野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第19話「朔月雫、チョロまかす」

 警察の事情聴取から解放された頃には、すっかり日も暮れてかなり遅い時間になってしまっていた。

 春夢と雫がこの国の人間であれば家に電話して保護者に迎えに来てもらうところだが、2人は留学生なのでこの国に保護者が存在しない。

 代わりにリンネアに電話して、車で迎えに来てもらうことになった。

 

「また派手にやったわね……。入学式前に乱闘する問題児はたまに出るけど、制服を完全に破損した子は結構レアよ」

 

 毛布に包まった春夢を見たリンネアは、肩をすくめて苦笑を浮かべる。

 警察から子供を救うためにダンジョンに飛び込んだと聞かされたリンネアは、「あとは自分の方からよく叱っておきます。今後このようなことが起こらないように指導を徹底しておきますから」と、ぺこぺこと警察官に頭を下げていた。

 

 そんな彼女の姿を見ながら、春夢は雫に小声で尋ねる。

 

「リンネアはなんで頭を下げてるんだ? 子供を助けたのはいいことじゃないのか?」

 

「教育者の責任ってやつよ。アンタみたいな未成年が社会に迷惑をかけたら、教師が代わりに謝るものなの。特にリンネア先生は教頭で、学園の代表者だからね。学園が社会にどういうスタンスなのかを示してるわけ」

 

「ふうん……そうか。私が下手なことをしたら、リンネアが謝らないといけないのか。じゃあ、もっとうまく立ち回らないとな」

 

 自分のせいで、リンネアに他人に頭を下げさせてしまった。

 そのことに罪悪感を感じて、春夢は顔を曇らせる。

 

 そんな2人のところに、ツカツカとヒールの音を響かせながらリンネアがやってきた。

 

「ほい、お疲れさん。じゃあ帰りましょうか。お腹すいたでしょ、途中でファミレス寄ってくわよ。あと春夢にはジャージを持ってきたから、ちょっとトイレで着替えてらっしゃい。雫は着替えを手伝ってあげて。着替えたら車に乗るわよ」

 

「あ、ああ……」

 

 そっけない態度でてきぱきと指示するリンネア。

 その口ぶりに何も言えず、春夢は言われるがままになっていた。

 

 次に口を開いたのは、リンネアが運転する車の中だ。後部座席に雫と並んで乗せられた春夢は、おずおずと謝罪を口にする。

 

「リンネア、悪い。なんか私のせいで下げなくてもいい頭を下げさせて……」

 

「ああ、いいのいいの。あれは業務の一環だから。教師は外に向かって頭を下げるのが仕事なのよ。もう100年もやってるうちに、何も思わなくなったわ。それより……」

 

 ちょうど赤信号になったところで、リンネアはニカッと弾けるような笑顔を浮かべながら振り返った。

 

「よくやったわね! 力なき弱者を助け、許しがたい邪悪を討滅した! ロクな装備もないのに、本当に頑張ったわ! 大金星よ、もっと喜びなさい!」

 

「え……」

 

 春夢はぽかんとした顔で、リンネアの笑顔を見つめ返す。

 

「……怒らないのか?」

 

「どうして? 貴方たちは人として正しい行動をした。信念のために成すべきを成した人を怒るなんて、道理が通らないでしょ。そりゃまあ、何の訓練も受けてない子が同じことをしたら、教育者として無謀さを叱るところだけど。貴方たちは前世が前世だもの、何を今更じゃない? 勝算があるから雫も春夢を連れて行ったんだろうし」

 

「当たり前でしょ。本当に勝ち目がないなら拘束してでも止めるわよ」

 

 片眼をつぶりながらぞんざいな態度で頷く雫に、リンネアは小さな笑みを漏らす。

 

「まあ、これは教育者として訊いておくけど……。どう? 今回の戦いから、何か得るものはあった?」

 

「……あった」

 

 反省点の多い戦闘だった。そう内省して、春夢は俯く。

 自分ならもっとやれると思っていた。これでも、前世では魔王討伐まであと一歩のところまで歩みを進めた戦歴の持ち主なのだ。そこらのモンスターに決して遅れは取らないと思っていた。そう、慢心していた。

 

 まさか500年の間に、武器が通用しなくなっていたとは。

 そして、華奢な少女の体に転生したことが、ここまで大きく戦い方に影響していたとは。咄嗟に前世での戦い方の癖が出てしまい、ロクに回避もせず敵の攻撃を受け切ろうとしてしまった。

 頭に血が上って飛びかかってしまったが、HPもなしに敵と殴り合うのも、今思い出すとゾッとする。

 自分は危うく茜川春夢を殺すところだったのだ。自分のような死人が未来ある少女の肉体を奪った上に、傲慢な考えで死の危機に追いやるなど。

 運よく勝てたからよかったものの、これで負けていれば……。仮に死ななかったとしても、体に二度と消えない後遺症が残っていたらと思うと、自分の迂闊さ、身勝手さに腸が煮えくり返りそうな怒りを感じてしまう。そこまで思いつめなくてもいいよ。

 

「私はもっと、この体に合った戦い方を身につけなくては。いつかこの子が意識を取り戻したときに、傷一つあっちゃいけない。そう思ったよ」

 

「そ。じゃあよかった。ちゃんと一戦終えるごとに反省して、学びを得る。そうすることが明日の勝利につながるのよ」

 

 100年もの間、教師として多くの生徒を育て上げてきたリンネアの金言に、春夢はこくりと頷いた。

 

「ああ、まったくだ。……いい言葉だな。リンネアもすっかり重みのある言葉を口にするようになった」

 

「ふふっ、私が何人の生徒を育てたと思ってるのよ」

 

 なお、本人たちは忘れていることだが……。

 そもそも500年ほど前に、無鉄砲で生傷の絶えない戦い方ばかりしていた妹分を見かね、この言葉をそっくりそのまま口にしたのは当のグレンである。

 

 年端もいかない人間のくせに、年上に生意気言わないでよね!と偉そうなことを返していたエルフの小娘は、その後も失敗するたびにグレンにお説教されて、ようやく自分の戦いぶりを見返すようになったのだった。

 当時の光景(メスガキだった頃の自分)を見返す(すべ)があれば、リンネアは恥ずかしさのあまりにその場に穴を掘って埋まって、そのまま森の肥料になることを選ぶだろう。

 見せてやりてえ~。

 

 なお、雫はそんな2人の会話を見ながら、ちょっと面白くなさそうな顔をしていた。

 2人だけの世界で話されると輪に入れずにイラッとするけど、リンネアがどれだけ長いことグレンを待っていたのかも知っている。とある理由で雫はリンネアに負い目があるので、間に割って入りにくいのだった。

 

 さて、そこまで話してから、春夢はふとあることに気づいた。

 

「そういえば、制服なくなっちゃったけど……これ、明日からの授業ってヤツに問題ない?」

 

「あるわね」

 

「明日が入学式だもんねぇ……」

 

「え、もしかして私何かやっちゃいました?」

 

 顔を曇らせる春夢を安心させるように、リンネアは軽く笑った。

 

「大丈夫よ。ウチの学校では入学前に制服を数着買わせるからね。なにせいざというときの命綱だし。どんなに注意していても、ちょっとした油断や不幸な事故でHPは簡単にゼロになるものなのよ。むしろ制服を壊したことがないまま卒業する子は稀ね」

 

「まあ、そうか。私たちの時代でも、遺跡荒らしなんてやる奴は長生きできないって散々言われてたからな」

 

 グレンの生きていた時代では、ダンジョンアタックなど自殺志願と同義に扱われていた。凶悪で狡猾なモンスターたちがひしめく巣穴に望んで飛び込んでいくなど、およそ正気の沙汰ではない。しかも大したお宝が見つかるわけでもないのだ。あまりにもダンジョンを攻略するメリットがなさすぎる。

 

 それでも放置しているとモンスターがダンジョンからあふれ出して付近の集落を襲ったりするので、定期的な駆除が必要だった。グレンも村人に泣きつかれて、ダンジョンに潜ったことが何度かある。

 

 まあざっと思い返しても、死傷率の高い仕事だった。モンスターの襲撃、自然湧きするトラップ、予想もしない場所からの奇襲、同業者のポカでモンスタートレインに巻き込まれ、冒険者の懐を狙う盗賊団。死に至る要素が多すぎた。

 死の危険を服の一着で肩代わりしてもらえるなら、あまりにも安い買い物といえる。

 むしろそういうバックアップがないなら、ダンジョンなんか絶対に潜るべきではない。命がいくらあっても足りないぞ。不死の勇者だった自分が言うのだ、間違いない。

 

「本当にいい時代になったな……。そうか、じゃあいくらでも死んで学べるってわけか」

 

「あー……とはいえ、あんまり死なない方がいいわよ。全滅したら救出隊が助けに行くけど、出動費用を請求するわ。それと、制服って現金で買うと結構高いし……」

 

「え。いや、効果を考えればかなり高くても当たり前か。私たちの時代にこんな性能の防具があったら、万金積んででも手に入れる価値があるもんな」

 

 きっと茜川春夢の親も、娘のためを思って高い金を出して制服を買い与えたのだろう。子供の無事を願って買われた制服を、自分みたいなむさいオッサンの亡霊が台無しにしてしまったと、春夢は内心でかなり落ち込んだ。

 そんな春夢を元気づけるように、雫がことさら明るく笑いながら肩を叩く。

 

「大丈夫よ! 学内通貨を使えば安く買えるから心配いらないわ」

 

「学内通貨?」

 

「そうよ。冒険実習中にダンジョンで見つけたイデアニウムは、学園が買い取って学内通貨のエンを支給してくれるの。学内通貨は購買部で新しい装備や道具、文房具、食料品なんかを買うのに使えるし、これなら現金はかからないから親に負担を強いることもないってわけ」

 

「おお……。そんなシステムがあるのか。食料まで買えるなら、ダンジョンに潜ってさえいればここでずっと暮らしていけるな」

 

 どこかズレた感想を漏らす春夢に、リンネアは苦笑を漏らした。

 

「学費はしっかりかかるわよ。それに購買部で食料品なんて買わなくても、学食は食べ放題だから。まあ、あくまでもおやつや遭難したときの非常食ね」

 

「……?」

 

 学費というシステムにピンと来なかった春夢が、不思議そうに小首を傾げる。

 そんな春夢に、雫はえへんと薄い胸を張りながらバックパックの中身を探る。

 

「今回の制服の費用は、私が出してあげるわ! 臨時収入があったからね、アンタの取り分ってわけ!」

 

 そう言いながら雫が見せたのは、紫をした奇妙な輝きの石だった。女の子の拳ほどもある大きな石で、宝石の原石のようにも見える。

 じっと見つめていると石の中に何かの光景が浮かんでみえるような気もするが、あまり凝視すると意識を持っていかれそうな危機感を覚え、本能が見るなと警告を発してくる。何とも言えない不可思議な気配を感じる鉱物だった。

 春夢はそれを遠い昔に見たことがある。

 

「魔晶か……かなりの大物だな」

 

「今は想念結晶(イデアニウム)と呼ばれてるわ。昔はマジックアイテムの作成に使う程度にしか思われていなかったけど、今では重要エネルギー資源よ。世界中の発電システムの80%はイデアニウムによって賄われているの。大きさ、純度ともにかなりのものだから、結構高値で買い取ってもらえるはずよ」

 

 掌の上でイデアニウムを弄びながら、雫はホクホク顔を浮かべている。

 

「へえー。それ、さっきのダンジョンで手に入れたのか? いつの間にそんなの拾ったんだ、全然気が付かなかったな。宝箱か何かが……」

 

 そこまで言って、春夢は胸によぎる嫌な予感に、まさかと内心で呟いた。

 同じく路肩に車を停めたリンネアが、怪訝そうな顔で振り返ってくる。

 

「宝箱からはこのサイズは出ないわね……」

 

「……なあ。もしかしてだけど、これあの大蜘蛛の死骸から出たやつ?」

 

「そうよ。性格は三下だったけど、ドロップはなかなかの上物だったわね」

 

『何やってんの!?』

 

 春夢とリンネアが、同時に声を上げた。

 

「いや、警察の人に渡したんじゃないのか!? 証拠品としてモンスタードロップを提出しろって言われて、これですって魔晶渡してたよな!?」

 

「ああ、あれは小蜘蛛から出たイデアニウムをその場で錬成して固めたものよ。小石サイズのかけらでも、集めたら結構それっぽい大きさになったでしょ?」

 

「なんで警察を騙したんだよ!?」

 

 問い詰める春夢に、雫はツンと顔を背けた。

 

「なんで働きもしなかった連中に、戦利品を横取りされなくちゃいけないのよ! 血と汗を流したのはアンタと私! だから戦利品は2人で山分けするの! ゴーレムコアたちもお腹を空かせてるし、はやく食べさせてっておねだりしてるもの。随分マナを消費しちゃったから、このままだと丸損よ」

 

「ゴーレムコアってこれ食べるのか……」

 

 なんと言っていいのかわからず、なんだかズレた感想が春夢の口から零れた。

 

 というか、警察が討伐されたターゲットを大したことがないモンスターと判断したのは、提出されたイデアニウムが想定よりもショボかったからだ。しかし確かに蜘蛛の怪物から作られた物ではあったし、大きさも『それなりには強いモンスターのドロップ』として絶妙だった。

 もし本物が提出されていたら、警察も倒れされたのは報告通りの大物だったと判断しただろう。

 

 お前よくそれでグレンを正当に評価しない奴らが腹立つなんて言えたな!?

 

 ともあれ、警察の鑑定をも騙しきるほど精巧な偽物を、即興で作ってみせた雫の技量があってこその事態ではある。さすがはかつて大魔導と呼ばれた女だった。。

 

「まったく、油断も隙もないわね……」

 

 リンネアはハンドルをコツコツと叩きながら、眉間に指を置いた。

 

「どうしよう、リンネア。これ今からでも警察に届けた方がいいのか?」

 

「え、やだ! 絶対渡さないから! これは私たちのものよ!」

 

 ぎゅっとイデアニウム結晶を抱きしめて離すまいとする雫を見て、リンネアははあっとため息を吐いた。

 

「……いえ、黙っておきましょう」

 

「さっすが先生、そうこなくっちゃ!」

 

「え、いいのか?」

 

 快哉を叫ぶ雫と困惑する春夢の声を受けて、リンネアはげんなりとした顔を返す。

 

「今更持って行っても、誰も幸せにならないのよ。あんたたちは丸損だし、あちらさんはなんで警察に嘘を吐いたんだって怒るだろうし。それなら何もなかったことにした方が、全部丸く収まるでしょ」

 

「……いいのかなあ……」

 

「それに、ファインプレーではあるのよ。その規模の結晶なら、間違いなく噂通りの凶悪な魔物がいたと判断するでしょうけど。じゃあそのモンスターをロクな装備もなしで倒した女の子2人は何者なんだって、執拗な取り調べを受けたでしょうね。下手すると今日は帰れなかったかも。そう考えたら、向こうが軽く思っててくれた方がありがたいのよ」

 

「ああ、なるほど」

 

 リンネアのフォローに、雫は得意そうに鼻を鳴らす。

 

「でしょ? やっぱり私の機転に間違いはないわね」

 

「……とりあえずその結晶は私が預かるわ。明日の入学式の後のオリエンテーションが終わったら、エンに引き換えてあげる」

 

「はーい。よろしくね、先生」

 

 雫はしてやったりといわんばかりの笑顔で、リンネアにイデアニウム結晶を手渡した。

 しかしもしリンネアに渡せなかったら、雫はこの結晶をどう換金するつもりだったのか。

 明日のオリエンテーションで行くダンジョンには蜘蛛のモンスターなど出ないし、宝箱から出てきたと主張するには不自然すぎる。

 結局リンネアを巻き込む形でしか、雫には換金する方法がなかったのだ。

 

(完全に手玉に取ったつもりでいるわね……)

 

 年若い少女の姿をしていても、やはり元は知恵者で知られた魔王軍の四天王。

 感心すると同時に、教え子にいいように掌の上で転がされたのがなんか腹立たしい。

 

「それと、明後日からのファイターの講義は私を選択するように。久々に稽古をつけてあげるわ」

 

「は……!? ちょ、ちょっと待って先生。し、死ぬ。死んじゃう……!」

 

「死にゃしないわよ。死ぬほどシゴいてはあげるけど。返事は?」

 

「は、はいぃ……」

 

 リンネアから濃密な圧を叩きつけられて、しおしおと萎れる雫。

 500年前では絶対に考えられなかった力関係を見せる2人に、春夢は首を傾げた。

 

「……2人はどういうつながりなの?」

 

「ああ、この子は私の教え子なのよ。5年ほど前に帝国に里帰りしたら、子供が頭を打ってから言動がおかしくなったって知人に相談されてね。自分は大魔導士だとか、今すぐ魔王の元に帰参しなくてはいけないとか言い出したから、変なモンスターに精神を乗っ取られたんじゃないかって心配してたのよ。じゃあぱぱっと祓おうかと見に行ったら、この子が私の顔を見て『貴様はグレンの仲間のエルフ!?』って口走ったってわけ。もう一発で正体バレたわよね」

 

 けろっとした顔で説明するリンネアに、雫はみるみる顔を赤らめて身を竦める。

 

「あの……その話は……」

 

「説明しなきゃわからないでしょ。で、しばらく私の元で預かって正気に戻すって親御さんに説明して、養育したってわけ。なんか力に振り回されてすっごい生意気だったし、その割に体力全然ないもやしっ子だったから、根性を叩き直しがてら体術をいくつか仕込んでね。まあそれなりに動けるようにはなったでしょ」

 

「ああああああぁぁぁぁ……」

 

 当時かなりイタい言動をしていた自分を思い出したか、雫が頭を抱えてしゃがみこんだ。そのまま後部座席の下へと潜ってしまう。

 

 はっきり言うと『かつて大魔導士だった記憶と膨大な魔術知識を思い出したクソガキイキリ転生者』そのものだった。

 「私に四人がかりで敗北したことを忘れたようね! グレンもいない今、貴様がたった一人で私に勝てるものか!」と居丈高にリンネアに襲い掛かり、ボッコボコに返り討ちにされた。

 500年間たった一人で修練を積み続け、伝説の冒険者と呼ばれるようにまでなったリンネア。彼女にとっては、ロクな使い魔も揃っていないクソガキ転生者の相手など、文字通り赤子の手をひねるようなものだったのだ。

 

 その後、雫がどういう教育を受けたのかは、現在の態度がすべてを示しているといえよう。

 

「……いい出会いがあったんだな」

 

 にこにこと笑顔で呟く春夢に、雫がはぁ!?と気色ばむ。

 

「この女、体罰教師よ! エルフのくせにとんだフィジカルエリートだし! 何が森の美しき守り手よ、森の逞しきゴリラの間違いでしょ!?」

 

「よほど厳しくしごいてほしいようね。お前もゴリラにしてやろうか?」

 

「ひいっ……!」

 

 そうしてじゃれあう2人に、春夢は微笑ましいものを見る視線を向ける。

 うん、よかった。

 リンネアは500年前の思い出話ができる相手を見つけられたし、雫は頼りになる大人を得られた。2人の孤独を、グレンは知っている。

 周囲の者に先立たれ、やがて共通の過去を持つ者がいなくなっていくエルフの宿命。

 名前を与えられず、製造者にも愛されず、頼る相手を見つけられずにずっと苦しんでいた500年前の魔族の少女。

 お互いがその不足を癒せるなら、それはいい出会いだったはずだ。

 これならいつか自分がいなくなっても大丈夫だな。――そんなわけないでしょ。

 

 そして、そんな春夢からの温かな視線を受けながら、雫の耳元でリンネアが囁いた。

 

「じゃあこれから毎晩、この子の相手を頼んだわよ」




雫は割と悪い子です。
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