野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~ 作:風見ひなた(TS団大首領)
「教頭先生、入寮前の生徒が乱闘騒ぎを起こしたのを捕まえたので、引き取りに来てほしいと警察署から電話があったのですが……どうしましょうか?」
「この入学式前の忙しいときに……!」
ピルグリメイジ冒険者学院の職員室で教員の一人から報告を受けた教頭は、こめかみを抑えてため息を吐いた。
そんな教頭の姿を見ながら、報告を上げた女性教員は本当の
これで齢650、エルフとしてももはや老境にあるというからわからないものだ。かつて世界最高の冒険者と呼ばれるほどに積み重ねられた修練が、彼女の心身を未だ若く保っているのだろうか。
修練で若さを保てるというのは女性として実に羨ましい話だが、さて教頭が積み重ねたという修練と引き換えにできるかどうかは怪しい。教員自身も冒険者学院で教鞭を執ることを許されるほどにはベテランという自覚はあるが、教頭が達成したとされる偉業の数々はもはや伝説の領域にある。
単身にて驚くべき数々の冒険を成し遂げたエルフの伝説的冒険者、リンネア。
その最初期の伝説によれば、かつて魔王に最後まで抗った勇者パーティの一人だったというが、それも後に続く数百年で成した冒険譚のひとつでしかない。
そんな生ける伝説と共に仕事ができる日が来るなんて。
彼女の伝説に憧れて冒険者を志した、実はちょっぴりミーハーな教員は、こうやってリンネア教頭の姿を密かに見惚れるのが日課だった。
「その生徒は、どなたの受け持ちですか?」
「シスター・カーミラですが……」
「一番厄介なところに来ましたね。今は出勤していますか?」
「いえ……今日は彼女が運営している孤児院にいるはずで」
「なるほど」
そのために電話して呼び出すのも手間ですね、とリンネアは独りごちる。
「仕方ありません。そんなことに人員を割くのも惜しいですが、誰か空いている講師を迎えに寄越してください。山本先生……はどうせ酔っぱらって使い物にならないでしょうから、ファン先生あたりで」
「承知しました」
さすがに問題児の生徒の面倒を問題児の教員に看させるわけにもいかない。
常に酔っぱらってロクに指南もしない、何でまだ在籍できているのかわからないお荷物教員の顔を思い出して、リンネアはますますげんなりとした顔になる。
まったく、大陸最高のエリート校という風評と、そこに集う生徒と教員の気質が乖離しすぎている。どうしてこの学校は生徒も教員も個性的すぎるイカレポンチが集ってきてしまうのか。
……いや、この平和なご時世にわざわざ冒険者になろうなんて奴が元来マトモなわけもないか。
「それにしても、入学式前に騒ぎを起こすとは……。冒険者になって気が大きくなった新入生が一般人相手に調子に乗ってオイタをするのは毎年のことですが、せめて入学式が終わるまで我慢はできないものか」
独り呟いたリンネアのボヤキに、女性教員はアハハと苦笑を浮かべる。
「それが、どうにもちょっと強めに妄想が入った子らしいですよ。なんだか自分は魔王を倒しに来た勇者だーとか、リンネアたちをどこにやったーとか、そんなことを喚いてるらしいです。まったく、魔王だの勇者だの何百年前の話だよって感じですよねー。あまつさえ教頭先生を引き合いに出すなんて、本当に身の程知らずっていうか」
「……今なんて?」
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「だからリンネアやアルベールとの面会を求めるって何度も言ってるだろ! 捕虜は戦時協約に基づいて対応しろ! 確かにアレがまともに守られたことがないのは理解してるが、何なんだこの処遇は! 変な魔法をかけやがって、俺の体を元に戻せ!!」
鉄格子をガシャガシャと揺らして吠える少女を遠巻きにして、警官たちはぼそぼそと声を交わす。
「……あの子、いつになったら落ち着くんだ?」
「さあ……ここに来てから2時間、ずーっと騒いでますよ。さっき学校には連絡したので、じきに引き取りにくるとは思いますが」
「憧れの冒険者になったクソガキがイキるのはいつものこったが、ありゃちょっと毛色が違うな」
「精神科の受診が必要かもしれませんね」
「若いのに可哀想に……親御さんにあんな可愛い顔に産んでもらったのになぁ」
警官は椅子にもたれかかると、少女から取り上げた学生証を右手にかざした。
『
国籍:緑龍帝国
種族:サキュバス
性別:現時点では女性
学年:1年生
年齢(以下省略)
この者を本校に所属する学生であると証明する』
まだ発行されたばかりのピカピカの学生証には彼女の身分を証明する文言と共に、新品の制服に身を包んでキリッとした表情の少女の写真があった。
美しい、という言葉が陳腐になってしまうほどの、鮮やかに目を引く美少女だ。
瑞々しい光沢が浮かぶ、黒髪のロングヘア……
凛々しさと可憐さのバランスが絶妙に取れた、涼やかな表情。
やや垂れ目で愛嬌が感じられる瞳に浮かぶ、確固とした意思の強さ。
身長は中背ほど、体つきはほっそりとしていてスレンダー気味。
街中を歩けば、彼女のいる場所だけ世界の解像度が上がっているのではないかと感じることだろう。
ただ美しいからというだけではなく、誰もがはっと注目せざるを得ない、独特の雰囲気をまとっている。それはおそらくはカリスマ性と呼ばれる、人の目を惹きつける素質。
「いやぁ、本当に美人だな……サキュバスってのはみんなこんな感じなのか? 大昔は魔王軍にスパイとして重用されたとか、平和になった後は美人揃いすぎて嫉妬を買って
「さすがに夢魔族でも特別じゃないですかね。こんな美人しかいない種族なら、芸能界は夢魔族しかいなくなってますよ」
「ハハ、違いない」
「おい、聞いてんのか看守ども! ここから出せとは言わねえが、せめて仲間の安否くらい教えろ!」
――バス内の乗客に抑え込まれて髪はボサボサ、新品の制服は埃まみれといった惨状で、鈴を転がすような美声でウガウガ喚くモンキーのような何かとはえれぇ違いだ。
「……この写真の中の絶世の美少女と同一人物なのか、これが」
「残念美人ってレベルじゃないですよねぇ……」
警官たちは写真と実物のあまりにもひっどい落差に、はぁ……とため息を吐いた。
そこに、別の警官に案内されて妙齢のエルフ女性がやってきたのは、そんなときだった。
「こちら、身元引受人の教員の方です」
「すみません、この度はうちの生徒がご迷惑をおかけしまして……」
「ああ、先生も大変ですね……」
ぺこぺこと恐縮するエルフの女性に、警官は疲れ切った声で頷いた。
本来は学校でちゃんと常識について指導してほしいと言いたいところだが、さすがに入学式も終えていない生徒に指導もへったくれもなかろう。
「ただ、引き取っていただきたいのはやまやまなんですが、なんだか精神が錯乱しているようで……。出すときにちょっと暴れるかもしれませんよ」
「大丈夫です。荒事は慣れていますから。入学前の生徒なんて指先でチョイです」
「ああ、冒険者の先生ですもんね……」
人差し指をひょいと動かして微笑むエルフの女性に、警官は力なく笑った。
この留置場に詰めている警官全員でかかっても、この女性には手も足も出ない。まさしく指先ひとつで全員畳まれてしまうはずだ。
ダンジョンで鍛錬を重ねた冒険者という人種は、一種の超人だ。現代において武器防具、魔法といったマジックアイテムは法律で領域外での使用を禁止されているが、それでもダンジョンの中での戦闘や学校での指導によって培われた身体能力は脅威となる。
だからこそ冒険者学校では決してその力を街中で悪事に利用することがないよう、モラル面についてもしっかりと指導しているが……。たまに言うことを聞かないクズもいる。
そういう
それにしてもこの先生も美人だな。冒険者ってのは個性的な奴しかいないというが、外見でも際立った連中しかいないのか……。
「先輩」
先ほどの会話に引きずられてか、ついつい良くない目で
いかんいかん……。
「それで、うちの生徒はどちらに?」
「ああ失礼、ご案内します」
……ようやく叫び疲れてきたのか、少女は鉄格子を握ったまま俯いて立っていた。
身なりは若干埃で汚れてしまっているが、それではっきりと目を惹く少女だ。
超が付くほどのベテラン冒険者であり、長年冒険者志望の学生たちを指導してきたリンネアの目には、美貌だけでない彼女の持ち味が読み取れる。
ほっそりとした体つきからして筋力はさほどなさそうだが、柔軟性には長けていそうな四肢の筋肉の付き方。おそらくサーベルやレイピアといった、軽く鋭い剣を学んできているはず。エリート校であるピルグリメイジ冒険者学院に合格するには当然のことだが、地元でしっかりと修練を積んできていることが窺える。
夢魔族は種族的に非力な代わりに、魔力の操作に長けている者が多い。ファイター専門でいくなら非力さが足を引っ張るだろうが、魔術で欠点を補えばその限りではない。おそらくは細剣と魔法の二刀流で戦うタイプ。
まだ年若く、発展途上ではあるが、これからの成長に期待できる。
……つまり。
若き日のリンネアが慕った、あの筋骨隆々の大剣使いとは、まるで正反対の少女。
非力で、魔術の才があり、愛らしい美少女で、戦士としてはさっぱり未完成。
(何を期待していたのかしらね、私……)
待つことにも疲れかけた老女は、内心で苦笑を浮かべた。
そのとき、牢に入れられていた少女が顔を上げ、パッと光り輝くような笑顔になる。
「リンネア! 無事だったのか! よかった、アルベールやシルヴィアはどこだ? こいつら頭が固くてさ、俺の言うことに全然聞く耳持たないんだよ。お前からもなんか言ってくれよ!」
「あ…………」
ああ、間違いない。
この口調。発言の内容。
そして何より、この500年忘れなかった、忘れるそばから必死に記憶に留めてきた、あの頃と同じ笑顔。
絶対に、絶対に、これだけは忘れたくなかった、あの切なく愛おしい表情が。
「グレン……」
「おう! 俺だ! なんか魔族の実験かなんかで女に変えられてるっぽいんだけど、よくわかったな。さすがリンネアだ! ……どうした? なんで泣いてるんだ? おい、リンネア……?」
目の前が滲んで、もう何も見えない。