか、私の素顔に関する情報は未だに組織内で広まっていない。
あのジンが誰にも言ってないっていうのが、意外すぎて……マジで感謝しかない。
おかげで今でも、私は「正体不明のヤバいやつ」ポジションを保ててる。
ただ、使えるものは使うスタンスの組織だから、ジンの他に人がいないときなんかは、私を素の姿=ニ知華として呼び出すこともある。
さっきの電話もそういうやつだ。
……ほんと、いつも突然すぎる。
予定もクソもないし、断ったって無理やり押し通してくるんだから。
ほんと、頼むから少しは相手の都合考えて……それが通じるような組織じゃないか。
明日からもう訓練が始まる。
精一杯頑張ろう。