野郎リンカネーション~スケベ淫魔の転生冒険者学園日記~   作:風見ひなた(TS団大首領)

6 / 25
第6話「戦士グレン、文明の利器にビビり散らかす」

「着いたわ、降りて」

 

「おう」

 

 促されて車から降りた春夢は、リンネアの後をついてガレージをとことこ歩く。

 

 改めてグレンだった記憶と比べてみると、背丈もずっと低いし、歩幅も狭い。視界が広く、一歩で悠々と移動できた生前(グレン)と比べるとかなり不便になったなと感じながらも、何故だかこの身長と歩幅を当たり前と感じている意識が同時にある。

 なんだか不思議な気分だった。

 

 暗いガレージの外に出ると、夕陽の光が目に痛く、春夢は思わず目を細める。もうすっかり日が落ちかけていた。

 太陽の眩しさは500年経っても変わらないんだな、とごく当たり前のことが頭をよぎる。

 ……自分は何を考えてるんだろう、太陽のない世界にいたわけでもあるまいし。500年越しの蘇生……いや転生で、柄にもなくナーバスになっているのかもしれない。

 

「ここが私の家よ。さ、上がって上がって」

 

「おお……」

 

 リンネアの自宅はかなり大きめの門構えだった。豪邸とまでは言わないが、しっかりとした門が備え付けられ、庭もある。ちょっとした館と呼べそうな規模だった。

 

「え、これリンネア一人で住んでるわけじゃないよな? ……あ、もしかして家族がいたりする? 今からでも何かお土産買った方がいいかな」

 

「お気遣いなく、生憎と独身なもので。遠慮しないでお上がんなさい」

 

「じゃ、じゃあお邪魔します……」

 

 何故か敬語になりつつ、春夢はリンネアの後をちょこちょこと付いていった。

 春草の伸びる季節だが、庭の草木は綺麗に刈り揃えられている。春夢は内心でとても感心した。

 

 あのリンネアが、こんな立派な家に住めるようになったのか。無鉄砲で、無計画で、金遣いが荒くて。たまに金が尽きてひもじい思いをしているのを見かねては、次の収入までの借金という名目でこっそりお小遣いを渡していた妹分の出世ぶりに、春夢の鼻の奥がツンとなった。

 

 リンネアが玄関のドアを開けると、夕闇の迫る玄関ホールをパッと明るい照明が照らし出す。頭上のシャンデリアから差す白い光に、春夢は目を丸くした。

 

「おお……!? 魔術光の照明か? すげーじゃねえか、アレってすごく高いんだろ? お貴族様の屋敷に招かれたときに、ものすごく自慢されたもんな! それにドアを開いただけで照明が付くってことは、ゴーレムか人造幽霊でも仕込んでるのか!?」

 

「……ただのオール電化よ?」

 

「おーる……でん……?」

 

「ああ、まず電気という概念がないのか……」

 

 これから何をどう教えたものか、リンネアはズキズキと痛む額を押さえた。

 

 

======

====

==

 

 

「おおー! フカフカだぁ!」

 

 リビングに案内された春夢は、ソファの弾力や抱っこしたクッションの柔らかな感触にはしゃぎ声を上げる。行儀悪くソファの上にあぐらをかいて座っているが、スカートの中が見えそうなことを気にしている素振りはまるで見えない。

 

「すげーな、この椅子も高いんだろ? お貴族様の屋敷の椅子よりずっと座り心地がいいぞ。……なあ、このテーブルって鉄でできてんのか? なんで木にしないんだ? あっ、やっぱり光ったりするとか?」

 

「単にモダンなイメージで統一したかっただけよ」

 

「もだん……?」

 

 目の前のステンレスのテーブルをコンコンと叩きながら、春夢は不思議そうな顔をした。居間にあるインテリアは、グレンが暮らしていた500年前の中世には存在しないものばかりなのである。

 

 テレビ、ステンレステーブル、ソファ、壁掛け時計、ティッシュの箱、スマホのクレイドル、オーディオ機器、ビデオ、エアコン……。現代の『当たり前』の家具が、春夢にとっては未知のアイテムだった。

 

 うっかり触ると壊してしまうかもしれないと思っているので借りてきた猫のようにおとなしく座っているが、その瞳は興味でキラキラと輝いている。冒険者という人種は、まず例外なく好奇心が強いものなのだ。一時代でトップクラスの冒険者ともなればなおのこと。

 

 未知のものを前にウキウキする春夢の様子がなんとも微笑ましく、そして懐かしく感じられて、リンネアは頬を緩めた。

 ああやって未知のものにはしゃぐ彼の横に、かつては無邪気なエルフの少女がいて、一緒になって騒いでいたのだ。無知で、愚かで、だからこそ純粋で。兄のように慕っていた人間の青年に、どれだけ自分が庇護されていたのかを、失ってから思い知った。

 

 ……いや、よそう。あの空虚な日々に彼がいてくれたなら、などといういつもの埒のない妄想に浸る必要なんて、もうない。彼は帰ってきてくれたのだから。

 

 ふと若き日の悪戯心をくすぐられたリンネアは、リモコンを手に取った。

 

『……それじゃ次のニュースだ。緑龍帝国の斎姫(いつき)皇太子殿下は、本日開かれた環境サミットにおいてこのような議題を提案したよ。ダンジョン開拓事業を行う世界的規模の公社を国家間の合弁で設立し、イデアリウム発電によるエネルギー分野を推進するべきであると……』

 

「うわあああああ! 箱の中に小人がいる!!」

 

「あっははは! 本当にそれ言う人っているんだ!!」

 

 ソファの上でぴょんと飛び上がるほど驚いた春夢を見て、リンネアはお腹を抱えてコロコロと笑う。思わず目尻に滲んできた涙を指先で拭い、しみじみと噛みしめるように思う。ああ、なんて懐かしいこの感じ。

 

「えっ、どうなってんの? リンネアの同居人の方? あの、初めまして! グレン……いや、あかねがわ……はる、む?っていいます!」

 

『しかしこの提案を通すのは難しいんじゃないかな? 確かにイデアリウムはクリーンなエネルギーだけど、何しろダンジョンは危ないからねえ。僕もダンジョンでカッコよく戦ってる姿を動画サイトに投稿してヒーローになろうとしたんだけど、モンスターにおケツをかじられちゃって、慌てて逃げだしてきたよ! HAHAHA!!』

 

 当たり前のことだが、テレビの中の司会者は春夢の自己紹介を無視してトークを続けている。次いで会場からドッという笑い声が響くにあたって、春夢は顎の下に細い指を置き、ふーんと考える仕草を見せた。

 

「……ははーん、これはアレだろ。遠隔通話装置か何かだろ。昔もあったもんな、水晶玉を使って遠くのヤツと会話する魔法。それの一方通行バージョンだな?」

 

「おっ、鋭いわね」

 

「ふふん。俺だって原始人じゃないんだぜ」

 

「……やっぱり順応性は高いわね。この分なら、すぐに現代に適応するかも」

 

 えへんっと胸を張る春夢を見ながら、リンネアは小さく独りごちる。

 好奇心旺盛なだけではなく、環境への順応性が高いのもやはり優れた冒険者の特性だろう。

 たとえ未知の環境に投げ込まれても、彼らは3日もあればずっとそこで暮らしていたかのように振る舞える。これは優れた冒険者なら100%誰でもできる。できない者は早々に脱落するからだ。

 

『それに問題はまだあるよ。大陸南部諸国をはじめとする産油国の経済は石油に依存しているからね。石油でお腹も真っ黒な彼らは、綺麗好きなお姫様のクリーンなご意見にカンカンさ!(ドッ!)それに公社を設立するとしても、その舵取りは斎姫殿下がやりたがるだろうしね。それが嬉しくない方もいらっしゃるんじゃないかな? 東にも西にもさ! 北以外は八方塞がりで、なかなか難しい問題だね、これは! ハハハ!(ドッ!)』

 

「……しかしこのオッサンは、何が楽しくてひとりでぺらぺら喋ってるんだ? なんかよくわからんタイミングで謎の集団の笑い声も入るけど、一体何がおかしいのかわからんぞ」

 

 春夢はニュース番組を眺めながら、不思議そうに首を傾げた。

 テレビというシステムは想像できても、ショービジネスという概念は理解できていない。500年前にはまずショーという概念がないので、想像に至るだけの材料がないのだ。

 

「この国のニュース番組ってこんなノリなのよね。何でニュース番組に笑い声が入るのかは……私もわかんない」

 

「にゅーす……?」

 

「……要するに、よ。酒場であちこちの情報を垂れ流してたでしょ」

 

「あー! なるほどね! そうか、こいつは詩人だったのか。うんうん、それならこの寒いしゃべりも理解できるわ。なんだ、あの頃と変わってないな! ……で、おひねりはどうやって支払うんだ?」

 

「前払いしてるから気にしないで」

 

「そっか! じゃあ聞き放題だな!」

 

 ちょっと春夢の扱いに慣れてきたリンネアである。

 だって彼女は伝説の冒険者なのだから、順応性だってばっちりなのだ。

 

『それじゃ次のニュースだ。我らがシュバルツシュタット共和国政府は7月に行われる安息祭において、例年通り記念式典を開催することを発表したよ。今年はローテ伯爵家の当主に就任されたベルレッテ・H・ローテ嬢のお披露目も兼ねているようだね。正直僕たちにとっては魔王様や大逆将軍なんて伝説の中の存在だけど、絶世の美貌と評判の吸血令嬢はぜひお目にかかりたいね!(ドッ!)』

 

「ほーん……」

 

 春夢はクッションを抱っこしながら、ぼけーとした顔で画面を見つめている。

 おそらくニュースの内容はほぼ理解できていないだろうが、それでも断片的に知識を吸収しているのだろう。

 春夢の意識がテレビに向けられている間に、リンネアは夕食の準備を済ませてしまうことにした。といっても、やることは冷蔵庫に入っていた料理をレンジで温め、炊飯器からご飯をよそい、食器によそって並べるだけなのだが。

 

「ご飯にしましょうか」

 

「え? ……ええ!?」

 

 振り返った春夢は、いつの間にか出来上がっていた夕食を見て目を剥いた。

 

「嘘だろ!? さっき席を外したと思ったら、もう料理終わったのか!? 一体どんな魔法を使ったんだ!? 料理を召喚する魔法か……!?」

 

「元から作ってあった料理を温めただけよ。さ、召し上がれ」

 

「お、おう!」

 

 それにしてもご馳走だ、と春夢は思う。

 大皿に盛られたほかほかのミートボール、よく冷やされた新鮮なサラダ、半身に割られた湯気の立つ焼き魚、海藻と貝を煮込んだ澄まし汁。

 器に盛られた白い穀物は見たことがないが、湯気が立っていて真珠のように綺麗な見た目で、すごく食欲をそそられる。

 

 こんなものが家庭で食べられるとは信じられなかった。

 500年前の都市部では、誰も家庭で手の込んだ料理などしない。そもそも家庭にかまど自体がない。

 だから、みんなパン屋でパンを、屋台で野菜のスープを買って、それを持ち帰って食べるのだ。

 肉は基本的には庶民の口には入らない、それは貴族の特権だからだ。

 

 たまにちゃんと味のついたものが食べたくなったら、酒場に行って料理を注文するという贅沢を楽しむ。それが『グレン』の知る都市部の食事風景だった。

 

 ……自分との再会を祝って、こんなご馳走を用意してくれたんだろうか?

 なんだか因果関係がおかしい気もするが、そうだとしたらすごく嬉しい。

 

 ともあれ、これほどのご馳走を前にするなら、こちらも礼儀を尽くさねばなるまい。

 春夢は食事前の作法として、手を組んで祈りを捧げようとした。

 

「豊穣を司りし我らの守護者、白の女神よ。今日の糧を与えてくださったことに感謝を……」

 

「あ、それはもう今後二度とやらないで。私キレちゃう」

 

「……キレるの?」

 

「ブチギレるわ」

 

 淡々と口にするリンネアから何とも言えない威圧感が漂ってきて、春夢は組んでいた手を恐る恐るほどいた。

 するとリンネアはよくできました、というようにニコリと笑い、「こうするのよ」と両手を合わせる。

 

「私たちのご飯になってくれた命たちと、料理を作ってくれた人に感謝を込めて、『いただきます』って言うの。これが緑龍帝国の作法よ」

 

「なるほど。『いただきます』」

 

 なるほど、こっちの方がしっくりくるなと春夢は思った。

 元々それほど信仰心が強いわけでもない。勇者を拝命するときに白の女神に謁見したことがあるので、確かに実在しているものだと認識はしているのだが。

 かの存在がわざわざ民草ひとりひとりに飯を与えてくれるような心配りをするわけもない。そもそも本当にそうなら、どうして毎年何百人もの餓死者が出る?

 祈りを捧げるたびに、心の底ではなんだかピンとこないなと思っていた。

 

 それに比べれば、こっちの方がずっとしっくりくる。これからはそうしよう。

 

 そう思いながらミートボールを口に運んだ春夢は、くわっと目を見開いて肩を震わせた。

 

「う……」

 

「う?」

 

「うまあああああああああああああああああい!!!!!!」

 

 かっぴろげた口と見開いた目からレーザーが迸るような勢いで絶叫!

 

「な……なんだこれ!? こんな美味いものがこの世にあっていいのか!? こんな美食、未だかつて食ったことがないぞ!! お貴族様だってこんなの食えねえ、まさに天上の美味だ……!!」

 

「えぇ? それほど……?」

 

 春夢のリアクションにドン引きながら、リンネアはミートボールを口に運んでみる。

 ……いつも通りの味だ。

 確かにおいしいとは思うが、何もそんな大げさに叫ぶような味ではない。あくまでも一般的な家庭料理の域を出ないおいしさ。そこらの料理店やデリカに行けば、これより美味しいミートボールなんていくらでも提供されるはずだ。

 

「これ胡椒とか入ってるんじゃないか? すごく高かったろ! それに塩もよく効いてるし……。この肉は……なんだろ? 豚か……牛? いや、牛なんてどう料理したって、こんな柔らかくなるわけないよな……。そもそも牛をバラすのなんて、年食って畑耕せなくなったときだけだし、じゃあやっぱ豚……?」

 

「あー……そっかぁ」

 

 まるで調味料など一切なく、調理技術が未発見で、食用牛という概念すら存在しない地獄のように不毛な世界から来た人間みたいなことを口にしている。

 

 ……いや、実際その通りの世界から来たのだ。500年前の中世とは、調味料も調理技術もなく、野菜も家畜の品種改良もされておらず、およそ食という点においては不毛すぎる世界だった。

 そもそもおいしい料理を作るという概念が、庶民から縁遠かった。

 

 料理とは食えないものをなんとか食えるようにするためにする技術であり、おいしい食材をよりおいしくするようなものではなかった。そんな余裕が、社会になかった。

 

 そんな時代から直で現代に来れば、なるほどただの家庭料理でさえ天上の美食に等しいに違いない。

 ははは、この未開の中世人め。現代のグルメに恐れおののくがいい!

 

 ……その未開の中世に、私も生きていたのよね。

 リンネアはしみじみとため息を吐いた。

 

 時は流れる。時代は変わる。そのスピードから振り落とされないように必死でしがみつきながらも、過去の時代を忘れまいと思ってこの歳まで生きてきたけれど。

 やっぱりいつの間にか、かつての気持ちは忘れてしまっていたのね。

 

 リンネアはかつての日々を思い返しながら、もう一度ミートボールを口に運ぶ。

 

「……ああ、本当。すごく、おいしいね……」

 

「おう! すっげえウマイよなっ!! やるじゃんか、500年後の世界!!」

 

 

 屈託のない笑みを浮かべる少女に、老いたエルフは同じだけ微笑み返した。

 こんなに美味しい夕飯は、500年ぶりだった。

 

 

===================

【TIPS】

 

 

【シュバルツシュタット・お笑いニュースショー!】

シュバルツシュタット共和国の民放で夕方5時から放送されているニュース番組。

共和国ではニュースをショー形式で放送する文化があり、この番組でも司会者が時事を笑いを交えながら紹介している。

時折わざと的外れなことを言って笑いを誘うのはお約束。

 

どうやら司会者なりに中立性を保ちたいと思っているようなのだが、結果としてすべてを平等に馬鹿にするというスタンスに着地してしまっており、基本的に毒舌で四方八方に敵を作るトークが繰り広げられる。

そこが面白いという視聴者からは人気を博しているが、たまに司会者へ殺害予告が届けられているようだ。

 

ドッは会場にいる観覧者の笑い声で、ADの指示に沿って笑ってはいるのだが、やべーなこいつ死ぬ気か?という危険球に限って指示が出るので、乾いた笑いしか出ない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。