握りをつかんで軽く手首をひねり、刀身の研ぎ具合を片眼で覗き指先に当てて尖り具合を確認したバルクホルンは、こちらも鞘に納刀してから相手に握りを向けた。
「ありがとう。これはいい短剣だな。よく手入れされている」
「いえいえ。これは身を守るためには必要なものですから。そちらこそ今のでお分かりになるということは、戦士としての素養をお持ちのようですね」
「ああ、祖国がネウロイにやられ必死に防衛の戦いを繰り広げてきたんだ。今も残してきた戦友が気になってしかたないよ。早く帰還せねばならん」
それを聞いてフィンは少し表情を曇らせた。
「ええと、ガートルート・バークホーンさんでしたっけ」
「私の名前はゲルトルート・バルクホルンだ!きちんと発音しろ!」
「失礼しました、だが私はドイツ語の巻き舌発音が苦手なんですよ。ば……ばぅ……ばりゅ……」
バルクホルンは頭をかきながら遮った。
「わかった、バークとでも呼べ」
「申し訳ありません、バークさん。改めてあなたに辛い現実をお伝えせねばなりません」
「あまり良い話題ではないようだな、まあいいだろう、話してくれ」
フィンは一呼吸置いて話し始めた。
「実を言いますと、地球からこちらに来られた方々の中で、地球に戻られた形跡のある人は記録にある限りでは今まで例がありません。言うまでもないことではありますが、こちらの命を落とされてしまった方が地球に戻られている可能性はあります、こちらから観測はできませんから。とはいえ亡くなられてもご遺体がこちらに残っている以上、こちらで命尽きた方が生きて戻られる可能性は薄いと思われます」
「……続けてくれ」
「バークさんが故郷に強い思い入れを抱いていることは理解しました。その上で一刻も早く戻りたいという心情も理解します。ですが、現状ではそれがかなう可能性はかなり低いと思われます。私も大勢の方々のお世話をしてきました。当然なんとしても帰りたいと願う方も複数いました。しかしそれが実現できたとは……」
バルクホルンはそこで言葉を引き取った。
「そんな哀しい顔で言わないでくれ。お前の気持ちはそれで十分伝わったよ」
「すいません、こちらとしても皆さんがなぜここに引き寄せられているのかも調査が進んでいないのです。原因究明が進まなければ事象の観測にも手がかりが得られず、……ここは正直に申し上げるならば、調査をする人手がとても乏しい……いえ、私と数人しかいません。ここはそれどころではないからです」
「それどころではない……?」
「街の入り口や周囲を囲む防壁をご覧になりましたよね?我々はあのくらいに防御を固めねばならないほど追い詰められています。凶暴化した魔物が現れては人々に危害をもたらしているのですよ。なので地球からの方で戦う力をお持ちの人には心苦しいのですが助力をお願いしています。可能ならばバークさんにも」
「私にもか?まぁ得意としている武器は手元にはないが魔法力が使える以上戦力として数えられるのは仕方があるまい」
フィンはそれを聞いて表情をやや和らげた。
「先ほどの力も含めて、バークさんにはおおいに期待しています!私たちに力を貸して下さい!お願いします!」
「ああ、困っている人を見捨てるのは私の流儀とも反するからな。だがあくまでも私は元の世界に戻って戦線に復帰するのを第一とさせてもらう。ベルリンを奪還して一旦は目標達成となっているが、まだ戦いは終わってはいない。何よりあちらに残っている戦友たちが気がかりなんだ。これを行動原則の最上位に置くことを理解して欲しい」
「承知しました。その条件で」
二人は固い握手を交わした。
「では、まずギルドカウンターへいきましょう」
「ギルド?なんだそれは?」
「地球から来られた方も含め、街の防衛に当たる人は、この施設であるギルドで一括管理をしているのです。必要に応じてパーティー編成もやっています。バーグさんにはまずそこで登録をしてもらいたいんです」
「おお、友軍としての身分登録のようなものか。必須だな」
「実は私はギルドの上級職員でしてね。地球から来られた方はかなりの確率で戦力になるとの統計もありますから、私がこうやってギルドへの渡りも行っているというわけなんです」
「そうなのか。フィンも職務ご苦労様だな」
「そう言っていただけますと助かります。円滑にギルドへお連れするのもなかなか大変なんですよ」
二人は先ほどの部屋から出て、大きな扉から別室へと向かった。
部屋のなかにはカウンターがあり、受付らしき女性が立っていた。彼女はフィンが入ると声をかけ、彼も応答する。だがこちらの言語であるらしく、バルクホルンには会話の中身が分からなかった。
「……話は終わったか?」
バルクホルンは二人の会話が途切れたところで遠慮がちに問いかける。
「あ、すいませんバークさん。一旦は区切りました。それでは最初にこれをやってしまいましょう」
そういうとフィンはカウンターの引き出しを開け、宝石の付いたネックレスを取り出した。
「これをどうぞ」
「えっ!?それは一体なんだ?どういうつもりだ!そ……そういうのは困るんだが」
バルクホルンが取り乱しているのを尻目に、フィンは説明を続ける。
「これには魔法が掛かっておりまして、首からかけると言語を翻訳してくれます。こちらの言葉を習得するにはやや時間が掛かりますし、それまで誰かが通訳として張り付いているのも不便ですからね。こいつがあれば完全とはいきませんが言語の壁は無くすことができます」
「あ、ああ、そういうものか。……いやいや、別にどうということはないんだ。勘違いとかそういうことではなくて、ああもう、寄こせ!」
赤面したバルクホルンは猛烈な勢いでネックレスを彼の手から奪い取る。
「これでいいか?」
努めて彼女は無造作にネックレスを首に通す。すると宝石が淡い光を放ちだした。
「どうですか?言葉は分かりますか?」
「うまくいっていれば私の言葉も分かるはずです」
彼女に声が届く。口の動きと言葉がマッチしていないのでやや不自然さはあるが、口調や声のトーンは変わっていないのでわかりやすい。フィンに至っては訛りもなくなっているのでかえって聞きやすいくらいだ。
「うむ、問題ないな。思った以上によくできているな、こいつは」
「そうでしょう!これは偉大なる賢者様が考案して下さった逸品ですのよ!とてもすごいのです!ええすごいんですとも!」
カウンターの女性が熱を帯びた口調で返事をしてきた。すごいを連呼してくるあたり、扶桑からやってきた新人を思い起こさせる。服部は今頃どうしているだろうか。調理の腕はどこまで上がったか、無茶はしていないか……
「おおぅ、そうなのか。ところで君の名前を伺うのがまだだったな。私はゲルトルート・バルクホルン。地球の軍人で階級は少佐だ。腕っ節には少し自信がある。発音に問題が無ければ正しく名前は呼んで欲しい」
最後のところはフィンを横目でにらみながら釘を刺した。翻訳ならば巻き舌とか関係なく話せるのではないかと思ってのことでもある。
フィンはやや肩をすくめるポーズで答えた。
「私はミラシャナと申します。このギルドで受付を担当しつつ事務もやっています。ええと……げ、げるぅると・ばろくほろん、さん?」
「……バークと呼べ」
バルクホルンは頭を抱えた。まさか自分の名前がこれほど発音しにくいと思われるとは予想外だし初体験だ。それにしても翻訳を介してすら名前を正しく呼んでもらえないのは心苦しい。ゲルマン語は古代から脈々と伝わる由緒正しい言語でありカールスラント人には誇りでもあるのだが。世界が変わればこうも扱いが変わるのか。
これは私がこちらの言葉を習得して正しく発音させてやった方が早いか?だがここに長居はする気も無いから、そこまでの熱情もわかなかった。
「はい、バークさん!」
その憂鬱は伝わらず、ミラシャナは満面の笑顔で答えた。