野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第13話「茜川春夢、野生のチュートリアルダンジョンに挑む」

 路地を抜けた先に、子供たちから『おばけビル』と呼ばれる廃ビルはあった。

 

 入っただけですぐ崩れるような老朽化はしていないようだが、外観だけでは何とも言えない。そもそもダンジョン化した建造物は内部が変異していて、空間が拡張されていたり天井が消えて星空が見えていたりと、外観からは想像もつかない状態になっていることも珍しくない。

 

 ビルの前に置かれた立ち入り禁止の注意書きと、派手に砕けたガラス扉を見ながら雫が訊く。

 

「で? 実際どうするわけ。いくらアンタといえども、さすがに丸腰じゃ勝ち目がないことくらいは理解してるわよね」

 

「現地調達で何とかする。探せば何か武器になるものくらいは見つかるだろう。まあ……なんとかなるさ」

 

「要するにノープランね。無謀にもほどがあるわ」

 

 はあっと雫はため息を吐くと、春夢の顔の前に指を2本立てた。

 

「選択肢を2つ追加するわ」

 

「……悠長に話してる場合か? こうしてる間にも、子供が食われるかもしれないんだぞ」

 

「話してる場合でしょ。頭に血が上ってるわよ、無謀と勇気を取り違えないで。

 ……大丈夫よ、すぐに食われることはないわ。子供の間で広まってる噂話から推測するに、おそらく巣食っているモンスターは怪異タイプよ。怪談への恐怖から産まれたモンスターは、被害者をすぐに喰らうことはしない。時間には余裕がある」

 

 最終的には喰らうという前提も、喰らうまでの間に血も凍るような恐怖を与えられるという前提も、敢えて口にしない。

 春夢は渋面を作りながら、雫に頷いた。

 

「……わかった、聞かせてくれ」

 

「まず選択肢1、警察に任せてアンタは何もしない。警察にはこういう街中にダンジョンが出現した場合の特殊対策班が設けられているわ。本職の冒険者と比べれば戦力として劣るけど、この程度のポッと出のダンジョンくらいなら制圧できるはず。さっき私が通報しておいたから、いずれ出動してくるはずよ。彼らに任せるのが一番安全だわ」

 

「懸念がある。その人たちは今すぐ駆け付けてくれるのか? 待っている間に子供が食われる可能性は?」

 

「……なんとも言えないわね。ダンジョン災害は突発的なものだから、おそらく警察官としての別の仕事を兼任しているはずだし。場合によってはすぐ来れない可能性もある」

 

「なら却下。子供の安全が優先だ。助けを待ってる間に食われたんじゃ、見殺しにするのと変わらないぜ」

 

 春夢の言葉に雫は小さく頷きながら、指を1本倒す。

 

「わかった。じゃあ次に選択肢2、いったん学校に戻って助けを呼ぶか、武器を見繕ってから戻ってくる。警察の領分を侵すことになるから教職員では問題になるかもしれないけど、先輩の学生なら市民の協力者ということにできるわ。武器もオリエンテーションで使う予定のものなら今のアンタでも調達できるはず」

 

「懸念がある。お願いできるような先輩のあてがない。そして、学校まで移動する時間が惜しい。一刻を争うこの状況で、数十分かけて行きつ戻りつする余裕はない」

 

「わかった。このまま突っ込むのがベスト、と判断しているわけね。正直、勝率0%に近い下策だとは思うけど」

 

 苦い顔で呟く雫に、春夢は小さく笑ってみせた。

 

「なに、武器無しで突っ込むなんて無茶は慣れっこだよ。……ありがとうな、私のために考えてくれて。大丈夫、私は絶対無事に子供を連れて帰ってきてみせるさ。……できたら、ここで無事を祈っててくれると嬉しい」

 

「はあ?」

 

 雫は心底呆れたとばかりに長い溜息を吐いてから、人差し指を春夢に突き出した。

 

「バッカじゃないの? 私も行くに決まってんでしょ」

 

「え……でも、行きたくないから別案を出したのかと……」

 

「アンタが何も考えずに突っ込むバカ猪だから、私が知恵を出してやったんでしょ! 知恵なき勇気はただの蛮勇! 知恵があってこそ勇気は讃えられるものよ! びっくりラッキーなことに、この私は大知恵者にしてアンタの相棒(バディ)なんだから」

 

 そして雫は右手を自分の左胸にあてて、ニヤリと笑う。

 

「安心なさい。0%のアンタの勝率を、私が100%にしてあげる」

 

「……ああ、行こう!」

 

 最高に頼もしいその笑顔が、春夢の背中を押してくれた。

 雫がいれば百人力、恐れるものなどない。

 何しろこいつは、俺を殺した女だぞ。

 

 

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「びええええええええええん! やだぁ! おうちに帰してよぉぉぉぉ!!!」

 

「くそっ、このバケモノ! 離せ! 離しやがれってんだよ!」

 

 天井から吊り下げられた獲物たちを、男は真っ赤なシルクハットを持ち上げながらじっと眺めた。

 表地は赤く、裏地は蒼く染め抜かれたマントを羽織り、白い手袋越しにステッキを握っている。一昔前なら紳士のファッションだが、今のご時世では不審者だろう。マントから覗く腕は真っ黒で、どこか光沢が浮かんでいるように見える。

 

『坊やたちは、赤いマントが好きかい? それとも青いマントが好きかい?』

 

 そう言いながら笑みを浮かべたマントの男を見て、ヒッと子供たちが息を飲む。

 その顔には白い瞳がなかった。本来ならば瞳があるはずの場所には真っ黒なヒビが入っていて、真っ赤に輝く四対八眼の光がギョロギョロと蠢いている。

 恐怖に引き攣った子供たちの表情を、男はギチギチと牙を鳴らして嘲笑う。

 

 これは上質な獲物がかかった、と怪人はほくそ笑んでいた。

 

 臆病そうな魔族のオスと、勝ち気で口の悪いヒュームのオスだ。

 こういう性格の違う獲物がセットで手に入ったのは実に喜ばしい。

 

 怖がりな子供はちょっとおどかすだけで良質な恐怖を生産してくれるし、気の強そうな方もお友達を頭からバリバリと食ってやるところを見せてやれば、今見せている気の強さが嘘のように怯え泣き喚いてくれることだろう。

 

 せっかくなら一緒にいた魔族のメスもデザートにしたいところだったが、それは自重してわざと逃がしてやった。そうした方が恐怖を拡散するのに役立つからだ。

 

 モンスター。地域や時代によって霊獣、魔獣、妖魔、ナイトメアなど多彩な呼び方をされるが、その実態はひとつ。

 彼らは死に逝く人々が現世に残す、想いの成れ果てである。その想いには良性のものもあれど、人が未練に残すほど強い想いは、多くの場合恐怖や憎悪といった悪性のものになりがちだ。

 

 たとえば獣に襲われて恐怖の中で死んだ者の未練からは、凶暴で恐ろしい獣のモンスターが誕生する。そして、そのモンスターが人を喰らえば喰らうほど、未練と怨念はモンスターにさらなる力を与えていくのだ。

 

 この怪人も、元は創作された怪談の中の架空の存在に過ぎなかった。

 黄昏時に子供の前に現れて、赤と青どちらのマントが好きかと答える魔人の怪。赤いマントと答えれば惨殺され、青いマントと答えれば血を抜かれて殺される。

 

 チープな作り話だが、どこかの子供がその噂を信じきったまま、病の中で死んだ。その子供はある生き物が大嫌いで、2つの恐怖が未練の中で結びつき……そして、怪人の噂はモンスターとしてこの世に形を成した。

 

 怪人が獲物を捕らえるのは、これが初めてではない。以前にも場所を変えながら、何人かの子供を捕らえ、喰らい、そして『食事の作法』を学習した。

 すなわち、獲物は怯えさせた方がより美味しくなるということを。

 

 怪談への恐怖から産まれた彼にとって、子供の恐怖とは根源を成すものである。ただ喰らって子供からマナを奪うよりも、怖がらせるだけ怖がらせた方がより美味しく、より強くなれる。

 そして、『仲の良い友達が怪人に無残に殺されたという怪談』を目撃者が他人に広めることで、彼はより上位のモンスターへと成長していくのだ。

 

 さて、今回はどう怖がらせてやろうか。

 一本一本指をぽりぽりと喰らいながら血を啜ろうか。それとも全身に切り傷を作って、じわじわと血みどろにしてやろうか。どちらかを差し出せば片方は助けてやる、なんて嘘を吐いてやって、残った方をバクリといただくのも絶望を感じられてたまらないな。

 

 舌なめずりをしながら獲物の調理法を考えていた怪人は、ふと動きを止めた。

 体は微動だにしていないが、8つの赤い瞳は警戒するようにギョロギョロと蠢いている。

 

 ――テリトリーに侵入者がある。2人。どちらもまだ若いメス。

 

 助けがくるのが意外と早い。逃がした子供が警察に通報したのか? いや、警察にしては軽装備だ。この『重さ』からして、刀剣や重火器といったまともな装備は持っていない。ほぼ丸腰だ。ということは民間人の学生だろう。

 怪人はちらりと頭上の獲物に赤い瞳の一つを向ける。

 

 ……急いで食って、この場から逃げるか?

 いや、待て。それはさすがにもったいない。それにこの獲物たちから得られる栄養があれば、いよいよ仲間を殖やせるはずだ。一か月もの時間をかけてこのビルを自分のマナで染め上げ、巣へとに作り替えたのだから、すぐに放棄するのも惜しい。

 

 よし、どうせ大した武装もしていない、まだ子供と言ってもいいような歳のメスたちだ。

 こいつらも喰らってしまおう。自分たちよりも年上の人間が生きながら貪り喰われる様を見せつければ、この子供たちもより一層美味しくなることだろう。

 そうと決まれば、下ごしらえといこう。

 

 怪人が指を鳴らすと、頭上の獲物たちがスルスルと床に降りてくる。

 

「ひっ……!?」

 

 魔族の子供は身が竦んで何もできないようだが、ヒュームの方は這いつくばって何とか逃げようとする。イキが良くて大変結構。活発であればあるほど、その希望をへし折ってやったときの絶望と恐怖が美味しくなる。

 

『ホッホッホ。しばらくいい夢を見ていてくださいな』

 

 怪人がステッキを振り上げると同時に、獲物たちを吊るしていた糸が膨れ上がっていく。膨れた糸は繭へと変わり、みるみるうちに獲物たちを包み込んだ。

 

「や、やだ……! 助けて……!!」

 

「な、なんだこの気味悪いの……! 噂と違うじゃねえか、赤マントの怪人じゃねえのかよ!」

 

 悲鳴を上げながら繭に包み込まれた子供たちは、しばらく繭の中でもがきながら何かを叫んでいたが、やがて静かになる。

 これは前回の『食事』の際に、怪人が身に付けた新しい能力のひとつだった。獲物を繭で包み込み、おぞましい悪夢を見せる。悪夢には終わりがなく、何度でも何度でも別の悪夢を見せて、子供たちに恐怖を植え付けて美味しい下味をつけてくれるのだ。

 

 さて、こちらはこれでよし。

 無謀な侵入者たちを捕まえたら起こしてあげましょう。

 

『ホッホッホ……素敵なディナータイムになるといいですな』

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