野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第21話「茜川春夢、夢の図書館に囚われる」

 不思議な夢を見た。

 

 春夢は、自分が無数の書架が立ち並ぶ巨大な建造物の中に佇んでいることに気づいた。

 グレンは前世で一度も行ったことがないが、茜川春夢は知っている。そこは図書館と呼ばれる場所だ。

 ただ、そのスケールがあまりにも広大だった。見上げれば何層にも渡って書架は伸びており、あちこちに梯子が立てかけてある。

 そしてそれらの書架にはいずれもぎっしりと無数の本が収められていた。どれだけの蔵書があるのか見当もつかない。

 

 そしてその収蔵された書籍もまた、千差万別のようだった。

 一般教養、錬金術、魔術理論、科学、哲学、呪術、禁術、児童書、ペット育成論、動物写真集、漫画、恋愛小説、コンピューター専門書、中学教科書、TRPGルールブック……。

 小難しい内容の専門書があるかと思えば、意外と豊富な娯楽本が混じっていたりもしているようだ。軽く周囲を見渡した限りだと、魔術の本が一番多いだろうか。

 

 そしてそれらの“本”の形態もまた、多岐に渡っていた。

 専門職人による立派な皮装丁の本があるかと思えば、ほぼ装丁と呼べるほどのものでもないペーパーバック、あるいは1枚の紙をくるくると巻いたスクロール、現代の書店にもあるようなソフトカバーの新書、緑龍帝国風の糸で綴じられた書籍など、およそ古今東西の“本”と呼ばれるものを集めたかのようだった。

 全部でどれだけの本があるのか、まるで見当もつかない。

 

 よくよく見れば本だけではなく、点きっぱなしになっているパソコンもある。

 グレンにはわからないことだが、そこには学術論文やWEB小説などが閲覧できるようになっていた。

 

 物珍し気に、春夢はぶらぶらと周囲を歩き回る。

 冒険者という人種は、未知の場所があれば探索したくてたまらなくなるものなのだ。

 

 本を手にとるでもなく、何か物珍しいものがないだろうかと広い広い図書館の中を、春夢はあてもなくさまよう。

 

 ……やがて、違和感に気が付いた。

 

 この建物には、人影がまるでない。

 建物のスケールはあまりにも大きいのに、そこには自分以外の誰もいない。利用者も、司書も、誰もいなかった。

 

 そして、この建物には窓がない。

 あちこちに電灯が配置されており、快適に蔵書を探せるようにはなっているが、どこを見渡してもすべての壁は書架で埋められている。

 日光は紙を痛めるためか。

 それにしてもどこかに採光窓くらいはありそうなものだが、図書館の外の風景を窺えるような場所は一切なかった。

 言いようのない閉塞感。外の世界がどうなっていようが、この図書館には一切関係がない……そんな雰囲気を感じさせる。

 

 しかしそんな環境なのに、春夢はまるで息苦しくはなかった。

 むしろとても居心地が良い。ただ静謐で、暗く、安心感がある。ずっとここで過ごしていたことがあったかのような、落ち着いた感覚。

 奇妙なほど心が安らぐ、不思議な場所だった。

 

 ふと、春夢は書架の中の一冊の本に目を留める。

 背表紙には書名が記されていない。黒い皮で装丁された、何の変哲もない本だ。

 どういうわけかその本が気になって仕方がない。まるで私を読んでと呼びかけられているような。

 春夢は書架から本を抜き取ると、表紙に目を落とした。黒い皮表紙に、金色の文字が彫られている。

 

『名を与えられなかった少女の生涯』

 

 開く。

 

 その瞬間、本から無数の黒い帯が飛び出す。

 まるでベルトのような見かけの、蛇のようにしなやかで素早い帯。

 ほんの一瞬の不意を突かれ、四肢をぐるぐる巻きにされた春夢は、身動きがとれないまま直立姿勢で固定された。

 

 そんな彼女の前に、一人の少女が姿を現す。まるで空中から湧いて出たように。代わりに開こうとした本が、掻き消えるようになくなっていた。

 

『あはは、引っかかった! 引っかかった!』

 

「……雫……?」

 

 ウェーブがかったこげ茶色の髪をセミロングに切り揃え、ルビーの色をした瞳には、二重の輪のような光彩が浮かんでいる。

 それは確かに今日知り合った魔女族(マギ)の少女、朔月雫の姿。

 

 しかしその瞳の奥には、どろりとした闇のような色が垣間見える。

 

『ダメよ、春夢。勝手に他人の人生を読んだりしちゃマナー違反よ。いえ、そもそも勝手に他人の夢に入ってくるなんて、ヒトとしてどうかと思うわ』

 

「……他人の夢? ここはお前の夢の中だっていうのか?」

 

 そもそも他人の夢に侵入したという覚えがなく、春夢は目を白黒させる。

 しかし今日の朝にリンネアが言っていたことを思い出せば、自分はどうやらまた他人の夢の中に侵入してしまったようだと察しがついた。

 

「そうか、またやっちゃったのか」

 

 春夢はため息を吐くと、雫に頭を下げた。

 

「ごめんな、そんなつもりはなかったんだよ。すぐ出ていくから、これを外してくれないか?」

 

『だぁ~め♥』

 

「えっ?」

 

 雫はクスクスと笑い声を上げながら、春夢の細い顎に指を伸ばしてくる。

 

『ここから出てどこに行くの? どうせ他の女の子の夢にお邪魔しちゃうんでしょ。ここは女子寮だし、アンタにとっては食べ放題のビュッフェみたいなものだものね。可愛い女の子たちをとっかえひっかえ、好き放題に食い散らかしちゃうんでしょ? そんなの絶対許さない」

 

「いや……そんなつもりはないんだけど」

 

『そんなつもりがなくてもしちゃうのが、サキュバスっていう種族なの。アンタは他人の夢の中でエッチなことをしないと生きていけないドスケベな生き物なのよ』

 

「そんなことはない……と思う」

 

 いや、その通りだよ。本能だから仕方ないね。

 

『だからこれからアンタの欲求をぜ~んぶ私が受け止めてあげる。もうこれから一生離さない。アンタはこれから毎晩ずっと、私と一緒の夢を見るのよ』

 

「ん? それはどういうことだ?」

 

 雫は大きく手を広げると、自分たちが立つ広大な図書館を示して見せた。

 

『“広漠無辺の大図書館(ユニバーサル・ライブラリ)”。それはかつて大魔導と呼ばれた魔女が持っていたユニークスキル。彼女は脳の記憶力を超えた量の魔術知識を蓄えるために、自分の魂を改造した。魂の内部に、図書館を模した巨大なダンジョンを形成したのよ。彼女が見聞きしたすべては、書籍としてこの図書館に収められている。いつでも望むときに、本を紐解いて鮮明に知識を思い出せるのよ』

 

「……人間の魂の内部にダンジョンを作る!? じゃあここは……そんなことができるのか!?」

 

『できたのよ。彼女の魂は特別製だった。通常の人間なら間違いなく魂が破滅を迎えるだろう改造に、耐えきることができるほどに。それに成功したからこそ、彼女は大魔導と呼ばれる存在に成り上がった。……ああ、安心して。モンスターなんてここにはいないから』

 

 雫は春夢の表情をうかがいながら、クスクスと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

『そしてこのスキルのもうひとつの効果。“足を踏み入れたものの魂を呪縛する”。私の夢に迷い込んでしまったアンタは、私と魂を密接に結びつけられた。これからアンタは眠りに落ちるたび、自動的にこの図書館に……私の魂の中に招き入れられる。抗うことは許さない。他の女のところになんて行かせない。私の中に気安く踏み入ったのが運の尽き。これからアンタはずぅーっと、私と一緒の夢を見るの』

 

 もはやその瞳は光を失い、真っ黒な闇そのものに染め上げられているかのようだった。それは彼女が理性で押し殺していた感情の色か。あるいは、彼女という存在の根源に起因するものか。

 にいっと唇の端が吊り上がった不気味な笑顔を浮かべながら、雫は縛り上げられた春夢の顔を覗き込む。その様相はまるで人間とは思えないほどの異形に変じようとしていた。

 

『どう? 素敵な提案でしょう。ふふっ、再会した私が友好的だからって油断した? 私はこれでも魔王様の……』

 

「……確認したいんだが。つまり私はこれから毎晩、お前の夢の中に入るということだよな。つまり朝が来れば解放されるし、日中に影響はない。眠っている間だけお前の夢に囚われると、そういう認識でいいか?」

 

『そうよ』

 

「じゃあいいぜ」

 

『えっ』

 

 あっけらかんとした春夢の言葉に、雫はぽかんとした表情になった。

 

『ええと……いいの?』

 

「いいよ。つまり、私が他の女の子の夢の中で勝手にスケベなことをしないように、毎晩お前が見張ってくれるってことだろ?」

 

『……うん』

 

「そりゃ私にとってもありがたい話だ。勝手に見知らぬ子を夢の中で犯したりするなんて、とんでもない話だよ」

 

 しゅるるっと音を立てて、動画を逆再生するかのように春夢の拘束が解除される。

 春夢は雫のふわふわと柔らかな髪を撫で、異形のような顔つきになっていた彼女の表情を見ながら、小さく苦笑を浮かべた。

 

「だからそんな悪ぶらなくてもいい。『勝手に身柄を拘束するから』って罪悪感があるから、恨まれてもいいようにそんな態度取ってるんだろ? 心配しなくても、私は自分の意思でここにいるから。安心しろよ」

 

『……』

 

 雫は変形した顔を元に戻すと、真っ赤になった顔色を隠すように頬に両手を当てて、ふみゅうと鳴き声を上げた。

 

『なによもー。普通はこんなことされたら怖がるものでしょ。自分の中にダンジョン飼ってる女なんて、はっきり言ってバケモノよ……?』

 

「大魔導なんて呼ばれるような奴が尋常な人間であるわけがないだろ。なんせこっちは女神に祝福された不死身のバケモノだったんだぞ? そんなのと生身で何度も激闘を繰り広げたんだ、お互い様だろ」

 

『まあ、そうよね……お互い様ね』

 

 何が嬉しいのか、雫はえへへとはにかんだ笑みを浮かべる。

 

「それにだ」

 

 春夢は広漠に、寂寥(せきりょう)に、どこまでも広がる無人の図書館の天井を見上げた。

 

「こんなところに独りぼっちなんて、寂しかっただろ。お前が望むなら、私がここにいてやる。もう決してお前を一人にはしない」

 

『~~~~~~!』

 

「うわっ!?」

 

 雫は体当たりするかのような勢いで春夢に抱き着くと、ぐりぐりとその額を首元に擦りつけた。その衝撃によろけそうになりながらも、春夢は雫の体を受け止める。つむじから、とてもいい香りがした。

 

『もー、何なのよアンタは! どうして私が言ってほしいことピンポイントで当ててくるわけ? バカ! バカ春夢! こんなのもっと好きになるでしょ! もう世界中で何よりも好きなのに、これ以上好きにさせてどうしようっての!?』

 

「お、おう……」

 

 春夢はすきすきと甘えられながら、ぱちぱちと瞳をしばたたかせた。

 相変わらず、なんでこんなに好かれているのかの説明はないのだが。今は訊いちゃだめだよ。好かれてる原因を覚えてないのは間違いなく機嫌を損ねるから、時間をかけて聞き出すの。わかった。

 

 それにしても積極的だった。現実での姿との乖離が相当激しい。まあ顔を変形できたりする時点でわかりきったことなのだが。

 

「……もしかして、お前って雫本人じゃない?」

 

『そうよ。私はこの図書館の“司書(ライブラリアン)”。朔月雫が必要になった知識を蔵書の山から引っ張り出してくる、彼女の魂で作られたゴーレムなの』

 

「なるほど……」

 

 なるほどと口にするほど理解が及んでいないのだが。

 

「つまり雫の心の一部みたいなもんか」

 

『そういうことよ。さすがね』

 

 結局それが雫の意識とどう関係があるのかわからないのだが。言動を見る限り、現実の本人よりもちょっぴりフリーダムで素直そうな性格だと春夢は思った。

 うん、まあとりあえず。

 

「じゃあ退屈だし、なんかオススメの本とか読ませてくれよ。司書を名乗るからには、そういうのできるんだろ?」

 

『もちろんよ! じゃあ私の自作ペット写真集を見せてあげる! ほら見て、歴代のラブリーペットのベストショットのすべてがここに! ね! 一緒に見よっ、ね!』

 

「お、おう。すっごい分厚いな……」

 

 ほぼほぼ鈍器といって差し支えないほどの分厚い本をどこからともなく取り出した雫の圧に、春夢は圧倒される。

 

『立ったままじゃなんだし、くつろぎながら見ましょ!』

 

 雫がひょいと手を振ると、2人の背後にダブルベッドが出現する。

 ぽーんとベッドに身を投げ出した雫は、春夢の手を引っ張って一緒に横になるように促してきた。

 

「なんかすごいな、こんなこともできるのか」

 

『そりゃここは私の世界だしね。でも、アンタもできるはずなのよ。夢の主導権を渡すつもりはないけど。さ、私の隣に来て。はやくはやく!』

 

 そこまで言って、雫ははっと気づいたように自分の胸元を抱きしめる。

 

『……でも本格的にえっちなことはナシよ? そういうのはお互いもうちょっと大人になってからね……?』

 

 ピキーン! 春夢の脳裏に、一瞬戦慄が走る!

 反射的にもちろんだと返しそうになったが、それはなんだかまずい気がする!

 

「……ああ、うん。わかった」

 

 春夢は無難な言い方で頷いた。ふー、危ない危ない。

 

 それにしてもこの雫は積極的で可愛いな。いや、雫はずっと可愛いのだが。

 春夢がついつい頭を撫でると、雫はゴロゴロと甘えたように喉を鳴らした。

 

『ふみゅ~ん、もっと撫でてー♥ いい子いい子してー♥』

 

「おう、満足するまでやってやる」

 

『ふみゃーん♥ ゴロゴロ、にゃーん♥』

 

 

 

 

 ……そんな主人に、書架の影から向けられる視線があった。

 大きな犬と小柄な猫。

 まるで人間のような知性の宿った瞳で、2匹はじっと主人の醜態を見守っていた。

 

『……ねえ、あれを止める?』

 

『いいや。ぼくはそこまで無粋じゃない。ぼくたちがいつも甘えてるんだ。ごすずんにだって誰かに甘えたいときもあるだろう』

 

『よかった。棒で叩かれたこと根に持ってるかと思った』

 

『まあそれは許さないけど。あれめちゃめちゃ痛かったんだぞ』

 

『確かにあの扱いはないわね……』

 

 はあっと猫はため息を吐く。

 

『あなたが思ったより理性的でよかった。間に割って入ろうとしたら止めようと……あっ! 翠玉、そっちに泳いでいっちゃダメよ! え? “大好きなママとぽかぽかな人の間に挟まったら2倍幸せ”? そりゃそうかもしれないけど、今はダメだって! もう! あっ、千風(ちかぜ)もついていかないの! こらーっ!』

 

『……きみも苦労性だな』

 

『なんで猫の私より自由なのよ、あなたたちは~!』

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