野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第14話「茜川春夢、武器と仲間を手に入れる」

 廃ビルの床は、一面がびっしりと白い膜で覆われていた。

 踏むたびに靴底にべとべとと粘りつく不快な感触に眉をしかめながら、春夢と雫は無遠慮に敵の領域に脚を踏み入れていく。

 

「蜘蛛の()だな」

 

「そうね。とはいえ今の時代、蜘蛛恐怖症(アラクノフォビア)だけでモンスターが生まれることはそうそうないだろうし、子供を狙う手口から考えて何かの怪談と融合してると考えた方がいいでしょうけど……。まあ、アンタが気にする必要はないわ」

 

「何故?」

 

「今の怪談なんて、アンタ知らないでしょ。正体を考えるだけ無駄ね」

 

「それはそうだな」

 

 怪談から生まれるタイプのモンスターは、元になったエピソードに応じた弱点を持つことが多い。現代の児童怪談などまるで知らない春夢はその弱点を推測できないというハンデを負うことになるが、春夢は特に気にした風もない。

 

 弱点があろうがなかろうが、死ぬまでひたすらぶん殴ればいいだけのことだ。

 そんな戦意に猛る春夢を見て、雫はくすっと笑った。

 

「ただ、ひとつだけいい判断材料があるわよ」

 

「?」

 

「この床、侵入者を感知するシステムになってるわ。糸を踏んだ相手の体重や足の大きさから、どんな奴が入ってきたのかがわかる仕組みね。つまり、今の時点でもう私たちが侵入したことはバレてるから、潜入なんて気にせずにひたすら暴れていいってこと」

 

「そうか。そいつは気が楽だな」

 

 雫の笑みに春夢がニヤリと笑い返す。

 

「さて、どう動く? 大体こういうダンジョンを根城にするモンスターは、最上階か地下に隠れてるもんだと相場が決まってるが……。暗いな。カンテラを買ってくるべきか?」

 

 廃ビルの中は昼だというのに真っ暗な闇に包まれている。頭上の蛍光灯は白い蜘蛛糸でぐるぐるに絡めとられていて光を通さないようにされているが、そもそも電気が通っているのかは怪しい。

 

「まあ待ちなさい。まずは戦支度からよ。おいで翠玉(すいぎょく)小丸(こまる)!」

 

 雫が背負っていた小さなリュックに呼びかけると、ゴーレムコアが2つ、ファスナーを内側から開けてふわりと浮かび上がってきた。

 

 透き通った水晶のような球体の中には、それぞれ緑と黄色の光が宿り、暗い闇にあっても仄かな光を放っている。球体の下には魚のヒレのように二対の羽が付けられていて、闇の中を漂いながらパタパタと羽ばたかせる姿が可愛らしい。

 

「翠玉は春夢を照らして。小丸は私の上よ」

 

 雫がそう呼びかけると、緑の方のゴーレムコアが春夢の頭上に移動して、眩く光り始めた。コアの中の緑光ではなく、ごく普通の色の光で周囲を照らしている。おかげで春夢の目でも床から天井まで、はっきりと周囲の様子がわかるようになった。

 

「おお……これは便利だな」

 

「でしょ? この子たちは私たちの動きに応じて動きながら周囲を照らしてくれるわ。……デリケートだから、モンスターと間違えて殴らないように気を付けてよね」

 

「了解了解。翠玉っていったか? よろしくな」

 

 春夢がそう呼びかけると、翠玉と名付けられたゴーレムコアは春夢の頭上でくるくると旋回する。手を振るようにパタパタと羽を動かす様が、なんとも愛らしい。

 

「……結構可愛いな。こっちの言葉がわかってるみたいだ」

 

「わかってるわよ? さて、次は戦力の調達ね。多分エントランスにはあるはずなんだけど」

 

 そう呟きながら、雫はエントランスホールの壁に沿って歩き出す。

 幸い廃ビルの壁は床と違って糸で覆われてはおらず、ダンジョン化の影響で空間が歪むこともなかったようで、照明さえあれば難なく探索を進められそうだ。

 

「あったわ」

 

 やがて雫が脚を止めた地点の壁には、ガラス張りのケースが設置されていた。中には大人の腕一本分くらいの長さの柄と、真っ赤に塗られた刃を持つ斧が鎮座している。ケースには「緊急時にはガラスを破ってご使用ください」という注意書きがされていた。

 

 いわゆる消火斧である。

 火事などの際に扉を破壊するために使用されるもので、この国の消防法で設置が義務付けられているものだ。これ一本で固い扉もゾンビの頭も開いちゃう、魔法のカギ(マスターキー)として映画でもお馴染みのブツである。

 

「小丸、ガラスを割ってくれる?」

 

 雫が呼びかけると、黄色いゴーレムコアが小刻みに振動を始めた。

 身を震わせて力を絞り出しているみたいだな、と思いながら春夢が見ていると、ピィィィィンと空気を割るような音と共に空気が歪み、一気に力が解き放たれる。

 ゴーレムコアが放った指向性の衝撃波は、ケースを覆っていたガラスを粉々に粉砕してのけた。

 

「偉いわ、小丸! よくできました」

 

 雫が笑顔でパチパチと拍手を送ると、小丸が嬉しそうにくるくると彼女の頭上で踊る。春夢はおー、と驚きの声を上げると、自分の頭上の翠玉を見やった。

 

「君たち、意外とやるもんだなあ」

 

 雫は割れたガラスに触れないように気を付けながらケースの中身を取り出し、春夢に手渡す。

 

「はい、武器よ。消火斧だけだと思ったけど、バールも入ってたみたい」

 

「サンキュ。でもなんでこんな武器が無造作に置かれてるんだ? 強盗とかが簡単に武器を手に入れられるのまずくないか?」

 

「……そういう決まりだから仕方ないのよ」

 

 春夢はふぅんと呟きながら、虚空に向かって斧を振り回して使い心地を確かめてみる。

 ビュンビュンと斧を振る動作には一切のよどみがなく、そのしっかりとした体幹としなやかな関節で刃の軌道を完全に制御している。まるで長年使いこなしてきた愛用の武器のような剣舞を見せたのち、振り下ろした一閃の途中でピタリと刃を止めてみせた。

 

「……なかなか使いやすい、いい手斧だ。ただまあ、やっぱり斧よりは剣の方が性に合うな。今は贅沢も言えないが」

 

 それだけ手に馴染んだ動きを見せておいて何を言うのか思ったが、口には出さずに雫は軽く肩を竦める。

 口にしなかった理由は、気圧されているからだ。

 武器を手にした春夢の全身から、怒気が滲み出ている。

 

 そうだ、春夢はさっき助けを求める子供を見てから、ずっと怒り続けていた。

 尋常ではない量の激情をその身に押し込めている。子供を襲うモンスターに、子供の助けを無視しようとした人々に、日常へ理不尽に牙を剥くダンジョンに。

 

 今は頭に血が上っていて、まるで普段通りではない。この怒りの中にあって、こちらの話を聞こうとしてくれる冷静さを保っているだけ賞賛すべきことなのだろう。

 その怒りが、武器という手段を得たことで解き放たれようとしている。

 居ても立ってもいられずに突き進む前に、手早く残りの準備を整えなきゃね……。

 

「こっちの……ばーる? 金属の棒は結構使いやすいな。鉄より頑丈そうだし、振りも素直に従ってくれそうだ。こっちは君が持つか?」

 

「いらないわ。私にはもっと頼れる武器がいるもの。……おいで、ヤッキー!」

 

 雫の声に応えて、オレンジ色の光を宿したゴーレムコアがリュックから飛び出した。

 明かりになってくれている先ほどの2つのコアよりも、一際サイズが大きい。

 

 雫はヤッキーと呼ばれたゴーレムコアを手に取ると、何事かを小さく呟いた。

 するとコアの羽の下の尖った部分からオレンジ色のレーザーが照射され、床を覆う白い糸を焼き焦がし始める。雫がスイスイと手を動かすと、あっという間に足元のコンクリートの床肌が四角い形に露出した。

 

 これから何をするのかと興味津々な春夢の視線を受けながら、雫は得意げな顔でヤッキーと呼ばれたゴーレムコアを床に押し当てる。

 

「こういう建築物タイプのダンジョンっていうのは、基本的に床や壁は結界に覆われていてぶち抜いたりはできないものなんだけど、私ほどの天才魔導師ならこうやって中和するのなんてお茶の子さいさいなワケ。あとはこの子を床に刺せば、ダンジョンの建材を利用したゴーレムができ上が……ぐぐっ……ちょ、ちょっと待ってなさい」

 

 雫はゴーレムコアを床に押し当てたまま、ぷるぷると手を震わせた。

 コンクリートにちっともコアの先端が刺さってくれない。

 

「お、おかしいわね……っ! 前にやったときは簡単に……。ちょ、ちょっとヤッキー! ビーム出して、ビーム! え? さっきので疲れたから少し休みたい? これからが本番でしょ、良い子だからもうちょっと気張って……!」

 

「そいつを床に突き刺せばいいのか?」

 

「そ、そうだけど……! ちょっと待って、今刺せそうだから……!」

 

「ちょっとそれを支えててくれ。頭は後ろに倒して。そう、絶対に動くなよ」

 

 次の瞬間、春夢が振り下ろしたバールの先端がゴーレムコアの頭を直撃した。

 カコォォォォーーーーン!!という軽快な音がダンジョンの静寂(しじま)を切り裂く。

 春夢の繰り出した正確無比な一撃は、ゴーレムコアの先端部を見事に床に埋めることに成功していた。

 トントンとバールで自分の肩を叩きながら、春夢は得意げな笑みを浮かべる。

 

「どうだ? こんなのは釘と一緒だよ。押さえつけてぶっ叩けば、どんな硬いものにも大体のものは突き刺さるもんなんだよ」

 

「ア……」

 

「あ?」

 

「アホォォォォォォォォォォオオ!」

 

「ぐはああああああああああっ!?」

 

 春夢の頬に突き刺さる、雫の怒りの拳!

 魔導師というイメージからは思いもよらない、腰の入った重い一撃に春夢がよろめく。その胸倉をつかみ上げ、雫は額を突き合わせるように凄んだ。

 

「このドアホ! 大馬鹿! 野蛮人!! これは精密機器! 精密機器なのよ、ゴーレムコアは!! ちょっと雑に扱っただけで壊れる可能性があるの! パソコンで言えばマザーボードなのよ! それをバールでぶっ叩くとか信じらんない!! バカなの!? 死ぬの!?」

 

「えぇ……そんな繊細なもんなのか? だって以前何度も戦ったけど、そうそう簡単には壊れなかったじゃないか」

 

「外装が無事でも、衝撃で中身が壊れたらどうするのよ! 繊細も繊細、お姫様の手を繋ぐように丁寧丁寧丁寧に扱わないといけないのよ!! ああ、ヤッキーごめんね! 大丈夫!? 割れてない!? 記憶飛んでない!?」

 

 春夢から手を離した雫は、床にめりこんだゴーレムコアを心配そうに撫でさすっている。

 水晶のように見える鉱物を金属棒でぶん殴る時点で野蛮にも程がある行為なのだが、そういえば中世から来た野蛮人であった。

 しかし蛮行を加えられたにも関わらず、ゴーレムコアは無事だったようだ。春夢の言う通り、見た目よりもはるかに頑丈な材質でできているのかもしれない。

 

「よかったぁ……。じゃあヤッキー、早速で悪いけど。バトルモード起動!」

 

 ゴーレムコアは雫の言葉に反応して、オレンジ色の光を明滅させた。

 にわかに足元が揺れ、春夢は慌てて脚を踏ん張る。

 

 そんな彼女の目の前で、コンクリートの床がずいと隆起し、液状化したかのように波打ちながらゴーレムコアを包み込んでいった。やがてその塊は四つん這いになった人型を成し、強靭で野太い筋肉を模したコンクリートの四肢がその身を起こす。

 

 ほんのわずかの間に、床のコンクリートはえぐり取られたようにぽっかりと虚ろな穴を(さら)し、その穴の前にはごつごつとした立派な体躯の巨人が出現していた。

 

 コンクリートゴーレムは姫にかしずくナイトのように、片膝を着いてその命令を待っている。極めて強靭な四肢に支えられた甲冑騎士のごとき威容は、威圧感を感じずにはいられない。

 しかしアーメットヘルムを模した形状の頭部には、何故か犬の両耳のような飾りが付けられており、なんだかギャップを感じられて可愛らしかった。

 臀部にはオレンジ色の糸が束になって露出していて、こちらも尻尾のように見える。

 

 雫は腰に両手を置き、ドヤドヤァと鼻を鳴らした。

 

「これが私の最高の武器! どんな材質でも吸い取って戦える巨人型ゴーレム、夜月(やつき)ことヤッキーよ!」

 

「おお……。資産は全部なくしたって言ってたけど、まだこういうの作れたのか」

 

「フフン! 私だって子供の頃に前世の記憶を取り戻してから、遊んでたわけじゃないのよ。長年手塩にかけて育てた、自慢のゴーレムなんだから!」

 

「へえー、頼もしそうだな……よろしくな、ヤッキー!」

 

 春夢はやあと右手を挙げて、親し気に微笑みかけてみる。

 

『…………』

 

 ぷいっ。

 オレオマエキライ、と言わんばかりの無言の拒絶であった。

 

 そっぽを向くヤッキーを前に、翠玉と小丸がちかちかと明滅する。それはなんだか苦笑を浮かべているように感じられた。

 

「……あれぇ……?」

 

「頭ぶっ叩かれた相手に、愛想振りまくわけないでしょ……」

 

「……悪かったよ、ごめんな?」

 

 ヤッキーの正面に回り込み、両手を合わせて上目遣いに謝ってみるも、ヤッキーはぷいぷーいとまた別の方向を向いてしまう。

 

 サキュバス美少女のキュートなごめんねポーズが通じないとは、なかなかに頑固な御仁と見えた。

 それでも殴りかかって仕返ししてこないあたり、実はかなり温厚なのかもしれない。

 少なくとも春夢が同じ目に遭ったら、一発殴り返してると思う。

 

「いや、ごめんて……」

 

 これから肩を並べて戦う相手に嫌われているのはまずいと頑張って許しを乞う春夢と、それを首をぷいぷい動かしてあしらうヤッキーのやりとりに、くすっと雫は笑みを漏らした。

 

「ひとまず武器はそれでいいでしょ。ただ、雑魚相手ならその斧で大丈夫だろうとは思うけど、ボス相手には無理はしないでね。それは一切の強化が施されていないただの手斧よ、本来はモンスター相手に戦えるような性能じゃないんだから」

 

「ああ、それはわかってる。だが、子供をさらった犯人を目の前にしたら、私はどうなるかわからないぞ」

 

「そこは我慢するのよ。ボスの相手はヤッキーに任せてれば大丈夫。ヤッキーのパワーは並みじゃないんだから! ねっ!」

 

 雫が声を掛けると、ヤッキーはフンスと鼻を鳴らしてバルクポーズをとってみせる。残念ながらコンクリート製の筋肉が力こぶを作ることはなかったが、そのノリのいい仕草で春夢はヤッキーのことが好きになった。

 ヤッキーの強靭な体躯なら、それなりの格のモンスターとも互角に張り合えるだろう。

 

「ああ、わかった。ヤッキーが全力でボスと戦えるように、私はサポートに回る」

 

「OK、作戦はそれで決まりね。武器も揃ったし、防具もその制服で十分」

 

「……防具? この服が?」

 

 妙な言葉を聞いて、春夢は首を傾げながら自分の服を見下ろした。

 確かに良い生地を使った仕立てだとは思うが、あくまでもただの布の服である。モンスターとの実戦に耐えられるとは到底思えず、だからこそ春夢は敵の攻撃をすべてかわす前提で考えていたのだが……。

 

 雫はああこれも知らないのか、と呟きながら指を立てた。

 

「いい、春夢。今時の冒険者は昔みたいな重装備でダンジョンに潜ることはないのよ。今は『バトルドレス』っていう、『護法(プロテクション)』が掛けられた軽装備を使うのよ。『護法』の魔法は知っているわよね?」

 

「ああ、それはもちろん。戦闘には必須の魔法だったからな」

 

 『護法』とは敵の攻撃を軽減するための防護魔術だ。一度かけておけば、効果時間が切れるか、ダメージの蓄積量が超過するまではダメージを肩代わりしてくれる便利な魔法であり、グレンたちの時代ではこれが文字通りの生命線と言えた。

 

 何しろ冒険者が相手にするモンスターは、ものによっては強靭な腕の一振りで鋼鉄すらも容易く切り裂いてしまう。どれだけ鍛えようが、所詮は蛋白質の塊でしかない人間の肉体がそれを受け止められるわけがなかった。物理的な限界というものがある。

 

 その物理的な限界を超えてでも、何とかモンスターの暴威から人間の世界を守るために、人間は『加護』の魔法という外付けの解決策を編み出したのだ。

 それがやがて人間同士の戦争に使われるようになっていくのは歴史の皮肉としか言いようがないが。

 

 ともあれ、『護法』の魔法は冒険者パーティ、あるいは勇者パーティでは必須のものとして扱われていた。

 グレンの周りでも、冒険者時代はアルベールやリンネアが、勇者に転身してからはシルヴィアがその担い手になってくれていたものだ。

 

「その『護法』の魔法がエンチャントされてるってのか? この制服に?」

 

「そうよ。だから『防御力が高い』って言ったでしょ? ブルースクワッド冒険者学園の制服は、初期の実習でなら十分通用する防具なの。もちろんきちんとしたメーカー品の防具には遠く及ばない、初心者用の装備には過ぎないけど……。それでもトラックに正面衝突されても一度までなら耐えきれるくらいの防御性能はあるのよ」

 

「……時代は本当に変わったな。昔は『護法』のエンチャントがかかった防具なんて、伝説の逸品扱いだったもんだが。今じゃこんな薄っぺらい服にまで付けられるのか」

 

 自分が着ていた服が500年前なら神話級のレジェンドアイテムだったことを知り、春夢はため息を吐きながら制服を見下ろす。

 なるほど、こんなものがぺーぺーの初心者の基本装備だというのなら、自分のカビの生えた冒険者知識など何の役にも立つまい。

 

「それで、バトルドレスだったか? それのエンチャントが切れたらどうなる? 使い捨てなのか?」

 

「いえ、イデアニウム……500年前で言う『魔晶』のことだけど、それを消費して『護法』の効果をチャージできるわ。このおかげで、現代では『護法』がどれだけ残っているのかを数値で知ることができるようになったの。それを『HP(ヘルスプロテクション)』と呼ぶから、覚えておいてね。ほら、制服のこの袖の部分の機械に表示されているのよ」

 

「へえ……そりゃ便利になったもんだな。自分たちにどれだけの余裕があるのか、数字で判断できるようになったわけだ」

 

 袖に備え付けられたリストバンド型の機械の数字を見ながら、春夢は感心した声を漏らした。

 

 500年前は、当然ながら自分たちの余力など感覚で判断するしかなかった。

 まだまだ力が残っているように思えても、それは脳内麻薬ドバドバで疲労感が麻痺してるだけかもしれず、それを読み間違えた冒険者たちが野末に消えることなど日常茶飯事であった。

 

 しかし自分たちの余力が数字で示されているとなれば、話は別だ。引き返すかどうかの判断を客観的に行える。

 

 少し水を向けただけでその結論にたどり着いた春夢に、雫はニコッと笑みを向けた。

 

「そ。HPが減っても冒険者学院に戻ればチャージする機械があるけど、私ならその場でチャージしてあげられるわ。だから、HPが減ったらいつでも遠慮なく……ちょっと待って。なんかアンタの制服のHP、結構減ってない? これどうしたの?」

 

「あー……?」

 

 春夢は視線を頭上に向け、コリコリとこめかみを揉む。

 失われた記憶を思い出そうとして、やがて行き着いた答えは。

 

「……そういえばバスってやつの中で暴れたときに、隣にいたおばはんに強烈なビンタ喰らったな……」

 

「何やってんのアンタ!?」

 

「いや、なんか記憶が急に戻って混乱してたんだよ。ああそうか、体がよろめくくらいの衝撃があったと思ったのに、全然痛くなかったのはそういうことだったのか」

 

 春夢は謎が解けたとばかりにスッキリした顔で頷いた。

 暴れたときにバスの乗客全員に取り押さえられ、警察に突き出されたのだが、隣にいた青魔族(デーモン)のオバサンのビンタがとにかく強力だった。あんな一般人がそのへんにうろうろしてるのだから、魔族の国ってすげえなあと留置場で思ったものだ。

 制服がバリアドレスじゃなければ首の骨折ってるんじゃなかろうか。

 

 思わず額を押さえ、はぁとため息を吐く雫である。

 

「アンタねぇ。戦う前からHP減らしてんじゃないわよ」

 

「いや、面目ない……」

 

「仕方ないわね、ほら腕を出して」

 

 雫は自前のリュックから虹色に光る石を取り出し、恐縮する春夢の腕の装置へとかざした。

 

『天を巡るは七つの円環――』

 

 小さく呪文を詠唱すると、やがて虹色の石が解けるように無数の粒子へと変化し、それらは紐を編むかのように立ち上ると、春夢の腕の装置へと吸い込まれていく。

 同時に装置のディスプレイに表示されるHPの数値が上昇し、やがて満タンになった。

 

「はい、終わり。また減ったらすぐ言って。……言っとくけど、手間だろうなとか、そういう変な遠慮とかいらないからね。命に関わることなんだから」

 

「ああ、わかってる。……なあ、その『護法』のチャージって私にも使えるのか?」

 

 神妙な顔で腕の装置を眺める春夢に、雫は小首を傾げる。

 

「できると思うわよ。冒険者学院の授業でも教えてるものだし。サキュバスは魔力の操作に長けてる種族だから、習えばアンタでもいけるでしょ。……まあ、アンタのそばには常に私がいるんだから、覚える必要はないと思うけど!」

 

 薄めの胸を反らしながら、雫は少し赤らんだ顔でそんなことをのたまう。

 ことあるごとにアピってくるじゃんこの前世大魔導士の小娘。

 小丸がその頭上でふわぁとあくびするかのように、小さく震えていた。

 

「ふぅん……」

 

 春夢は小さく呟いたが、すぐに頭を振って消火斧を強く握り直す。

 まあ、今後の進路など帰った後でいくらでも考えればいい。

 武器も防具も揃った。戦いの準備は終わった。

 とにかく今は。

 

「行くか。生きて帰るぞ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 

 

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【TIPS】

 

【バトルドレス】

『護法』の魔法がエンチャントされた装備品のこと。

半科学・半魔導文明の合いの子のような技術系統で設計されており、HPの管理やエンチャントの切り替えを機械技術で行っている。

 

かつてのエンチャント技術はコストが高く、したがってエンチャントする防具も高価で見栄えのするものが相応の格として選ばれることが多かったが、現代では衣服にもエンチャントが施されるほどにコストが下がった。

 

特に政府要人のビジネススーツなどにエンチャントされるケースが多く、テロ対策として重宝されている。一般社会から魔導が切り離された昨今では、珍しく一般社会でも活用されている魔導の産物といえるだろう。

 

ブルースクワッド冒険者学園の制服もこのバトルドレスであり、難易度の低いダンジョンならこれひとつで踏破できるだけのHPを備えているため、世界一安全な学生服と呼ばれることも。

転生トラックに轢かれても異世界に連れ去られないよ、やったね!

 

しかし学期が進むとこれでは到底防げないほどの強烈な攻撃を行うモンスターも増えるため、あくまでも学院の装備品の中では下級の品。

メーカー製品の防具は制服とは一線を画する性能を誇り、『護法』以外にも身体能力強化や魔術詠唱サポートなどのエンチャントが施されたものもある。

 

極まったプロになるとそんなエンチャントよりもHPだけに全振りした方がいいという脳筋や、ンンンwww多様性こそが正義ですぞwwwwという論者も現れ、マニアックな議論が日夜電子掲示板を賑わせている。

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