野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~ 作:風見ひなた(TS団大首領)
春夢に抱き着いた雫は、バカバカとひとしきり春夢を罵倒してから何も言わなくなってしまった。ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、春夢の体温を噛みしめるようにただじっとしている。
体を離そうとするとすかさず腕に力を込めて抵抗されるので、春夢は諦めてなすがままにされていた。
(というか、何この状況。何で前世の俺を殺した張本人に抱きしめられてるんだ……)
「はいはい、じゃあ後はよろしく。私はこれで失礼するわよ」
リンネアは見てらんないと言わんばかりに肩を竦めると、雫に抱きしめられる春夢を置き去りに部屋から出ていこうとする。
「え、ちょっと待って。なんか説明とかしなくていいのか?」
というかこの状況を何とかしてくれ、と言外に訴えかける春夢である。
しかしリンネアは小さく鼻を鳴らして、春夢の懇願を軽くあしらった。
「今日は平日だし、私はこれから仕事があるのよ。昨日は貴方を迎えに行ったまま、残りの仕事放り出してきちゃったしね。今の雫は私の話を聞くどころじゃないみたいだし、後でメールするわ」
「メール……? 手紙で伝えるってこと? そんな悠長な……」
「はぁ。スマホの使い方、後でその子に教えてもらいなさいな」
なんだか投げやりなリンネアを見て、春夢は小首を傾げた。
「……なんかリンネア、機嫌悪い?」
「別にそんなことありませんけどぉ!?」
すっっげえ機嫌悪いじゃん……と思いつつ、春夢は追及するのはやめた。
ばたんと大きな音を立ててドアを閉め、リンネアが部屋を出ていく。
二人きりで甘いものでも食べさせながら平身低頭してお怒りの理由を聞けば、リンネアの機嫌が直ることは知っている。何で突然不機嫌になったのかはわからんが、後でフォローしておこう。
で、それはそれとして、こいつはどうしたらいいんだよ。
「あー……。大魔導、そろそろ離してくれないか?」
そう声を掛けると、雫は春夢の首に回した手を解き、一歩分だけ後ろに下がった。
「し・ず・く!」
眉を下げ、人差し指を振りながら雫は一音ずつ自分の名を口にする。
「今の私は朔月雫よ! 『大魔導』なんて誰でもない呼び方は二度としないで」
「わかった、雫だな。良い名前だと思う」
「そうでしょう! パパとママが付けてくれた、私だけの名前よ!」
そう言って、雫はえへんと胸を張る。
その誇らしげな顔を見るだけで、彼女が今生ではよい両親の元に生まれてきたことがわかった。
自分と違い、どうやら雫には今生の両親の記憶があるようだ。前世では早くに両親と死に別れ、今世の記憶も失った春夢としては、羨ましいという思いはある。
しかし今はただ、雫を祝福してあげたい気持ちでいっぱいだった。
前世では親から名前すら与えられず、誰からもただ『大魔導』という肩書きで呼ばれた少女は、今生ではごく普通の両親の元に生まれ、ありふれた名前をもらったらしい。
ああ、それはなんて。
「素敵な奇跡が君に舞い降りてよかった。おめでとう、雫」
「えへへ、ありがと!」
そして、少女ははにかむように笑ったのだった。
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「えっ、これまでの記憶がないの!?」
「ああ。リンネアが言うには、どうも前世の記憶を思い出したときに、代わりにこれまでの記憶を失ってしまったらしい。恥ずかしながらこの体の持ち主がどういった人物なのかや、今のご時世の常識というのがまるでわからないんだ」
「そうなんだ……それは大変ね」
春夢から事情を聞かされた雫は、椅子に座り直しながら深刻な表情を浮かべた。
まあ事情といっても昨日突然前世の記憶を思い出したことと、現世の記憶はまるっと失ってしまったという二点しかないのだが。
なお、他人の夢の中に勝手に入ってしまうことについては、寝る前にでもサラッと伝えればいいかと思っている。春夢から見れば、別に大したことでもないからだ。そうかなあ。
「いいわ、私に任せなさい! これからの学生生活、私が全面的にアンタをサポートしてあげるわ!」
雫は反らした胸を拳でドンッと叩き、快活な笑顔を浮かべた。
そんな彼女を頼もしく思う反面で、なんでそんなに協力的なんだろうと春夢は不思議で仕方がない。
「……え、いいのか? 私ばかり得して、君にメリットがないが……」
「何言ってるの? メリットならあるじゃない、私たちは一蓮托生のパートナーなんだから……って、その前提がまず記憶にないのね。いいわ、よく聞きなさい」
人差し指を立て、雫は滔々と説明を始める。
それによると、どうやらこの冒険者学校ではルームメイトというのはただ単に同居人というだけでなく、卒業するまで常にタッグを組んで活動する、冒険者としての
「相棒は学校を卒業する日まで基本的には変わらないわ。まあ、不慮の事故とかで片方が脱落すれば別だけど……。相方がどれだけ問題を抱えていても、互いの欠点を補い合いながら上を目指せって教育方針なのよ」
「ダンジョンアタックも2人組でやるのか? ちょっと戦力が厳しい気がするが」
「ああ、ダンジョンでの実習は4人か6人でパーティーを組むわよ。2人組を2組か3組集めるという形ね。どんな編成でパーティーを組むにせよ、私は必ずアンタのパーティーに参加することになるわね」
「なるほど。それは……」
春夢はニヤリと唇の端を吊り上げる。
「この上なく心強いな。私を誰より苦しめた宿敵が、今度は隣で戦ってくれるとは」
「あら、私はようやくこの日が来たかって気分だわ。アンタが味方なら良かったのにってずっと前から思ってたわよ」
そう言って、2人はウフフアハハと笑い合う。なんか前世の癖で、お互いへの殺意が微妙に漏れているような気もするが。
ひとしきり笑い合った後で、しかし春夢は我に返ったようにため息を吐いた。
「……まあ、今の俺は見ての通り大剣を振る力もない細腕だが。クソ雑魚ドスケベ種族に成り下がってしまったんでな……イチから鍛え直しだ。悪いが、しばらくはご期待に沿えるほどの戦力にはならないと思う」
「サキュバスが雑魚……? まあそうか、前世のアンタからすればどんな種族も木っ端同然かもね」
雫は軽く頷き、苦笑を浮かべる。
「まあ、こっちも手持ちの資産は全部なくなっちゃったし、似たようなものよ。ゴーレムコアも数個しか手元にないし、前世みたいな大規模魔術はとてもとても。魔術理論はココに入ってはいるけど……」
雫は指でトントンと自分のおでこを叩く。
「500年も経てばいくつかの理論は追い越されて陳腐化しちゃってるし。研究しようにもロクな施設もない現状では、ね……。今の私は見ての通り、どこにでもいるような見習い魔女同然ってわけ」
「なるほど、そりゃ面白くなってきた」
春夢は瞳の奥に炎が燃え立つような、闘志に満ちた笑顔を浮かべた。
「つまり私たちは、もう一度強くなる過程を楽しめるわけだ。しかも今度は君と一緒に」
「ふふっ、そういうことね。これからよろしく、素人剣士のサキュバスさん」
「ああこちらこそ、見習い魔女のゴーレムマスターさん」
そう言いながら、2人はどちらからともなく右手を掲げ、パチンと打ち鳴らしてハイタッチを決めた。これはリンネアがとっとと退散するわけだ。
「さてと、そうと決まれば」
椅子から立ち上がった雫を見て、春夢は元気よく拳を握りしめた。
「おう! 自主練だな!?」
「まずは設定を詰めましょ! 私とアンタは緑龍帝国出身の幼馴染ってことでどう?」
「えぇ……?」
熱血モードに入ってやる気に満ちていた春夢が、へにょと萎れた。
そんな春夢を見て、雫は口を尖らせる。
「何よぉ。いくらルームメイトとはいえ、昨日今日が初対面の私たちの息がぴったり合ってるなんておかしいでしょ。ちゃんと先に口実を考えておかないと」
「それは確かにそうかもしれんが……」
前世で殺し合った2人の息がぴったり合ってることの方がおかしいんですがそれは。
「私は先にこの学校の設備を確認しておきたいんだけどなぁ。リンネアが言うには大陸一の冒険者学校なんだろ? そこまで言うからにはどんなすごい訓練設備があるのか、気になって仕方ないんだよな」
「そんなの授業が始まったら、いくらでも触れるわよ。それより口裏合わせが先! それに記憶喪失の生徒なんて、いったいどこの誰が組みたがると思う? もっと別の相手と組みたがるに決まってるじゃない」
「……そう言われると……」
「でしょ? だから、アンタの記憶喪失をうまく誤魔化す設定を決めなきゃ。あ、そうだ! じゃあアンタはネットもロクに通ってないような山奥の村の出身で、私は都会に暮らしてる同い年のイトコってことでどう? これなら不自然じゃないでしょ!」
「お、おう……」
春夢はネットって何?と思いながら、生返事を返す。
確かに雫の言う通りだ。自分は機械文明についてまるで知識がないし、記憶喪失になっていることを他人に知られれば、パーティーを組むのに支障が出るのは必然といえる。
そのあたりをカバーする設定を考えておくことは絶対に必要だが、雫に指摘されるまでまったく気にしていなかった。そもそも今の春夢は何がわからないのかわかっていない状態なので、そのあたりにまるで考えが及ばないのだ。
そこを補ってくれる雫の存在は大変ありがたい。これから学生生活を送るにあたり、最高のパートナーを得られたと思う。思うのだが……。
「それで、私が子供の頃は夏休みになるたびに田舎に里帰りしてて、アンタと出会ったの! 夏休みは一緒にムシ捕りとか川遊びとかして。あ、そうだ。子供の頃はアンタの髪が短くて、口調のせいもあって男の子だと思ってたって設定もエモいと思わない? 私が本を読んでばかりなのを、アンタが引っ張ってアウトドアの遊びに連れ出したとか、いい感じよねー」
「なんでそんなウキウキしてんの……?」
「私、TRPGの
「て、てぃー……?」
「あ、興味ある!? 今度一緒にセッションしましょ!」
うん、何言ってるのかまるでわからない。
嬉しそうに身を乗り出してくる雫に、春夢は苦笑いを返した。
まあこいつがよくわからない話を熱心に語るのはいつものことだ。
たまに白の種族の街で偶然出くわしては、おいしい料理を出す酒場に案内して飯を食ったり、高台まで散歩して街を見下ろしながら雑談したりしたが、大体彼女の言うことは魔術の研究だったり人権がどうとかだったり、小難しくて理解に苦しむ内容ばかりだった。
そのあたりはまるであの頃と変わっていない。
変わっていないことに、ホッとする。よくわからない話題ばかりだったが、それでも彼女は彼女なりに世界を少しでも良くしたいという想いを持っていて、その熱意はよくわからないなりにグレンにも伝わっていた。
なんだかんだ、グレンはそんな彼女に好感を抱いていたのだ。たとえいつか斬らなくてはならない相手だとしても。
そして彼が肚の内で覚悟していた『その日』がやってきて。
しかし彼が思いもよらないことに『その先』があった。
もう彼女を斬る必要はなく、隣りあって歩ける存在になった。今はそれが何よりも嬉しい。
「……そうだな。折角だから、幼馴染らしさの実演でもしてみるか」
「実演? どういうこと?」
「私と君は、子供の頃に一緒に遊んだ仲なんだろ? じゃあそれらしく、私に現代の街を案内するっていうのはどうだ?」
「おっ、ロールプレイね! いいでしょう! 田舎者のアンタに都会っ子の私が、現代の街の何たるかを教えてあげるわ!」
先にツッコんでおきます。
デートだよ、それは!!
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【TIPS】
【大魔導】
魔王軍において最も優れた魔導士であると認められた者の称号。
魔王に次ぐ四天王の地位ではあるが、あくまでも名誉職であって軍権はない。
そのため大魔導が動かせる兵力というものは軍制上は存在せず、一時的に兵力を貸し与えられている場合でなければ単独で行動することになる。
幾人もの魔導士が代々その称号を与えられてきたが、歴代最後の大魔導には名前がなかった。
名前を隠したのではなく、最初から与えられなかったのだ。
これは呪術的な意味合いが大きく、他人に名前を知られることは呪術の標的になることと同義である。しかし最初からその者を示す名前が存在しないのならば、一方的に他人に呪詛を送ることができる。
少女はこうして、攻撃装置としての価値だけをもたされて生まれた。
やがて成長した彼女がそれ以外の価値を自ら身に付けたとき、周囲の人々は彼女を『大魔導』という肩書で呼ぶようになった。
魔王軍における唯一無二の栄誉を持つ称号である。
しかし、それは本質的にはこれまで通り『
だが、ただひとり。彼女が忍んで逢いに行った青年だけは、彼女を『大魔導』という名の少女として扱った。