野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第3話「戦士グレン、宿敵と共に散る」

「シルヴィア! “防護”で防げるか!」

 

「だ、ダメです! あれは極めて純粋で強力な“呪い”、私たちを滅ぼそうという数百匹もの魔族の意思を形にした、原初の魔術です。魔法でどうこうできるものでは……!」

 

「逃げ道もないよ……!!」

 

 グレンの呼びかけで大魔導の狙いに気付いたアルベールたちが慌てているが、もはや今更どうしようもない。退路も完全に断った。

 貴方たちは私たちと共に、ここで永遠を数えるのよ……!!

 

「アルベール、命令してくれ」

 

 今にも破滅の光が降り注ごうとするなか、静かにグレンが呟いた。

 

「命令……!? 命令って、お前、何を……」

 

「『斬れ』と命じてくれ。あの光を」

 

 誰がどう考えても不可能なことをグレンが言った。

 

 剣で魔法は斬れない。物理的な干渉で魔術式を切断できるはずがない。

 いや、グレンが何度か敵の攻撃魔法を斬ったことがあるのは確かに認識しているが、何かの間違いだと思うし、深く考えないようにしてきた。

 

 しかしよりにもよって、あの魔術は強力すぎる。形を変えれば、あの呪いはきっと大都市ひとつを軽く呪殺して余りある。並みの精神力しかない人間なら、あの光を目にした瞬間に絶命しているだろう。自分やグレンであっても、ある程度近づけば瞬く間に死に至る。

 魔術師の素養も持つアルベールの目には、どうあっても不可能なこととしか映らない。

 魔術の知識など一切なくても、歴戦の冒険者であったグレンにもそれはわかっているはず。だというのに、

 

「言え、アルベール! 俺はお前の剣だ。俺は常にお前に相応しい剣でありたいと思って生きてきた! あれが魔族たちの執念の塊だというのなら、お前の剣である俺に断てないわけがない!!」

 

 そんなバカな。数百もの魔族の魂に、お前ひとりで立ち向かえるわけが。

 

「言って、アルベール! グレンを信じてあげて!!」

 

 喉元まで出かかったアルベールの言葉を、リンネアが押しとどめた。

 

「そうか……そうだな」

 

 アルベールは微かに笑い、ポンとグレンの肩を叩いた。

 

「あれを斬ってくれ……俺の剣、グレン!」

 

「応よッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 グレンは一声吠えると、大剣を正眼に構えて振りかぶった。

 もうどれだけの魔族を、モンスター、ときには人間を斬ってきたか思い出せないくらいに振るってきた、自分の分身とも呼べる剣。

 

 特別な謂れなんて何もない。ただ頑丈だからという一点で、ある街の武器屋で買った。無骨で不格好で切れ味も悪く、頑健さというただひとつの理由で使い続けてきた。

 

 そう、その在り方はまるで自分の人生のようで。

 刀身に無数に刻まれた細かな傷すらも、いつしか愛着と誇りになった。

 

(今までありがとうな。悪いが、最後に俺と一緒に無理を通してくれ)

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 咆哮と共に、大剣が脈打つ。

 まるでグレンの体から血管が通されたかのように、赤い光が大剣の表面に浮かび上がる。

 刀身を伝う赤い光は次第に面積を広げ、やがては剣自体が真っ赤に赤熱したかのように深紅の色を湛えるに至った。

 

 これはグレンが使える、たったひとつの技術(スキル)

 手にした剣を自分の体の一部に変える能力。己の肉体を剣と同化することで、グレン本人の『斬る』という意志を剣に乗せる。

 ただそれだけの単純なスキルで、彼はすべての敵を斬り伏せてここまで来た。

 しかし……。

 

「ぐ、グレン……!? そのスキルを使ったらこの後どうするの!? 武器なくなっちゃうよ!?」

 

 スキルの代償は、剣の融解。

 彼が剣に自分の意思を乗せるたびに、少しずつ剣は溶け落ちる。その全力を解き放てば、どんな頑丈な剣も必ずドロドロに融けて使い物にならなくなった。

 

「出し惜しみをして勝てる相手か……! 全ツッパだ、後のことはあいつを倒してから考える!」

 

「そんな無茶な……!」

 

 リンネアの悲鳴を聞きながら、グレンはスキルを全開放する。

 苦楽を共にした相棒の寿命を一気に使い潰し、吠えた。

 

「後のことは知らん! だが、こうなったら、『斬れる』!!」

 

 妹分を背にかばい、グレンは目の前の巨大なゴーレムを睨み付けた。

 周囲のゴーレムたちが次々に力を失い、崩れ落ちていく。

 きっとあのゴーレムに宿っていた何かが、巨大なゴーレムに食らわれているのだ。

 

 最初から、あの女はそれが目的だったか。

 無数のゴーレム兵も、背後の扉のゴーレムも、すべてはこの乾坤一擲の一撃のための捨て石。きっとあの女自身の命さえも。

 

 いいだろう。もうお前とも長い付き合いだ。

 お前がすべてを捨ててかかってくるなら……俺が受け止めてやる。

 

「『七色封滅陣(プリズミック・ブラスト)』!!」

 

「俺は……剣だあああああああああああああああああッッッッ!!!」

 

 

 その瞬間、世界が割れた。

 

 

 少なくとも大魔導はそう思った。

 グレンの振り下ろした大剣は、迫りくる七色の光条を左右に切り裂いた。

 まるでその剣先で世界が断ち割られたかのごとく、光の奔流は4人の勇者たちを避けて左右へと流れ去っていく。

 

 ありえない。斬れるわけがない。理屈に合わない。

 これまで大魔導が培ってきた研究成果が崩壊していく。

 

「あ……」

 

 ぐらりと巨大ゴーレムの体が傾き、大魔導はとっさに浮遊の魔術で宙に飛び上がる。

 

 巨大ゴーレムの頭部の砲台が左右に割れ、やがてその線は胴体にまで及び……ずぅんと重い音を立てながら、周囲のゴーレムの残骸を巻き込んで倒壊していく。いくつもの柱を巻き込んで叩き折りながら。

 

 まるで時間が止まったかのような静寂。轟音が上がっているはずなのに、何も聞こえない。

 呆然と自分の成果物を見下ろす彼女の耳に、悲鳴のような叫びが届く。

 

「今だ、斬れッ!! 大魔導も斬るんだ、グレン!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 赤熱した刀身は、まるで融解点を迎えたように半ば溶けかけて。

 それでもグレンは雄叫びを上げながら、大剣を手にこちらへと突進していた。

 

 彼が必死に雄叫びを上げている理由が、何故だか大魔導には理解できた。

 

 引導を渡そうとしている。

 戦士の経験か、野生の勘か。大魔導の命がもう尽きようとしているのを悟り、その前に自分の手でトドメを刺そうとしているのだ。

 だけどその瞳に宿るものはきっと、憎しみではない。

 

 だってそうだろう。人の身で神の御業を弄び、魂を冒涜する禁忌を犯した者が、まともな死に様を迎えるはずもない。

 おそらく自分はこの後、想像を絶する苦痛と共に悲惨な死を迎えるだろう。それは呪術を操る者として、当然の末路だ。

 

 それを覆そうというのか。そうなる前に一息に殺してやろうというのか。

 貴方は本当に……。

 

「優しい人」

 

「大魔導ッッッッ!!!」

 

 グレンの一閃が、大魔導の胴を横薙ぎに断ち割った。

 

「ごめんなさい」

 

 大魔導は、両腕をグレンの背に回し、固くしがみついた。

 もうなくなってしまった下半身から、血と共に最後の命の欠片が抜けていく。

 だけど、この腕だけは離さない。もう絶対に、何があっても……。

 

「貴方の優しさに付け込んだわ」

 

 そして、大魔導はもうひとつの“切り札”を発動した。

 

『天を巡るは七つの円環、地に座すは四柱の神、いざ讃えよ黒の呪縛――』

 

 ぞわり、と激しい悪寒がグレンの背筋を走る。

 嫌な予感に襲われて足元を見れば、斬り捨てたはずの大魔導の下半身の形はなく、その血と肉は真っ黒な泥のように溶けて、グレンの体を覆い始めていた。

 

『我が魂を贄として、この者の魂と共に世界より追放せよ』

 

「ごふっ……」

 

 グレンは、自分が血を吐いたと思った。

 だが、違う。自分の口から出たものも、闇のように真っ黒な泥だ。

 侵食が早い。

 ……いや、当たり前なのか。

 この娘は自分の手で殺した。

 ならば彼女がかけた呪いは、この上なく凶悪な呪詛になるはずだ。

 

「グレン!?」

 

「来るな!!」

 

 駆け寄ろうとする仲間たちを制止して、グレンは自分の肩に抱き着いた少女の頭を軽く撫でた。

 フードが外れ、豊かな金髪がサラリと流れる。

 

「……最初から俺が標的だったのか?」

 

「禁呪も含めれば、そうね。何がどうあっても、貴方だけは必ず連れていくと決めていたわ。貴方が……一番、危険だから……貴方さえ、いなければ……お父様は必ず……勝って……」

 

 そのお父様とやらが、君に何をしてくれたんだ。

 自分の娘が命を捨てるのをどこかで黙って見ているような男が。

 

 その言葉が口から漏れそうになるのを、グレンは奥歯を噛みしめて堪えた。

 フードを外した彼女の顔が、予想以上に幼かったから。

 

 これから死出の旅に出る子供にかける言葉ではない。

 たとえそれが自分の命を諸共に連れて行こうとしていたとしても、大人の男としての誇りにかけて、口が裂けても言ってはならない。

 

 だから代わりに、仲間たちにこう言った。

 

「すまん。どうやら俺はここまでだ。本当に勝手で悪いが、魔王は俺抜きで倒してくれ」

 

「グレン!? 待て、やめろ! そいつと心中してやるつもりなのか!? 僕と一緒に魔王を倒すんじゃないのか! 平和になった世界で、女にモテモテになるんだろ!!」

 

「まだ、まだ助かるよ! ね!? そうでしょ、シルヴィア!」

 

「……今すぐ引き離して、専門機関で治療を施せば……きっと……」

 

 ああ、気休めだなとわかった。

 自分の臓腑がもう溶けてしまっているのがわかる。脚ももう持つまい。

 それでも大丈夫だ、一緒に帰ろうと励ましてくれる仲間たちが温かくて。彼らの仲間になれたことが、本当に嬉しくて、申し訳なかった。

 

 甘えるように、泣きじゃくる子供のように、自分の胸に頬を預けたまま体温を失う少女の金髪をさらりと撫でて、グレンは瞳を閉じる。

 

 ああ、感覚が遠ざかる。

 溶け落ちた首が、床に落ちて、その感覚もなく、世界から廃棄される。

 最後に一言、唇が動くなら。

 

「俺抜きでも……どうか魔王を倒して、平和な世界……に……」

 

「グレ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん!?」

 

 

 グレンはパチパチと瞬きして、左右を見渡した。

 何やら十数人の見知らぬ人たちと一緒に、巨大な鉄の箱の中に閉じ込められている。

 

 ブロロロロロロロ……という聞き覚えのない大きな音と共に箱が揺れ、グレンは慌てて天井から釣り下がっていた白い輪っかにしがみついた。

 え、何? これは馬車なのか?

 

 おろおろと動揺するグレンの肩に、隣にいたふくよかな婦人が手を置いた。

 

「ねえ、お嬢ちゃん大丈夫? 気分が悪いの?」

 

「え……」

 

 グレンはぽかんとして、思わず目を丸くする。

 心配そうに眉を寄せる婦人の肌は青白く、その頭にはヤギを思わせる大きな二本の角。

 

「ま……魔族ッ!?」

 

 グレンはとっさに大剣を背中から引き抜こうとするが、手は虚しく空を切った。

 そうだ、そういえばさっき溶けたんだった!!

 

 いや、さっきっていつだ!?

 自分はたった今、大魔導と刺し違えて死んだはずで……。

 でも生きてる? ということは、不死身の加護が発動した?

 

 そうすると……。

 俺は今、魔族に捕まって捕虜収容所に連行されているところなのか……!?

 

「う、うわああああっ!! かかってこい魔族どもっ! 俺は素手でも負けねえぞ!!」

 

「きゃーーーっ!? 何なのこの子!!」

 

「君、やめたまえ! 誉れある冒険者学院の生徒が、こんなところで暴れるなど……!!」

 

『お客様!? 車内で暴れないでくださーい!! 他のお客様の迷惑になりまーす!!』

 

 なんやかんやあって、お巡りさんに捕まりました。

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