フィンは周囲を見渡しながらゆっくりと木陰から出てきた。
「すいません。あまりの光景に反射的に隠れてしまいました」
「あー……謝ることはない、こちらも加減を間違えたしな」
彼は足下に転がっていた木片を拾い、観察している。指で突っつき、匂いも嗅いでいる。
「ああ、本当に済まない。……信じてもらえないかもしれないが、本当に悪気はないんだ。適切な表現ではないかもしれないが、気軽にやってしまってな、私らしくない行いだった」
それを聞いてミラシャナも陰から顔をのぞかせる。
「これを気軽にやっちゃえるんですか。信じられない……」
「すまなかった、怖がらせたり力を誇示したりという意志はなかったんだ」
ミラシャナはここまでの力を簡単に出せる事実に驚嘆したのだが、バルクホルンは倫理的に蛮行を行ったことを責められているように受け取ったようだった。
フィンは真剣なまなざしで木々の破壊状況を確認しつつ問いかけた。
「バークさん、確認していいでしょうか。この周辺の木々をなぎ倒すのにどのくらいの時間を要しましたか?」
「え、時間か?そうだなぁ……あまり意識はしていなかったし計ってもいなかったから正確な数字は出せないが……一時間は掛かっていなかったように思う」
フィンは改めて周囲を見渡した。
先ほどと同程度の大木がざっと見積もって100本以上。それらを人力だけで道具もなしで伐採している。しかも……
さっき彼女が食べていたのはジャガイモの山が三つ。妙齢の女性が平らげるには多いが、それを燃料にしてここまでの仕事をやれるとしたら……?あまりに効率が良すぎではないだろうか?
一方、バルクホルンは恥ずかしくてしょうがなかった。隠れる場所を作りたくなり、地面に怪力を発揮して大穴を掘ってしまおうとも思ったが、さすがにこれ以上二人を驚かして遁走されるわけにも行かず、何とか踏みとどまって自制した。
こんな姿、クリスにはとても見せられない。尊敬される姉でいたいのに軽蔑されては、合わせる顔がない。
……クリス、ああクリス。私のかわいいクリスよ。しばらく顔を見ていないから会いたくてしょうがない。軽蔑されてもいいから今すぐ飛んでいきたい。ストライカーがあれば飛んでいけるのに……世界が違うからそれも無理なのか。
「早く帰りたーーーーい!!!」
バルクホルンは思わず虚空に向けて大声で叫んでしまった。クリスに会いたい。宮藤にも会いたい。……エーリカにもついでに会いたい。
固く握りこぶしを握って叫ぶ彼女、幸か不幸か二人がそれにもびっくりして身を隠したのはバルクホルンは気づいていなかった。
状況は把握できた。未確認の事態は観察の結果、原因が特定できた。……いささか想定を超えてはいたが。
よって一行は(何も知らない人間が見たら恐ろしい魔物が暴れ回った痕跡としか思えない)現場を離れ、街のギルドに戻ってきていた。
「何度も繰り返しになるが、私は普段ああいうことはしない!緊急避難で仕方なかったんだ!誰かを驚かせたり理由無く暴力を振るうなど決してしない!私は理性ある軍人であり、職務に忠実であれと自らを律している!本当なんだ!」
バルクホルンは顔を赤らめながら二人に訴えかけていた。……ドン引きされて距離を置かれたのが相当に堪えたらしい。
「大丈夫ですよバークさん、あれは……すごかったですけど、しょうがなかったんですよね!はい!」
「そうなんだミラシャナ!やむを得ない行動というやつなんだ!わかってくれるか?」
「あれにつきましては、報告書を書かねばなりません。誰が、いつ、どのように、どうして、一見人間には不可能な現象を起こし得たのかを詳細に記す必要があります。バークさん、あなたには若干聞こえが悪いことも記録せねばなりませんが、よろしいですか?」
「詳細報告か……ということは私の素性や能力に加えて切迫していた理由も書かねばならんな。それを全く知識の無い人間が理解できるような文面に仕上げねばならん。これは骨が折れるな」
フィンはそれを聞いて彼女がその手の文書を書き慣れているのを感じた。文官の素養があるとすればさらに助かる場面はある。彼女が殊更自分の世界に帰りたいと懇願しているのは理解しているが、きっとその手ががりは相当の時間をかけねば見つからないだろう。ならばうやむやのうちに我々の仲間としての意識を持っていただいて……
「どうしたフィン?考え事か?」
顔をのぞき込まれた彼はたじろいだ。先ほどの怪力に強い印象を植え付けられはしたものの、彼女の顔立ちは大変に凜々しく美しい。通りすがりの軽薄な男がいたならば口笛を吹いて声をかけてきてもおかしくないだろう。もちろん、その後の展開は相手の男が心配だが。