野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第15話「茜川春夢とヤッキー、蹂躙する」

「チェストオオオオオオオッ!」

 

 春夢の裂帛の叫びが、闇に閉ざされたビルに響き渡る。

 

 階段の天井からボロボロと落ちてくるのは、真っ黒な体色をした小蜘蛛たち。本体よりも小なりとはいえ人間の頭部ほどもある化け物だ。それが無数に飛びかかってくる様は、蜘蛛恐怖症や集合恐怖症をもつ人間ならとても耐えきれない絵面だろう。

 

 年端もいかない少女なら悲鳴を上げて逃げ出しそうなその闇の雲霞の中に、春夢は獰猛な表情を浮かべながら飛び込んでいく。

 彼女がしなやかな腕を振り回して消火斧を一閃するたびに、小蜘蛛たちは体液をぶちまけながら闇へと還されていく。

 

 その先を行くのは犬面をしたゴーレム、ヤッキーだ。

 2メートルを越える隆々とした体躯で、全身に蜘蛛の攻撃を受け止めている。小蜘蛛たちは鋭い爪や牙でその表皮を傷つけようとしており、またある個体は頭部に蜘蛛糸を噴射して目潰しを行おうとしているが、まるで功を奏していない。

 

 それもそのはず、ヤッキーはコンクリートゴーレムなのだから。鉄筋コンクリートで形作られた肉体は堅牢で、使い魔の攻撃ごときで傷つきはしない。

 犬面のように見える頭部は飾りで、視覚も備わっていない。彼は魔力探知によって物体を見ているのだ。頭部にどれほど蜘蛛糸を噴きつけられようが、煩わしい以外の効果はない。

 

『ワオオオオォォォォォォォン!!』

 

 咆哮をあげたヤッキーが、頭にへばりついた小蜘蛛を鷲掴んで地面に叩き付ける。それを力強く踏み潰すと、小蜘蛛はたまらず黒い体液を撒き散らして絶命した。

 ヤッキーは歩みを止めず、そのまま闇の中から飛び出してくる小蜘蛛たちにカウンターでパンチを叩き込み、腕にしがみつかれたらぶん回して壁に叩き付け、前進を続ける。

 敵の攻撃に怯まずに堂々と進撃する姿は、まるで重戦車のようだった。

 

「やるな、ヤッキー!」

 

 彼が撃ち漏らした小蜘蛛を消火斧で両断しながら、春夢が感嘆の声を上げる。

 ヤッキーはそれに振り向くこともなく、黙々と蜘蛛たちの攻撃を受け止めている。

 

 それは不愛想にも受け止められる仕草だったが、春夢は『攻撃を受け止めるのは任せろ。お前は主人に迫る敵を倒しておけ』というメッセージと受け取った。

 

 春夢はニヤリと唇の端を歪める。

 寡黙な戦士は信用できる。どんな鉄火場でも、危機を未然に防いでくれるのはこういうヤツだ。

 

「でしょ! ヤッキーは強いんだから!」

 

 代わりに小ぶりな胸を張るのはマスターの雫だ。

 だが、頭上の小丸に照らされた顔色は心なしか悪く、肩がわずかに震えている。

 それを見て取った春夢は、心配そうな顔を浮かべた。襲い掛かる小蜘蛛をバシュッと叩き切りながら。

 

「大丈夫か、雫。体調が悪いなら外で休んでてもいいぞ。私とヤッキーで片を付ける」

 

「体調なんて全然悪くないし! 行くわよ、私も!」

 

「でも」

 

「アンタみたいな危なっかしいの、一人で行かせられるわけないでしょ! 私はアンタの相棒(バディ)なの! アンタが行くなら、そこが地獄の底でも私はその隣にいる!」

 

 そこまで言われては、春夢も帰れとは言えない。そこまで無粋ではない。

 ただ、

 

「……体調が悪いならいつでも言ってくれ。なんとしてもビルの外まで送り届ける」

 

「だから体調は悪くないって。……苦手なのよ、虫」

 

 一瞬、春夢はきょとんとした目をした。それはそれとして、飛びかかってくる虫は斬り飛ばした。

 

「……可愛いな」

 

「は!?」

 

 かあっと顔色を紅に染める雫に、春夢は小さく咳払いした。

 

「言い間違えた。可愛いところもあるんだな、と言いたかった」

 

「何よそれ、どういう意味!?」

 

 恐ろしい魔術と呪術を操り、強大なゴーレムの群れを率い、幾度となく自分たちを苦しめてきた大魔導。魔王軍の四天王にして、宿敵と呼ぶにふさわしい存在。

 そんな彼女が年相応の少女のように蜘蛛に怖がっているのが、なんだか春夢にはおかしく感じられたのだった。

 

『あぉん』

 

 そんな背後で行われるやりとりに、ヤッキーはやれやれと言わんばかりに小さく首を振った。

 と、その一瞬の隙をついて新たな小蜘蛛が彼の顔面に飛びかかってくる。さらに同時に数体が腕と脚にもしがみついてきた。連携して動きを封じようというつもりだ。

 

 モンスターは決して思考力がないわけではない。むしろ奴らは狡猾だ。何故ならそれは人の恐怖と悪意から生まれたものであるために。人を恐れさせ、傷つけることにかけては、非常に頭が回る。

 侵入者を観察した小蜘蛛たちは、先頭の犬面の岩男には切り傷がつかないと判断。一斉に襲い掛かって身動きを封じる手に出た。たとえ岩の肌を持つ大男でも、集団で糸を噴きつけてぐるぐる巻きにしてやれば無力化できるだろう。

 

 小賢しい。

 

『ぐるるるるるるるるるぁ!!』

 

 ヤッキーの口ががぱっと開き、鋭い牙が頭にしがみついた小蜘蛛を噛み砕く。

 

「はあっ!」

 

 次の瞬間、春夢の消火斧が闇を切り裂き、ヤッキーの四肢にまとわりついた小蜘蛛を断ち割っていた。

 

「ヤッキー、ごめんね! 損傷はない!?」

 

『ぐるぅ』

 

 心配してくれる雫の言葉に尻尾をパタパタさせ、ヤッキーは無事をアピールする。

 

 春夢は蜘蛛の体液でドロドロに汚れた消火斧をぞんざいに肩に担ぐと、まだまだ続く階段を睨んだ。

 

「……この先に本当にいるんだよな?」

 

 ビルの階段であるにも関わらず、その頭上は高い。本来なら3メートルほどしかないはずの天井は高く闇に覆われて見通せず、階段はどこまでも長く続いていた。

 ダンジョン化した建築物はこうなる。元の建物の造形を残しながらも、外観からは想像もつかないほど広大で複雑な構造となるのだ。

 

 とはいえ、今回のケースは元ががらんとしていたからか、あるいはダンジョンの核となったモンスターにそこまで複雑な構造にするつもりがないのか、ただひたすらに長い階段が続くものとなっていた。

 途中階にはフロアが広がっているようだが、雫はそれを一切無視して階段を上るように進言している。

 

「大丈夫よ、この先にいるわ」

 

「どうして言い切れる?」

 

 春夢は落ち着かない様子で雫に訊いた。

 ビルに入ってから15分は経つ。迷い込んだ子供が食らいつくされるには十分な時間だ。もし見当違いの場所を目指してしまっていたら……という焦燥を感じている。

 そんな春夢に、雫はことさらゆっくりとした口調で返した。

 

「『そういうものだから』よ。目標は、親玉はダンジョンの一番奥まった場所を巣穴にするものだと考えている。それがRPGのお約束」

 

「RPG?」

 

「ゲームの一種よ。目標の元になった人物は、生前そういうお約束に親しんでいた世代だと考えられる。だからそこから生まれたモンスターも、そのお約束を踏襲しなくてはならない。今の時代、怪談系が出自のモンスターは必ずこの法則が当てはまるわ」

 

「わかった。お前が言うならそうなんだろう」

 

 春夢はあっさりと頷いて、歩みを再開した。

 RPGやらゲームやら、聞き慣れない単語はあったものの、雫の言うことなら疑うまい。

 グレンは戦場では自分より賢い者の言うことを信じることにしている。

 自分はただ一本の剣、担い手の考えに愚直に従えずして仕事をこなせようか。

 

「……」

 

 そんな彼女の背中に、雫はもの言いたげな視線を送っていた。

 

 

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 やがて、さらに15分ほどが経過して……。

 徐々に苛烈さを増す小蜘蛛の襲撃をかいくぐり、ついに春夢たちは最上階へと到達する。

 

 闇に包まれた空間にゴーレムコアたちが明かりをもたらすと、うすぼんやりと内部の様子が伺えた。

 足元はこれまでよりもことさら真っ白に、無数の蜘蛛糸に覆われている。

 フロアの中には、何やら大きな塊がごろごろと転がっているようだった。1メートルセンチくらいの高さがある。

 近づいてよくよく目を凝らしてみれば、それは……。

 

「繭……?」

 

「いや……違う」

 

 蜘蛛は繭など作らない。

 となれば、それは……。

 

 繭の隙間からカラカラに干からびた白い物体が覗いているのを見て、春夢は口元を引き締めた。

 

「骨だ。犠牲者の成れの果てか……」

 

「…………」

 

 雫も眉間にしわを寄せ、じっと繭を観察している。

 今更悲鳴を上げるほどやわな性格はしていない。

 

「人間にしてはサイズが小さい。おそらく大半は犬とか猫とかの動物だと思うわ。小動物を襲って力を蓄えて、いよいよ本命に手を付けたってとこかしら」

 

「……子供が本命なのか?」

 

「そうね。都市伝説系のモンスターは、子供を優先して狙うわ。怪談を好んで語るのも、恐怖を覚えるのも子供だから……」

 

「そうか……」

 

 春夢はギリッと奥歯を噛みしめる。

 そのこめかみには青黒い血管が浮いていた。可愛らしい顔立ちとはかけ離れた凄みが全身から鬼気となって漂っている。

 

 そこに、金属を擦り合わせたような気味の悪い声が、フロアの奥から響いてきた。

 

『クックック……ようこそ、私の巣へ』

 

 反応したゴーレムコアがそちらに光を向けると、そこには不気味な男が佇んでいた。

 身長は2メートルほどだが奇妙に手足が細長く、ひょろりと伸びた腕で真っ赤なシルクハットの縁を持っている。顔は黒い闇に包まれて見えないが、その瞳だけが煌々と紅い色を浮かべていた。

 そしてその背中には、大きく膨らんだ赤いマント。手足は細いのに、やたらと膨らんだマントが一層奇怪な印象を受ける。

 

『君たちは私の食餌を取り返しにきたのでしょうな。実に勇敢なお嬢さん方だ。ですが残念、君たちは誘い込まれたのですよ……私の巣にね』

 

「……」

 

 春夢はじっと怪人に瞳を向けている。

 

 これはうまそうな獲物だ、と怪人は心中でほくそ笑んだ。

 ほっそりした体の絶世の美少女。後ろにいる少女もなかなか小柄で愛らしい顔立ちをしている。

 夢と希望に満ち溢れた、まさに今から人生を謳歌しようという年齢。

 

 こいつらの顔を絶望と恐怖に塗れさせ、生きたままぼりぼりと手足を齧ってやればどれだけの力が得られるだろうか。意識を残したままちゅうちゅうと血を啜るのもいい。

 子供たちにこいつらの死にざまを見せつけてやれば、なおのこと新鮮な恐怖を喰えるだろう。

 まったく、オイシイ獲物が向こうから巣に飛び込んできてくれたものだ。

 

 都市伝説と蜘蛛恐怖症が結びついて生まれたモンスター、“怪人赤マント”はギチギチと口元の牙を蠢かせながら、とっておきの決め台詞を口にした。

 

『さあ、赤いマントが好き? 青いマントが好き? ククククッ……!!』

 

 次の瞬間、凄まじい速度で飛び込んできた春夢の消火斧が、怪人の顔面に叩きこまれていた。

 

「黙って死んでろ」

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